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第197話:凧凧上がれ

 7月28日、水曜日。今日は快晴。そして暑い。そこで初めて気がついた。この世界にはセミがいない。夏と言えば朝からうるさいほど鳴きまくるセミのイメージだったが、静かに暑い夏なのがなんか不思議な感じ。


 今日は大凧の試験飛行と商業ギルドへのプレゼンの予定だ。うまくいくといいな。ついでにファッションショーのことも相談してみよう。ランニングで一緒になった先生が昨日の薬酒のお礼を言ってくれた。


「あれは良いお酒です。お酒なのに身体に良いような不思議な感覚があります」

「気に入って頂ければ何よりです」

「それとあのジンライムは衝撃でした。火酒を果汁で割ったものとはとはまったく異なる強さと鋭さがあります」


 もしかするとジンライムを皮ぎりに今後様々なカクテルが生まれるかもしれない。少し上気した先生の顔を見ると、そんな気がするのだった。

 朝食まで少し時間があるので、大凧製作委員会に寄ってみたら、凧は完成していた。壁に立てかけてあったが、白地の紙には黒い文字で「試作一号」と書いてあった。確かに分かりやすい。分かりやすいけどこれでいいのか?俺は思わず江宮に声をかけた。


「その名前、あんまりだろ。何か他に無かったのか?」

「自信作が出来たら考えるけど、今はこんなもんだ。悪いか?」


 江宮はあっさりこたえた。俺がどう言えばいいのか考えていると、江宮は続けて言った。

「先生以外にも見学希望者が出て来たぞ」

「小山と平井と鷹町だろ」

「もっとたくさんいるみたいだ」


??????

そんな話聞いてないぞ。

「なんかしらないけど大事になってるみたいだ。娯楽が無いからな」


 江宮は他人事みたいに淡々と告げた。

「誰が見ていようがやることをやるだけさ。そうだろ?」

 俺はため息を飲み込んで頷いた。流石だな、一本取られたぜ。 


 江宮は俺を見てにやりと笑うと、部屋の隅に置いてあった物に掛けてあった布切れをばさりと取った。

「できたぞ」


 並んでいたのはお化けカズラの置台だった。木枠・竹枠・金属の枠の三種類だった。お化けカズラを最大限に見せるために枠は骨組みだけで作っている。それぞれカズラをセットすると、木はカズラの緑を引き立て、竹は同色で一体化し、金属はその細さゆえに目立たず、カズラだけで直立しているように見えるのが面白かった。


「三つとも良いじゃないか。特に金枠のが見事だ」

「そうか?」

 とは言ったものの、笑っていたので江宮も納得の出来だったようだ。今度、雑貨ギルドが来た時に見せることにして、カズラを二個渡して強化を頼んだ。


 今日の朝ごはんは、久々登場のカルボナーラだった。平野の作る料理はどれもおいしいけど、やはり本業と言えるメニューは本当に絶品だと思う。皿から立ち昇る卵とバターと黒胡椒の香りに包まれて、食べる前から幸せな気持ちになってしまった。朝からお替りする奴が続出していた。


 食後、平野にお昼ご飯をテイクアウトしたいことを伝えると、既に江宮から連絡があってあって準備しているとのこと。流石だな。二十人分用意しているそうだ。馬車も三台来るらしい。本当に大事になってしまった。


 食後ラウンジに行くとカウンターに呼ばれた。商業ギルドは八時に来るそうだ。丁度羽河がいたので、生活向上委員会のメンバーへの伝言を頼んだ。


 今日の講義は山岳地帯の講義の補足だった。基本岩場で草や背の低い茂みしかないが、傾斜がなだらかな所には木が生えているそうだ。そういう所にはハングリーエイプと呼ばれる猿型の魔物がいるとのこと。集団で襲ってくるので要注意だそうだ。


 講義が早めに終わったので、ラウンジでのんびりしていると木工ギルドのテイラーさんがやってきた。7月23日に注文した簡易宿舎の納品に来たとのこと。外に出るとでかい荷馬車が八台並んでした。


 道路を占拠していたので、慌てて全部収納した。テイラーさんは改めて俺のアイテムボックスの容量に感嘆していた。お代は全て王家に請求してくれるそうだ。一軒に最大六人泊まれるので、予備も含めて八台あれば足りるだろう。


 無事収納できたのでホッとしていると、テイラーさんから相談を受けた。

「事情がございまして、今年の春から杉の薄板の在庫を大量に抱えているのです。内装関係の仕事が一段落しているので、来年までこのままになるやもしれません。何かお知恵を拝借できませんでしょうか?」


 杉の薄板か・・・あれしかないな。俺はテイラーさんから杉の薄板の見本を預かった。厚みは2~3ミリ位。これならなんとかなるかな?

