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第143話:真夏の凧あげ

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 7月18日、月曜日。昨日の夜に雨が降ったとは信じられないほどの快晴。朝のランニングの先頭を走っていたのは、先生だった。凄いなあと思いながら走っていると、先生はペースを落として俺の隣に来ると話しかけてきた。


「タニヤマ様、私はまだまだ未熟なようです。昨日の朝、エールのベストパートナーはから揚げだと断言したのに、餃子を頂いたらもう揺らいでいる自分がいました。私は何と弱い人間なのでしょうか」


 俺は首を振ってこたえた。

「先生、世界は広く我々の自由になる時間と空間は限られています。恐らく平野は今後も先生が驚くようなメニューをたくさん出してくるでしょう。それを楽しむだけでいいのではないですか?」


 先生は下を向いて小さな声でこたえた。

「私はそれで・・・良いのでしょうか?」

 俺は大きく頷いてこたえた。


「それでいいのです。だって・・・」

「だって?」

「人間だもの」


 先生は前を向いて顔を上げた。

「人間だもの・・・」

 静かに声を出すと、先生は再びストライドを広げ力強く走り出した。俺のパクリかつ思い付きのセリフに納得してくれた先生の背中を見ながら、なぜか合掌してしまうのだった。


 ラウンジに戻ってオレンジジュースを飲んでいると、玄関先が騒がしい。予定通り、商業ギルドが来たようだ。呼ばれる前に、カウンターにいたマーガレットさんに手を振って玄関に行った。


 二頭立ての大きな荷馬車が五台、列をなしていた。先頭の馬車から降りてきたジョージさんと挨拶を済ませてから、荷台に順番に堆肥を入れていく。ジョージさんは少し顔をしかめながら正直な感想を告げた。


「これはまた、独特の匂いですな」

 この世界では堆肥はまだ普及していないようだ。

「土と良く混ぜて使ってください。土の地力を回復する効果があると思います」

「ありがとうございます」


 後々のことが怖いので、麦にも効果があるかもしれないとは言えなかった。一台当たり一トン位が体積の上限みたいで、全部は載せられなかった。堆肥は見かけよりもふわふわというか、かさが張るので仕方ないかな。


 運送中にこぼれないように上からカバーを被せ、ロープで縛ると積み込みは完了した。

「デザインの契約書は次回にお持ちします」

 最後にそう告げて、ジョージさんは帰っていった。


 ラウンジに戻ると江宮と浅野を中心にしたテーブルが盛り上がっていた。近寄ってみると、竹トンボ・やじろべえ・風車かざぐるまたこがテーブルに置いてある。江宮の力作らしい。誰かが「独楽が無い」と文句を言っていたが、正月じゃあるまいしどうでもいいだろ。


 今日の指導に合わせて本業(?)の合間にせっせと作ったそうだ。流石に全種類を人数分用意はできなかったが、全部で二十個位(凧は一個だけ)用意出来たみたい。俺が思いつきで言ったことを覚えていてくれたのだ。


 竹トンボを試すとカウンターの所まで飛んで、マーガレットさんがびっくりしていた。先生がやってきて全種類をしげしげと観察した。手に取って細工の巧みさに驚き、江宮に質問していたが、全て子供向けのおもちゃであると聞いてさらにびっくりしていた。


 凧は竹ひごを組み合わせて紙を貼った日本の伝統的な凧で、絵柄は歌舞伎絵だった。男が両目を剥いて睨みつけている画なのだけれど、先生は「これはオーガですか?」と聞いていた。魔よけの意味合いがあると説明すると納得してくれた。


 先生は竹トンボが飛ぶことに驚いたが、凧はもっと上がると聞いて目を輝かせた。こうなると、江宮のサービス精神は止まらない。みんなを連れて外に凧あげに出て行った。一人取り残されたマーガレットさんが、がっかりしていたので、竹トンボを貸してあげると子供のように喜んでいた。


 今日の朝ごはんはちゃんぽんだった。オークのバラ肉と各種野菜を炒めて、太めの麺と共にとんこつ系のスープで煮て、塩と白コショウで味付けしてある。しょっつるのうま味を感じる至高の逸品だった。これはお供えしなければ・・・。


