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第168話:黒の森19

「どうする?」

 羽河が青い顔で聞いた。どうも羽河は昆虫は苦手みたいだな。俺は江宮と平井を呼んで打ち合わせた。平井はやったことがないと躊躇したが、お前しかできないと押し切った。


 まずは下ごしらえだ。女神様から頂いた水百トンを蟻の上にばらまいた。ただの水ではない。アイテムボックスの中で凍る寸前、約一度まで冷やしている。氷水を被った蟻は心臓麻痺を起こしたように動きを止めた。次は、平井の出番だ。江宮に用意して貰った熱吸収の魔法陣に平井の全魔力を流し込んだ。


 魔法の効率が悪いという事は抵抗があるという事である。そこに大量の魔力を流したために魔法陣は熱を帯び、描線に沿って炎を噴き上げた。最後は布ごと燃え尽きてしまったが、効果は絶大だった。


 結界の外は極低温の冷凍倉庫になっていた。蟻たちは先に流し込んだ水ごとカチカチに凍りついている。

「今度は大丈夫みたい」

 藤原は笑っていた。江宮はがっくりと肩を落としていた。魔法陣については俺も一緒に先生に謝ろう。


 佐藤が二重の結界を解くと、あまりの寒さに、歯がカタカタと鳴った。一瞬、死ぬかと思った。蟻は低温には弱かったみたいだ。凍ったまま動く気配はないが、このままでは動きが取れない。夜神に頼んで戦神の斧を振るってもらった。


「おりゃあー」

 可愛い見かけと正反対の豪快な掛け声と共に斧が振り下ろされた。斧が直撃した所から氷に放射状のひび割れが走った。夜神は計四回斧を振るった。魔力切れになってしまったが、氷は全て割れた。


 俺は割れた破片を全部アイテムボックスに収納した。フォルダに入れて蟻の数をカウントすると、全部で151243だった。十五万超えかあ。魔物の討伐数としては今までの最高記録だな。


 地上の蟻は全滅したが、これで終わりではない。ピンキーと送り犬に頼んで巣の入口を探した。全部で六か所あった。地下には無数の生体反応があるそうだ。俺は利根川を呼んだ。

「フマ〇ラーはどの位ある?」


 利根川は即座に返事した。

「入口の数と位置関係から巣穴の大きさを考えると、全く足りないと思う」

 今後のことを考えると、殺人蟻の巣は今全滅させておく必要がある。どうすればいいのか考えていると、鷹町が手を挙げた。

「二酸化炭素はどうかな?」


 二酸化炭素は大気中に普通に存在する気体で、無色・無臭・無害な物質だが、その濃度が7%を超えると人間は意識を失い、そのまま放置すると呼吸が停止してしまう。製造するにあたって特別な材料や製法が必要ないのも厄介な所だ。大気中で何かを燃やすだけで二酸化炭素は発生する。


 もちろん蟻と人間は違うが、生物である以上呼吸するし、酸素は必要だ。二酸化炭素濃度が上がるという事は、酸素濃度が低下することを意味する。酸素が少なくなれば死に至るのは当然のことだ。


 利根川がポンと手を叩いた。

「CО²ね。分った。任せて」


 最終的に金の製造を目指している錬金術師から見れば、二酸化炭素を発生させるなど簡単なものだろう。何より材料となる酸素が空中には無限にあるのだ。比重が空気より重いのも、地面の下にあるアリの巣を攻めるには好都合。そこまで考えての提案なのだろうか。恐るべし、鷹町。


 念のため、尾上の風魔法で押し込むようにして二酸化炭素を送り込んでいき、頃合いを見て入口を俺の砂と志摩の土魔法で念入りに封鎖する。同じことを五回繰り返した。再度地下を探って貰ったが、生体反応が消えたそうだ。やったね!


