第191話:白いドレスの女3
俺たちは執事さんに連れられて応接室みたいなところに案内された。口の字の形をした正方形のローテーブルを囲んで、五人掛けの白いソファが四個置いてある。中心の四角い空洞部には床に据えられた巨大な花瓶に色とりどりの花がざっくりと生けられていた。
まるで雲の上にいるようなふかふかの青い絨毯を歩き、入口側のソファに三人並んで座った。ソファも身体がすっぽり埋もれそうなほど柔らかいのだが、まったく落ち着かない。楽丸も同じみたいだ。
テーブルの上にはケーキや小ぎれいにカットされた果物が盛られた大皿が人数分置いてある。執事さんに付いてきた侍女さん二人が紅茶を淹れてくれたのだが、カップを手に取る気にもなれない。
注がれた紅茶の香りを楽しんでいた先生は、俺たちに笑いかけた。
「あらかじめ着替えを用意していたという事は、浅野様・木田様の想定内でしょう。慌てることはありませんよ。信じて待てば良いのです」
確かに言われた通りかもしれない。俺は少し冷めた紅茶を一口飲むと先生に聞いた。
「王妃様が何度か執事さんと話していましたよね。一度目と三度目はお風呂のことだと思うのですが、二度目のやり取りは何だったのでしょうか?」
先生は数秒考えてから返事した。
「おそらくですが、あの執事は鑑定持ちです。お土産に毒や危険なものが入っていないか確認したのではないでしょうか」
なるほど、そうだったのか。先生は続けて話した。
「この青の宮殿の菓子職人は王宮よりも腕が上だと評判でございます。その菓子を食べている王妃様から引き抜きの話が出るとは、流石は平野様でございます」
先生はさらに続けて話した。
「王妃様は内心、シャンプーとリンスを持参した浅野様に感謝していると思いますわよ」
俺は聞いた。
「どうしてですか?」
先生は微笑みながらこたえた。
「浅野様達だけと一緒になれるきっかけを与えてくれたからです。殿方の前であの話はしにくいのではないでしょうか」
謎は全て解けた。楽丸の表情も大分柔らかくなった。その後は用意されたお菓子を食べながら時間をつぶした。正直言って甘すぎるというか、イマイチだった。この出来なら、平野をスカウトするのは当然と言う結論が出た。
半時間程過ぎてから王妃様が浅野と木田を連れて戻ってきた。二人とも着替えていたが、なんとワイドパンツとジャケット姿だった。浅野と木田は少し疲れたような顔をしていたが、王妃様は別人かと思うほど光り輝いていた。上機嫌の王妃様は浅野達と一緒に向かい側の席に着くなり、とんでもないことを言い出した。
「タニヤマ様、私は分かりました。浅野様は、いやカオルは私の娘です」
おそらくその場にいた王妃様以外の全員の頭の上に「?」マークが浮かんだと思う。何言ってるのこの人は!
俺たちの疑問の眼差しを意に介さずに王妃は続けた。
「もちろん、私がカオルを産んでいないことも、異世界から召喚された御身であることも理解しております。それでも私は確信したのでございます。この娘は私の娘であると・・・」
俺は執事さんの顔を見た。執事さんは動揺を抑えながら明後日の方を見た。心の口笛が聞こえた。俺は怒りと当惑を抑えながら王妃に聞いた。
「王妃様のお気持ちは分かりましたが、なぜそう思われたのでしょうか?」
王妃は軽く頭を下げると少し落ち着いた声で話し始めた。
「これは失礼しました。感動のあまり、先走ってしまったようです。順に説明いたします。まずはあのシャンプーとリンスですが、あれは素晴らしい発明です。また、商業ギルドから発売する段取りまで付けていただいた事も偉業と呼ぶべきでしょう。この世界の女性全てに代わって深く御礼申し上げます」
どこかで聞いた事のあるような台詞だな。王妃は続けて話した。
「カオルが自ら私の髪の手入れが行った後、私はカオルに悩みを打ち明けました。カオルはそれを解決する施術を何の見返りも求めずに行ってくれました。その際にカオルは先ほどのような歌を歌いながら、自らの出自を語ってくれたのです」
王妃の声に熱がこもった。
「カオルは幼少の頃に母を亡くしたそうですが、存命であれば髪を洗ったりマッサージをしたり、親孝行をしたいと言いました。もし私が親であれば、逆に娘をもっと可愛がり慈しみたいと考えたはずです。私は決意しました。私がカオルの母になろうと」
母親が息子に髪を洗ってもらったり、おっぱいを揉んでもらうのはどうかとは思うが、それは言うまい。親孝行したいと思う純粋な気持ちに打たれたと考えよう。でも、王妃様の娘と言えば王女様?
「残念ながらカオルには王位継承権は与えられませんが、それ以外はエリザベートと同等に遇したいと考えております。まずは王宮内に宮を手配し、王族としての教育を施し、いずれはカオルに相応しい殿方に嫁がせるまでが私の責務と考えております」
頭が痛くなってきた。王妃様は相当に飛躍した考えをお持ちのようだ。俺は先生の顔を見た。先生は黙って首を振った。次に浅野の顔を見た。驚きのあまり、声も出ないようだ。俺は覚悟を決めて話し始めた。
「浅野の母になろうという王妃様の貴いお気持ち、誠に純粋で美しく王族に相応しいお心であると感嘆しました。浅野に代わって深く御礼申し上げます。しかしながら浅野は魔王討伐のために召喚されし勇者の一員であり、その責はこの国、いやこの世界の存亡にかかわる重大事でございます。
まずは魔王討伐に集中し、それがかなった後に改めてご検討させていただくということでよろしいでしょうか?」
王妃は激高して何か叫ぼうとしたが、執事さんが割って入った。必死に説得しているみたい。早口で何度かやり取りしているうちに、徐々に王妃の言葉のテンションが落ちてきた。王妃はため息をつくと話し始めた。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした。タニヤマ様の仰る通りでございますわ。魔王討伐の知らせを一日千秋の思いでお待ちすることにします。くれぐれも危険の無いようにご配慮をお願いしますわ」
王妃の微かに未練が残った言葉に頷きながらこたえた。
「浅野は後衛です。例え戦闘になったとしても、決して危険にさらすようなことはいたしません。ご安心くださいませ」
王妃は威厳を取り戻した顔で浅野に告げた。
「女の身ゆえ、魔王討伐に関しては何も手助けができないことが無念でたまりません。その代わり、それ以外のことで困りごとがあれば、いつでも私を頼りなさい。王妃の全権を持ってそなたを守りましょう」
「ありがとうございます」
浅野は万感の思いを込めて頭を下げた。なんとかなったようだ。先延ばししただけかもしれないが、時間がたてば王妃も平民を娘として迎えるという暴挙をあきらめてくれそうな気がする。
王妃は追撃をかけた。
「これからは私の事は母上様あるいはお母さまと呼びなさい。例えそなたが故郷に帰ることを選択しても構いません。この世界にいる間だけでも、私はそなたの母でありたいと願っています」
浅野が俺の顔を見たので俺は黙って頷いた。浅野は王妃の顔を見て返事した。
「分かりました。お母さま」
王妃は満足そうに頷いたが、念のため保険をかけておこう。
俺はアイテムボックスの中から黒い小箱を取りだした。中には二つのダイヤモンド、レッドダイヤモンドと青紫のダイヤモンドが入っている。蓋を開けると、窓から差す自然光を反射して太陽と月のように輝いた。
ダイヤモンドを何に使うのでしょうか?




