第176話:黒の森27
今日は何も討伐していないが、打ち上げを兼ねて冒険者ギルドに行くことになった。馬車に揺られながら今日伐採した木の枝葉を落として、枝葉は灌木と一緒のフォルダに入れた。丸太の在庫は百本ほどになった。
冒険者ギルドに着くと、まずはいつも通り解体場に向かう。今日買取に出したのは、殺人蜂を百匹・サイレントグリーンを百匹・殺人蟻を四十匹だ。念のため、イントレさんに言っておこう。
「来週は討伐は休みなので、多分ここにも来ないと思います」
イントレさんは残念そうにこたえた。
「そうか。休みなら仕方ねえな。薬師ギルドにも言っておこう」
いつも通り読めない書付をもらって表に回る。中に入ってカウンターのサンドラさんに書付を渡してから、いつも通り魔物とのコンタクト情報をメモに書いた。サンドラさんは書付の前に俺が手にしている鉢植えに注目した。
「なんだいそれは?マタンゴじゃないだろね?持ち込みはご法度だよ」
「違いますよ。マタンゴは茸でしょ。全然違いますよ」
「じゃあなんなのさ?」
俺は正直に答えた。
「トレントの苗木です。トレントの長老のひ孫だそうです」
サンドラさんは顔を強張らせると小声でつぶやいた。
「あたしは何も聞かなかったし、あんたも何も答えていない。いいね!」
俺は首を上下に振ることしかできなかった。サンドラさんは静かに息を吐くと書付を睨んだ。
「こいつは驚いた!ユニコーンに会ったのかい?」
サンドラさんによるとトレントもめったに見かけない(見ても多分、分からない)魔物だが、ユニコーンはさらに超珍しい魔物で、冒険者でも見たことがある奴はほとんどいないそうだ。サンドラさんは俺たち一行を素早く見渡すと浅野に目を止めた。
「あの娘がそれかい?」
俺は頷くことしかできなかった。なぜか分からないが浅野すまん。サンドラさんは俺に視線を戻して言った。
「あんた達ついているね。あの娘と一緒にいられる幸運に感謝しな。間違っても手を出すんじゃないよ」
俺は意味が分からないまま頷いた。元々本人が望んでいないのだ。何かよほどのことが無い限り現状維持だろう。
今日の売上は金貨六枚だった。いつも通り先輩方に串焼きとパンを奢ってから席に着く。乾杯の後で浅野にユニコーンの乗り心地を聞いたら、ものすごく気を使っているようで、速度が出ても思いのほか快適だったそうだ。
本人には言えないが、ユニコーンに乗った男ってある意味ユニコーンより珍しいのではないかと思ってしまった。まあそれを言うならば、ユニコーンに乗った非処女ということで平井はもっとスーパーレアかもしれないが。
今日はおかわり自由にしたので、みな盛り上がっている。俺はイリアさんの隣に移動すると、この世界での処女について聞いてみた。
「そうですね。結婚適齢期(15歳以上)を過ぎて処女はありえないと思います。それは上級貴族でも田舎の農民でも同じです」
俺はびっくりした。貴族社会って処女じゃないと結婚できなかったんじゃないの?イリアさんは笑顔でこたえた。
「もちろん、建前はそうです。ですがどの世界でも本音と建前があります」
「どういうことですか?」
「あくまで両者合意の上でございますが、結婚できたということ自体が処女であったという証になりますし、再婚も自由です」
びっくりだよ。有名無実ってことなの?イリアさんは続けた。
「だからこそ本当に処女であることは逆に非常に価値がある、という考え方もございます。浅野様の場合、美貌・光魔法・ユニコーンに選ばれし乙女(=処女)の三点が揃っております。出自に目を瞑れば、公爵家に嫁ぐことも可能でしょう」
知らなかった。勇者どころじゃないな。浅野がこの世界の勝ち組のトップになっていたとは知らなかったぜまったく。見ると志摩が機嫌よく飲んでいたので、つい声をかけてしまった。
「あのエフェクト、タイミングがジャストだったな」
「何のことだ?」
「ビーナス象の前で浅野が歌った時に、象の色を白に変えただろう?」
志摩は驚いた顔をすると短く答えた。
「俺じゃない!」
そして聞き返した。
「お前だろ、たにやん!」
俺も短く答えた。
「俺じゃない!」
俺は志摩と目を見合わせた。志摩が嘘をついている気配はない。
俺でも志摩でもないとすると・・・。怖いのでこれ以上考えるのはやめることにした。丁度羽河が時計を指さしたので、そろそろ終了しようと思ったが、ついでにみんなに提案しておこう。
「そろそろお開きですが、明後日、来週の日曜日にレクレーションのため湖に行きたいと思います。行きたい人は委員長まで」
突然提案したにもかかわらず、羽河は笑顔で手を振ってくれた。助かるぜ。早速伯爵にも馬車の手配を頼んだ。
冒険者ギルドを出ると羽河から呼び止められた。
「出来たら先に話してくれると嬉しいかな」
「ごめん、急に思いついたからつい」
我ながら言い訳になっていないな。羽河は笑ってこたえた。
「いいわよ。三平さんのためでしょ」
いきなりのど真ん中ストライク。これだから羽河は恐いのだ。
「分かった?」
「まあなんとなく。確かに気分を変えるのは大事だよね」
正直三平のためにできる事ってこれぐらいしか思いつかなかったんだよな。
帰りの馬車の中では、アイテムボックスの中で碁石を着色して乾燥させた。今度雑貨ギルドが納品に来た時に、渡せるようにしておこう。
マタンゴは1963年公開の東宝の映画です。茸を食べると茸人間になるという怖い映画です。原作はウィリアム・H・ホジスンのSFというか怪奇小説。