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第152話:黒の森3

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 伯爵の号令がかかって、黒の森の冒険が始まった。広場の縁石から一歩踏み出すと大木の日陰に入るが、それほど涼しく感じない。それよりむしろ、サウナの中に入った様な湿気を帯びた熱気みたいなものを感じる。


 四パーティ計二十四人は二列縦隊になって進む。パーティの並びは、月に向かって撃て→クレイモア→炎の剣→ガーディアンの順番だ。切りのいい所で先頭はクレイモアに交代し、月に向かって撃ては最後尾に下がるという訳だ。


 だから先頭の俺の右側にいるのは初音だ。太郎は俺の左側を音もなく這っている。伯爵は先頭に、イリアさんは最後尾、護衛の騎士はパーティごとに一人ついている。なんとなく過保護みたいな気もするが、初めてだから仕方ないだろう。ちなみにロボはガーディアンの浅野にくっついている。


 伯爵は特に指示も無いのに俺たちが勝手に二列縦隊で進め始めたことに驚嘆していた。

「軍隊の基本はまずは行軍ですからな。打ち合わせも無く自然に二列縦隊を取れるとは、皆様やはり士官学校の出身ではないですかな?」


 小学校・中学校の体育や運動会の経験がこういう所で活きてくるとは思わなかった。

「小学校で全員習う事ですので」

 謙遜したつもりだったが、伯爵は「国民皆兵ですか?」とさらに驚いていた。


 伯爵の誤解を解きながら、俺は金の斧を振るいつつ前進する。高さ一メートルほどの灌木だけでなく、直径五十センチ以上あるでっかい木も一撃で切り倒す。十メートごとに一本切り倒すのでゆっくりとしか進まないが、三百メートルならなんとかなるだろ。


 開拓者の心境で道を切り開いていると、幅三メートル位の道らしきものができてくる。切った木や草はそのままアイテムボックスに放り込むので、まっすぐ進むだけだ。「僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る」とはこのことだろうか?でもこれでは単に木こりのうたになってしまう。あまりの力技に伯爵は目を丸くしていたが構うものか。


「木を避けて歩けば良いのでは?」

 たまりかねて叫んだ伯爵に俺はこたえた。

「五日もここに通うんでしょう?だったら、道があった方が後々楽になると思います」

 伯爵は絶句して黙ってしまった。

 

 五十メートル位進んだ所で、初音が左手で俺を止めた。右手で約十メートル先の灌木を指さしている。確かに、風も無いのに葉っぱが微妙に揺れているような気がする。太郎も俺の左横でとぐろを巻いている。明確な敵意を匂いで感じているようだ。


「俺の出番だな」

 ヒデが黄金バットを持って前に出て来た。バットで右肩を軽く叩きながら叫ぶ。

「敵じゃないなら出てこい。でないと痛い目に合うぞ」


 返事は無かった。敵意がさらに強くなった気がする。仕方ないな。俺は斧を置いてヒデの横で片膝をついた。石のボールを両手に持つと、ヒデがバットを構えて叫んだ。

「地獄の千本ノック!」


 今まで使うことの無かったヒデの必殺技(?)の実戦デビューだった。俺がトスしたボールを機械のように正確にヒットする。ピッチングマシンのように約一秒間隔で石のボールが灌木の中に叩きこまれていった。


 五球ほど打ったところで、グギャとかゴゲとか聞くに堪えないような汚い悲鳴を残して、茂みから緑色のゴブリンが五匹飛び出した。足を引きずったり頭を抱えて逃げていくが、後追いはしなかった。

「他愛もない」


 ヒデはつまらなそうな顔をしていたが、唇がにやけていた。それなりに手ごたえを感じているようだ。本当はぴょんぴょん飛び跳ねて喜びたいのかもしれない。俺は石のボールを回収すると、アイテムボックスの中できれいに掃除した。


 行進を再開して五十メートル位前進した所で、初音が再び俺を止めた。かすかにブーンという羽音が左前方から聞こえてくる。ひょっとするとあれかな?俺の後ろにいた一条が前に出て来た。

「私に任せて」


 良く分らないけどまかせた。なんとかなるだろ。一条が剣を抜いて構えると、木の間から敵が現れた。クレイジーモスキート、羽を広げると十センチ位になるでっかいだ。緑の吸血鬼と呼ばれる通り、薄い緑色をしているが十分に血を吸うと真っ赤になるらしい。たかが蚊と馬鹿にしてはいけない。こいつに集団で襲われると血を吸い取られて、出血多量で死ぬのだ。


 吸血する際に、最初に痺れ薬みたいなのを注入して動けなくするのが厭らしい奴だ。今回は団体様でお越しのようで、意志ある緑色の煙みたいな感じで迫ってくる。前衛だけで百匹以上いるんじゃなかろうか?しかし、一条は慌てなかった。大きく振りかぶると叫びながら剣を振った。

「血花!」


 片刃の剣から直径五十センチほどの血のように紅い火球が飛んだ。まるで線香花火のように火球はパチパチ音を立てながら、直径三十センチ程の赤い火花を次々と放出した。火球は見る間に縮んでいく代わりに、空間を無数の赤い花で埋め尽くしていく。そこに緑色の煙が突っ込んだ。赤い花に触れた瞬間、蚊は赤く燃え上がって白い灰にかわった。


 緑色の煙が出てくるたびに一条は剣を振るい、俺たちの前には白い灰がなごり雪(季節外れの雪)のように降り積もった。何の役に立つか分からないが、珍しいのでとりあえず収納した。一条が数回剣を振った所で初音が叫んだ。

