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第173話:黒の森24

 7月23日、水曜日。今日は生憎あいにくの雨だった。激しくはないが、静かに降り続いている。今日は一日雨っぽい。ためしに窓を開けて声をかけると、太郎がすぐに顔を出した。窓の下で待機していたみたい。


 仕方がないので部屋の中に入れてやって身体を拭いてやる。今日も同伴はあきらめよう。絶対に廊下に出ないこと、ベッドの下で大人しくしていることを厳命してから走りに行った。外に出ると、雨にもかかわらずいつものメンバーが走っていた。


 今日の朝ごはんは暖かい蕎麦だった。エビジャイアントロブスター・小エビと野菜のかき揚げ・かまぼこ・卵・ササミの天ぷら・青菜など上に乗せる具を自由に選べるようになっていたが、当然全部乗せた。


 食後は志摩の部屋に行って碁石を預かった。今日は三万個あった。レベルアップに伴って、魔力が大幅に増えたそうだ。さらに、使えば使うほど慣れてきて無駄が無くなり、一回当たりの魔力消費が減っていくのだそうだ。結果的に生産が増えるという訳だ。


 ラウンジでのんびりしながらアイテムボックスをチェックしていると赤ワインの四十年物の樽二つの熟成が終わっていた。浅野がいたので、四十年物ものと百年物のラベルについて聞いたら、部屋に取りに帰ってくれた。渡すのを忘れていたみたい。


 浅野からラベルを受け取って、まずは地下室に行った。

「合言葉を言え、宇宙少年?」

「ソラン!」


 正解だったようで、扉が開いた。いつも不思議に思うのだが、利根川はなぜ自分が生まれる年より遥か昔のアニメを知っているのだろうか?利根川はまだ薬草の鑑定と分類で忙しそうだった。佐藤は相変わらず大変そうだった。俺は出来立ての四十年物のワインを見せた。


「出来たぞ、四十年ものだ」

 利根川は黙って酒蔵を指さした。酒蔵に一樽置いてから、浅野から受け取ったラベル二種類を渡した。


「二~三日後でいいから四十年もののラベルを五十枚作っておいてくれ」

 利根川は黙って頷いた。テスト前のピリピリした雰囲気を感じた。水虫薬が佳境に来ているのかもしれない。


 地下室を出て食堂に行った。平野にも四十年物を一樽渡すと、大喜びで試飲させてくれた。グラスを顔に持っていくだけで尋常じゃない香りに包まれた。一口飲むと天国、じゃないけど二十年物よりさらに一段と深い味わいを堪能しました。


 なんかこう、あまりのも凄すぎて俺なんかが飲んでいいのかなあ、という感じ。申し訳ないというか・・・。でも平野が喜んでいたので良しとしよう。雑貨ギルドにボトルを発注しなければ。


 お弁当を受け取ってからラウンジに行くと、カウンターで熱吸収の魔法陣を渡してくれた。先生が預けてくれてたみたい。ついでに雑貨ギルドへワインボトルを百本発注するよう頼んだ。工藤がいたので、四十年物ができたことを話すと食堂に走って行った。間に合うのか?


 丁度時間になったようで迎えの馬車が来た。玄関に出ると、三平が出発する所だった。手を振って見送ることしかできなかった。伯爵が笑顔で迎えてくれた。雨用の外套を人数分、用意したくれたそうだ。ポーション類もちゃんと補充してあるみたい。雨の中、六台の馬車は出発した。工藤はぎりぎり間に合った。

 

 灰色に塗り込まれた景色の中を馬車は走る。静かに降り続く雨のせいで外の音も聞こえない。俺は預かった碁石をアイテムボックスの中で塗装した。白蛇以上の魔物なんていないと思うのだが、変な想像ばかりしてしまう。広場に着いて馬車を降りると、工藤にいきなり抱きつかれた。


「やったな、たにやん」

 俺は訳が分からなかったが、ひょっとするとワインのことか?

「あれは凄いワインだ。俺はまだ飲んだことが無いが、きっとロマネ〇ンティに匹敵するぞ!」


 飲んだことも無いのになぜ比較できるのかさっぱり分からないが、四十年物を飲んで感激しているみたいだ。とりあえず落ち着かせなければ。

「落ち着け工藤。まだ百年物が熟成中だ。それを飲んでから評価してくれ」

 工藤は口を開けたまま呼吸を止めた。驚いているみたい。そして叫んだ。

「百年物だと~」


 抱き着いたままで叫んだので、耳が痛かった。ショックを受けたのか、急に大人しくなったので助かった。黒の森の最終日は雨の中で始まった。今日の目的地は昨日と同じく神殿跡だった。


 白蛇と話がついた(と思う)ので、もう何も出てこないと思うが、冬梅の魔力を少しでも節約するために、猫娘も送り犬もどっちも召喚は無しにした。ピンキーとポッポちゃんがいるから索敵は大丈夫だろう。