 仮に下に五万匹いたとすれば合計で約二十万匹か・・・。実感わかないな。念のため、「蟻さん注意!」の看板をあちこち立てた。珍しくイリアさんが紅潮した顔で感激していた。


「殺人蟻の巣穴を殲滅するのを初めて拝見しました」

 伯爵も感激していた。

「殺人蟻の奇襲を受けたのに、誰一人怪我することなく巣穴ごと殲滅するとは皆様は誠の英雄でございまする」


 賛辞を聞きながら、みんなにポーションを配った。とりあえずやれることは全部やったと思う。みんなハイタッチしたり、肩を叩いたり、抱き合って喜んでいる。しかし、ロボは落ち着かない顔で空中の匂いを嗅いでいた。ぼんやり見ていると洋子から話しかけられた。


「どうしたの?嬉しくないの?」

 仕方がないので、正直にこたえた。

「あくまで俺の勘だけど、今のは多分前座だ。これから本番が始まるぞ」

「これから?何があるの?」


 俺の返事を轟音がかき消した。至近距離に雷が落ちたのかと思ったら違った。ビッグブラザーこと、トロールの吠え声だった。俺たちが蟻に集中している間に接近してきたのだろう。距離的に逃げることは不可能だ。戦うしかない。


 ビッグブラザーという通称の通り、トロールは大きかった。背が森の木の倍以上あるから、身長は少なくても十メートル以上ある。体重は・・・分からない。とりあえずトン単位であることは確実だな。


 本来は森の最深部にいて、こんな浅いところに出てくるはずはないのだが・・・。イリアさんも伯爵も絶望したような顔をしていた。トロールは約百メートル先で立ったまま、にたにた笑いながら俺たちを観察している。餌(俺たち)が逃げるか抵抗するのか見極めているのだろう。


「私がいく」

 目を吊り上げた平井が志願した。平井は確かに三年三組の誇る四番バッターだ。しかし、平井はさっきの蟻退治で魔力を全部使い果たしている。ポーションをがぶ飲みしていたが、魔力は四分の一も戻っていないはずだ。悲壮な決意を感じて俺は言った。


「無理すんな。まずは全員無事に逃げることを考えよう。もしあいつと戦うことになったら、きっと長期戦になる。最後の最後、試合を決める時までお前は待ってくれ。」

 平井の返事も聞かず俺は作戦を伝えた。


「あいつと正面切って戦うのは無理だ。全員でかかっても、平井が万全でも、無限に近い再生能力を持つあれに勝つのは難儀だ。逃げよう。魔物除けの魔法陣が刻んである円形劇場まで逃げ込めば、俺たちの勝ちだ」


 当然のことだが、異論はなかった。現在地は円形劇場と神殿のほぼ中間だから、円形劇場まで約二百メートル位だ。開墾した道を全力疾走しても三十~四十秒かかるだろう。トロールは小回りは利かなそうだが、歩幅の差で単純な速度は俺たちより圧倒的に早い。このまま逃げても追いつかれるだろう。つまり俺たちに必要なことは時間稼ぎだ。


 俺は藤原と冬梅を呼んで作戦を話した。

「藤原は一反木綿に乗って弓であいつを牽制して欲しい。顔、特に目や耳を狙うんだ。仕留める必要はない。時間を稼いでくれたらいいんだ。そして、冬梅は藤原が時間を稼いでいる間にあいつが手こずるような妖怪を召喚して欲しい。できるか?」


 二人は声をそろえて「まかせて」と言ってくれた。俺はオーガの死体を十体出し伐採した枝葉を被せると、最後の指示を出した。

「冬梅の召喚が成功したら、この葉っぱを除けてすぐに円形劇場に戻ってくれ」


 冬梅は送り犬を還して、一反木綿を召喚した。藤原は矢の数を数えている。俺は藤原に話しかけた。冬梅は目を閉じて集中している。

「この作戦がうまくいくかどうかは藤原にかかっている。よろしく頼むぞ」


 言った後でしまった、と思った。プレッシャーをかけるつもりはなかったのに。しかし、藤原は笑顔で返事した。

「分かった。でも、もしうまくいったら僕のお願いを聞いてくれる?」

「お、おう。何でも言ってくれ」


 藤原は笑顔で一反木綿に跨ると、トロールめがけて矢のように飛んでいった。俺たちは冬梅を残して全速力で駆け出した。トロールが天に向かって吠えると俺たちめがけて走り始めた。地震のように足元がぐらぐらと揺れた。俺たちの生き死にがかかった鬼退治が始まった。

冬梅君は何を召喚しているのでしょうか?

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