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第139話:冷やし中華と麦茶

 7月17日、火曜日。今日は快晴。本当に雲が一個も見えない。今年一番の暑さになることが確定した朝だった。それでも、小山の天気予報によると夜には雨が降るらしい。ほんとかよ。ランニングに出ると、また先生に話しかけられた。いつもにまして真剣な顔をしている。


「タニヤマ様、私はここで様々なメニューに出会い、その度にこれがエールのベストパートナーだと宣言してきました。しかし、昨日、から揚げを食して確信したのです。から揚げこそベストオブベストです。究極にして至高、唯一無二にして神聖な存在です。私はこれからも走り続けることを決意しました」


 言い終わると先生は力強いストライドでスピードを上げた。から揚げと走ることの関連性はダイエットしか思いつかないが、そんなこと絶対言えないよな。ランニングから戻るとラウンジで水野が待っていた。満面の笑顔、手には冊子のようなのを持っている。

「翻訳が終わったぞ」


 俺も笑顔で大逆転と五連星の取説を受け取った。見慣れた(?)ミドガルト語の文字が並んでいる。

「お疲れさん。ありがとう」


 水野は満足そうな顔で部屋に戻っていった。商業ギルドに頼まれて今日からゴミのリサイクル事業の試験運用に立ち会うようだ。うまくいくといいな。

 俺は取説をアイテムボックスに納めてから厨房リニューアル準備室に行った。ドアを開けると巨大な銀色の箱が部屋の真ん中に置いてあった。


 箱の裏に回ると江宮が難しい顔をしながら、上下三段の左右に分かれた扉を開けたり閉めたりしていた。高さも左右も二メートル位、奥行きは一メートル位ある。業務用の冷蔵庫みたいだった。


「早いな、もう出来たのか」

「ガワだけた。後で平野に見てもらう予定だ」

「まるで業務用の冷蔵庫だな」


「冷蔵庫は何とかなると思うんだが、問題は冷凍庫の冷却のパワーだ。熱吸収の効率が計算通りいくといいんだが・・・」

 江宮によると冷凍庫として使えるだけの温度まで下がるかどうか、微妙な所らしい。あれこれ考えこんでいる江宮に石鹸のことを聞いてみた。志摩と伊藤と利根川の三人でいろいろ試しているそうだ。


 何が気に入らないのか、腕を組んで考え込んでいる江宮を引っ張って食堂に行った。まずは食わないと頭も回らないだろう。

 今日の朝ごはんはなんと冷やし中華だった。


 細めのちじれ麺にハム・キャベツ・キュウリ・薄焼き卵の千切り、さっと茹でた蟹肉、薄切りのトマトが乗せられ、たっぷりの甘酢っぱいたれがかかっている。

「一年中 あればいいのに 冷中華」


 珍しく中原がホトトギス抜きで川柳を詠んでいた。俺もまったくの同意見だ。ざるそばが年間通してあるのなら、冷やし中華も年中あっていいはずだ。夏限定のメニューだなんてもったいなさすぎだろう。これはお供えしなければ。


 食後、ラウンジを通ると志摩と利根川が打ち合わせていた。伊藤の情報を元に利根川が感性で作った石鹸作りの魔法を志摩が解析し、先生に頼んで魔法陣に変換したそうだ。苛性ソーダが無いので、この方法しかなかったらしい。


 やり方を聞くと、材料は油と塩とハーブと水だけ、魔法陣は土魔法がベースになっていて、初級の魔法が使える魔法使いであれば、誰でも作れる。魔法陣の上に指定された比率の材料を入れたパットを乗せ、魔法陣を起動する呪文を唱えるだけだ。


 魔法が完了すると、パットの中はどろどろのせっけん液が出来ている。ゴミを含む不純物を除いて一か月ほど自然乾燥させるか、魔法で乾燥させれば石鹸の出来上がりだ。添加するハーブによって色や香りが変わる所が楽しいみたい。魔力が豊潤で腕が良いほど高品質の石鹸ができるそうだ。


 材料を見ると化学式的には合っているような気がするが、clはどこにいくのだろうか?志摩が「屋外で作れば危険は少ない(無いとは言わない)」と断言していたので、多分大丈夫だろう(いい加減?)。


 今日のミドガルト語の講義は久々に先生が朗読した。やっぱり本物というか、説得力が違うみたい。聞いているだけで物語の情景が頭の中に浮かんで来るようだった。講義が終わると、羽河が先生に断ってから立ち上がった。


 皆が注目する中で羽河は話し始めた。

「トートバック用のデザインを商業ギルドに提供することになりました。見本が出来上がったので、この後この教室を借りて投票を行います。是非みんなの意見を聞かせてください」