 昨日はクレイモアが最後だったので、今日の先鋒は炎の剣からとなる。小山と藤原が先頭に来てくれた。藤原によると不気味なほど魔物の反応が無いそうだ。女神の泉までは道幅が八メートルになっているので、道幅拡張は女神の泉から開始した。


 それにしても外套が重い。表面に油を塗っているので水をはじくはずなのだが、水をしっかり吸い込んでぐっしょり濡れている。なぜだ。おかげで真夏なのに寒い。まあ、俺と志摩は肉体労働をしながらなので、丁度良かったけど。


 円形劇場跡まで無事にたどり着いた。魔物の影も見えなかった。道幅は円形劇場跡まで八メートルになった。何もなさすぎて逆に怖くなってきた。北の入口前の落とし穴のあった場所も昨日のままだった。トロールが引っこ抜いたりへし折った木を回収しながら、昨日立ち止まった所までたどり着いた。神殿跡まで残り二百メートルだ。


 その後もトロールが暴走した後を片付けながら雨の開拓は地味に続き、とうとう神殿まで辿りついた。

 神殿跡は百メートル四方の広い敷地の北・東・西の三か所に門があり、真ん中に東西三十メートル南北五十メートルの長方形の建物の柱だけが残されていた。ギリシアのパルテノン神殿のように、柱はひだ付きの円柱になっていた。


 皆が神殿の中を探索している間、俺と志摩は神殿跡と円形劇場跡を繋ぐ道路の拡張にいそしんだ。夜神が戦神の斧で手伝ってくれたので、作業がかなりはかどった。なんとか幅が八メートルまで広がったので、俺たちも神殿跡に戻った。


 神殿に戻ると皆、北側に集まっていた。柱と柱の中心に据えられた高さ一メートルほどの円形の台座の上に小さな女神象が乗っていた。あれは・・・ビーナス?ニケのビーナスにミロのビーナスの頭を載せて、腕を生やしたような造形だった。


 江宮が満足そうな顔をしていた。こいつの仕業だな。芸術作品をミックスするとは大胆な奴・・・。でも、違和感もなくこの神殿にあっているような気がした。志摩が話しかけた。


「小さすぎないか?」

 確かに台座の直径(二メートル位)からすると高さ五十センチ位の像は可愛すぎるような気がする。志摩は自信たっぷりに言った。


「俺に任せろ」

 言われるがまま、砂を適当に出した。志摩は江宮が作成した彫刻を左手に持つと、右手の杖を振って呪文を唱えた。最後のキーワードは「拡大コピー」だったが、聞かなかったことにしよう。


 砂は眩しい光の中で高さ三メートルほどの美しい象に生まれ変わった。誰もが魅了されるような見事な出来栄えだった。しかし、志摩は首を振った。

「このままじゃだめだ。浅野、なんかやってくれ」


 志摩によると神像を神殿に配置するためには神事が必要なのだそうだ。祈祷をあげるのが一般的だが、舞や踊りを捧げても良いとのこと。浅野は恐れおののいたが、工藤が志摩を応援した。


「浅野は職業クラスが巫女で、光魔法持ちだ。神事を託すのに最適だ」

 工藤の言葉に皆が歓声と拍手で賛成した。詩の朗読や歌でも良いと言われたので、浅野は観念して静かに歌いだした。


 てっきりまたアリアを歌うかなと思ったが、予想に反してブリリアントグリーンの「愛のある場所」だった。甘く切ない思いと願いが込められた歌は浅野の祈りそのものだと思う。


 浅野が歌い始めると同時に雨足は次第に弱まり、雲が薄くなっていく。歌い終わった浅野が手を合わせて「この世界が愛のある場所になりますように」と告げると、雲の切れ目から明るい日の光が差し込み、女神象が光り輝いた。


 いつの間にか砂色の像は大理石のような真っ白に変わっていた。流石だな、志摩。演出効果抜群だぜ。みんな驚いて歓声を上げた。イリアさんや騎士たちなんか膝まづいて祈っていた。一挙に神々しくなった象は翼を広げ、今にも空に飛び立ちそうだ。誇らしげに微笑んでいるようにも見えた。


 祈り終わったイリアさんが聞いてきた。

「これは湖の女神様の象でしょうか?」

 俺は何も考えずにこたえてしまった。

「そうです。愛と美の女神、ビーナス様の像です」

 

 イリアさんは深く頷くと再度、象の前で祈り始めた。なんか知らないけれど、俺は余計なことを言ってしまったかもしれない。ど、どうしよう・・・。ちょっと失敗したかも。志摩から渡されたオリジナルの像をアイテムボックスに保管しながら少し反省した。女神様には今晩謝っておこう。

主人公はやってしまいました。この先どうなるのでしょうか?

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