第195話:王女様来襲3-3
ブックマークの登録ありがとうございます。
王妃様の話はこれでなんとか終わったみたい。良かった。俺は次の議題に移った。
「孤児院に関してご相談がございます。料理に関するレシピは全て王家に献上する予定になっていましたが、一種類の菓子に関しては教会に無償でレシピを公開することを認めて頂けませんでしょうか?」
王女は静かに聞いた。
「無償でレシピを公開してどうなるのでしょうか?」
「修道院または教会の特産品として販売してもらうことを想定しています。教会の末端の組織である修道院あるいは孤児院の現金収入が増えれば、それだけより多くの人を救えると考えます」
俺の合図で江宮が銀髪の侍女さんにジンジャークッキーの皿を渡した。侍女の目が金色に輝くと、黙って王女の前に置いた。鑑定を使ったのかな?王女は上品に手で一枚摘まむと、一口で召し上がった。
「素朴ですが、生姜の香りが刺激的でとても美味しいですわ。甘すぎないのが良いですわね。しかし、貴族のもてなしに用するには少し物足りないこともまた事実。分かりました。良いでしょう。これにより平民の暮らしが少しでも安定することを望みます」
俺は胸を撫でおろしながら続けた。
「それ以外にも薬草を漬けこんだワインのレシピも無償で公開する予定です。また、それとは別の薬酒を開発しました。こちらは商業ギルドに有償でライセンスする予定です。もし、王女様のご都合が良ければ、今日の晩餐にお招きして試飲して頂き、ご意見を賜ればと思います」
王女は嬉しそうに笑った。
「お招き頂き誠にありがとうございます。是非、出席させてくださいませ」
大会議室はこのまま王女の休憩室として使ってもらうことにした。
一息入れたら、ワイドパンツ等の試作品を見たいとのことで、俺たちは丁重に礼をして大会議室を辞した。そのまま食堂に移動して打ち合わせる。
「なんとかなったな」
俺の言葉に浅野が反論した。
「なんとかなってないよ。僕は王女様の妹になるの?」
「王族の頼みだからな。全面却下はさすがに無理だ。呼び方だけと思って我慢してくれ」
「そんなー」
浅野は半分泣き顔になっていた。許せ。
晩餐会で試飲してもらうのは養命ワインと薬酒一号・二号・三号にすることになった。メニューは平野にお任せだ。ちなみに野田はまだピアノを弾きまくっている。朝からずっとだ。今晩まで続くかもしれない。多少うるさいかもしれないが、まあいいだろう。窓の外を見ると、雨はやんでいた。
王女付きの侍女が浅野と木田を呼びに来た。小会議室の一つを服飾チーム(木田&浅野)で借りっぱなしの状態になっているので、そこに案内するようだ。晩餐に合わせてテーブルと椅子を移動すると、準備はいったん終わりだ。
丁度、水野・志摩・工藤・江宮がいたので、娯楽ギルドの事について話した。
「軍に大量導入したり、カップ戦を企画するのは良いんだけど、それだけじゃ足りないと思うんだ。地道にかつ継続的に普及させる方法が無いかな?」
みんなで考え込んでいると、水野が手を上げた。
「ちょっと地味なんだけど、碁会所なんてどうだろ?」
工藤が真っ先に賛成した。
「いいな、それ。道具と説明係を置いて教えながら実際にやってもらうのがいいかもしれん。お試し価格として一回目の入場料は安くしたらいいかも」
碁会所は席料を払うことで、囲碁が打てるお店のことだ。漫画喫茶みたいな感じが近いだろうか?店内には碁盤と碁石をセットしたテーブルがたくさんあって、席亭(店主あるいはマスター)が強さが近い者同士を組み合わせて対局をセットしてくれる。
要するに囲碁好きが集まって同好の士と心ゆくまで囲碁が楽しめるお店だ。席料は千円前後の所が多いが、店によっては時間制にしたり、回数券やチケット制にしてるところもある。また、初心者には指導碁を打ってくれるサービスもある。一般庶民にとってはいきなり大金払って道具を一式購入するより、気軽に利用できるのではないか。
