第186話:久々の湖沼地帯3
しまったと思いながらターフを片付けると、波打ち際に見慣れない集団がいることに気がついた。あれは、人魚?いや、セイレーンか?なんでか分からないが手を振り歓声を上げて浅野を呼んでいるみたい。
敵意は感じられなかったので、浅野と一緒に行ってみた。近寄ってよく見るとセイレーンは思ったよりでかかった。人間の身長にすると二メートル以上に相当するような気がする。下半身は魚なので横座りしているのと同じなのに、立っている俺と頭の位置がほぼ同じなのだ。
もちろん裸なのでオッパイ丸見えなのだが、全然恥ずかしがらないので、まったくエロくないのが不思議。まあ何より、髪の毛がきれいな緑色で、目が金色と言う時点で違う生物という感じがする。なまじ美人ぞろいなので、余計にそう思うのかも。
もちろん、通訳として河童も連れて行った。浅野の護衛に木田と楽丸もついてきた。河童の言うには、この湖で耳のある奴全員が浅野の歌に聞きほれたそうだ。本当かと思って、湖を見渡すと波間に無数の影が浮いていることに気がついた。
浅野は知らぬ間に湖の観衆相手に歌を披露していたのかもしれない。河童は続けて言った。
「湖の主もいたく感激されてな、特別な物を下さるってよ」
セイレーンが浅野に手渡したのは見事な真珠のイヤリングだった。真珠の大きさは一センチ以上、きれいな球形で色は純白、左右の粒の大きさもそろっている。
「人魚の涙でできた真珠のイヤリングだ。水の護り付きの貴重品のようだぜ」
湖の遥か先を見ると、小山のような島が浮いていた。湖の主か?
浅野が礼を言いながら笑顔で受け取り、ぎこちない手つきでイヤリングを耳につけるとセイレーン達がキャアキャア言いながら浅野に群がった。浅野は笑顔で握手している。なんだか、アイドルに群がるファンみたいだった。
中には抱きついたり、キスしようとする子もいたが、ボディガード(木田&楽丸)が無情にもガードしていた。隙を見てプレゼント(貝殻のネックレス)を渡している子もいたりして賑やかだった。
「一番最後の曲をもう一度歌って欲しいそうだ」
河童の言葉を聞いて、浅野はもう一度「上を向いて歩こう」をその場で、アカペラで歌った。すると、流石はセイレーンと言うべきか、一回しか聞いていないのにコーラスでハーモニーを入れてきたので、びっくりした。歌い終わると、セイレーン達は口々に礼を言うと見事なカキを山ほど置いて、手を振りながら沖の方に帰っていった。
浅野も手を振りながらセイレーンが見えなくなるまで見送った。異世界の魔物、それも船乗りを歌で惑わして破滅に導くというセイレーンを魅了するとは、恐るべし浅野!まさしく歌姫。
三平がもう少し釣りたいと言うので、時間ぎりぎりまでのんびりすることにした。何をするか考えていると、工藤と水野が河童を呼んで変なことを始めた。あれは・・・相撲か?志摩がよばれて本格的に土俵を作っている。土魔法の無駄使いだな。
男どもだけではなく護衛の騎士までもが代わりばんこに参加しての相撲大会が始まった。行司は志摩が努めている。軍配まで使っているが、江宮が作ったみたいだ。芸が細かいな。水辺だからか河童がやけに強かった。流石は妖怪。身体が大きい赤井や騎士達をポンポン投げ飛ばしている。
意外にも健闘したのは千堂だった。足腰が安定していて河童と五分に渡り合っていた。最後は負けたが、力の差は殆どなかったと思う。最後の取り組みは花山の登場だ。今度は逆に河童が善戦したが、力の差はいかんともしがたく、動き回る河童を捕まえると万全の態勢で押し出して勝った。流石だな。横綱の風格があったと思う。
ぶっつけだが、水野の司会で表彰式もやった。草地に咲いていた黄色い野ばらの花で作った花冠を浅野が背伸びして頭に乗せると、花山は照れながらも嬉しそうだった。この世界の第一代横綱だ。
表彰式の後は浅野や洋子が砂まみれになった怪我人(主に突き指や打撲)を相手に回復や清浄の魔法をかけていた。浅野の前には長い列ができた。今日の怪我だけでなく、古傷や病気まで直るみたいで、騎士の中には涙を流して感謝している人もいた。
ターフの陰で冷たいレモンティーを飲んでいると、小山がやってきた。相談があるそうだ。人には聞かれたくないみたいで、ターフから少し離れた所に連れていかれた。珍しく顔が少し強張っている。どうした、小山?
