第185話:久々の湖沼地帯2
三平と一緒に志摩と工藤が釣りを始めた。浅野は笑いながらロボと砂浜で追いかけっこをしている。青春物のドラマみたい。俺は木っくんの鉢を洋子に預けると、砂浜に隣接する草地にトイレを設置し、ターフを張った。佐藤が手伝ってくれた。平野の指定した場所に焼き台を置くと、江宮と千堂が平野の指示でてきぱきと設営を手伝っている。
収穫がロブスターとお魚だけではもったいないので、江宮に前もって作って貰った熊手を希望者に配った。冬梅が追加で召喚した砂かけ婆と子泣き爺にも渡して、貝掘りにいそしんでもらう。猫娘は三平達の所に走って行った。完全に魚狙いだな。
もちろん俺は熊手など使わない。アイテムボックスを使って砂をごっそり収納すると、異物を全て吐き出す。異物とは岩やゴミ、そして各種の貝や蟹だ。丸々と太ったアサリと蛤がごっそり獲れた。
砂は清浄をかけて収納した。碁石の作成等でかなり使ったので、十トン位補充しとこう。河童は湖に飛び込んだきり上がってこない。リゾートを満喫しているようだ。
木っくんを横に置いてターフの日陰でのんびりしていると三平の大きな声が響いた。
「フィーッシュ!」
何がかかったのか気になったので、近くに行ってみた。どうやらかなりの大物みたいで、志摩と工藤が自分の竿を放り出して三平を支えている。
俺は三平に声をかけた。
「どうだ?」
三平は歯を食いしばりながらこたえた。
「まだ分からない」
三平と魚の戦いは一刻程続いたが、とうとう釣り上げた。波打ち際で尻尾をびたびたと打ち付けている。魚の正体は・・・体長三メートルを超える巨大なマグロだった。どうして?近くに寄ってきた伯爵が驚いて叫んだ。
「これは大きい!立派な魚ですな。初めて拝見しました」
伯爵が驚くのも無理はない。マグロの最高級品であり、本マグロとも呼ばれるクロマグロだった。しかも大きい。体長三メートル超えって、最大級ではなかろうか。
三平は手早く止めを刺してからアイテムボックスに収納した。おそらく、血抜きはアイテムボックスの中でやるんだろう。それにしてもなぜ異世界で、しかも淡水でマグロが釣れるのだろうか?
答えは一つしかない。三平のスキルである「太公望の釣り竿」だ。どういう仕組みか分からないが、レベルが8になったことによって、どこからかマグロを引っ張ってきているのだろう。
三平は感激したのか、俺の胸に飛び込んできて「たにやん、ありがとう」と叫んだ。そのまま顔を埋めて左右にこすり付ける。仕方がないので、背中をポンポンと軽く叩いた。しばらくすると、三平は顔を上げて満面の笑顔を見せてくれた。
「へへへ、鼻水をこすりつけちゃった」
なんて奴だ。恩をあだで返すのか。思わず笑ってしまった。みんなも笑っている。きっとこれでいいのだ。
工藤ががあきれたように呟いた。
「恐れ入ったぜ。本当に釣ってしまいやがった。この調子なら、リヴァイアサンだって釣れそうだな」
半分同意した。半分なのは、後の処理がどう考えても大変だからだ。
料理班(平野・江宮・千堂)の準備が出来たので、バーベキューが始まった。牛・オーク・鶏・ベーコン・ソーセージなどの肉類と野菜がバランスよく挟まった串が脂を滴らせながら、暴力的なまでに胃袋を刺激するバーベキューソースの匂いを振りまいている。
魔物が襲ってくる可能性があるので、流石にアルコール類は禁止だが冷たいジュースと紅茶で十分満足できた。平野の指示のもと、江宮と千堂が器用に焼き方を務めていた。なんかプロみたい。
湖から吹いて来る風に吹かれながら食べるバーベキューは最高だった。しかしそれだけではない。取ったばかりのロブスターが焼き網の上に乗っている。さらに千堂が焼き網の一部を鉄板に代えた。焼きそばだ!
大皿に串や焼きそばを適当に盛って護衛の皆さんの所に持って行くと、喜んで受け取ってくれた。バーベキュー+ロブスター+焼きそばで十分満足したけれど、平野はちゃんとデザートも用意していた。ソフトクリームだった。青空の下で食べると幸せの味がした。浅野はロボに味付けしていない肉をやっていた。
お腹が一杯になると、余興を求める声が出て来た。みんな野田が来ていることで期待しているのだ。観客席として新たに敷物を砂浜の真ん中位に置き、ターフを海を背にして張った。皆に移動して貰って、空いた所にチェンバロをセットする。水平じゃないと演奏しにくいと思ったのだ。
みんなの「アサノ、アサノ、アサノ」という掛け声に押されるようにして、浅野が野田の横に立った。全員、歓声と拍手でこたえた。浅野は一礼すると、歌いだした。野田が「拡声」のスキルを使ったようで、浜辺全体に歌とチェンバロの音が響いた。
曲は、「時には母のない子のように/カルメン・マキ」で始まり、「岬めぐり/山本コウタロー&ウィークエンド、悲しくてやりきれない/フォーク・クルセダーズ、夏なんです/はっぴいえんど、竹田の子守歌/赤い鳥、優しさに包まれたなら/ユーミン、精霊流し/グレープ、明日への扉/I WiSH、セクシー/石川セリ、Sugar Me/リンジー・ディ・ポール、翼の折れたエンジェル/中村あゆみ」と続き、最後は「My Ever Changing Moods/スタイル・カウンシル」だった。
一曲目のイントロを聞いた時にはどうなるかと心配したが、最後は物凄く盛り上がった。それにしても、相変わらずの謎選曲!特にSugar MeとMy Ever Changing Moodsは野田がノリノリで弾いていたので、自らリクエストした曲ではないかと思う。
個人的には最後のMy Ever Changing Moodsが、この世界に来て初めて聞いた曲なので、灌漑深かった。なんとなく、俺たちの冒険(?)はここから始まった!という感じがするのだ。多分、半分以上知らない曲ばっかりだと思うのだけれど、何故だか分からない位盛り上がった。アンコールは「上を向いて歩こう/坂本九」だった。
皆に囲まれている浅野を横目にチェンバロを収納していると、伊藤から文句を言われた。
「こんなのやるんだったら教えてくれよ。俺だってギター持ってきたのに・・・」
素直にあやまったが、伊藤、お前読みが甘いよ。
観客席を片付けようとしてイリアさんとエレナさんがターフの横に立ち尽くしていることに気がついた。二人の頬は涙で濡れていた。確かに浅野の熱唱は凄かったが、泣くほどのインパクトがあっただろうか?
イリアさんが振り絞るような声で告げた。
「浅野様は、気高く美しく可憐で優しい心の持ち主と思っていましたが、それだけではなかったのですね。上は王族から下は奴隷まで、万民を救えるのは浅野様だけです」
エレナさんが続けた。
「浅野様があのように深く激しい気持ちをお持ちだとは思ってもいませんでした。あまりにも高貴過ぎて我々と次元の異なる方だと思っていたのですが、平民の悩みも痛みも苦しみも全て理解されているのですね」
正直言って何を言っていいか分からなかったので、適当なことをこたえた。
「全てはこの世界の神の思し召しです。神の御名は褒むべきかな」
なぜか二人には通じてしまったようで、膝をついて祈り始めてしまった。
三平君はついにマグロを釣ってしまいました。浅野君のファーストコンサートは大成功だったようです。大成功過ぎたかも。