 食後の紅茶を味わっていると、凧あげ組が帰ってきた。凄く盛り上がったらしい。反則だけど、風魔法を使ったら、糸の上限(五十メートル位)まで上がったそうだ。先生は自然の風があれば凧が上がることに相当びっくりしたみたい。


 当然、一回目に参加できなかった連中が見たいと言い出したので、食後二回目のツアーが開かれた。俺も参加したが、マーガレットさんをはじめスタッフも何人か見に来ていた。


 この世界って電柱も電線も無いので、凧あげし放題なのよ。青空にぐんぐん上がっていく凧を見ると、凄く気持ち良かった。江宮が作った凧は評判良かったけれど、異を唱える奴がいた。曰く、絵が怖いと・・・。


「分かった」

 江宮は頷くと、凧をヒデに預けて宿舎に引き上げていく。きっと二個目を作るのだろう。


「手伝おうか?」

 追いかけながら声を掛けたら、江宮は笑いながらこたえた。

「大丈夫だ。二個目も枠組みはもう出来ている」

 後は紙を張るだけなのだそうだ。相変わらずこいつは用意周到だな。


 そのまま食堂に行くと、野田とベルさんが打ち合わせしてた。断ってからチェンバロを収納しようとしたら、今日は外でやるのでいらないそうだ。リュートでやるとのこと。ケースに入ったリュートをアイテムボックスに入れた。


平野からお昼とお供えとお土産を預かって、ラウンジに行くと、浅野と木田が今日持っていく物を確認している。ストロー、石鹸、古い油、バット、魔法陣、おもちゃ類・・・。問題ないみたいだ。


 今日、孤児院に行くのは俺・浅野・木田・楽丸・千堂・小山・利根川・野田・ベルさんの九人だ。お世話係からはセリアさんとエリナさんが同行した。楽丸・千堂・小山と武闘組が三人いるので、警備も問題ないだろ。ちなみに利根川は石鹸作成の、楽丸はおもちゃ作りの指導係だそうだ。


 ラウンジに戻ってきたヒデから凧を取り上げていると、江宮が走ってきた。その手には二個目の凧があった。丁度迎えの馬車が来た。


 馬車の中で見ると江宮の二作目は浅野作の湖の女神像だった。ちょっとタッチを変えて、どこかのコーヒーチェーンのイラスト風に描いている。幾つか試作していたのを江宮が持っていたらしい。浅野はいいのかなあ?と言っていたが、この世界らしくて良いと思う。


 今日の課題曲は「しゃぼん玉とんだ」と「500miles」と「どこまでも行こう」だそうだ。「しゃぼん玉とんだ」の明るいのに切ないところ、「500miles」の痛切な哀しさがリュートに凄くあっているような気がした。まあ元々「500miles」はアメリカのフォークソングの始祖ともいえるPPMの代表曲なので、リュートに合うのは当然かもしれないが。


「どこまでも行こう」は某タイヤメーカーのCMソングだ。作詞作曲は小林亜星。1966年以降、十年以上お茶の間で流れ続け、小学校や中学校の音楽の教科書にも収録された名曲中の名曲だ。何度もカバーされているので、誰でも知っている。当然大合唱になった。初めて知ったのだけれど、この歌って五番まであるんだね。


 一番の歌詞が「歩いて行こう」ではなく「走って行こう」になっているのはタイヤメーカーのCMであることを意識して、車で走ることが前提になっているのかな?などとどうでもいいことを考えているうちに教会に着いた。


 皆を降ろしてリュートの入ったソフトケースを野田に渡す。念のため、楽丸には材料として竹を一本預け、俺は馬車で南門を目指した。護衛として小山が付いてきてくれた。


 御者に頼んで環状線は通らず、東の大通りから南の大通り経由で移動した。冒険者ギルドの手前のビルを注視したが、娯楽ギルドのビルがどれか全然分からなかった。そのまま南門を出てしばらくすると、右手に製材所が見えてきた。

凧あげと言うと、お正月のイメージなんですよね。

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