第175話:黒の森26
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例のごとく平井がユニコーンにふらふらと近寄っていく。やっぱり乗りたいようだ。大丈夫なのだろうか?はらはらしながら見ていると、平井は勇気を出して声をかけた。
「ねえ、あたしを乗せてくれない?」
ユニコーンは平井を一瞥した。まるでゴミを見る様な目をしていた。ユニコーンの蔑むような強い拒絶の意思を感じ取って、平井は手を伸ばしたまま動きが止まってしまった。あからさまにショックだったみたい。
ユニコーンに拒否されたという事は、処女ではないという事だ。男たちの殆どは平井と別の意味でショックを受けていた。まさか平井が、なぜ平井が・・・。まあ男たちはどうでも良い。浅野は絶望に凍り付いた平井の顔を見てユニコーンに話しかけた。
「僕を乗せてくれるの?ありがとう。平井さんと一緒だったら乗ってもいいよ」
俺は馬があれほど表情が豊かだと知らなかった。ユニコーンは浅野の言葉を聞いて喜び、怒り、悩み、絶望し、そしてあきらめた。
「平井さんと一緒に乗っていいの?」
浅野は再度ユニコーンに聞いた。ユニコーンは首を振ってこたえた。浅野はさらに念押しした。
「円形劇場跡と神殿の間を往復するだけにしてね」
ユニコーンは再度首を振った。浅野は「ありがとう」と言ってユニコーンの首を抱くと、背中に両手をひっかけ馬飛びみたいに身軽に飛び乗った。そしてそのまま平井に右手を伸ばす。平井はおずおずと右手を伸ばすと、覚悟を決めて浅野の前に飛び乗った。
二人を乗せたユニコーンは頭を上げて一鳴きすると、円形劇場跡に向かって歩き出した。初めはゆっくりだったが、徐々に早くなり、並足程度の速度で走り出した。あっというまに円形劇場に着くと、そのまま折り返してこっちに向かってくる。
左右に分かれた俺たちの真ん中にユニコーンは速度を落とさず突っ込んできた。笑顔全開の平井と少し引きつった顔の浅野が好対照だった。そのまま風のように通り過ぎると、神殿跡に一直線。折り返すと、全力で戻ってくる。
ゴール間近になっても全然速度が落ちないのでどうするかと思っていたら、最後はジャンプして俺たちを飛び越してから数歩で停まった。オリンピックみたいな見事な馬術(?)だった。
ユニコーンから降りた浅野は「ありがとう」と声をかけると、頭を下げたユニコーンの角に軽くキスした。当然ユニコーンは鼻息荒く大喜びして、子犬のようにその場でぐるぐる回ってから森に帰っていった。大満足したみたい。
平井は改めて浅野に礼を言っていた。いろいろ思う所はあるが、平井が満足したのなら良かったと思う。いや、そう思いたい。皆それぞれの思いを抱きながらの帰り道になった。
その後は何事もなく帰還することができた。途中、女神の泉で江宮の作ったビーナス象のオリジナルを泉に設置することにした。色を合わせるために、碁石の着色に使う塗料で白く塗った。
志摩に頼んで泉の北側の縁に固定した後、再度浅野に頼んで祈りの言葉だけ捧げてもらった。象は再び明るく輝いたが、何も言うまい。イリアさん達が再び膝まづいて祈っているが、見なかったことにしよう。
無事に広場に着くと伯爵が集合をかけた。
「本日で黒の森の演習は終了ですぞ。皆様本当によく頑張られました。まさしく勇者の名に恥じぬ偉業を達成されたと思いますぞ。来週は心身を休めて英気を養い、次の週の山岳地帯の演習に備えてくださいませ」
皆も歓声と拍手でこたえた。伯爵は続けて言った。
「山岳地帯は王都の北に位置し、距離が離れております。よって日帰りは難しいので、宿泊での遠征となります。人数分のテントと寝袋は用意してありますので、ご心配なく」
ついに異世界でのお泊りか。キャンプみたいなものだろうか?ちょっとばかり楽しみだが、それ以上に不安や心配もある。皆も同じみたいで、ざわついている。まあなんとかなるだろう、きっと。行けばわかるさ。
馬車に乗り込む前に平井に呼び止められた。
「タカシにだけは言っておきたいの」
出来れば聞きたくない。しかし思いつめたような顔を見たら嫌とは言えない。
「中学三年の時、高校受験のために知り合いの大学生が家庭教師に来たの」
定番のパターンだな。
「私が身長のことでコンプレックス抱えていることを気づかれて、騙されたの。身体を成長させようと思ったら女性ホルモンを出さなきゃならない。女性ホルモンを出すにはアレが一番だって・・・」
「・・・・」
「夏休み中やりまくったわ。全然気持ち良くなかったし、嫌だったけど、身長が伸びるならと思って我慢したの。でも・・・」
後は想像通りだった。夏休み明け、身長が一ミリも伸びていないことを知った平井は初めて人をめがけて本気で突きを放ったそうだ。もちろん、ぎりぎり最後の理性が残っていたので、皮一枚で首を掠めただけだったが・・・。
真の殺意を味わった大学生は腰を抜かして小便を漏らしただけでなく、なぜか分からないが男の娘に変身したそうだ。どうでも良い話だが。とにもかくにもこれが大人への階段を上がるきっかけになった訳だ。平井はため息をつきながら話した。
「これで私の話は終わり。聞いてくれてありがとう」
平井はそのままくるりと背を向けてさっさと自分の馬車に向かった。いつものようにポニーテールが揺れていた。
いろいろありましたが、黒の森の演習は無事終了しました。