第174話:黒の森25
江宮によると、神殿跡なのに神様の像や祭壇が何もなかったので、何か作ろうという話になったらしい。パルテノン神殿に雰囲気が似ていたので、美術の教科書のイメージを参考にビーナス象を作ってみたそうだ。試しに空っぽの台座に置いてみたら意外に好評だったと。
本人としてはただの思い付きで作ったのだが、志摩の造作や俺の発言が決定打になってしまい、遊びで作りましたとは言えなくなってしまった・・・。俺は志摩と顔を見合わせてからあきらめた。今更冗談ですなんて言えないよ。
お詫びではないけど、神殿の床に散乱していた石の破片やゴミを片っ端からアイテムボックスの中に放り込んだので、それなりにきれいになったと思う。また、倒れかかった柱や傷んだところも志摩が出来るだけ補修したので、なんとか勘弁してほしい。
とりあえずターフをセットしてお昼ご飯を食べることにした。今日のメニューはピザまんだった。西洋風の神殿で食べる御飯としてはミスマッチな感じもするが、美味ければそれでいいのだ。熱い紅茶と冷たい紅茶と両方用意されていたのが嬉しかった。
デザートはトマトのジェラートだった。トマト独特の香りと酸味、そして甘さのバランスが取れたデザートだった。フルーツ由来のジェラートとまた異なる余韻があった。ピザまんとの相性もバッチリだったと思う。
トイレとターフを片付けて帰ることにする。利根川がまだ薬草採取が終わっていないとゴネたが、こいつに付き合っているときりが無いので引き上げることにした。先鋒は炎の剣からガーディアンに代わった。
しかし、南側の門から出ようとした俺たちを藤原が止めた。ピンキーが何かに反応しているそうだ。
「何かいる!」
確かにその通りだった。俺と志摩と夜神が切り開いた道が魔法のように消えていた。木がきれいに生えそろっている。どうなっているの?何かの幻だろうか。よく見ると生えている木がなんか違う。これはひょっとするとあれか?とりあえず呼びかけてみる。
「あんた達、そこを通してくれないか?お家に帰りたいんだ」
洋子は「誰に向かって話しかけてるの?」と言いたげな顔をしていた。俺の代わりに冬梅が説明してくれた。
「あれは木じゃないよ。多分、トレントじゃないかな」
「トレント?」
不思議そうな顔をした洋子に冬梅が説明してくれた。
「木の妖精、あるいは木の魔物だね」
「木そのものじゃない!」
「いや、違う。あいつら動けるんだ」
トレントは見かけは木そのままなのだが、根っ子を足代わりにして歩くこともできるし、枝を手の代わりにして攻撃することもできる。何しろでかくて硬くて重いので、森の中で集団で攻められたら厄介な相手なのだ。
俺たちが神殿跡にいる間に道を占拠したのだろう。無事に帰るためにはこいつらにどいて貰う必要がある。一体何が目的なのか、まずは聞いてみなければ。
まずは通訳が必要だ。俺は冬梅に木に関係する妖怪の召喚を頼んだ。冬梅が選んだのは、齢百年以上の樹木に宿るという妖怪、木霊だった。木霊は身長は五十センチ位、緑色をした小人の姿をしていた。
「トレントになぜ通せんぼするのか聞いてくれ」
冬梅が木霊に囁くと、木霊は木に向かって話しかけた。声が小さすぎて何を言っているのか聞こえなかった。
木霊の呼びかけを聞いた木々(トレント)は、風も無いのにざわざわと枝葉を揺らせた。確かに木と木が話しているようにも見える。木霊は冬梅に何か話しかけた。冬梅は頷くと通訳してくれた。
「木を沢山切ったことに怒っているみたいだ」
確かにここまで切りまくって来たな。
「これ以上切らないから、勘弁してくれないか」
再び、冬梅→木霊→トレントの順に伝言が続いた。木々が再び激しくざわめくと、トレント→木霊→冬梅の順に戻ってきた。
「許さない、と言っている」
冬梅は困った顔で話した。俺は焦ってアイテムボックスの中を探して・・・あった!なんと10トンできている。俺はドキドキする気持ちを抑えながら話した。
「元々、ここは人間の土地だった。それを全部返せとは言わない。せめて神殿まで安全に行き来できる道は確保したいんだ。そのことは王蛇も了承している。お詫びと言ってはなんだが、これを受け取ってくれないか」
俺は道の左右に先ほど確認した堆肥を三トンずつ積み上げた。これで駄目なら後は戦争だ、と覚悟を決めてトレントを睨んだ。冬梅→木霊→トレントの順に伝言が続き、木々がさらに激しくざわめいた。なんか激論になっているみたい。
左右の堆肥の山に、トレントが数本触るとざわめきはさらに大きくなった。しばらく待っていると、木々を掻き分けて苔むした老木が現れた。大きさは他の木より小柄だが、他を圧する風格が感じられた。トレントの長老みたいな木なのだろうか。ざわめきは静まり、トレントの回答は木霊を通じて冬梅に戻ってきた。
「分かった、と言っている」
冬梅がこたえると同時にトレントが左右に分かれて移動を開始した。端から順に一本ずつ堆肥の山を掻き分けるように森の奥に移動していく。通過するたびに堆肥の山は少しづつ小さくなっていくようだ。
数分でトレントの群れはきれいさっぱりいなくなった。後に残ったのは幅八メートルの直線道路だけだった。道の端には円形劇場が見える。なんとか分かってくれたみたいだ。胸を撫でおろしながら歩き始めると、木で出来た小さな植木鉢が道の真ん中にぽつんと置いてあった。丁度老木がいた場所だ。
手に取ると何かありそうなので、無視して通り過ぎようとすると頭の中に爺の怒鳴り声が響いた。
「馬鹿もの!無視するな!受け取れ」
右手を見ると、木と木の間にあの老木が立っていた。枝を振り回しているのですぐわかった。嫌々ながら植木鉢を手で持つと、小さな木が植わっていた。
「わしのひ孫じゃ。そなたに預けよう」
俺は植木鉢の中の木を見つめた。丁度双葉が開いたところみたい。なんとなくだが、よろしくと言っているような気がする。堆肥のお礼なのだろうか?宿舎の庭で育ているしかないのだろうか?気がついた時には老木は消えていた。俺はあきらめた。
円形劇場跡まで半分まで来た時に藤原が叫んだ。
「何か来る!」
白い馬が一直線にこっちに向かって走ってくる。大きさはサラブレッドを一回り小さくしたくらい。あのくそ忌々しい想馬灯と同じくらいだろう。頭には一本の大きな角が光っていた。あれはひょっとすると・・・。
白い馬は俺たちの前でいったん止まると、一声嘶いてから臆することなく列の中に割って入ってきた。そのまま真っすぐ浅野のところにいくと、甘えるような鳴き声を上げながら首や頭をこすりつけている。どうやら浅野を乗せたいようだ。
「ユニコーンだな」
工藤が呟いた。
「私もそう思う」
羽河がこたえた。
「間違いないな」
江宮も同意した。もちろん俺も同意だ。ファンタジー世界の処女大好き魔物ナンバーワンことユニコーンの登場だ。
これで浅野君は処女確定です。良かったね(なんで?)。