第159話:黒の森10
今日もイリアさんはギルドの中についてきた。腕を組んでいないので、気が楽だ。俺達が入ると食堂の喧騒が一気に収まり、ひそひそ話が始まる。この疎外感はどうにかならないのか。
カウンターに向かうとサンドラさんが声をかけてきた。
「タニヤマ、さっさとこっち来な」
顔パスが常態化しているようだ。何か言いかけたので、先に書付を渡した。
「オークが六匹。緑の牙が五匹。そしてサイレントグリーンとキラービーが百匹づつ。おまけにサイレントグリーンは生きているときた。さらにお化けカズラの消化液が一壺・・・。これはもう一流のクランの仕事だね」
サンドラさんは唸った。
「初見なのに被害ゼロでこれだけの成果を出すのはありえないね。一体あんたたちは何者だい?黒髪のデボラから聞いたよ。黒の森の中に道を通して、おまけに女神の泉まで復活させたんだって?」
噴水の跡地でトイレを貸した四人組の冒険者はサンドラさんの知り合いらしい。元々は女五人組のパーティなのだが、メインのアタッカーが家族の問題で一時帰郷しており、帰って来るまで薬草採取で食いつないでいるのだそうだ。
最近は雨が少なくて無料ではきれいな水が手に入りにくいので、大喜びしていたそうだ。サンドラさんは言いにくそうに聞いた。
「ところであんた、本当に童貞なのかい?」
俺はサンドラさんが何を言っているのか理解できなかった。
「もしかすると三十才を過ぎているとか?」
もっと理解できなかった。
皆の名誉のためにも反論しなければ・・・。
「俺は魔法使いでも童貞でもありません!それにまだ十代です」
「でも、デボラは間違いないと言ってたよ。アンバーのオッパイを見て逃げ出したって」
絶句した俺にサンドラさんはうんうんと頷くとメモ用紙に地図を書いてくれた。冒険者ギルドのすぐ近くにあるピンクのビルに行けば、ベテランのお姉さんが優しく相手をしてくれるそうだ。
「怖くないから安心して行きな。それに童貞と申告すれば半額にしてくれるからね。でも、二回目以降に同じことをしたら倍額を請求されるから用心しな」
いかにも「私は善いことをした」と確信している風のサンドラさんには何を言っても無駄みたいなので、心の中で号泣しながら「ありがとうございました」と返事した。
買取価格は合計で金貨九枚になったので、いつも通り先輩方にエールと食い物を奢り、残りは口座に入れるように頼んだ。最後にメモ用紙の裏に、広場→集会所→噴水跡まで道を書いて、どこで何の魔物と接敵したか簡単に報告した。だってこのまま受け取りたくなかったんだもん。
サンドラさんは地図をしげしげと見ながらへたくそな口笛を吹いた。
「からかって悪かったね。あんたが童貞というのは冗談だよ。最近の冒険者はこんな簡単な報告もしないからね。食肉植物の群生地が確定しただけでもたいしたもんだ。ありがとうよ。彼女を大切にしな」
後ろを振り返ると、洋子が心配そうな顔で俺を見ていた。サンドラさんが叫んだ。
「ジョーイ、野郎共にエールを一杯ずつ、それとテーブルごとに大皿でパンと串焼きを出しな。タニヤマの奢りだよ」
食堂が大歓声と拍手に包まれた。みんな大喜びしているみたい。なぜか分からないが前回よりパンが増えている。リクエストがあったのかな?サンドラさんは引き締まった顔で話しかけた。
「黒の森に道を開き、泉を復活させ、希少な素材を持ち込み、魔物について適切な報告を行ったんだ。ギルドへ多大な貢献したということで、あんたらのクランはランクアップするだろう。もちろんあたしからも推薦しとくよ。うまくいけば来週にでもカードに反映される筈さ」
俺は丁寧にお礼を言ってから、皆の待つテーブルに行った。座ると同時に洋子が話しかけてきた。
「大丈夫?なんか絡まれていたみたいだけど」
「大丈夫!俺たちの名誉は守られた」
洋子は意味不明の顔だったが、構わず続けた。
「それと、俺たちのクランのランクが上がるかもしれないって。ギルド長に推薦してくれるってさ」
伯爵が大声で肯定した。
「皆様は千年以上誰も試みることさえなかったことを成し遂げたのですぞ。本来であれば叙爵のものの大業と思いますぞ」
隣でイリアさんが大きく頷いた。どうやら爵位がもらえるほどの大事業だったみたい。
冬梅が聞いた。
「クランのランクが上がって何か良いことはあるんですか?」
俺に代わってイリアさんがこたえた。
「クランも冒険者やパーティと同じく、FからSまでの七段階のランクがございます。皆様のクランは現在Fですが、これがおそらく一つ上のEか二つ上のDに上がるでしょう。仮にDまで上がれば、CからEまでのクランと合同で冒険者ギルドの依頼を受注することができます」
日本の建築・建設業者でも大規模な工事や建設を請け負うためには国家的な資格や実績が必要になるが、そういうものだろうか?何にせよ、ランクが上がればより大きな案件を受注できる訳だ。
俺はイリアさんに質問した。噴水の所であった女の冒険者のことが気になったのだ。
「冒険者って食べていけるものなんですか?」
イリアさんは即答した。
「厳しいでしょう。飛びぬけた力があれば並みの貴族をも上回る収入を得られますが、自分より強い魔物に出会ったら命を捧げることになります。よって自分の実力の範囲内で魔物狩りを行うのですが、倒した魔物を運搬できなければ大きな稼ぎにはなりません。タニヤマ様であればオークの肉まで納品できますが、普通の冒険者では困難です」
