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第169話:黒の森20

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 円形劇場まで全力で走って三十秒あまりだが、こんなに長く感じた三十秒はなかった。北側の入口の前で俺は志摩と江宮と一緒に仕掛け作りに入った。あくまで籠城は最後の手段だ。出来れば自分たちの手で倒してしまいたい。


 残りの人間は全て円形劇場に入って、北側の観客席の最上段から藤原を応援していた。藤原は手の届く距離すれすれで、トロールの上下左右を素早く飛び回りながら矢を射ているらしい。


 これこそ蝶のように舞い、蜂のように刺す、だな。矢が無くなったのか、ふわりと上空に逃げた所で、トロールとはまた異なる豪声が聞こえた。あれは・・・。


 冬梅が召喚したのは、映画「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」の山の怪獣=サンダだった。体毛が茶色なのでガイラではないと思う。巨大な猿、いや雪男といった見かけをしているが、なぜか体長が十メートルほどしかなかった。


 体格的にはほぼ同じ。サンダはトロールと互角に戦った。お陰で仕掛けは完成し、藤原と冬梅も無事円形劇場に辿り着いた。俺たちも観客席に上がって、全員でサンダを応援した。最初はサンダが優勢だったのだが、どれだけやられてもトロールはじきに再生してしまう。


 サンダはついに力尽きてしまい、倒れてしまった。冬梅も同時に崩れ落ちた。トロールは勝利の雄たけびを上げると、サンダを食おうとしたが、サンダは光となって消滅してしまう。


 トロールは怒髪天を衝く勢いで怒った。苦労して倒した獲物を盗まれたと思ったのだろう。俺が残していったオーガ十体を見向きもせずに、作ったばかりの道の両脇の木をなぎ倒しながら一直線に走ってきた。


 そのまま突っ込んでくるかと思ったが、何かを感じたのか、円形劇場の北の入口の直前でトロールはぴたりと止まった。このまま真っすぐ来てもらわないと困るのだが・・・。俺たちは仕掛けを挟み約三十メートルの距離でトロールと睨み合った。


 だらしなく開けた大きな口から巨大な乱食い歯が覗き、よだれが滝のように流れ落ちている。まつ毛の無い大きな目の中では、目玉がピンボールのように左右ばらばらに動いていた。


 右目は上下に、左目は左右に、あるいは右目は右回りに、左目は左回りに回転している。潰れた鼻から蒸気機関車のような荒い鼻息が漏れた。腐肉と汗と排泄物が混ざった様な生臭い匂いに吐きそうになった。


 仕掛けは枝葉でカムフラージュした上にマッドクラブを十杯盛ってある。トロールは涎を垂らしながら堪えていた。仕方がない。挑発するしかない。ヒデ・千堂・花山が喉も枯れよとばかりに全力で咆哮した。


 しかし、格が違いすぎるのかトロールは乗ってこない。こうなれば実力行使しかない。飛び道具部隊の出番だ。ヒデ・江宮・藤原・鷹町・青井・尾上・工藤・花山・楽丸がそれぞれの得物を手に立ち上がった。


 これが地上からだったら話にならなかっただろうが、観客席の高さは約十メートル、俺たちの背を足すとトロールをやや見下ろす形になる。ちょっとだけ有利!ヒデの剛速球が、江宮と藤原の矢が、青井と鷹町と花山の大型手裏剣が、楽丸と工藤の槍が、尾上のブーメランがトロールの顔面に次々とヒットする。


 しかし、トロールの回復能力は凄かった。槍を投げて目に刺さっても、目に突き刺さったままで槍を抜くと、次の瞬間にはもう新しい目が生えて来るのだ。こうなったら奥の手を出すしかない。俺は覚悟を決めて叫んだ。

「バーカ、アーホ、マヌケ。お前のかあちゃんで・べ・そ!」


 誰もずっこけてくれなかったが、トロールはちゃんと分かってくれた。両手を上げると鼓膜が破れそうな大声で吠えた。そして次の瞬間、俺めがけて走り出そうとしたが、二歩目でマッドクラブごと落っこちた。


 俺と志摩と江宮が作ったのは巨大な落とし穴だった。偽装するため、強化で厚さ五センチほどの土のパネルを作って、蓋代わりにかぶせてある。目くらましに乗せた枝葉とマッドクラブ十杯分の重量がぎりぎり持つくらいの強度に計算してあるのだ。


 落とし穴の大きさは縦横ともに十五メートル、深さが百メートルある。壁を強化しながら掘り進めたので、崩れることなくこの深さまで掘ることができた。堀った土は全部アイテムボックスに収納している。


 身長十メートルのトロールでも百メートルの落下は相当の衝撃だったようで、地面の底から肉の潰れる音が聞こえた。悲鳴も上がらなかった。人間でいえば二十メートルほど落っこちるのに等しいと思うが、これ位でギブアップするはずもない。藤原がポッポちゃん経由でレポートしてくれたところ、既に穴の底で立ち上がったそうだ。


 次の手だ。俺はアイテムボックスの中からお化けカズラの壺を百個出すと、中身を次々と穴の中にぶちまけた。一個約千リットルくらい入っているので、約十万リットルもの消化液を浴びせたことになる。もったいないけど命にはかえられない。


 トロールは発狂したような声を上げて穴の底を転げまわった。消化液を浴びた所から溶けてしまうのだが、溶ける端から再生していく。トロールは消化液の効力が失われるまで死と再生を繰り返した。


