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第170話:黒の森21

 出現位置から考えて、斜めにトンネルを掘って脱出したのだろう。不死身のトロールも流石に真上にはいけなかったようだ。トロールは文字通り血を吐きながら吠えると、ゆっくりと円形劇場に迫ってきた。


 見た所、無傷ではない。再生が限界まで来たのか、体中焼け焦げ、左目は潰れ、両腕は擦り切れて肘までしかない。俺はトロールの右目を見て気がついた。こいつは狂っている。狂うことによって痛みを、苦しみを忘れているのだ。


 それでもトロールの怒りと憎しみは健在だった。俺たちを目視したのか、自らを鼓舞するように吠えると突撃してきた。次の瞬間、コンクリートの壁にトラックが激突したような衝撃が襲った。俺は立っていることができずに座り込んでしまった。


 劇場に正面から突っ込んだトロールは結界に跳ね返され、右の肩が潰れてしまったが、立ち上がると再び突撃した。ドーンという衝撃と共に、再び劇場が揺れた。今度は左肩が潰れている。次は頭から突っ込んでくるんだろう。さっきから、結界がパチパチと派手な音を立てている。これはちょっとまずいかも。


 突撃しようとしたトロールが動きを止めた。誰かが俺の横を通り過ぎて外に出て行ったのだ。ポニーテールが揺れている。「やめろ、戻れ」と叫んだが、平井は振り返らなかった。背中から大剣を抜き正眼に構えると、静かに告げた。


「あんたには何の恨みも無いけれどここで死んでもらうわ。私の前に立ったのがあんたの罪よ」

 平井の視線とトロールの視線が交差した。


「燃えよ剣」

 凛とした声と共に平井の髪が炎のように赤くなり、火の粉が宙に舞った。真上に振り上げた大剣が赤く燃え上がり、灼熱の炎を吹き出す。炎は長さ二十メートルに達する巨大な真紅の刃となった。

「焼き尽くせ」


 気合と共に振り下ろされた炎の刃はまるでケーキのようにトロールを両断した。左右に分かれたトロールの体はほぼ同時に地面に倒れた。断面から赤い炎が上がり、その身は目に見える勢いで縮小している。炎の大剣はトロールの身体だけでなく、その存在そのものを断ち切ったのだ。


 平井はぐらりと態勢を崩した。危うく仰向けに倒れそうになったが、かろうじて間に合った。なんとか、お姫様だっこで受け止めることができた。炎のような髪も真紅の瞳も元の色に戻っていく。

「遅いわよ、タカシ」


 平井は満足そうに笑いながら文句を言った。

「すまん。そしてありがとう、ゆかり」

 平井は安心したのか静かに目をつぶった。やっと終わった。そう思いながら後ろを振り返った瞬間、俺は金縛りにあった。


 背中から物理的な圧力を持つ強烈な視線に貫かれて動けなくなったのだ。俺はなんとか平井を志摩に預けると、歯を食いしばって無理やりに振り向いた。そこにいたのは巨大な白蛇ホワイトスネイクだった。胴の直径は十メートル以上あるだろう。


 二階建ての家よりもでかい頭には幅二メートルありそうな真っ赤な目が二つ、太い牙が覗く口には真っ黒な舌が蠢いている。一センチでも動いたらその瞬間、食われると思った。何故なのか分からないが、こいつが俺に対して猛烈な殺意を抱いていることだけは分かった。


 俺が動けなかったのは奴がでかくて強烈な殺意に溢れていたからだけではない。生物としての挌、つまりステータスが圧倒的に違うことを感じたのだ。それは湖沼地帯で最後に遭遇したキングタートル、ガメラのような巨大な亀に類似していた。


「この子はいずれ森の王となる。ゆえにまだ死なすわけにはいかぬ」

 白蛇の声は耳からではなく、頭の中に直接響いた。俺は一言も声を出せなかった。白蛇はトロールの体を丸呑みすると、大きく口を開けてゆっくりと近寄ってきた。逃げなければと焦るのだが、足が一センチも動かない。


「お前たちはこの子を落として殺し、溶かして殺し、木で殴って殺し、火で焼き殺し、土に埋めて殺し、剣で切り殺した。何度も何度も殺した。百回も殺した」

 怨嗟の声が頭の中でガンガンと反射した。


 白蛇の頭は俺の一メートル前で止まった。ぬめぬめしたピンク色の口の中が良く見えた。奥の方は真っ暗で分からない。黒い舌が俺の頬をピタピタと叩くと、白蛇は俺に聞いた。


「人の子よ、お前からはブラックスネークヘルキャットの匂いがする。なぜだ」

「太郎は俺の仲間だ」

 なぜか分からないが白蛇の暗く濃密な殺気が煙のように薄れていく。


 白蛇は聞いた。

「人のくせに魔物とよしみを結ぶ者よ、そなたの望みはなんだ」

 俺はかすれた声で答えた。


「その昔、人は広場から集会所、噴水、劇場、神殿を自由に行き来していた。再び行き来が出来るように道を作りたい」

「それだけか?」

「それだけだ」

「よかろう」


 俺は倒れそうな体を必死に支えながら聞いた。

「あんたは誰だ」

 白蛇は面白そうに答えた。

「我は王蛇キングスネーク、この森の主だ」


 白蛇はそのまま首を曲げると、木々を押しのけるようにして森の奥に消えていった。大きさや重さの割にほとんど音がしないのが不思議だった。俺は白蛇が消えた先を眺め続けた。ヒデに肩を叩かれるまで動くことができなかった。助かったことが信じられなかった。ブルースでも歌いたい気分だぜ。


 全員怪我一つ無かったが、さすがに体力・魔力・精神力の限界なので、このまま昼食を食べてから引き上げることになった。いつも通りトイレとターフを設置する。今日のお昼はオークカツのサンドイッチだった。弁当と一緒にポーションも配った。