「終わった」


 後続が来ないことを確認すると、一条は残心を解き、納刀した。

「練習の時は、流星って言ってなかった?」

 俺の質問に一条は笑顔でこたえた。


「『流星』だと全然だめでさ、『花火』から『赤い花』に変えて何かひっかったような感じがして、『血花』でうまくいったの。あたしの中のイメージと百パーセント、シンクロできたみたい」


 一条によると『血花』は「火球ファイアーボール」の魔法をアレンジしたのだそうだ。一度火球に収束したものを、線香花火のように分裂させるイメージらしい。


 この話を聞く限り、イメージを実体化させるのにはキーワード、つまり名前は大事みたいだ。ひょっとすると、名前に込めた想いというか、言霊が関係しているのかもしれない。いずれにせよ中級魔法のアレンジで蚊がまとめて退治出来るならば、大成功ではなかろうか。


 ヒデと一条が一暴れしたので、先鋒を交代することにした。平井がリーダーを務めるクレイモアの登場だ。クレイモアで斥候を務める江宮が俺の横に来た。こいつはマサイ族並みに目が良いのだ。


 次に利根川がやってきた。

「あんた早すぎるわよ。もっとゆっくり歩きなさい。薬草の採取がおいつかないわ」

 佐藤を見ると万歳していた。お手上げらしい。初日でこれならもっと奥に行くとどうなるのだろうか?


 最後に志摩がやってきた。

「金の鍬を出してくれ」

「やってくれるのか?」

 志摩は笑顔で頷いた。


「なんというか暇だ。お前の木こりって相当のインパクトがあるみたいだぞ。魔物も避けているみたいで全然襲って来ないんだ。多分先鋒以外は何もすることが無いぞ」

 俺が切った木の根っこを志摩は金の鍬で掘り起こしていく。切った木だけでなく、掘り起こした根っ子もアイテムボックスに収納するので、さらに道らしくなった。


 木こりの真似事をしながら百メートルほど進むと江宮が俺を止めた。同時に猫娘が俺の横にやってきた。目を凝らしてようやくわかった。猫だ、猫がいる。ヘルキャットだ。最初は木の陰かと思ったほど真っ黒な猫が、正面の木の横にうずくまっている。


 猫は見破られたことを理解したのか、立ち上がると金色の目を大きく見開いて俺を見た。体長は尻尾まで含めると一メートルを軽く超えている。猫というより小さな豹といって良いほどのサイズだ。毛を逆立てることも無く、自信に満ちた態度で俺を見つめている。見下ろしているのに、見上げているような錯覚を覚えた。


 唐突に俺はわかった。俺たちは囲まれているのだ。数十匹、いや数百匹のヘルキャットの群れに。その瞬間、俺たちを中心に殺気が十重二十重に渦巻いた。これはちょっとかなわないな。皆に動揺が走った。


 仕方がない。俺は猫娘に通訳を頼んだ。そしてアイテムボックスの中から大鯰を一匹出すと、俺と黒猫の中間に置いた。

「こいつをやるからそこを通してくれないか?」


 猫娘がニャーニャー話しかけると、黒猫は大鯰を挟んだ反対の位置で文句を言いだした(ような気がした)。

「ナーニャ、ニャオニャニャオニャ(挨拶も無く人の庭に土足で入り込んで)」

「ニィナニヤニャニーニヤ(これっぽっちじゃ挨拶代わりにもならないよ)」


 猫娘も負けていない。

「ニャニャニャニャナーニ(ここは天下の黒い森、誰が何をしようと勝手だろ)」

「ニャオニャオナーゴ(せっかく顔を立ててやったのに、これっぽっちとはなんだい)」


 猫語は世界共通なのか、ニャーニャーギャーギャーシャーシャーフーフーうるさい応酬があった末に、猫娘が振り返って俺に聞いた。


「これじゃ足りないって。もっとくれって」

「分かった」

 俺はマッドクラブを一つ出すと、大鯰の横に置いた。


 黒猫はゆっくりとマッドクラブに近寄り、匂いを嗅いでから「ナーゴ」と大きく鳴いた。すぐに十匹以上の灰色や茶色の猫が現れ、鯰と蟹の思い思いの位置に食らいつくと左手の奥に引きずっていった。


 黒猫は恐れる様子もなく、俺の目の前まで歩いてきた。皺くちゃの老婆が顔全体で笑ってるような不気味な顔で「ニャア」と鳴いた。太郎や猫娘など眼中にないと言わんばかりの自信に満ちた笑顔だった。不思議の国のアリスに出てくるチェシャキャットみたい。


 見ているだけで気分が悪くなるのを堪えて、俺はキラーフィッシュを一匹、目の前に出した。

「あんたの分だ。これからは仲良くやろうぜ」


 黒猫はキラーフィッシュの匂いを嗅ぐと、そのまま腹に食いつきバリバリ音を立てて食べ始めた。頭と骨だけになると、俺の足元にやってきた。そのまま両足に背中をこすりつけると、顔を上げて再び「ニャア」と鳴いた。満足したみたい。


 なんだか、「あんたの匂いは覚えた」と言っているように聞こえた。黒猫は、振り返ることも無く悠然と去っていった。その姿が消えると同時に俺たちを包む殺気が嘘のように蒸発した。

血花ってようするにでっかい線香花火みたいなものですかね?

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