 無限の再生能力は無限の苦しみを与えるのではないかと思ったが、トロールは耐えきった。敵ながら天晴あっぱれだな。次の手だ。俺はアイテムボックスの中からこの森で採取した丸太を取りだすと、一本ずつ続けて投下した。全部で五十本。一本当たりの重量は軽く一トンを超える。


 重さ一トンを超える丸太が百メートルの高さから落ちてくるのだ。一本でも結構な衝撃があると思う。丸太が落ちるたびに爆発音のような音が響いた。しかし、これで終わるほど甘くは無いはずだ。利根川に合図すると、佐藤が大量の黒い液体を穴の中に放り込んだ。


 利根川は呪文を唱えると気取った顔でキーワードを叫んだ。

「│地獄の業火ヘルファイアー

 赤い火の玉が穴の中に落ちていった。


 数秒後、鼓膜が破れる様な爆発音と共に地上五十メートルに達する巨大な赤い炎が噴き上がった。佐藤が投じた液体はキングスライムを撃退したナパームだったのだ。先に投じた丸太は、藁束わらたばのように燃えた。乾燥させていて良かった。


 ナパームは一言で言うと粘っこいガソリンだ。物でも人でもべったりと付着して千度以上の高温で激しく燃える。焼夷弾として使用されたのはナパーム弾と呼ばれ粘度が高いが、ベトナム戦争で使用されたナパームは粘度が低いので、火炎放射器で放射することができる。利根川が作ったのは粘度が低いタイプみたい。


 ナパームは激しく燃焼するので、回りの酸素を全部消費してしまい、一時的に無酸素状態にしてしまうのもやっかいな所だ。高温と無酸素、生物にとって地獄だ。炎が収まりかけたので、尾上に頼んで大量の空気を穴の中に送り込んだ。

 

 もう一度大きな爆発音とともに再び炎が吹き上がった。お化けカズラの消化液に火がついたみたいだ。囂々(ごうごう)と火が燃え盛る音とともに、耳を塞ぎたくなるような絶叫が地の底から響いてくる。たんぱく質が焦げる嫌な臭いが吹き上がった。


 空気を送り込むことによって、炎は勢いを増し、その色は白っぽくなった。温度が上がったみたい。ここが勝負どころと考えて、利根川と一条にファイヤーボールを打てるだけ打って貰った。


 円形劇場に張った佐藤の結界が無ければ、近くに寄ることも出来ない程、穴は高温になっている。おそらく中の温度は千度を超えているだろう。太い丸太が簡単に燃え尽きてしまうので、さらに五十本追加した。再び穴から炎が噴き出した。


 ついでに粉砕した根っ子や枝葉を試しに落とすと派手に爆発した。粉塵爆発を起こしたようだ。この落とし穴はトロール専用の火葬場だ。ただし使用できるのは一回のみ。終わったら埋めてしまうからだ。


 ピンキーによると、トロールは火葬場の中で再生と死を繰り返している。燃えながら再生しているそうだが、徐々に再生までの時間がかかるようになってきた。とうとう再生が止まったが、炎が出なくなるまで空気を送り続けた。不死身の怪物として恐れられているトロールの最後はあっけなかった。


 生体反応が無くなったことをピンキーに確認してから後始末に入った。まずは穴に土を一トンほど投入した。爆発音とともに白い水蒸気が吹き上がった。土の中の水分が蒸発したのだろう。


 しばらく待って水蒸気が収まってから穴まで行った。暑い。四つん這いになって穴の中を覗くと、一番底で赤黒い何かが泡を立ててぐつぐつと煮えたぎっている。

「土が溶けたみたいだな」


 江宮の冷静な言葉にこたえることが出来なかった。

「まるで溶鉱炉だな。いや、地獄の窯の底というべきか?」

 志摩が感に堪えたように話した。


 土が溶けるなんてどれだけ温度が高いのだろうか。時間があれば、このまま一昼夜燃やし続けたいところだがそうもいかない。俺たちはこのまま土を入れて埋めてしまうことにした。


 土は三回に分けて投じ、その度に圧縮と強化をかけた。土の比重を水の半分と考えても、縦横十五メートル・深さ百メートルの体積を埋める土の重さは、一万トンを超えるだろう。この重さに打ち勝って地下百メートルから生還できる生物などいるわけがない。


 埋め終わって表面をならすと、江宮がぽつりとつぶやいた。

「案外あっけなかったな」

 志摩が真顔で聞いた。

「これで駄目だったらどうするんだ」


 俺は即座に答えた。

「籠城しかない」

 水はあるし、食料も少しはある。円形劇場にこもっていれば、明日には救出が来るはずだ。


 江宮が何か言おうとした瞬間、ドンという音と共に足元が激しく揺れた。俺は志摩と江宮を引っ張って円形劇場に逃げ込んだ。入口の所から外を覗くと衝撃は連続して発生し、最後は百メートルほど離れた大木が根っこからひっくり返った。泥だらけになった巨体が現れた。トロールが復活した。


「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」は怪獣映画の古典です。公開は1966年。監督は本田猪四郎、特技監督は円谷英二、音楽は伊福部昭、制作・配給は東宝。日本の神話「海彦山彦」がモチーフになっているそうです。サンダが善玉、ガイラが悪玉と言う感じ。ちょっとだけグロかったりします。それにしても不死身のトロール!落とし穴に落とされ、体を溶かされ、丸太を落とされ、燃やされ、埋められたのに・・・。

PCの調子が悪くて執筆が滞っています。更新のペースが遅れる可能性がありますが、ご容赦ください。

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