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第200話:お知らせと指弾

 来週から山岳地帯での演習に入るので、娯楽ギルドの開設日に俺達が不在になることについては問題ないそうだ。ギルド長にお任せしよう。今日の課題は終わったので、あのことを話しておこう。


「お知らせがあります。実は、お菓子一種類とワインを使った薬酒のレシピを無償で教会にライセンスすることにしました」

 利根川が養命ワインを注いだワイングラスを、江宮がジンジャークッキーを配った。


 四人は静かにワインとクッキーを味わった。ミハエルさんは俺の目を見てストレートに聞いた。

「どちらも素晴らしい出来と思います。無償でと仰られましたが、何が目的でしょうか?」

 俺はミハエルさんの目を見てこたえた。


「教会が炊き出しや孤児院の運営をおこなっていることはご存じと思います。このワインとクッキーの売り上げが、今後の教会の慈善活動の継続と拡大につながることを期待しています」

 ミハエルさんは深いため息をつくとこたえた。


「慈善活動は経済的な支援無しでは継続できませんからな。おそらく材料の入手や調理も全て教会で行えるように考えておられるのでしょう。失礼ですが若くて貴族でもない皆様が平民のためになぜここまで深く、細やかに考え実行できるのか、驚きでなりません。皆様が我らの遥か先を見ておられることに改めて感服いたしました」


 ミハエルさん以外の三人が頷いたので、俺は慌てて話した。

「過大なお褒めの言葉を頂き、誠に恐縮です。しかし、平民が豊かになれば都市も豊かになり、まわりまわって商業ギルドの益にもなると思います。もし、この商品を商業ギルドでも取り扱いたいと考えた場合は、東の教会に相談してください」


 ジョージさんは「素晴らしい」と叫んだ後に言い直した。

「もちろん、発注させて頂きます。合わせて今の話も広めさせて頂きます」

 最後にジョージさんは面白い情報を教えてくれた。


「明後日の月曜日(七月三十日)に中央広場でハイランド王国の物産展が開かれます。異国の珍しい商品が並びますので、是非お越しください」

 五十枚ほどの招待券を貰ってしまった。もちろん、無料のイベントなのだが、この招待券があれば露店のドリンクが一杯無料になるそうだ。ありがたく頂戴した。


 商業ギルド一行はやる気に満ちた表情で帰っていった。イグノアさんは薬酒三号の瓶を大事そうに抱えていた。俺はジョージさんを呼んでこっそり薬酒一号・二号・三号と養命ワインの入った袋を預けた。


「薬酒の見本を各一本入れてあります。残り一本は奥さまにプレゼントです」

「ありがとうございます」

 ジョージさんは自分の鞄に入れると、今日一番の笑顔を見せて馬車に乗り込んでいった。


 商業ギルドの馬車を見送りながらぼんやり考えた。これから、工藤・浅野・木田は忙しくなるな。山岳地帯で修業しながらプランを寝ることになるだろう。三人ともやる気一杯みたいなので大丈夫かな。浅野と木田は明日の下見のことで、さっそく食堂に行くみたいなので、平野に物産展のことも伝えるように頼んだ。


 俺は羽河と一緒にラウンジの席に着こうとしたら、目の前を何かが横切った。慌てて回りを見渡すと初音がいた。

「浮気禁止!」


 俺は思わず叫んだ。

「何すんだよ、危ないじゃないか!」

 初音は舌を出すと素直にあやまった。


「それにしても今のは何なんだ?」

 初音が見せてくれたのは灰色の碁石だった。先日渡した規格外の奴だ。

「どうやって投げたの?」

 羽河が聞いた。気配を感じて初音を見たが、物を投げるモーションが見えなかったらしい。


 初音は右手の中指を曲げ爪の上に碁石を乗せ、上から親指で抑えるとそのまま中指をはじいた。今度は俺の右の耳の横を何かが通り過ぎた。

「危ねえじゃないか!」


 俺は頭に来た。こいつ全然反省してないな。

指弾しだんね。初めて見たわ」

 羽河は感心した声を出した。確かに腕の振りが全くないので、避けようが無い。


 心を落ち着けてから聞くと元々は少林寺拳法の技らしい。指でつぶてや硬貨を弾いて相手の顔や手を狙う技なのだそうだ。達人になると百発百中らしい。犬神明(平井和正のアダルトウルフガイシリーズの主人公)の得意技をこの目で見られるとは思わなかったぜ。初音は得意げな顔で戻っていった。


