第184話:久々の湖沼地帯1
7月25日、日曜日。全面的に晴れ。おまけに気持ちの良い風が吹いている。今日はみんなで湖にレクレーションに行く予定なので、密かに天気を心配していたのだ。良かった良かった。
ランニングが終わってラウンジに戻ると、志摩が待っていた。そのまま部屋に連行されて碁石を受け取る。全部で三万六千個あった。昨日より三千個多い。魔力操作も成長しているのかも。
食堂に行って厨房の様子を見ると、平野が張り切って指示を出していた。スタッフもきびきび動いていて特に問題はなさそう。平野に声をかけると、ヒートポンプとクーラーのお陰で地獄の暑さから解放されたのが、何より嬉しいそうだ。
今日の朝御飯はお好み焼きだった。ソースはウスターベースを元に作っているみたい。マヨネーズも、見かけは青のりに似たハーブの粉末もあるので再現度が高かった。鰹節が無いのが残念だが、これは仕方がないだろう。千堂が涙を流しながら、お替りしていた。
食後の紅茶を味わっていたら、利根川に話しかけられた。四十年物のワインのボトリングが終わったそうだ。二十年物と同様、三十六本を王女様に贈るように頼んだ。
一週間ぶりの先生の講義は来週、演習に行く山岳地帯のレクチャーだった。場所は王都から北に五十キロ位。当然日帰りは無理なので、四泊五日の演習となる。修学旅行とは全然違うけど、なんとなく楽しみ。
まず説明されたのは地形だ。山岳地帯は五つの山がある。ほぼ正方形の四隅の位置に四つの山があり、中心に最も高い山があるのだ。今回の目的地はその真ん中山に到達することなのだそうだ。なんでも真ん中山の頂上には空の王こと巨大なロックバードが巣を作っているそうだが、そこまでいかなくても良いらしい。
一応、山道はあるので、道なりに進めば真ん中山に至るそうだが、平地と違って幾つか注意点がある。まず、登りにしろ下りにせよ常に勾配があること。基本的に道幅は狭く片側は山肌・反対側は崖になっている状態で行動しなければならないこと。この二つは常に頭に入れておく必要があるそうだ。
講義が終わると、利根川に呼び止められた。
「四十年物のワイン三十六本、王女様に贈ったわよ」
「おお、ありがとう」
「それと、水虫の薬と靴の消毒薬ができたわよ」
俺はアイテムボックスを確認してから返事した。
「ジンが27日あたりできそうだから、ジンと一緒にプレゼンしようか」
利根川も異論はなかったので、28日に商業ギルドを呼ぶことにした。利根川に商業ギルドのジョージさんへの連絡をカウンターに依頼するよう頼んだ。
俺は食堂に行ってチェンバロを収納し、次に厨房の地下倉庫で今日のお昼御飯用の焼き台を収納した。材料&食器&飲み物は平野が自分のアイテムボックスで運ぶとのこと。今日のお昼の賄いは弟子A・B・にまかせるそうだ。
賄いで思い出した。アイテムボックスに入れておいた蟻の唐揚げと蟻酸ドレッシング付きのサラダを渡して、先生のお昼に出すように頼んだ。喜んでくれるといいな。
昨日から稼働を始めた各機器は全て順調に動いているそうだ。万が一何かあった場合でも、今日の晩御飯は仕込み済みなので問題ないとのこと。ついでにという訳ではないが、水の補充を頼まれて、水の在庫が残り少ないことに気が付いた。
蟻退治のために黒の森で景気よくばらまいたことが原因だ。少し、いやかなり気が重いけれど、女神様に水を貰いに行かなければならない。今週、行くことにしよう。良い時間になったので、平野と一緒にラウンジに行った。いったん自分の部屋に戻って、木っくんの鉢を抱えて戻ると、丁度馬車が来た。お傍係からはエレナさんともう一人ついてくるようだ。
久々に西の門から王都の外に出る。ちゃんとロボが待っていて、浅野の乗った馬車の横を並走していた。馬車の中ではひたすら小さいサイズ(それでも二カラットある)のダイヤモンド造りに集中した。最初に作った青緑や赤いダイヤモンドのようなのはできないが、無色透明なものが安定して作れるようになってきた。
日差しは強いがクーラーのお陰で馬車の中は快適だ。ダイヤモンド造りが一段落したので雑談に加わると、馬車に対する不満が話題になっていた。どうしても自動車と比べるから仕方ないのだが、乗り心地とスピード、この二点に対する不満が多かった。
乗り心地の悪さは振動と上下左右の揺れ、速度は馬が曳いていることが原因だ。さらに、速度を上げると乗り心地が比例して悪くなるだろうし、馬車の強度的にも問題があるみたい。この辺が次の課題になるかもしれない。
いろいろ考えていると湖沼地帯に着いた。深呼吸すると水の匂いがする。馬車から最初に飛び降りたのは三平だった。準備運動代わりに、ストレッチで体をほぐしている。やる気マンマンだな。三平につられてみんなが体を動かしている中、冬梅に頼んで河童を召喚してもらった。
召喚されたカッパはいきなり文句をまくしたてた。
「なんでいなんでい、てめえら冷たいじゃないか。俺っちのこと忘れたのかよ」
黒の森で出番がなかったことがご不満のようだ。
「まあまあこれでも食いな」
予想していたので、あらかじめ平野から分けて貰っていたズッキーニを咥えさせた。文句を言いながらもポリポリ食べ始めた河童に「忘れていたわけじゃないけど、水の無い森の中じゃ河童は活躍できない」ことを説明すると、お腹が満足したのかわかってくれた。
湖への途中で三本の水路を渡る。二番目の水路はジャイアントロブスターが密集していたので、三平に頼んで二十匹ほど釣って貰った。そして俺たちは久しぶりに湖に着いた。静かだ。足跡一つない砂浜には波が静かに寄せては返している。蟹はどこにもいないようだ。すぐさま竿を持って駆けだしそうな三平を止めて、藤原と河童に聞いた。
「危険は無いか?」
「大丈夫みたい」
「やべーのはいないな」
どうやら問題なさそうだな。俺は三平の両肩に手を置いて話しかけた。
「ここは海だ」
三平は素直に繰り返した。
「ここは海」
俺は続けた。
「海にはマグロがいる」
三平は夢見るように呟いた。
「海にはマグロ」
俺は締めの言葉をささやいた。
「マグロは釣るだけだ」
三平は素直に復唱した。
「マグロは釣るだけ」
「よし、いってこい」と言う前に三平は湖に向かって走りだした。背中を叩くこともできなかった。波打ち際まで行くと、太公望の釣り竿を出して大きくスイングする。どういう仕組みか分からないが、百メートル先まで針が飛んだような気がする。すごいな。
178話・182話・183話を修正しました。長くなったので分けます。日本はコスタリカに負けました。退いて守備を固めた相手を攻めきることができないという悪癖がでました。アジア予選で散々苦労したのに、何の対策も出来ていないことが露呈しました。残念です。




