第181話:ジンの名前
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馬車に揺られながら浅野が面白い事を言い出した。
「修道院の名物みたいなのがあれば良いのにな」
水野が聞き返した。
「どうして?」
浅野は所々つっかえながら説明した。
「ヨーロッパの教会や修道院では手作りのお菓子やパン、ワインが名物になっている所があるでしょ。そういう副業的な収入があれば、あそこの教会ももう少し余裕のある運営ができるんじゃないかと思ってさ・・」
工藤が立ち上がりながら拍手した。
「浅野えらい!確かにお前の言うとおりだ。苦しいからと言って貰ってばかりじゃ何も改善しないよな」
工藤も拍手しながら続いた。
「俺も全面的に賛成だ。経営が上向いたら子供たちの生活も良くなるし、より多くの子供を救えると思う」
水野も立ち上がりながら拍手した。
「俺も大賛成だ。教会に余力が出来たら、貧民向けの炊き出しの回数を増やせると思う。社会を下支えする力になるんじゃないかな」
木田が座ったままで冷静に質問した。
「とっても良い考えだとは思うけど、具体的に何を作るの?」
みんな黙ってしまったので、俺はおずおずと手を挙げた。木田は嫌々俺を指さした。
「お菓子とか養命酒とかどうかな?」
羽河が面白そうに聞いた。
「どんなお菓子?」
俺は考えながら答えた。
「材料が少なくて簡単作れるのがいいな。そうだ、女神のイラストを焼き印でいれようぜ」
羽河が目線で促したので、続けて説明した。
「教会の傘下の農家でワインを作っているから、そのワインと薬草を使って養命酒みたいなのを作ったらどうだろうか?薬草も例の果樹園で栽培したら良いと思う」
誰も反対しなかった。細かいことは利根川と平野に相談することにした。また、お菓子や料理のシピの契約の問題があるので、王女様にも説明しておくことにした。先生に手紙を書いて貰おう。
とりあえず担当はうまいこと浅野に押し付けたが、代わりに補佐を引き受けることになった。とほほのホ。ちょっとばかり憂鬱な気分を変えようと、今日指導した歌を浅野に歌ってもらった。
今日も三曲指導したそうだ。曲は、1.見上げてごらん夜の星を、2.花はどこへ行った、3.ラジオ体操の歌!相変わらずの謎選曲!一曲目は昭和の歌謡界の大スター坂本九の大ヒット曲、二曲目もアメリカの反戦フォークソングのパイオニアであるPPM(ピーター・ポール&マリー)の歴史的な名曲なので文句はないが、三曲目は一体なんなのだ!まあいいけど。
浅野と木田がいたので、俺はついでに相談した。
「王妃殿に行くときなんだけどさ、献上は無しでも良いと言っていたけれど、やっぱり何か持って行った方が良いと思うんだ。どう思う?」
浅野と木田は顔を見合わせてから浅野がこたえた。
「僕たちもそのことは気になっていたんだ。やっぱり何か持って行こう」
木田が続いた。
「とりあえずシャンプーとリンスが無難だと思うんだけど、他に何かある?」
俺は即答した。
「この前できた40年物のワインを持って行こうか?」
木田が遠慮がちに聞いた。
「いいの?」
俺は大きく頷いた。
「もちろん。ついでに平野に頼んで焼き菓子の盛り合わせを作って貰おうか?」
浅野達も含めて誰も反対しなかったので、これで決まりだな。
宿舎に戻る頃には日は西に傾いていた。早速浅野と一緒に利根川の所に行った。いつも通りのやり取りを交わす。
「合言葉を言え、科学忍者隊」
「ガッチャマン!」
横でやり取りを聞いていた浅野がびっくりしていた。
「いつもこんなことやってるの?」
「そうだけど」
「楽しそうだね」
どうやら合言葉の応酬をやっているのは俺だけのようだ。なぜだ?文句を言いたかったが今は我慢しよう。まずは先日打ち合わせたジンの材料と原酒を必要なだけ預かり、大きなガラス瓶に入れて一年・三年・五年で熟成を開始した。
次に養命酒のことを相談した。利根川はしばらく考えてから返事した。
「ワインベースの養命酒か・・・。レミの意見も聞きたいから厨房に行こう」
浅野と利根川と一緒に厨房に行って、平野を交えて相談した。まずは浅野が今回の経緯を話して、俺が必要な要件をまとめた。平野は俺の要望を復唱した。
「安く簡単に大量に作れて、おいしくて名物になるもの・・・」
平野はしばらく考えてからいきなり立ち上がって吠えた。
「そんな都合が良いものあるかー!」
「まあまあまあまあ・・・」
ちょっと怒っている平野を浅野がなだめてくれた。話し合いの結果、お菓子はジンジャークッキーになった。この世界には無かったからだ。養命酒はジンの材料を参考に、ワインと相性が良さそうな薬草・果実・木の実を選んだ。