説明すると、みんなも次々と賛成した。
「会員制にしたらどうかな?」
「教えるだけじゃなくて道具の販売もした方がいいな」
「トラブル防止のために賭け事禁止にしよう」
「市内で何ヶ所か設置する必要があるな」
「貴族街のお店はサロンみたいにしたらいいかも」
「客に合わせて設置する道具やサービスも変えた方がいいな」
「貴族街・市民街・平民街で席料を変える必要もあるぞ」
「少ないかもしれないけど、娯楽ギルドの売上にもなる」
「戦陣(将棋)と光闇(囲碁)と大逆転の全部を一緒にやるのか?」
「碁会所に代わる名前を考えなきゃならんぞ」
「席亭や手伝いの手配やトレーニングが必要だな」
「カップ戦と碁会所が両輪になったら、宣伝がうまく回るかもしれない」
「そうだな。カップ戦の賞金目当てに人が集まるぞ」
ここで、工藤に娯楽ギルドの今後の予定を聞いた。
8月1日:娯楽ギルド設立。軍に先行販売。お得意様に営業開始。
9月1日:一般向けの販売開始。カップ戦の情報公開。
10月1日:カップ戦(第一回エリザベート杯)開催。
なお、カップ戦の第一回目は戦陣(将棋)と光闇(囲碁)のどっちでやるかまだ決まっていないそうだ。碁会所のオープンは8月1日以降、準備出来次第という感じだな。碁会所作戦は商業ギルドにプレゼンする際に提案することになった。
来週は山岳地帯で修行するので、俺たちは8月1日のオープン日には参加できないことも
念のため、言っておかなければならない。
ついでに江宮に明日の大凧の予定を聞くと、持っていく物をまとめているので、出発は明日の昼ぐらいになるかもしれないという事だった。その時はお昼は馬車の中でお弁当を食べるパターンだな。それもまた良し。後で平野に頼んでおこう。俺と江宮の話を聞いて工藤と志摩もついてくることになった。
いったん解散して部屋に戻ると、太郎は既にいなかった。庭に戻ったようだ。窓辺に置いた木っくんが嬉しそうに西日を浴びていた。見かけは普通の木なんだけどな。多分トレントを鉢植えで育てているのは世界で俺だけだろう。
時間になったので食堂に行った。平野が気合の入った顔をしていた。引き上げる前に今日は勝負だ、と言っていたから何か企んでいるのだろう。うまくいくことを祈ろう。席について待っていると、木田と浅野がやってきた。二人とも少し疲れた顔をしていた。
「どうだった?」
木田がぶっきらぼうにこたえた。
「見本を見せた所までは良かったのよ。その後で浅野が『ファッションショーについてはどうなりました?』と聞いたら、貴族街と東西の大通りの中間にある市民街のダンスホールを借りることしか決まっていなかったの」
どうやら、初めての事ゆえ両者ともにどうしたらいいのか分からず、王女様と商業ギルドの間で宙ぶらりんになっているようなのだ。俺は思わず聞いた。
「大丈夫か?」
「大丈夫な訳ないでしょ。それでいろいろアドバイスしているうちに、私たちが取り仕切ることになっちゃった」
木田は明るく笑った。横では浅野が疲れた顔でため息をついていた。俺は思わずもう一度聞いた。
「お前ら大丈夫か?」
浅野が少ししわがれた声でこたえた。
「大丈夫じゃないけど、頑張る」
木田も続いた。
「若くてスタイルのいい子がたくさんいるって言ったら、白鳥宮の侍女を総動員するって」
「それだけで済むのか?」
「あとは野田さんと平野さんの協力が必要ね」
「BGМで野田が必要なのは分かるけど、なんで平野がいるの?」
「それについては晩餐の時に王女様が説明するって」
ちなみに洋服関係のライセンスの流れとしては、生活向上委員会→商業ギルド→服飾ギルド→販売店となるそうだ。服飾ギルドと契約した販売店には、型紙を渡し、縫い取り方を講習するという流れだ。もちろん、契約していない販売店が類似の商品を売り出すと、商業ギルドが調査に入るという訳だ。怖いなあ。
碁会所の設立にファッションショーの仕切りと大忙しですな。