第151話:黒の森2
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玄関に出ると、馬車が六台と騎乗した騎士が待っていた。クーラーと飲み物を工藤と羽河に預ける。なんとなくではあるが、クーラーボックスがあればいいのに、と思ってしまった。
俺は伯爵とイリアさんに挨拶してから、伯爵に娯楽ギルドの本部の住所が決まったことを報告した。
「冒険者ギルドの近く、南大通り沿いのビルの一階と二階です。什器の運び込みと内装は今週中に完了の予定です」
伯爵は感心したように頷いてから質問した。
「ギルド長との顔合わせはいつがよろしいですかな?」
「お休みの日で問題なければ今週末、24日の午前でどうでしょうか?」
俺の返事に伯爵は即答した。
「委細承知しました。それで調整いたします。集合場所は商業ギルドでよろしいですかな?」
おおお、なんかやる気みたい。もちろん俺に異存はない。時間が決まったり変更があれば、互いに連絡するということで、打ち合わせは終わった。それは良いとして、困ったことが起こった。
藤原が「絶対役に立つから!」と言って聞かないので、ブラックスネークの太郎を連れていくことになったのだ。その上、太郎を藤原所属の「炎の剣」ではなく、俺のとこの馬車に乗せることになったのだ。
青井が気絶レベルで爬虫類が駄目だったことと、藤原による「たにやんに一番懐いているから」という謎の推薦だ。
仕方なく、俺は一番後ろの席で太郎に(文字通り)絡まれながら馬車に揺られることになった。ちょっと苦しい。青井をこっちの馬車に乗せればいいことに気がついたのは、出発した後だった。ちくしょうめ。
黒の森は王都の真南になるので、西の環状線→西の大通り→南の大通りの順で馬車は進む。昨日目星をつけた娯楽ギルドと思しき建物の前には、今日も馬車が一台止まっていた。指さして説明すると、みんな興味深そうに窓から見てくれた。
「いよいよ俺たちの拠点ができるんだな」
ヒデは何か勘違いをしているようだ。こいつ囲碁も将棋もルール全然知らないんだけど。まあいいか。南の門を出て製材所を過ぎ、女神の森を右手に見ながら進む。なぜだか分からないが女神の森に向かって手をふってしまった。
そのまま進むと、大きな橋に出た。橋を渡ると道は大きく左に曲がる。右側は高さ十メートル以上ありそうな黒い壁、のように見える大きな森。左は川。街道は冒険者とネーデルティア共和国と交易する馬車でそれなりに賑わっているようだ。
黒い森と川に挟まれた道はやがて右に曲がり、そのまま南に向かう。右手は黒い森、左手は草原。道路が森と草原の境界になっているようだ。やがて道の右側が百メートル四方の大きな石造りの広場になっている所で馬車は止まった。ここが目的地のようだ。
馬車から降りた俺は突然動けなくなった。湖沼地帯に最初に行った時と同じ、西の方からの強烈な視線を感じたのだ。悪意も無ければ好意も無い、純粋に見ているだけ、といった意思を感じた。視線は徐々に薄くなり、俺は動けるようになった。なんなんだこれ?
息を吐いて回りを見渡すが、皆普通にしている。視線を感じたのは、俺だけみたい。気のせいかな?
広場では感動の出会いが待っていた。草原狼のロボが待っていたのだ。浅野にじゃれついて大喜びしている。ご褒美代わりにウォーターシャークの内臓を少し出してやると大喜びで食べ出した。太郎が「ボクは?」といった顔をしていたので、「今食べると動けなくなるだろ。後でな」と言うと、納得したみたい。良い子だ。
駐車場のように何もない広場の中央付近には、掘っ立て小屋のような小さな建物がぽつんと立っている。売店になっているようだ。伯爵に聞いたら、冒険者ギルドの出店だそうだ。各種ポーションや干し肉、水やワインを売っているらしい。串焼きの匂いもする。街で買うより一割から二割高いとのこと。商魂たくましいな。
橋を渡ってすぐの所に作った方が便利が良さそうに思えるが、この広場そのものが遺跡で、石畳の外回りの縁石には魔物除けの魔法陣が刻まれており、一種の安全地帯になっているのだそうだ。
もちろんどこから森に入っても構わないのだが、この広場を起点にするのが安全という事らしい。朝と昼の中間という中途半端な時刻のせいか、広場には数人の冒険者しかいなかった。伯爵は各リーダーを招集した。伯爵達が打ち合わせをしている間、俺は馬車を利用してターフを張った。日陰があった方が過ごしやすいだろ。
次に藤原に空からの監視をお願いした。
「何か適当な鳥をティムして、上空から俺たちが進む方向をチェックできないか?」
藤原は笑顔で懐から鳩を一羽出した。
「そう言われるだろうと思って、宿舎の屋根に棲みついている鳩をティムしてきたよ」
「おお、流石だな。ありがとう」
視覚を共有化すれば飛行機で上空から見るように進行方向を確認できるわけだ。
次に冬梅には猫娘を召喚するように頼んだ。冬梅は召喚しながらこたえた。
「フリーで行動するしかできないと思うけど」
俺は頷きながら答えた。
「それでいい」
顕現した猫娘は初めての森に驚き、警戒し、興奮していた。
「何かやばそうなのがいたら教えてくれ」
猫娘は無言で頷くと森に溶けるよういなくなった。入れ替わりのように打ち合わせから戻ってきたヒデによると・・・
1.今日の目的地はここから三百メートル程西にある遺跡。
2.遺跡というけれど、古代の遺跡ではなくて昔あった町の集会所の跡。
3.集会所にたどり着いて休憩したらこの広場に戻って終了。
4.行き帰りの道中で遭遇した魔物を討伐する。
5.南に行くほど森は深くなり、魔物も強くなるので絶対に南には行かないこと。
6.他の冒険者にあってもトラブルを起こさないように気を付けろ。
7.四つのパーティで先頭を交代しながら進む。
8.ただし、俺と太郎は斥候として常に先頭集団に同行する。
なんだか俺的には納得がいかない所はあるが、まあ仕方ない。ご指名とあればやってやろうじゃないの。俺は太郎の顎の下を撫でながらつぶやいた。なんかこいつもやる気みたいだし。
藤原は俺たちを見て感心したように話しかけてきた。
「たにやん、流石だね。太郎もすっかりその気になっているみたい」
「そうか?」
「うん、やっぱり男女ペアになっているのが良いのかな」
あれ?なんか今変なことを聞いたぞ?
「男女ペアってどういうこと?」
藤原は意外そうな顔をしながらこたえた。
「気がつかなかった?太郎はメスだよ」
え?そうなの?名前からして当然オスかと思っていたのだが。
「じゃあなんで太郎なんだ?」
俺の当然の疑問に藤原はあっけらかんと答えた。
「ティムした時は雌雄が良く分らなくてさ、名前を付けてから気がついたんだよね」
俺は太郎の顔を見た。太郎は俺を「何?」と言いたげな顔で見返した。まあいいか、太郎が雄でも雌でもやることに変わりはないのだ。
「案外体力はないから注意してね」
藤原のアドバイスに「余計なことを言うな!」と言った顔で、太郎は尻尾で地面を叩いて抗議した。丁度伯爵の号令がかかって、俺たちの黒の森の冒険が始まった。
太郎君はメスでした。だからといって何かある訳ではないのですが・・・。ないよね?