第144話:女神の森5ー1
製材所の前には、荷馬車が一台と男が二人待っていた。一人はもちろんフルバックさんだから、もう一人がスカジーさんか。
馬車から降りてまずは挨拶した。スカジーさんは身長が百八十センチ位、瘦せ型で髪はベージュ・目は緑色をしていた。ベージュ色の髪なんて初めて見たよ。
挨拶を済ませてから二人に今日、現地で竹の伐採権の任命式を行うことを告げた。出入りできるのは竹のエリアだけで、それ以上奥に入れないことを説明すると、フルバックさんが手を挙げた。
「分かった。ギルド長に聞いた通りだな。細かいことは現地で聞くとして、今日伐採はできるのか?」
荷馬車まで用意してその気満々でしょ、君たち。
俺は、笑顔でこたえた。
「もちろん良いですよ。じゃあ行きましょうか」
二台の馬車は女神の森を目指すのだった。
悪木のゾーンを抜け、竹のエリアの前でいったん止まった。まずは説明からだ。
「湖の女神様が許されたのは、竹のエリアに入ること、竹を伐採すること、伐採した竹を持ち出すこと、以上の三つだけです。竹を掘ったり、掘った竹を持ち出すことはできません。竹はけた違いの生命力があります。絶対に外で植えないでください」
フルバックさんは仕方ないといった顔をしていたが、スカジーさんは明らかに不満そうな顔をしていた。こいつ女神に逆らったらどうなるか分かってるのかな。とりあえず説明を続ける。
「竹は可燃性で良く燃えます。竹林の中では絶対に火を使わないでください。また、竹は根っこから新しい竹が生えて来るので、普通の木のように花が咲いたり種が出来ることもありません。切っても翌年には新しい竹が生えてきて、四~五年で元の大きさになります」
二人とも驚いていた。フルバックさんは聞いた。
「ということは俺たちは何もしなくてもいいのか?」
「そうです。逆に適切な間隔を保つように、適宜間引くことが大事と思います」
フルバックさんは大きく頷いた。
「信じられない話だが分かったぜ。約束は守るし、こいつにも守らせる。儀式とやらを頼むぜ」
「伐採権を与えるのは二名までです。担当を変える場合は私に申し出てください。それでは始めます」
特に呪文は決まっていなかったので、適当に宣言した。
「湖の女神様に代わってタニヤマタカシが木工ギルドのフルバックとスカジーに竹の伐採権を貸し与える。二名は竹のエリアに入り、竹を伐採し、伐採した竹を持ち出すことができる。それ以外のことは禁止する。以上」
我ながら俺に呪文を作るセンスは無いようだ。小山が微妙な顔をしていた。特に効果音も光も何もなかったが、魔力が抜ける感覚があった。二人は竹のエリアに自由に出入りできることを確認すると、狂喜していた。
フルバックさんが何か叫びながら俺に抱きついてきた。熊に抱きしめられた気分だった。スカジーさんは小山に抱きつこうとしてぶん殴られていた。
「タニヤマ、恩に着るぜ。スカジー、仕事だ。道具を持ってこい。今日中に百本切って持って帰るぞ。いつまで寝てる気だ」
フルバックさん、スカジーさんは多分気絶していると思います。俺は小山と一緒に湖を目指した。
竹のエリアを抜けると、空気が変わる。温度が下がるというか、ひんやり涼しい感じ。まるで緑の海の底を歩いている気分だ。直射日光が遮られているからだけではないような気がする。これが神域と言うのだろうか。
湖に着いたので、置台を出して供物を並べていく。まずは、大皿に鶏のから揚げ・餃子・小エビの天ぷら・ポテトサラダを山盛りした。次に一番大きなピッチャーに氷を七分目まで入れ、五十年物のウイスキーを目いっぱい注いだ。居酒屋みたい。両脇にはいつも通り、焼き菓子を山盛り入れた籠をセットする。
「女神様、谷山が参上しました」
後ろでは小山が膝まづいている。
唐突に目の前の水面が盛り上がると、ゆるやかに女神の姿になった。顔は超美形で身体も完璧なプロポーション、おまけに真っ裸なのに、セクシーではないという不思議。これが神々しさという事なのだろうか。
「目ざといな、タニヤマ。早速褒美を受け取りに来たか・・」
「お陰様で竹の伐採権の任命式が終わったので、女神様に献上の品を持ってお礼に参上したのですが・・・。褒美とは何のことでしょうか?」
「?」女神様
「??」俺
「???」小山
女神様は不思議そうに聞いた。
「何を言っておる。スタンプが十個貯まったので、引き換えに来たのではないのか?」
「スタンプ?・・・ひょっとすると、夜お供えをあげた時に、ペタンと音がするのって・・」
女神様は微笑んだ。
「分かっておるではないか、あれじゃ。美味であった時に一個押すようにしておる」
「押してるって、どこに押しているんですか?」
「もちろんお主の脳に決まっておる」
「ええええ、なぜ脳に?」
「一番押しやすいし、分かりやすいからじゃ。それに押す時は破れないようにちゃんと優しく押しておるぞ」
俺は絶句した。「美味し」印が十個付いた俺の脳・・・。なんか泣きそう。女神様は俺が感激したと思ったのか、上機嫌で続けた。
「竹の伐採権の任命も無事終わったようだの。口上が事務的すぎてロマンにかけておるが、こればかりはセンスだから仕方ないのう」
女神様は喋りながら大皿に手を伸ばすと、四種のつまみをそれぞれ一口で召し上がった。続けてピッチャーに入ったロックを一息で飲み干した。
「うむうむ、酒も肴も見事である。料理人は健在であるようだの。我が眷族どもよ、タニヤマからの馳走にあずかれ」
湖からは透明な手が、森からは妖精さんが飛び出してきて焼き菓子に群がり、数秒で空になった。
「スタンプが十個貯まったので、褒美を授けよう。受けとれい」
湖から透明な薬瓶が目の前に飛んできたので、慌てて捕まえた。中身は十CC位のキラキラ光る液体が入っている。
「飲めばスキルレベルが8まで上がる。誰に与えるかはお主が決めよ」
「かしこまりました。ありがとうございます」
こんなもののために・・・。俺は心の中で豪雨のような涙を流しながらお礼を述べた。
女神は続けて言った。
「我は今日は機嫌が良い。他に何か欲しいものは無いか?」
俺は戦神の斧のことを相談した。女神様は聞き返した。
「戦神の斧の担い手を変更したいのか?」
「さようでございます」
「よかろう。その役、お主に預けよう。竹の任命と同じ要領で行うが良い。ただし、変更の有効期限は今日から数えて六日以内じゃ。心せよ」
「かしこまりました。ありがとうございます」
竹の伐採権の任命は無事終わりました。ペタンの謎が解けました。