第182話:ほの暗き地下室で8ー1
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同じく7月24日の深夜、王宮の地下では、とある会合が開かれていた。出席者は、エリザベート・ファー・オードリー王女、レボルバー・ダン・ラスカル侯爵(宰相)、ラルフ・エル・ローエン伯爵(近衛師団長)、イリア・ペンネローブ神官長、メアリー・ナイ・スイープ侍女長の五人。いずれも勇者召喚に深く関わる人間ばかりである。
口火を切ったのは侍女長だった。
「今日の晩御飯は殺人蟻の唐揚げでした・・・」
恨めしそうに王女を見つめる。
王女は侍女長を一瞥もせずに告げた。
「皆の者、これを見よ」
王女が右手を自分の後ろに回すと、背後のディスプレイに「勇者管理システム」が立ち上がった。侍女長の恨み言は完全に無視するようだ。
「また新しいスキルが付いたのですか?」
伯爵が尋ねた。
「そうじゃ。今回も、なんと二十人に新しいスキルが付いておる」
王女が白い指先でディスプレイを弾くと、ピンク色の文字が画面の中で輝いた。
「一条英華:縮地、寺島初音:開錠、野原英雄:頑健、冬梅貴明:闇魔法、夜神光:闇魔法、江宮次郎:鷹目、佐藤解司:開錠、志摩豊作:水魔法、小山あずみ:弓術、鷹町菜花:結界、青井秀二:咆哮、尾上六三四:水魔法、工藤康:火魔法、浅野薫:慈愛、羽河鶫:弓術、千堂武:透し、楽丸幹一:頑健、野田恵子:拡声、平野美礼:土魔法、三平魚心:水魔法。以上が各人の新スキルじゃ」
前回も同じことがあったので、王女以外の四人もそれほど驚きはしなかった。宰相は念を押すように尋ねた。
「大漁ですな。今回もレベルアップの効果でしょうか?」
王女は嬉しそうに笑った。
「その通りじゃ。伯爵、彼らのレベルを答えよ」
伯爵はかしこまってこたえた。
「召喚された三十人全員がレベル48となりました」
驚きのあまり宰相は飛び上がった。大声で叫びたい気持ちを堪え、なんとか座りなおすと質問した。
「今度は何をやったのだ?」
伯爵は笑顔でこたえた。
「今回の討伐内容ですが、四日間でクレイジーモスキートが約千匹、殺人蜂が約千匹、巨大蛭が約千匹、お化けカズラが30匹、緑の牙が60匹、オークが11頭、ダークスパイダーが百~千匹、大百足が1匹、オーガが12頭、殺人蟻が15~20万匹、トロールが1頭でございます」
王女と宰相と侍女長の頭を伯爵の言葉が通過していった。理解できなかったのだ。宰相は静かに頼んだ。
「すまない、もう一度頼む」
伯爵は笑顔で繰り返した。
「クレイジーモスキートが約千匹、殺人蜂が約千匹、巨大蛭が約千匹、お化けカズラが30匹、緑の牙が60匹、オークが11頭、ダークスパイダーが百~千匹、大百足が1匹、オーガが12頭、殺人蟻が15~20万匹、トロールが1匹でございます。
なお、クレイジーモスキートとダークスパイダーの討伐数は推定でございます。また、巨大蛭は生け捕りにしているので、経験値には反映されていません」
もう一度同じ言葉を繰り返そうとした宰相を王女が止めた。
「それは真か」
伯爵は笑顔で頷いた。
「この目でしっかり確認しました。殺人蟻が15~20万匹となっているのは、地下の巣に何匹いたのか不明だからでございます」
再び王女と宰相と侍女長は黙り込んだ。伯爵は笑顔で続けた。
「なお、討伐は叶いませんでしたが、ヘルキャット・ヘルハウンド・白蛇・トレント・ユニコーンと遭遇しております」
宰相は最初の衝撃を忘れようと聞いた。
「遭遇してどうなったのだ」
伯爵は少し残念そうな顔をしながらこたえた。
「ヘルキャットとヘルハウンドとトレントは餌付けして懐柔しました。白蛇には今回の開拓はあくまで遺跡群を行き交いするための道路の建設のみを目的としていることを説明し了解を得ました。ユニコーンは浅野様と平井様が騎乗なさいました」
宰相は額を押さえながら聞いた。
「待て、『開拓』とは何だ?魔物の討伐に行ったのではないか?」
伯爵は再び笑顔に戻ってこたえた。
