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第18話:地理

 四日目の朝、天気は曇りだった。雨の匂いはしないけど、なんか湿っぽいというか、走っていても空気が重いような感じがする。ランニング掃除は好調だ。複数を同時に指定したり、より遠い距離のものを指定できるようにいろいろ挑戦してみる。これっていつかなんかの役に立つかな?


 朝ごはんは俺の苦手なオートミール、つまるところ麦のおかゆだった。洋食だからいつかは出てくるとは思ってたんだよな。味付けしてあるから食べられないことはないんだけど、スプーンが進みませんぜ。

 どうやら苦手なのは俺だけみたいで、洋子や初音だけでなく、ヒデまでうまそうに食べているのがなんか気に入らない。


 隣の席を見ると、野田が目をつぶり口の端からだらだらこぼしながらおかゆをすすっていた。きっと徹夜で弾いていたんだろうな。眠りながら飯食うとか器用な奴だ。でも幸せそうな顔をしているので、注意するのはやめとこう。


 先に食事を終えた花山がデッキに出ていった。昨日のトレーニングをするのだろう。当然のように茶色い髪の少女が続く。なんとなく、役目を越えた熱心さを感じた。この少女だけでなく、食堂や宿舎の下働きの女性から最も注目されているのは花山のような気がする。


 今日の座学は地理だった。これまでのおさらいとしては、まず海に囲まれてデルザスカル大陸がある。真ん中に大地溝帯があって東西に分かれている。

 大陸の東側の三分の一は大森林地帯でエルフの支配下にある。残りの三分の二は東西に並行して走る山脈二本で三つの国に分かれている、ということだった。ここから先は今日習ったところだ。


 まず二つの山脈の名前は、北がデホイヤ山脈、南がハニカム山脈。それぞれの最高峰はデホイヤが五千メートル、ハニカムが三千メートルあり、デホイヤ山脈はデルザスカルの背骨と言われているそうだ。


 だからなのかは分からないがハイランド王国の平野部の標高は平均で約千メートル、ミドガルド王国は約五百メートル、ネーデルティア共和国は約二百メートルだそうだ。遠くから俯瞰ふかんしてみれば、階段みたいにみえるかも。


 ハイランド王国の北側の端は、数か所の入り江を除いて基本海に向かって切り立った崖になっている。千メートルの崖ってなんなんだろ。反対にネーデルティア共和国の端はなだらかに海にくだっているそうだ。


 気候的には、北に行くほど寒くなり、夏でも涼しいらしい。反対に南の端は夏になると死人が出るほど暑く、冬でも暖かいそうだ。ということは、ここは北半球で確定だな。


 三国の気候・風土と主要な農産物を一言で言うと、北は遊牧民の国で年間を通して気温は低く農業より牧畜が盛ん、真ん中のこの国は農業の国で小麦が中心、南は亜熱帯で野菜・果物・穀物なんでもありで、なんと米も取れるらしい。

 あ、南は山一つ越えると気候や風土ががらりと変わるので、一言でまとめるのは無理かもしれないとのこと。


 講義が終わってから、先生に来月からのミドガルド語の講義を申し込んだ。クラスの殆どが申し込んだみたい。みんな、勉強が好きだね。

 お昼は具沢山のリゾットだった。午前中の講義で米の話が出たので、ご飯が食べたいなあと思っていたのだよ。ナイスタイミング!もちろん、日本のお米とはちょっと違うけど、ハーブの香りと鳥の風味で懐かしくもおいしく頂きました。


 食後デッキで洋子とぼんやりしていると、池のほとりで千堂が小山に頼みごとをしていた。なんかOKになったぽい。なんだろ?


 練兵場に行ってクラブハウスで武器の準備をしていると、一条と尾上に声がかかった。それぞれに適した剣を探してくれたらしい。

 一条は火魔法に適した剣でうっすらと赤みを帯びている。尾上には風魔法に適した剣で、こちらの刀身は青みがかっていた。剣が杖代わりになるというか、魔法の通りが良くなるらしい。なんかすごく羨ましい。


 ローエン伯爵が説明した。

「お二方のスキルにあった剣をお選びしました。無銘ではございますが、王宮の宝物庫にある名剣に勝るとも劣らぬ逸品ですぞ。どうぞご活用くだされ」

 一条は喜んでいたが、尾上は嬉しいような嬉しくないような微妙な顔をしていた。


 訓練は召喚でまた一騒動あった。冬梅が召喚したのはなんと猫娘だった。釣り目がちの大きな目におかっぱ頭、紺地に白の水玉ワンピースで裸足だった。

 猫耳が無ければ普通の女の子に見えるのだが、ナンパしようとした伊藤(見学に来ていた)が声をかけると、化け猫に変身!


