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第154話:黒の森5

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 7月20日、土曜日。朝起きると、珍しいことに一面の曇り空だった。それでも雨の気配はまったくないのが不思議。今日は珍しく三平が走っていた。昨日レベル8に上げたスキルの確認のために、今日は川に釣りに行くそうだ。健闘を祈る!


 今日の朝ごはんはチヂミだった。生地には小麦粉だけでなく米粉が入っているので、薄くてもモッチリして食べ応えがあるのが特徴だ。バジルやサラミを混ぜ込んでいるので、洋風チヂミという感じがしておいしかった。


 朝ごはんを食べてのんびりしていると、工藤から話しかけられた。

「昨日のワイルドボアを見て思ったんだが、飛び道具の数を増やした方がいいと思う。後で渡すから投擲用の槍を預かってくれないか」 

 俺が断る理由はない。出発の時に渡してもらうことにした。


 朝の講義はミドガルト語の朗読に戻った。なぜだかこれを聞いていると心が落ち着くのはなぜだろうか。講義が終わったら先生に呼ばれた。

「黒の森に道を開いたそうですね」


 俺は何も考えずに答えた。

「集会所までの道路を作りました」

 先生は大きなため息をついた。思わず反論してしまった。


「でも、元々は人間の街があったんでしょう。少しぐらい取り返しても良いのでは?」

 先生は冷静にこたえた。


「街があったのは誰も覚えていない遥かな昔です。今あすこは黒の森です。森はそれ自体が大きな生き物のような存在です。道を切り開くことは、生き物の体に消えない傷をつけるようなものです。森は傷つき、怒り、復讐の機会を狙っているやもしれません。くれぐれも用心なさい」


 助言にお礼を言ってからお弁当をもらいに食堂に行こうとしたが、先に厨房リニューアル準備室に寄ってみた。機械は全て稼働しているようで、ブーンという低い音がしている。巨大なエアコンからは涼しい風が流れていた。


 江宮は真ん中に置かれたテーブルの前に座って凧を手に取ってみていた。

「出来たのか?」

「おお、たにやん、出来たぞ」


 江宮は笑顔で凧を見せてくれた。俺は器械が出来たのかと聞いたが、江宮は凧のことと思ったようだ。白地に赤と黒で「龍」の一文字。この字画は本当に縦長のキャンバスに合うと思う。


「いいな。青空を背景にするとさらに良さそうだな。文字通り空飛ぶドラゴンだ。先生も喜ぶと思うぞ」

「俺もそう思う」

 江宮は満足そうに笑った。そして信じられない言葉を口にした。


「夏空に ドラゴンが舞う ほととぎす」

 言った本人も首をかしげているが、俺は冷や汗を流した。ほととぎす派の浸食は続いているようだ。気を取り直してあれを聞いておこう。


「ポーチは出来た?」

「もちろん」

 江宮はベルト付きのポーチを取りだした。


「最初はポーチだけのつもりだったんだけど、どうせならお揃いが良いかと思ってベルトまで作ったんだ。バックルはあり合わせだけれど、どうかな?」

「最高だよ、ありがとう」


 お世辞ではなくて本当によくできていた。丁度、サメの腹側と背中側の半分半分の部分を用意したので、ベルトは暗い青、ポーチはベルトと重なる部分は同色の青、その下は青のグラデーションから白になっていてお洒落だった。


 江宮のセンスの良さが光る逸品だった。その上、予備のベルトまで用意してくれた。予備のベルトの色は白だった。こっちはさらにお洒落だな。アイテムボックスに収納すると、俺はポーチにある機能を付加した。


 江宮がにやにや笑いながら聞いた。

「誰にやるんだ?」

 女の子へのプレゼントと確信しているようだ。隠してもしょうがないので正直に答えた。

「夜神だ」


「夜神?」

 江宮は首を捻った。確かに分からないだろうな。

「理由はそのうちわかる」


 思案顔の江宮に厨房の器械の入れ替えの時期を聞くと、来週の予定だそうだ。もちろん、俺のアイテムボックスを最大限に活用したいとのこと。日にちが決まったら教えてくれと頼んで食堂に行った。


 今日のお弁当を受け取ってからラウンジに行くと羽河がカウンターで手紙を読んでいた。メリーさんが手招きしたので行ってみる。羽河が手紙から顔を上げて話しかけてきた。

「王女様からお礼状が届いたわよ。見事なストーンクラブをありがとうって。国賓のもてなしにも使える逸品だって喜んでいるわ」

 

