第146話:教会にて
続いてワインの空き樽を返却したいと言うと、倉庫に案内してくれた。平野から預かった分を含めて樽を六十個出した。院長先生は素直に喜んだ。
「樽も安くは無いので、農場が喜びます。ありがとうございます」
最後に厨房に移動した。まず取り出したのは、二十年物のワイン四本だ。軽く説明しておく。
「最初に頂いたワインを二十年熟成したものです。東西の教会と東西の農場で分け合って飲んでください」
ワインのラベルを見て、凧の絵柄と似ているとシスターが指摘した。
「良く分りましたね。どちらも湖の女神様を絵にしたものです」
院長先生とシスターが固まった。
「頂いたワインを女神の森産の樫の木の樽に移し替えて二十年熟成させたものです。女神の涙、という名前を使うことの許しも得ておりますよ」
院長先生とシスターは再び固まった。数秒後、院長先生は心配そうに聞いた。
「このような貴重なものを私たちが飲んで良いのでしょうか?」
「もとは皆様の物です。ご遠慮なくどうぞ」
次に不動在庫として平野から預かった小麦粉を取りだした。とりあえず百キロ。そして子供たち用にあんパン・ジャムパン・クリームパンを各三十個。院長先生は大きく目を見開くと、感激して叫んだ。
「上等な小麦粉をたくさん頂き、さらにおいしそうなパンを九十個も・・・。お礼の言葉もございません」
最後にもう一つ聞いておこう。
「もし菜園を持ってらっしゃるなら、堆肥を差し上げましょうか?」
「堆肥とは何ですか?」
「地力の衰えた土地を回復させます」
「よろしければぜひお分けください」
案内された孤児院の裏には小さな畑があったので、隅に堆肥を適当に積み上げた。
「土を耕してよく混ぜて使ってください」
「ありがとうございます」
子供達だけでなく、シスター全員が見送ってくれる中、俺たちは引き上げた。孤児院で用意してくれた食事だけでは足りなかったようで、馬車に揺られながらみんなフィッシュバーガーにかぶりついていた。
「でも、来るたびに食事が良くなっているような気がする」
浅野がカルピスを飲みながら言った。
「そうだね。最初は固いパンと水のように薄いスープだけだったもん」
木田が唇の端を拭いながらこたえた。
俺は馬車の中で利根川に絡まれた。
「たにやん、江宮と志摩に精製した砂をやったんでしょ。私にも見せなさい」
仕方がないので、手の平に少し出してやった。利根川は少しだけ感心した。
「ふーん、まあまあね。私にも頂戴。とりあえず十キロ位」
「いいぞ、アイテムボックスを連結していいか?それとウォーターシャークの肉以外のパーツいるか?」
「とりあえずどんなのか見せて」
俺は利根川のアイテムボックスを俺のアイテムボックスから接続して開いた。利根川のアイテムボックスはロックされたフォルダが十個入っているだけだった。きれいに分類・階層化しているんだろうな。
とりあえず新規フォルダを作って、中に砂十キロと肉を除いたウォーターシャークを入れた。利根川は鑑定を使って調べたみたいで、しばらくするとOKサインを出した。
ウォーターシャークを調べると、肝臓の他に目玉、牙の一部、皮の一部、内臓の一部が無くなっていた。錬金術に使うんだろうな。俺は利根川に話しかけた。
「頼みがあるんだ。まずはこれを見てくれ」
話すと同時に妖精さんから貰った木の実や薬草をさっきのフォルダに移動した。利根川は木の実や薬草を確認してから、びっくりした顔でこっちを見た。
「これ、ちょっと凄い。身体に良いのばかり・・・。どうしたのこれ?」
「妖精さんからもらった」
「私にも頂戴」
「良いけど、条件がある」
「何?」
利根川は目をキラキラさせながら聞いた。
「これ全部やるからジンを作ってくれないか?」
「いいけど、なんで?」
「ほら、枕草子のアレンジで、春はビール・夏はジン・秋はワイン・冬はウイスキーと言うじゃないか」
利根川は鼻を鳴らして反論した。
「夏はビールじゃないの?」
「それだとありきたろだろ?」
「却下、日本酒が入っていない」
「まあ、その辺は好き好きで・・・」
利根川は質問を変えてきた。
「なんでまたジンを作ろうと思ったの?」
「うーん、先生に呑ませてやりたい。あとイントレさんにも」
「それだけ?」
「うん」
「あんたって本当にお人よしね。まあいいわよ。準備できたら声かけるから熟成はそっちでやってね」
「分かった」
利根川はしばらく自分のアイテムボックスの中で鑑定をしていたが「これは平野の方が使えると思う」と言って、十五種類だけ移動した。俺はフォルダに残ったものを自分のアイテムボックスに移動して連結を外した。
利根川は少し考えてから話しかけた。
「いろいろ組み合わせを変えて試してみるから一週間ぐらい待ってくれる?」
「いいぞ」
「それとブーツの消毒薬と水虫の薬だけど・・・」
「どうかした?」
「消毒薬はできたけれど、水虫の薬はもう少し時間を頂戴」
「分かった。薬は慎重にやらないとな」
俺は梅酒のことを思い出した。
「梅酒をまた分けてくれないか」
「いいわよ。明日にでも取りに来て。用意しとくわ」
俺は引き続き、アイテムボックスの中で菜種油の精製を行った。オートでやってくれるのでとっても楽。茎葉と種の残りかすを堆肥フォルダに入れると、恒例のメッセージが出て来た。
「堆肥を作成しますか?」
材料の引き当てを確認すると、今回はロックバードの糞を三個使用するみたいだ。チェックして問題が無かったので「はい」をクリックした。そのままぼんやりしていると、馬車は宿舎に着いた。
まずは平野の所に行ってお届け物だ。平野は蜂蜜も薬草も大喜びして受け取ってくれた。蜂蜜は最高品質、薬草も非常に希少なもので、どっちも入手困難な貴重な食材だったようだ。
次に菜種油について聞いてみた。
「いるか?」
「いる。あるだけ頂戴」
「六百キロくらいあるけど」
平野は万歳した後で青くなった。
「ごめん、置き場所がない。入るだけ頂戴」
助手Cが用意してくれた壺に目いっぱい入れ、今後は水と同じく定期的に補充することにした。
女神様からいろいろ頂きました。