第172話:黒の森23
帰りの馬車の中では回収した飛び道具をアイテムボックスの中で洗浄した。宿舎に着いたのはいつもより半時間程遅くなっていた。全部トロールのせいだ。ラウンジでは雑貨ギルドのニエットさんが待っていた。遅くなったことを詫びたら、平野に頼まれていたものの納品があって早めに来ていたそうだ。
「何を納品したんですか?」
「箱型のフライパンです」
言った後で「しまった」といった顔をしたので、それ以上聞くのはやめた。多分、平野から秘密にしてくれと頼まれているのだろう。
以前、ラーメン丼を発注する際に、今後厨房で必要な物は平野から直接雑貨ギルドに発注するように頼んだが、早速いろいろ頼んでいるみたい。一体何が出てくるか楽しみだな。俺たちは用意されていた会議室に行った。
「黒の森はいかがでございますか?」
「大変です。今日は殺人蟻と遭遇しました」
「殺人蟻ですと?皆様ご無事ですか?」
ニエットさんの顔色が変わった。無事に逃げられたことを伝えると胸を撫でおろしていた。殺人蟻って有名なんだな。今日は塗料を持ってきたそうだ。でっかい壺を四つ受け取ってから、空になった壺二つと出来上がった碁石一万六千個を渡した。
「もうこれだけ出来たのですか?信じられません」
驚いたニエットさんに砂から成型して作っていることを伝えた。ニエットさんは、白黒の碁石を手に取ってじっと眺めてからつぶやいた。
「素晴らしい出来です。このまま商品にさせていただきます。お代は後日、ということでよろしいでしょうか?」
俺に異存はない。ニエットさんは不思議そうに言った。
「どこがとは言えない微妙な点ですが、この黒石、うちで作っている物と何かが違うのです。教えていただけませんか?」
視覚的な錯覚を補正するために、黒は一回多く塗装していることを説明すると、ニエットさんは驚いた。
「そこまでお考えとは・・・驚嘆しました」
雑貨ギルドでも対策を考えるそうだ。ニエットさんの用事は終わったので、今度は俺から頼み事だ。
「実は急いで作って欲しいものがあるんです」
「なんでしょうか?」
「食器です。素材は木もしくは竹です。数量は五十個」
出来上がりを紙に書いて渡すとニエットさんは考え込んだ。
「造作的にはそれほど難しくはないですな。納期は?」
「できれば日曜日まで」
ニエットさんは反射的に言いかけた言葉を飲み込むと、額に皺を寄せて数秒考えてからあきらめたようにこたえた。
「分かりました。最善を尽くします。間に合わなかった場合はお許しを」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ニエットさんは碁石をマジックボックスに入れると、笑顔で帰っていった。
俺は食堂を通り抜けて庭に出た。呼びかけるとすぐに太郎がやってきた。俺は太郎に昨日やったオーガの残りを出した。太郎は喜んで飲み込み始めたが、俺が白蛇の話を始めると、飲み込むスピードが少し遅くなったような気がする。お前のお陰で助かったと言うと喜んでいるみたいだった。
ラウンジに行くと丁度、三平が帰ってきた。今日も駄目だったみたい。明るく笑顔を振りまいているのが逆に痛々しかった。なんとかしてやりたいと思うが、なんのアイディアも浮かばない。すまん。
今日の晩御飯はエビチリだった。正確に言うとエビではないし(ジャイアントロブスター)、チリソースではないのかもしれないが、再現率は非常に高かった。うーん、中華最高。デザートはリンゴのタルトだった。爽やかな甘酸っぱさが最高。
食後、みんなリラックスしたのか、蟻とトロールについて色々話した。木田が羽河に聞いた。
「蟻に襲われたとき、なんで地面を固めろって言ったの?」
「アリってトンネル掘るのがうまそうだから、足元から湧いてきたら嫌だと思って」
羽川の返事にみな感心していた。さすがだぜ。
志摩がぽつりとつぶやいた。
「冒険者ギルドでイントレさんが蟻の肉を珍味と言ってたけど、うまいのかな」
みんな黙ってしまったけど、地球でも蟻を食べる部族もいるらしいから、平野にチャレンジしてもらおうかな。もちろんみんなには内緒で。
トロールについてもいろいろ話は出た。