 歓声の中で浅野と利根川が黒板前の最前列の机を横一列にくっつけて並べると、木田が持ってきたトートバッグの中からデザイン画を取りだして並べだした。デザインは全部で五枚あった。この中から三つ選びたいらしい。


 1.スマイルマーク、2.ナイキのマーク、3.キースヘリング風の踊る人、4.魔法陣をデフォルメしたもの、5.アップルのマークだった。黒板に1~5まで番号を書き、投票した結果1~3が選ばれた。


 なお、4については先生から「魔法陣は神聖なものであり、装飾に使うなどもってのほか!」と軽いお叱りを受けてしまった。個人的にはカッコイイと思っていたので、ちょっと残念だった。


 最後に羽河が今後も内覧会をやること、良いアイディアがあったら応募して欲しいことを話すと、盛大な拍手が上がった。机を元通りにしてラウンジに移動すると羽河がカウンターに呼ばれた。なんだろうと思って見ていると、手を振って俺を呼んでいる。


「どうかした?」

「極上のワインを、それも吉の吉数頂いたということで王女様が大変お喜びみたいよ。蟹の時よりも丁寧なお礼状が届いているわよ」


「そういえば王女様に二十年物のワインを三十六本送っていたよ。六×六で吉の吉と考えるのかな?」

「そうみたいね。あなたのまめさには負けるわ」

「ただのお裾分けだよ。何よりスポンサーだし」と弁解したが、信じてくれないみたい。


 割って入ったのがエレナさんだった。

「木工ギルド様が納品に来られました。玄関までお越しください」

 会議室を手配してから玄関に回ると、でかい荷馬車二台に樽が山積みになっていた。


 樫の樽は全部で八十五個あった。受け取りを済ませると、デカルドさんと一緒に宿舎に戻った。会議室に入ると羽河が待っていた。デカルドさんは改めてお礼の言葉を述べた。


「ありがとうございます。雑貨ギルドから遊戯盤の見積もりの依頼が参りました。先日預かりました水楢の木を使うように指定されましたが、間違いございませんか?」

 俺は笑顔でこたえた。


「間違いありません。遊戯盤にあれを使ってください。それと冒険者ギルドへの納品ありがとうございました。喜んでいましたよ」

 デカルドさんは続けて言った。


「お褒め頂き恐縮です。それと先日お話を頂いた竹の伐採権ですが、担当者が決まりました。製材所のフルバックとその部下のスカジーでございます。お時間のある時に任命して頂けませんでしょうか?」


 俺は羽河を見た。黙って頷いたので、提案した。

「お休みの日で問題なければ明日、月曜日はいかがでしょうか?お昼過ぎに製材所にお伺いしてそのまま一緒に女神の森に移動し、そこで任命したいと思います」


 デカルドは大きく頷いた。

「ありがとうございます。そのように手配させて頂きます」

 お礼を述べてから帰ろうとしたデカルドさんを呼び止めた。


「先日フライ様から新規ギルドの立ち上げに関してお願いを承ったのですが、早速お知らせがございます。これから先のお話は他言無用の機密情報となりますが、よろしいですか?」


 デカルドさんは強張った顔で頷いた。

「分かりました。ギルド長のみ報告させて頂きます」

「情報が公開されるまでは秘密厳守でお願いします。では、お話しします。商業ギルドが『魔法科学ギルド』を新設します。我々も出資はしませんが技術協力は致します。もし出資をご希望であれば担当者に伝えますが、いかがなさいますか?」


 デカルドさんは驚きながらもこたえた。

「何のギルドかさっぱり分かりませんが、商業ギルドが音頭を取ってタニヤマさまが指導されるのであれば間違い無いでしょう。是非出資させてください」


「分かりました。担当につなぎます。時期が来たらデカルドさんに連絡するよう手配しますので、よろしくお願いします」

「こちらこそくれぐれもよろしくお願いします。また、良きお知らせを頂き、フライになり代わって御礼申し上げます」


 デカルドさんは深々と礼をすると、満面の笑顔で帰っていった。将来有望なベンチャーへの投資が決まった様な感じなのだろうか?


 見送ってからラウンジでアイテムボックスを操作して先日貰ったワイン(カベルネ・ソービニオン×9、マルベック×10、シャルドネ×9)を貰ったばかりの樽に移し替えて、三十年で熟成を開始した。


 丁度浅野が通りかかったので、ワインの三十年物用の三種類のラベルの作成を頼んだ。普通は仕込んだ年を書くんだろうけど分からないからいいや。

「極上の葡萄酒 Reserv 赤 女神の涙 カベルネ・ソービニオン 三十年」

「極上の葡萄酒 Reserv 赤 女神の涙 マルベック 三十年」

「極上の葡萄酒 Reserv 白 女神の涙 シャルドネ 三十年」

何か色々新しいメニューが出来ています。

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