 真ん丸の眼が金色に光り、耳まで裂けた大きな口を開け鋭い牙で威嚇する。数センチも伸びた鋭い爪で目の玉をえぐられそうになって、伊藤は地面を転がって逃げた。


 恐ろしいまでの殺気だったが、冬梅から「やめろ!」と声がかかると一転、化け猫は水玉ワンピースのお嬢様に戻った。「ご主人様ー」と言って冬梅にじゃれつく姿を見ていると、あの化け猫姿が信じられない。


 長い爪、鋭い牙、断じてあれは猫じゃない。体格的にも大型の哺乳類、豹とか虎に相当すると思う。これこそまさに豹変ジャガーチェンジか?あれならこの世界の魔物と戦えるかもしれない。


 イリアさんから声をかけられた。

「勇者様の国は魔法は無いと聞いておりましたが、獣人はいるのですね」

 ローエン伯爵からも聞かれた。

「あれは豹の獣人ですかな?だとしたら戦士としてまたとない戦力となりますな」

 実はあれは猫なんです、妖怪なんですとは言えなくなってしまった。


 召喚といえば中原は日本犬の召喚に成功した。真っ白な中型犬だった。雑種みたい。「シロ」という名前で家で飼っていたらしい。懐かしさもあり、皆に大人気だった。

 なんかそこだけ空気が違うというか、ほのぼのしていた。シロがなぜか猫娘を異様に警戒して近くにくると吠えまくり、冬梅が困惑していたのが笑えた。犬と猫の相性なのだろうか?


 昨日に続いて行われた手合わせの組み合わせと順番は、以下の通りだった。ヒデが参加したので一人余るかと思ったら、猫娘が飛び入り参加したので、丁度釣り合った。

1.猫娘×平井

2.工藤×小山

3.江宮×寺島

4.羽河×一条

5.ヒデ×尾上

6.青井×千堂

7.花山×楽丸


 猫娘に念入りにルールを説明したうえで、手合わせは始まった。アーマーベストは不要みたい。なぜ猫娘の相手が平井なのか疑問だったが、最初の打ち合いで分かった。平井の剣を余裕でかわすだけでなく、平井が振りぬいたタイミングで反撃している。


 平井のアーマーベストに薄いピンクの三本線が浮かび上がった。並みはずれた反応速度の速さが力も技術も経験も何もかも圧倒することを理解できた。

 平井の一撃が当たったと思った瞬間には背後を取られているのだ。後ろからの斬撃をかろうじて防御しているのは流石だが。猫娘が感心した顔で声をかけた。


「やるじゃない、チビ」

「チビじゃない!」

 平井の闘志に火が付いた。ギアを一段上げて突っ込んでいく。これから、といった所で試合は終了となった。


 工藤は昨日と違ってもろにやりにくそうだった。小山の作戦は、シンプルだった。

・遠目から小型のナイフをどんどん投げる→工藤は必至で防ぐ。

・さらに投げる→さらに防戦一方。

・もっと投げる→体勢が崩れる。

・一気に踏み込んで接近戦。


 接近戦になると工藤レベルでは槍はただの長い棒になってしまう。相手を突き放すだけで精いっぱいだ。何らかの対策が必要だな。

 江宮と初音の対戦は予想通り、攻めの初音・受けの江宮という形になった。江宮はほとんど攻撃できず、防戦一方なのだが、俺は逆に感心した。江宮って防御だけなら完璧かも。負けない強さみたいなのを感じた。


 羽河と一条の試合は得物のリーチの差が出て、羽河にはつらそうだった。羽河としては剣の間合いを突破して接近戦で勝負したいのだが、技術と経験を兼ね備えた一条はそれを許さない。それでも三分持ちこたえたのは流石だが。


 ここで俺の期待の星、ヒデが登場。正統派の剣士然とした尾上と金属バットを持ったヒデ。ヤンキーが剣道場に殴り込みをかけたような感じ?完全に悪役ヒールだな。

 しかし、試合としては大いに盛り上がった。素人目にもきれいな太刀筋の尾上に対し、ヒデはパワーと野生の勘で対抗して、決着はつかなかった。


 二日続けて盾役との試合になった千堂だが、今日も元気いっぱい攻めていた。体重差は十キロ以上あるのに、正面からぶつかって拮抗していたのは驚きだ。

 最後は花山と楽丸。楽丸も二日続けて盾役との試合になった。試合前に楽丸がクラブハウスに行ったので、何をするのかと思ったら重量級の槍に持って戻ってきた。体重差を埋めようとしているのだろうか?まさか正面からぶつかるつもりか?と思っていたら、その通りだった。


 開始の合図とともに、約十メートル下がったところから一気にダッシュしてそのまま突っ込む。運動エネルギーは物体の重さと速度に比例する。楽丸は自らのスピードを力に変えるつもりなのだ。