 俺は招待券を見せながら羽河に相談した。

「これ、どうしようか?」

「明後日は浅野君たちが教会に慰問に行く日よね」


「そうだな。俺も同行しなくちゃならない」

「だったら、それとは別にツアーを募集しようか?」

「それがいいかもしれないな」


 とりあえず、俺用に五枚取って、羽河に三十枚渡し、残りはカウンターにいたメリーさんに渡した。喜んでくれた。ツアーの募集は羽河がやってくれるそうだ。そろそろ晩御飯の時間だが、まずは江宮のところに行こう。

 大凧製作委員会の部屋に入ると、江宮は珍しく計算作業をしていた。今日のデータをまとめているみたいだ。


「今日はお疲れさん。一回目で成功するなんて流石だな。今いいか?」

 江宮は計算を止めると顔を上げた。

「おう、いいぞ」


 俺は杉板を渡してから聞いた。

「これであれを作れないかな?」

 江宮は木の匂いを嗅いでからこたえた。

「杉か・・・ちょっとやってみる。来週でいいか?」

「助かる。ありがとう」


 これだけで話が通じるから本当に助かるぜ。江宮からはお土産を貰った。お化けカズラの壺&置き台が三種類だ。三つ並べるとなんか壮観。ありがたく収納する。今度雑貨ギルドが来た時に見せよう。


 食堂に入ると先生が西日を背にして一人で晩酌していた。まだちょっと早かったみたい。厨房の入り口では平野と木田と浅野が何か話している。俺は先生に招待券を二枚渡しながら話しかけた。


「先生、今日はどうでした?」

 先生は笑顔でこたえた。

「今日も安心して見ていることができました。本来なら王家や貴族が行うべき平民への支援を、この世界と縁もゆかりもなく年若い皆様が、何の見返りも求めず行なわれていることに改めて感銘を受けております」


 先生の声を聞いて、ようやく高揚感と不安が混じった気持ちを落ち着かせることができた。柄にもなく緊張していたみたい。金貨一万枚のプレゼンだしな。


 今日は野田はお休みのようだ。昨日は食堂がしまるまで弾きまくっていたらしい。伊藤がやってきてギターのチューニングを始めた。浅野達の話が終わったので、俺も平野の所に行った。


「明日、水を貰いに女神様の所に行くから、お供え物を用意してくれないか」

 平野は二つ返事で了承してくれた。物産展の話をしたら、出入りの商人から今日招待券を貰ったそうだ。こういうイベントって動員数が大事なんだよな。世界が変わってもそこは一緒なのかもしれない。


 今日の晩御飯は肉じゃがだった。副菜としてほうれん草みたいな野菜のお浸しとだし巻き卵が付いている。デザートはなんと羊羹ようかんだった。どうやって作っているのだろうか。恐るべし、アイアンシェフ!


 あらかた全員揃ったところで羽河が立ち上がって月曜日の物産展のことを告知した。思ったより反応があったので、ツアー用で馬車が二~三台必要かもしれない。


 珍しいことだが、先生が江宮におねだりしていた。ジンライムを作って欲しいそうだ。江宮はまんざらでもない顔で、厨房に道具と材料を取りに行った。今日はバーテンダー江宮が活躍しそうだ。俺もお供え用に一杯作って貰った。


 部屋に戻って今日のお供えを並べた。カルボナーラ、ガリガリ君、肉じゃが、羊羹ようかん、ジンライムの五点だ。目を瞑って手を合わせると、美味し!の声に続いてペタン・ペタン・ペタン・ペタンという音が響いた。


指弾は対人用としてはかなり使える技みたいです。杉板でいったい何を作るのでしょうか?

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