「分かりました。検討してみます」

 テイラーさんは何度もお礼を言って帰っていった。


 そろそろ迎えが来る時間なので、食堂に行って弁当を受け取った。次に大凧製作委員会に行って、凧とその他一式をアイテムボックスに収納した。ラウンジに戻ると、みんな集合済みだった。俺・江宮・先生・小山・平井・鷹町・冬梅の他に、初音・志摩・藤原・工藤・千堂・花山・水野がいた。めまいがしそうだぜ。せいぜい協力して貰おう。


 物好きが全員集合だと愚痴ったら、見送りに来た羽河が笑いながら言った。

「私も行きたかったわ」

 予想外の返事に驚いて羽河を見たが、笑うだけで理由は教えてもらえなかった。


 洋子や羽河に見送られながら馬車は出発した。一緒の馬車に初音と志摩がいたので、参加した理由を聞いてみた。

 初音:戦国時代の忍者は大凧に乗って敵地を偵察をしていたらしいが、そんなことができるのかこの目で確かめたい。

 志摩:鳥人間的な興味で人間が凧に乗って空を飛べるか見てみたい。


 忍者そのものが明治以降の創作と言うかフィクションなので、初音の意見はまったくハズレなのだが、クリスマスのサンタ的な配慮で指摘するのはやめておこう。志摩もそう考えているみたい。


 練兵場に着いたら、笑顔の伯爵が待っていた。挨拶もそこそこに準備に入る。今日の実験の目的は、1.凧の微調整、2.試作機で得られる揚力の計測だったが、これだけ人数がいるならば、3.地上で操作するために必要な人数の見込みも計算できそうだ。


 俺は野次馬たちに今日の弁当を配った。思惑があって、千堂と花山には二人前渡した。残りは伯爵に渡したら、物凄く喜んでいた。平野のお弁当は人気だな。


 江宮は、糸目(凧と元綱を繋ぐ糸)を左右三本ずつの計六本で構成するようで、それを一本にまとめる位置を慎重に探っているようだ。これがきちんと左右均等にならないと凧が回転してしまって安定しないらしい。


 糸目の上下の位置は凧の真中ではなく、少し上にずらした位置になる。これは揚力の発生に関係あるらしい。尻尾は理由があって真ん中一本ではなく左右二本でいくようだ。揚力や安定のためにはゲイラカイトや上向き三角形など、いわゆる洋凧の方が有利らしいが、和凧以外の選択は無いそうだ。


 三十分以上かかって仮の調整が終わった。元綱の端は練兵場の杭にしっかり結びつけてある。長さは五十メートルにしてみた。江宮を管制官にして引き手を千堂・花山・工藤・志摩の四人、飛び上がるまで凧を支える介助役を工藤と水野に頼んだ。今日はほぼ無風だったので、先生に風係をお願いした。


 万が一を考えて、冬梅に一反木綿を召喚して貰った。元網が切れて凧が飛んでいった時に回収しなければならないのだ。全員の準備が出来たことを確認して江宮が右手を振り上げて合図した。


 先生がそよそよと風を送る。風速五メートル位?凧を支える二人の両手が上がる。江宮が声を上げた。

「工藤、水野、どうだ」

 工藤が叫んだ。

「手を放すと飛びそうだぞ」


 江宮は叫んだ。

「先生、もう少し強く」

 風は少し強くなった。風速十メートル位?凧を支える二人の腕に力が入った。浮き上がろうとする凧を抑えているようだ。


 江宮は工藤と水野に指示を出した。

「俺が右手を上げたら手を放してくれ」

 江宮はカウントを入れながら右手を上げた。二人が手を放すと同時に凧はふわりと空に舞い上がった。見守っていた全員からどよめきが上がった。


 大凧のサイズは縦1.8メートル、横1.2メートルあるので、飛んでいるだけでも迫力がある。文字が「試作一号」なのはいまいちだが、青空に舞う白い凧は俺たちの希望の象徴のような気がした。元網が伸びきると歓声と拍手が起こった。地上からの高さは三十メートル位かな?とりあえず試験飛行は成功という事で、お昼ご飯にした。


大凧は何とかなりそうです。テストフライトは大成功でした。

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