材料は必須のものと、あれば良い的なものをリストアップしたので、最終的な選択は教会の担当者に任せることにした。宿舎の菜園で育てている薬草・果実については、レシピと一緒に苗を渡すことにしたので、なんとかなるだろう。
レシピと見本はどちらも平野が作ってくれることになったのだが、養命酒の見本だけは俺が熟成することになった。大きなガラス瓶に材料とワインを入れた物を三本預かり、ジンと同じく一年・三年・五年で熟成を開始する。
ついでに王妃殿に持って行く焼き菓子のセットの作成を依頼したら、腕によりをかけて作ってくれるそうだ。ささやかで良いと思うのだが、王族への手土産となるとそういう訳にはいかないようだ。
ジンを作っていることを平野に説明すると、出来上がったらぜひ分けて欲しいと言われた。お菓子や料理の風味づけに試してみたいらしい。もちろん俺が断る訳はない。
クッキーに押す焼き印のデザインは、ジンのラベルと合せて浅野が描いてくれることになったのだが、一つ問題が問題が発生した。浅野が聞いた。
「養命酒やジンの名前はどうするの?」
「ジンはジンで良いんじゃないの?」
「ジンじゃ分からないよ。それに三種類作るんでしょ。どうやって区別するの?」
俺は何も考えずにこたえてしまった。
「それじゃあ薬酒1号、2号、3号で」
仮面ライダーみたいだと笑ってくれるかと思ったのに、俺以外の全員が拍手で決定してしまった。呆然としていると、利根川が続けて聞いた。
「ワインの方はどうする?」
平野がこたえた。
「養命ワインで良いんじゃない?」
こいつ絶対何も考えていないな。
浅野が提案した。
「美と健康の酒 ヴィーナス、というのはどう?」
全身に悪寒が走った俺は全力で止めた。
「とりあえずヴィーナスは止めよう」
利根川がにやにやしながら聞いた。
「どうして?」
俺はどもりながらこたえた。
「だ、だってほら、神様の名前を商品名にするなんて恐れ多いだろ」
俺はヴィーナスを支持する三人をなんとか説得した。だって、どんなのが出来るのか分からないんだよ。ちょっと怖いでしょ。最終的には「美と健康 養命ワイン」に決まって一安心。
ラベルのデザインは三人に任せ、俺は先生の所に行った。ノックしてから入ると先生は笑顔で迎えてくれた。教会の特産品を作るために、お菓子のレシピを一種類だけ教会に開示したいと説明すると、賛成してくださった上で笑顔で質問された。
「レシピに関する王女様との約束はどうなさいますか?」
「そこのところをうまく説明した手紙を書いていただけませんか?」
先生はしばらく考えてから頷いた。
「分かりました。良いでしょう。明日にでも手紙を出します」
「ありがとうございます」
「その代わりと言っては何ですが、利根川様が作ってらっしゃるという新しいお酒を分けていただけませんか?」
もちろん俺が断る訳はない。出来上がり次第、進呈することになった。
今日の晩御飯は殺人蟻の唐揚げと蟻酸ドレッシング付きのサラダだった。もちろん、姿揚げではなく身だけを外して揚げているので、外見上は蟻とは分からない。食べてみると鳥と魚の中間のような肉質で、淡白で臭みも無く柔らかくて上質な肉だった。少なくても珍味ではないと思う。
サラダについているドレッシングは蟻酸をスパイスとして使っているそうで、唐辛子や山葵や辛子でもない、独特のヒリヒリする感じが刺激的な味付けだった。デザートはカステラだった。砂糖のふんわりとした香りと上品な甘さが印象的だった。
唐揚げ大好きな先生がさぞかし喜んでいるだろうと思ったが、急な用事が出来たとかで欠席していた。念のため、先生の分はアイテムボックスにキープしておこう。
部屋に戻ると窓枠にお供えを並べた。今日は、ドリア・蟻の唐揚げ・蟻酸ドレッシング付きのサラダ・カステラだ。目を瞑り手を合わせてると、「美味し!」の声と共にペタン・ペタン・ペタンという音が聞こえた。
なんとなく安心しながら目を開けると女神様がいた。まったく予想していなかったので、心臓が止まるほど驚いた。
「タニヤマよ、どうして我が名を冠したワインを出さなかったのだ?」
女神様がそれほど怒った様子ではなかったようなので、俺は少し安心しながらこたえた。
「これぞ最高・究極のワインと確信できるものでなければ、女神様の名前を頂くことなど出来ません」
女神様は口角を上げながら満足そうに笑った。
「まったく言い逃れがうまい男よの。まあよい。此度はお主の類まれなる崇拝の念として覚えておこう。それと我の名はヴィーナスじゃ。忘れるな」
俺は平伏するしかできなかった。しばらくして顔を上げると、そこには月明かりを浴びた木っくんがいるだけだった。
女神様はヴィーナスワインを出してほしかったみたいです。