「さようでございますが、谷山様がどうせなら道路を作った方が効率が良いと仰られて、ヴィーナスの神殿・円形劇場跡・ヴィーナスの泉・集会所跡・広場をつなぐ道路を造られました。幅が約八メートルあるので、護衛がいれば馬車での往来も可能です」
宰相は両手で頭を抱えて低い声で聞いた。
「すまぬ。また意味不明の言葉が出て来たぞ。ヴィーナスとは一体何者だ?そのような名を聞いたことはないぞ」
伯爵に代わって神官長がこたえた。
「ヴィーナスとは湖の女神様の真名でございます。愛と美を司る神でございます。浅野様・谷山様・志摩様・江宮様の類まれなる信仰心と努力の甲斐あって、泉と神殿を見事復活されました。神殿には既に霊験明らかな象が据え置かれ、泉では今も聖水が途切れることなく湧き続けております」
「素晴らしい!実に素晴らしい!」
宰相の機先を制して王女が叫んだ。
「魔物を討伐してレベルアップしただけでなく、神殿と泉を復活させ、さらにそこに至る街道まで整備するとは神の御業に匹敵するではないか」
神官長は大きく頷いた。
「王女様の仰る通りでございます。今まで誰も成し遂げるどころか、考える事すらなかった偉業をこの短期間で完遂されるとは、真の勇者様でございます」
侍女長は声を押さえながら王女に問いかけた。
「私からも幾つか質問をよろしいでしょうか?」
王女は簡潔にこたえた。
「よい、許す」
「どのようにしてヘルキャット・ヘルハウンド・トレントを懐柔したのでしょうか?」
「冬梅様が、猫・犬・木の妖怪を召喚し、その妖怪に通訳させることで意思の疎通を図り、それぞれの好物を提供することで争いを避けたようです」
「白蛇は黒の森の王だと聞いております。なぜそのような高位の存在がこのような浅い場所に現れたのでしょうか?」
「白蛇はトロールを次の王になる存在と言ったそうです。いわば、息子のような存在なのでしょう。トロールが勇者様に討伐されたので、救出のために現れたと存じます」
「ということは不死身のトロールを本当に討伐したと」
「勇者様は時間を稼ぎ、その間に周到な罠を構築し、百回以上殺すことによってトロールの神性を剥がし、最後は平井様が炎の大剣をもって仕留めました。あれはまさしく神殺しの奇跡、後の世まで語り継がれる伝説となるべき戦いでございました」
「討伐した魔物の数ですが、殺人蟻は桁を間違えているのではないですか?」
「殺人蟻を巣ごと殲滅しております。地上に出て来た蟻は全て氷漬けにして谷山様がアイテムボックスに収納されました。その際に数は自動で計算されていますので、15万という数に間違いはございません。地下にあった巣も殲滅したのですが、何分こちらは回収不能なので、数を数えることができなかったのでございます」
王女は不思議に思って聞いた。
「対面していらぬ地下の蟻をどうやって討伐したのだ?毒か?」
伯爵は頷いて応えた。
「我々は呼吸して生きております。蟻も同様です。その空気を毒に代えることでまとめて討伐したのでございます」
長くなったので分けます。177話と178話を加筆修正しました。関係ないのですが、ワールドカップの初戦で日本がドイツに勝ってしまいました。良かったけど驚きの方が大きい。そういえばヤングジャンプでサッカー漫画の連載が始まりました。タイトルはカテナチオ!これでピンと来る人もいると思いますが、主人公はセンターバックです。作者は新人ですが期待できそう。描線の感じがシュトヘルに似ているような気がする。現在チェックしているサッカー漫画はジャイアントキリング(モーニング)とフットボールネーション(スペリオール)の二つ(王道の熱血サッカー漫画は「シュート!」でやめました)ですが、三番目になりそうな予感。サッカー漫画の主人公はフォワードかミッドフィールダーがほとんどなので、珍しいんだもん。将来的にはゴールキーパーが主人公の作品が出てくるかもしれませんね。ゴールキーパーの目線て、フィールドを後方から俯瞰するので、全体を見る構図が作りやすいと思う。以上、ワールドカップネタということでお許しください。