「無限の再生能力ってなんだろ?」
「不死あるいは不死身ということだろ」
しかし、ここで江宮が面白いことを言った。
「不死身って言えばカッコイイけど、無敵じゃないな。逆に言うとあれは不死と言う名の呪いだろ。死にたくても死ねない、いやでも生きなきゃいけないというか」
なぜか羽河が大きく頷いた。
「確かにそれはつらいかも。地獄の苦しみみたいなものかもしれない。どんな悪人でも死んだらそれ以上攻められなくなるけど、もしそれが許されないとしたら無限に続く拷問みたいなものじゃないかしら」
当然王蛇の話も出てくる。
「あの白蛇、大きかったなあ」
「体長が百メートル以上あったんじゃないか」
「あれは一体何なの?」
みんなの視線が俺に集まったので、思いつくまま話した。
「あいつはこの森の主と言ってた。ある意味、精霊と言うか、あの森の核みたいなものなのかもしれん」
となると、当然この話題になる。鷹町が聞いた。
「じゃあ白蛇はなぜトロールを食べたの?自分の子供なんでしょ?」
みんな疑問に思っていたみたい。仕方なく改めてこたえた。
「食べたというより回収したというか、母胎に戻したという感じじゃないかな。胎の中で再生してもう一度生み直すというか」
浅野が聞いた。
「白蛇は最初物凄く怒っていたけど、なぜ許してくれたの?」
「分からない。でも、人のくせに魔物と誼を結ぶもの、と言われたんだ。だから、俺が助かったのは太郎のお陰かもしれない」
ヘルキャットのことは黙っておこう。
「それだけかなあ?」
浅野が珍しく追及してきた。
「目的を聞かれた時、神殿までの道を作りたいだけ、とこたえたのが良かったかも」
「どういう意味?」
浅野はとことん言わせたいみたい。
「要するに、黒の森を削ろうとか考えてない、領土的な野心はない、と言いたかったんだ」
工藤が面白そうに笑った。
「白蛇も、森や森の魔物と全面戦争をするつもりはない、と受け取ってくれたんじゃないか?俺たちが現状維持を望んでいると思ってくれたのかもしれん」
話が一段落したので、藤原に話しかけた。
「地味だけど、ピンキー大活躍だったな」
索敵と言う意味で、大いに貢献してくれたと思う。藤原は嬉しそうに笑った。ああいうキスをする人間と同じとは思えない可憐な笑顔だった。
「ご褒美にピンキーになんかやりたいと思うんだけど、好物とかある?」
藤原は大きく目を見開いて椅子に座ったまま一歩後ろに下がった。
「駄目、教えられない」
「どうして?」
「また僕からとっちゃうんでしょう?太郎みたいに」
まるで毛を逆立てて警戒している猫みたいだった。何か誤解しているみたいだ。
そんなつもりはないと説明してから、白ワインを飲んでいる先生の所に江宮と一緒に謝罪に行った。
「すみません。熱吸収の魔法陣を燃やしてしまいました」
先生は不思議そうな顔でこたえた。
「戦うために使ったのでしょう?皆様がご無事なら何も問題はありませんよ。燃えたら描けばよいのです。明日までに二枚用意しておきましょう。一枚はあなた達が戦闘用に今後も持ち歩きなさい」
俺と江宮は何度も先生にお礼を言った。最後にきれいに洗った手裏剣や槍を皆に配った。
食堂を出る前に厨房に寄って、こっそり平野に殺人蟻を二十匹渡した。平野はちょっとびっくりしたが、怒らずに受け取ってくれた。いろいろ試してみるそうだ。部屋に戻ってお供えを窓枠に並べた。
しょうゆラーメン、かき氷、エビチリ、林檎のタルト。手を合わせて目を閉じると「美味し!」の声と共に、ペタン・ペタン・ペタンという音が響いた。いつもなら明日、黒の森の最終日が無事に終わりますように、と念じて目を瞑るのだが、今日は違う。ちょこっと試したいことがあるのだ。
昨日の晩、俺の影の中で見たヘルキャットの瞳に魅せられてしまったのだ。出来るかどうか分からないけど、ダイヤモンドを作ってみたい。とりあえずアイテムボックスの中の炭を適量分けて、粉々に粉砕してから圧力をかけた。
結果は・・・もちろん失敗。まあそんなに簡単にできるはずないよね。その日から炭の量と圧力と時間を変更しながらの試行錯誤が始まった。地味だけど面白い。
どんな蟻料理が出来るのか楽しみです。