「頼みがある」
「なんだ?」
小山は一呼吸おいてから思いつめた表情で言った。
「大凧と大蝦蟇に乗りたい」
頭が痛くなってきた。とりあえず詳細を聞こう。
「大凧って、白影とか出てくる仮面の忍者的なあれか?」
小山の顔がパッと明るくなった。
「そう、あれに乗りたい」
俺は頭の中を整理しながら返事した。昭和の時代の忍者のイメージだな。
「確かあれは理論的に厳しいという話だぞ。でもまあ江宮と相談してみよう」
「ありがとう。駄目ならあきらめる」
俺は続けて確認した。
「大蝦蟇って、でっかいヒキガエルのことだよな」
「そう。伝承では忍術で呼び出すのだけれど、私にはそれができない」
「分かった。冬梅と相談してみる」
俺は念のために聞いた。
「大凧と大蝦蟇は小山が忍者だからなのか?」
小山は迷うことなく言い切った。
「私が私(忍者)であるために乗り越えなければならない壁」
小山の目には一点の曇りも無かった。いろいろおかしい所だらけというか、さっぱり理解できないが、この世界に来たこと自体が既におかしいのだ。ならば言うべきことはただ一つ。
「分かった。俺も全力を尽くそう」
小山は深くお辞儀すると平井の所に行った。ひょっとすると何でも乗りたがる平井の影響なのだろうか?ぼんやり考えていると、その平井がやってきた。
「タカシ、お願いがあるの」
何だか今日はやけにモテるな。ちっとも嬉しくないが。
「どうした?」
平井の目には揺るぎない決意が浮かんでいた。
「白蛇に乗りたい」
「え?いくらなんでもあれは無理だろ。黒の森の王だぞ」
「キングタートルには乗れた」
「それはそうだけど・・・」
俺はしばらく考えてからこたえた。
「分かった。なんとかしよう。でも、作戦を考えなきゃならない。少しばかり時間をくれ」
平井は花が咲いたような笑顔でこたえた。
「タカシ、ありがとう。あんたって、頼りになるわ」
平井は小山の所にスキップしながら戻っていった。そんなに嬉しいのか。
洋子が事情聴取に来たので簡単に説明した。「またか」といった顔をされた。二人っきりになれたので、ポケットの中に用意していたダイヤモンドを一個渡す。大きさは2カラット程度だが、色は限りなく無色透明、傷もゆがみもひずみもない。ラウンドブリリアントカットが太陽の光を反射して小さな太陽のように輝いた。
直径が8ミリ位あるので、それなりに存在感があると思う。洋子はびっくりして大声を出しそうになり、慌てて自分の口を押さえた。
「凄くうれしい。でも、どうしたのこれ?」
俺は笑いながらこたえた。
「試しに作ったらできた。利根川に試作品を見せたら欲しがったから作ったんだけど、利根川だけにやるのも不公平かと思ってさ・・・」
ダイヤが十三個入った小さな袋を渡す。
「実はこれ、一回限りだけど魔力の乾電池として使えるんだ。自分の魔力をストックしておけばきっと役に立つ。女の子はみんな欲しいだろうと思って全員分作ったんだ。利根川には俺が渡すから、利根川以外の子に配ってくれないか」
「あんたが作ったと言っていいの?」
「それはまずいだろ。ヴィーナスの神殿で女神から授かったことにしてくれ」
「分かったけど、なんで私が配るの?」
「俺が直接配るといろいろ問題がありそうで・・・」
「あんたは変な所で気を遣うのよね」
文句を言いながらも洋子は嬉しそうに受け取ってくれた。俺は念のために注意しておく。
「文字通りの人造ダイヤモンド(人工的ではなく人が作ったという意味で)だけど、この世界ではとんでもない価値(2カラットでも最高級のグレードなら日本でも一千万円以上するかも)があるかもしれないから、俺たち以外に見せたり売ったりするのは禁止ということで頼む」
「えー、人に見せびらかしてこそのアクセサリーでしょ?」
「まあまあ、いろいろ落ち着いたらそういうこともできるかもよ」
なんとかなだめて頼み込んだ。洋子が初音を探しに行ったので、俺も利根川を探そう。
利根川は佐藤と一緒に草地で薬草を探していた。この飽くなき執念というか向上心は尊敬に値するな。後ろから声をかける。
「できたぞ」
ゆっくりと振り返った利根川にダイヤモンドを渡すと、俺に抱きついて大喜びした。佐藤が怖い目で見ているのでやめて欲しい。今度は天然の一級品並みの品質だそうだ。念のため、女の子全員に配ったことを伝えるとため息をつかれた。なんでさ。
ついでにダイヤのカッティングの段階で出た削りかすを袋に入れて渡すと、これも大喜びした。溶かして液状にすると特別な魔法陣が描けるらしい。くれぐれも危ないことはやめて欲しい。
セイレーンを魅了するとは浅野君凄い。それにしても大凧に大蝦蟇に白蛇だって。小山と平井が難題を持ち込みました。どうなるの?