第180話:噂のヴィーナス
娯楽ギルドの視察で思ったより時間がかかったので、教会に向かう馬車の中でお昼ご飯を食べた。今日は二種類の具入りパンケーキだった。一つは角切りのベーコン・チーズ・蒸したジャガイモが、もう一つは数種類のドライフルーツが山ほど入っていた。デザートはイチゴのジェラートだった。熱い紅茶と交互に食べると最高だった。
教会に着くと、工藤と羽河は僧侶の墓所に掃除に行った。既に歌の指導は終わっていたみたいで、子供たちは浅野・木田・楽丸・千堂・野田・ベルさんと一緒に庭で元気に遊んでいる。
護衛に来た騎士たちやお傍係にお昼ご飯を振舞うと遠慮しながらも嬉しそうに受け取ってくれた。本堂に行ってチェンバロを収納していると、院長先生に話しかけられた。
「いつもいつもありがとうございます。前回頂いたおもちゃは、皆の宝物になっております」
「江宮たちが一生懸命作った甲斐がありました。それに、子供の時にはよく学びよく遊べ、と私の国では言われています」
院長先生は思う所があるのか、深く頷いた。その上でとんでもないことを言い出した。
「この度は黒の森で多数の魔物を討伐しただけでなく、馬車が通れるほどの街道を切り開き、女神ヴィーナスの泉を復活させ、さらに神殿までも再建されたとのこと。皆様のご活躍、誠に勇者様ならではの偉業と存じ上げます」
確かに教団の関係者が護衛に付いていたので院長先生が知っていてもおかしくはないけど、情報の伝達が早すぎるのではなかろうか。「湖の女神=ヴィーナス」は既に周知の情報になってしまったのかもしれない。いまさらノリと思い付きでやったとは言えないので、話を変えるためにあれをお願いしておこう。
「実はお願いがありまして」
「なんなりと申しつけください」
「少し前、子供たちを連れて東の川沿いにピクニックに行ったのですが、そこの会場跡が果樹園になっています。半ば結界になっていて関係者しか入れません。既に果実がたわわに実っているのですが、収穫する人が誰もいないのです」
院長先生は話について行けなくて目を白黒させているが、とりあえず話してしまおう。
「ピクニックに参加した子供達や引率したシスターの皆様は自由に出入りできると思いますので、こちらの教会で果実の収穫と果樹園の管理をお願いできませんでしょうか?」
突然の申し出に院長先生は口を開けたまま絶句した。もうちょい説明しておこう。
「申し訳ないのですが、手間賃をお出しすることはできません。その代わり、収穫した果物は全て教会と孤児院のものです。こちらで消費しきれない分は東の教会と分け、それでも余ったら市場などで販売してください。女神様から下賜された果物と言えば、相場より高く売れると思いますよ」
院長先生は驚きながら答えた。
「それではあまりに私共に利がありすぎます。皆様には何も良いことがないではないですか!」
俺は笑いながら答えた。
「浅野達にとっては、子供たちの笑顔が何よりの報酬です。子供たちのためであればきっと女神様もお許しになられるでしょう」
院長先生とシスターは膝まづいて祈り始めてしまった。そういうつもりではなかったので、厨房に案内して貰った。平野から預かった焼き菓子の盛り合わせと、緑の牙の捕食葉を二枚出した。無論、トゲトゲの牙は外している。院長先生は驚いて叫んだ。
「これは緑の牙の葉ですね。こんな貴重な物を頂くわけにはまいりません」
そういうわけにはいかないので、子供達が成長するためには肉も必要だからと無理やり受け取って貰った。一枚で五十人分くらいのステーキが焼けると思う。
庭に出ると工藤と羽河がお堂の掃除から戻ってきたので、帰ることにした。別れを惜しむ子供たちに見送られながら馬車は出発した。千堂達が何かないかと言うので、残りのパンケーキを出すと皆喜んで食べた。教会で出されたご飯だけでは足りなかったみたい。
ヴィーナスの誕生は既に噂が広まっているようです。