イリアさんによると上位クランは、メンバーにアイテムボックス持ちがいるか、高性能のマジックボックスを持っているかのどちらからしい。獲物を収納するだけでなく、槍や矢などの武器にポーション・水・食料など補給物資の持ち運びも重要なのだとか。
隣のテーブルに行って利根川にファイヤーバルカンのことを聞いた。やはりファイヤーアローを進化させた魔法だった。しかし、本数を徐々に増やしていって、という進化ではなく、バルカン砲をイメージしてファイヤーアローを放ったらああなったらしい。
ああなったといわれてもな・・・。俺はあきれながらも利根川にフマ〇ラーを出来るだけたくさん作っておくように頼んだ。虫対策は大事だと思います。
木田にローリングブレードのことを聞いたらこれもウォーターカッターのアレンジで、手裏剣が回転するイメージでウォーターカッターを水平に放ったら、回転させることによって威力が大幅に上がったそうだ。ついでに鷹町に手裏剣を、江宮と藤原に矢を返した。きれいに掃除していたので、みんな喜んでくれた。
とりあえず、今日のエールはうまかった、ということで引き上げることにした。西日を左頬に受けながら馬車はゆっくり進んでいく。馬車の中でアイテムボックスを操作して、鷹町が手裏剣で首をカットしたオークを解体した。宿舎に着く頃には、夕日になっていた。ラウンジに入ると三平が一人で座っていた。
「どうだった?」
「駄目だった!」
笑顔の即答だった。
まあ初日からうまくはいかないよな。そもそも川でマグロを釣るなんてのが間違っているし、とは言わずに、「ドンマイ!」と声をかけた。三平は「釣れないのも釣り」と明るく強がってから、「思い出した」と言った。
「ピクニックの会場跡に行ってきたよ」
「どうだった?」
「果樹園になってた。果物が一杯なっていた。中にも入れたけど、女神の森みたいな感じもしたよ」
予想通りみたいだ。今度教会に行った時に管理を頼もう。三平に礼を言ってから、カウンターに行った。マジックボックスを借り、緑の牙の捕食葉を二枚対になった状態で、王女様に贈るように手配した。食堂に行って晩飯の準備で忙しそうな平野に声をかけた。
「今日はちょっと変わったのを持ってきたぞ」
「なになになーに?」
今日も平野はノリが良かった。
「これだ!」
そう言って緑の牙の捕食葉を一枚、縁や内側の鋭いトゲトゲを全部取ってからドーンとテーブルの上に出した。平野は当然びっくりした。
「何これ一体?」
俺は自信たっぷりにこたえた。
「緑の牙という巨大ハエトリ草の捕食葉だ。極上のステーキができるらしいぞ」
「サボテンの果肉みたいなものかなあ」
平野は呟きながら包丁で端をカットするとピンクの断面を見つめてから笑顔を爆発させた。そのまま俺に抱き着くとぎゅっと抱きしめられた。柔らかく適度にボリュームがあり弾力のある二つの何かが二人の胸の間でぐにゃりと潰れた。
「噂には聞いていたんだけど、実物を見るまで信じられなかったよ。本当にありがとう」
これ一枚で五十人分以上賄えるらしい。二枚あれば十分ということなので、もう一枚出した。オークはロースだけ頂戴と言われたのでそれだけ渡して、庭に出た。
「太郎」と声をかけると、庭の奥から黒い影が地面を這ってくる。ちょっと心配していたが、大丈夫そうだ。
「何か食べるか?」と聞いたが首を振った(ような気がした)ので、顎の下を撫でてから引き上げた。
食堂に入ると今日の演奏は伊藤だった。でもなんか違う。よーく見ると構えている楽器が違っていた。いつものリュートではなくてフォークギターだった。長めのバンダナをストラップ代わりにしているのが、70年代風でなんかカッコイイ。思わず声をかけた。
「ギター、出来たんだな」
伊藤は晴れ晴れとした笑顔でこたえてくれた。
「まだ調整中だけど、人前で演奏できるほどにはなったんだ」
今日は七十年代の海外のフォークソングの特集だった。「名前のない馬」がヒットしたアメリカや「コンドルは飛んでいく」のサイモン&ガーファンクルなど、定番の名曲をたっぷり聴くことができた。
ギターの出来だが、ピックが無いのでいまいち力強さや鋭さは無いが、その分柔らかく優しい音を堪能することができた。良かったと思う。弦の色が茶色だったので、ガットギターの弦に近いかもしれない。
今日の晩御飯はオーク肉を使ったカツ丼だった。しょっつるを出汁で割ったつゆでオークカツを煮て卵でとじている。米がいまいちなのは残念だが、それを上回る圧倒的なうまさと懐かしさがあった。
スープ代わりに蜆の吸い物が付いていた。赤だしでないのが残念だが、これ以上の贅沢は言うまい。現状のベストの組み合わせではなかろうか。先生は吸い物をお替りしていた。デザートは丸ぼうろだった。和のおやつならではの控えめで素朴な甘さが心に染みた。
部屋に戻って出窓にチヂミ・焼きそばパン・カツ丼・丸ぼうろを並べた。目を閉じて手を合わせると、「美味し!」の声と共にペタン・ペタン・ペタンという音が聞こえた。利根川の錬金術のレベルが上がる日は近いかもしれない。
クランのランクが上がりそうです。注目されるのは良し悪しみたいな感じもします。三平の名言:釣れないのも釣り・・・「咳しても一人」などの自由律詩で有名な尾崎放哉みたい。ホトトギス派と対抗する新しい勢力が生まれ・・・ないか。