 続いてメリーさんが小さなマジックボックスを差し出した。

「雑貨ギルド様からお届け物です」

 中を見るとでかい壺が二つ。その中には白と黒の染料が入っていた。よし、これでなんとかなるな。


「相変わらずまめね。塗料を使って何をするの?」

 羽河が単刀直入に聞いてきた。

「人聞きが悪い事を言わないで欲しいな。碁石ごいしを作るだけだよ」


 丁度志摩がいたので、羽河の誤解を晴らすためにも早速頼んでみた。

「急な話で申し訳ないんだけど、碁石を作ってくれないか?雑貨ギルドの作業が遅れ気味なんだ」


「いつまでに何個作るんだ?」

「八月一日までに五百セット分作れないか?色は俺がつける」

「五百?材料は?」

 志摩は椅子から飛び上がって叫んだ。俺は落ち着いて応えた。


「この前渡した砂が山ほどあるぞ」

「ちょっと考えさせてくれ」

 志摩は力なく椅子に座り込んだ。


「何を騒いでるんや」

 つられて夜神がやってきた。よしよし、探しに行く手間が省けた。俺は、さっき江宮から受け取ったポーチを夜神に渡した。


「プレゼント?」

 夜神は無邪気に喜んでいた。

「嬉しいわ。色がええなあ。ベルトの幅がちょい広目でごつすぎる気もするけど・・。これは何の皮?」


「ウォーターシャークでございます」

 俺は気取った仕草でうやうやしくこたえた。

「ウォーターシャーク?」

 隣のテーブルの片付けに来ていたメリーさんが驚きの声を上げた。どうやらかなり価値があるみたい。


 八神はキュートな狸顔をほころばせながら聞いた。

「まさかこれだけやないやろ?」

 俺は笑顔でこたえた。

「もちろん。この品とセットになっております」


 俺は戦神の斧をアイテムボックスから出した。夜神はその場で崩れ落ちた。

「落差が激しすぎるわ。それに出す順番を間違えてる。最初にそれ見せられたら何の期待もせんかったんに・・・」


 何を期待していたんだ・・・。俺はとりあえず言い訳した。

「だって戦神の斧ってでかくて重くて武骨だろ。夜神のように華奢きゃしゃでキュートな女の子が裸で持ち歩く訳にはいかないと思ってさ」

「華奢でキュート?よくわかってるやないの」

 

 夜神は素早く立ち上がって大きく頷いた。自動修復機能が迅速に作動したようだ。俺は説明を続けた。

「このポーチは戦神の斧専用の収納庫インベントリになっているんだ。炎の剣の鞘みたいなもんだな」


 戦神の斧を近づけると、するりとポーチの中に入ったので、回りはおおっと驚いた。秘密だがポーチの入口は俺のアイテムボックスの中の「戦神の斧」フォルダにつながっているのだ。携行型トイレと同じ仕組みだ。


 俺は夜神に頭を下げた。

「桁違いの魔力を要する戦神の斧を使えるのは、夜神、お前しかいないんだ。可愛いお前に似合わないことは良く分るが、こいつで俺達を守ってくれないか。頼む!」


 夜神は満面の笑顔を見せながらこたえた。

「そこまで言われたら断ることは出来んな。でも、私に使えんのかな?」

 俺は夜神の気持ちが変わらないうちに、即席の呪文を唱えた。

「谷山が湖の女神に代わりて戦神の斧の担い手を夜神光に変更する。以上」


 やはり俺に呪文作りのセンスは無いようだ。なんとなく回りはがっかりした雰囲気だが、魔力の抜ける感覚があったので、うまくいったみたい。夜神はポーチに手を突っ込んで戦神の斧を取りだすと、指先で鉛筆のようにクルクル回した。


「思ったより全然軽いなあ。もっと重いかと思ったわ」

 夜神が持ったら百グラムだが、他の人間が持ったら三十キロ以上に感じるのではなかろうか。とにかくユーザー変更はうまくいったようだ。よしとしよう。予備のベルト(白)を渡すと夜神の機嫌はさらに良くなった。

戦神の斧の新しい担い手が決まりました。うまく使いこなせると良いですね。

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