 マスタードをたっぷり塗った肉厚のロースをじっくり低温で揚げ、ウスターソースをかけてレタスを一緒に挟んである。カツが苦手な奴のためにポテトサラダのサンドイッチも用意してあった。激闘の後だからか、皆無言で食べていた。食べることで生きていることを実感しているような気がした。


 デザートはかき氷だった。出来上がりそのままの状態で保存できるアイテムボックスならではのデザートだな。イチゴやオレンジなど定番のかき氷の中に一つだけ、茶色いかき氷があった。ゆっくり食べていたら最後になってしまったので、誰も手を出さなかった茶色のかき氷を頂いた。


 勇気を出して食べるとしょっつるのかき氷だった。甘じょっぱいかき氷を生れて初めて食べた。氷の中には干しブドウなど乾燥したフルーツが入っていて、不思議にあっていた。真夏の暑い屋外で食べる冷たいかき氷は、夏そのものを味わっているようで、最高だった。


 俺はかき氷を味わいながら冬梅に聞いた。

「それにしてもどうしてサンダなんだ?」

 冬梅は頭を搔きながらこたえた。


「トロールを見てあれに勝てるもの、と考えたらサンダが出て来たんだ」

「あれは妖怪じゃないぞ」

「でも、元が山彦だって考えたら、神話の世界の話になるだろ?」

「確かに・・・、しかしそれにしては小さくないか?」


 そうなのだ。映画の設定ではサンダの身長は三十メートルあったはず。冬梅は申し訳なさそうな顔をしてこたえた。

「ごめん。あれが僕の魔力の限界。本来の大きさでは召喚できなかったんだ」


 俺はサンダが原寸(?)で召喚された時のことを想像した。身長十メートルのトロールに対し身長三十メートルのサンダ!身長が三倍違うという事は、体重は三十倍違ってもおかしくない。戦ったら圧勝ではなかろうか。山彦の神性でトロールの回復能力を抑えられたかもしれない。


「冬梅のことだから、てっきり『だいだらぼっち』が出てくるんじゃないかと思ったから意外だっただけだよ。でも、普通の魔物にはあれで十分対抗できるんじゃないか?」

 冬梅は笑顔で頷いてくれた。


 かき氷の後は熱い紅茶を味わっていると、イリアさんと伯爵がやってきた。白蛇とのやり取りでは、白蛇の言ったことは俺にしか伝わらなかったみたい。思い出したまま喋ったら納得してくれた。


 ついでに俺も疑問に思ったことを聞いた。

「白蛇はトロールを我が子と呼んだのに、どうして食ってしまったんですか?」

 イリアさんは笑顔でこたえてくれた。


「白蛇はこの森そのものです。トロールは白蛇の腹の中で時間をかけて生まれ変わり、やがて腹を割って復活するでしょう」

 白蛇って回復と再生の象徴なのかな?ここで伯爵が話に加わった。


「皆様に一つ提案がございまする。殺人蟻とトロール退治、真に英雄のなせる業でございますが、しばらくの間秘密にして頂けませんでしょうか?」

 あまりにも予想外な伯爵の提案に全員黙り込んだ。羽河が静かに聞いた。


「理由を教えてください」

 伯爵は顔をしかめながら答えた。

「あまりにも功績が大き過ぎるのです。もしこの事実が公になれば、爵位だ褒章だと騒いだり、皆様の力を利用しようとする者が出てくるでしょう。もちろん我らも王家も全力でお守りしますが、よからぬことを企む者も出て来るやもしれませんからな」


 イリアさんも大きく頷いた。

「今少しの辛抱でございます。いずれはブラックスネークに続いてピンクスパイダーの噂が強固な結界になって皆様を守ってくれるでしょう」


 俺たちがどう思われているのか逆に心配になったが、とりあえず殺人蟻とトロールについては当面秘密にすることになった。少しだけ残念に思っていると、藤原がやってきた。

「藤原ありがとうな。お前と冬梅が頑張ってくれたお陰で落とし穴を掘ることができた」

「うん、怖かったけど、頑張れたよ。約束のお願いを聞いて貰っていい?」


 珍しく藤原が真剣な顔をしていた。あの時は勢いでOKしたけれど、まずかったかも。俺は覚悟を決めてこたえた。

「何でも言ってくれ」


 藤原は笑顔でこたえた。

「キスして」

 てっきり名前呼びかと思ったら、予想を超えるオーダーが入りました。思わず洋子の顔を見ると、能面のような顔で頷いた。


 俺は覚悟を決めると藤原の背中に腕を回した。目を瞑っている藤原に顔を寄せると、藤原はカッと目を剥き両手で俺の首をホールドした。次の瞬間、俺の唇は藤原に奪われていた。噛みつかれるような激しいキスだった。なぜかは分からないが、頭の中で映画「蜘蛛女」の一シーンを思い出した。俺はどちらかというと「蜘蛛女のキス」の方が好きなのに。


「蜘蛛女」は1994年公開の映画です。製作はアメリカ&イギリスの合作。美人だけど、マフィアの親分さえ持て余すほど狡猾で残忍な女殺し屋に惹かれたチンピラ刑事が破滅していきます。魔性の女に魅入られた哀れな色男ロメオのお話です。自業自得なんだけどね。

「蜘蛛女のキス」は、ブエノスアイレスの刑務所に収監された政治犯とゲイとの交流を描いた映画です。今見ると割と普通だけど、公開当時は話題になったと思う。公開は1985年、制作はアメリカとブラジルの合作です。

 キングスネークブルースはサンハウス、ブラックスネークはロケッツです。主人公はなぜかもてています。

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