 まるで岩のように動かない花山に弾丸のように楽丸が突っ込む。ドカンという爆発音とともに、楽丸が後ろに飛んだ。花山の位置が三十センチほど後ろにずれていた。楽丸はそのまま下がると再び突っ込む。同じことをもう一回繰り返した四度目、楽丸は今度はジャンプ一番、花山を跳び越すと百八十度ターンして素早く右手で槍を投擲とうてきした。


 花山が串刺しになると思ったが、かろうじて盾の防御が間に合った。斜めに構えた盾が槍を明後日あさっての方向にはじくと、楽丸は打つ手がないとばかりに両手を上げて降参した。花山が左手一本で構えた盾を下ろすと全員が拍手した。間違いなく今日のベストファイトだと思う。


 これで終わりかと思ったら、小山が手を上げた。

「猫ちゃんと手合わせさせて欲しい」

 小山が真剣な顔で頼んでいた。皆が猫娘を見ると、恥ずかしそうに冬梅の後ろに隠れて返事した。


「そんなに注目されると恥ずかしいニャー。でも、ご主人様が許すならいいニャ」

 冬梅は小山と猫娘を交互に見て頷いた。ローエン伯爵もとめる気は無いようだ。

「いいよ」

 冬梅の後ろから出てきたときには既に化け猫姿になっていた。痺れるような殺気が場を支配する。小山は珍しく両手に小剣を持って対峙した。開始の合図など必要ない。両者の間合いがぶつかった瞬間、試合が始まった。


 俺は小山を見誤っていたかもしれない。上下左右自在に動きながら野生動物のスピードで両手を振り回す猫娘とまともに打ち合っている。しかし、反応速度の差はいかんともしがたく徐々に対応が遅れだす。


 やむをえず後ろに下がるようになり、最後力尽きて座り込んだところでストップがかかった。頭の後ろでまとめていたリボンが解けて髪がほどけると、皆大きなため息をついた。まったくもって心臓に悪いぜ。


 宿舎に戻ってひと風呂浴びると夕飯だ。今日のメインはなんとローストビーフだった。嬉しさのあまり、つい厨房の窓口担当のお姉さんに声をかけてしまった。一人だけこの国では珍しい黒髪だったので、前から気になっていたのだ。

「ラウラさん、その右の皿にして。端っこが入っているから」


 俺はパンの耳が大好きなのだ。ローストビーフも両端の固いところが好きなのだが、俺の好みを分かってくれる奴はまだ誰もいない。俺のせこいリクエストを聞いたラウラさんは、下を向いたまま「はーい」と返事してからぎょっとした顔で俺を見た。

「し、失礼しました。かしこまりました」


 目が合うと慌てて下を向いて皿を差し出した。あれ、まずかったかな?

「ごめん、名前間違った?さっき、隣の人がそう呼んでいたように聞こえたから」

 ラウラさんは裏返りかけた声でこたえた。

「いえ、あっております。失礼があったらお許しください」


 すっかり忘れていた。俺たちは他国の貴族扱いだったのだ。突然、気さくに声をかけられると慌てるよね。

「いやいや、いきなり声をかけてごめん。おいしそうだったからつい頼みたくなったんだ。気にしないで」


 ラウラさんは黙って頭を下げてとりあえず終了。テーブルでは洋子と一悶着あった。弁解している訳ではないが、断じてナンパじゃない。巨乳だからではないし、年上だから(二十歳位?)でもない。


 テーブルの下で蹴ってくる洋子の足を避けながら食ったローストビーフは柔らかくておいしかった。塩だけ、塩+胡椒、マスタード、ハーブ+塩、ハーブ+マスタード、全部、以上の六パターンを試したがどれもうまかった。何の肉かは分からないが、牛ぽかった。


 食後、紅茶を持ってデッキに出ると、千堂が砂場の横で志摩に頼みごとをしていた。志摩は快くOKしたみたいだったが、何を頼んだろう?お腹いっぱいで動きたくないという洋子を置いて遊歩道に入ると、果樹園との境目付近に小山がいた。

 声をかけようとすると、突風が巻き起こった。辺りの落ち葉が風に巻き込まれて小山の姿を隠してしまう。突風が収まると小山は消えていた。どこに行ったんだ?


「見てた?」

 と横から聞かれたので、

「見てた」と答えてから慌てて隣を見ると小山がいた。思わず二度見したが間違いない。

 えええ、マジック?瞬間移動?心臓に悪いぜ。


「今の、もしかすると忍法?」

「そう、俗に言う木の葉隠れ」

 凄いわ忍法。まるで魔法だな。


「ひょっとして土遁どとんの術とかもできる?」

「あれは土まみれになるから嫌い。髪の毛に絡むと最悪」

 小山は顔をしかめながらこたえた。ひょっとしてもう試したのか?

 とても良いものを見せてもらったので、お礼代わりに遊歩道に散らかった木の葉をアイテムボックスで掃除しました。これ位、いいよね?

忍者対猫娘って何なんだ。

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