第138話:照り焼きバーガーができた!
練兵場に着くと伯爵が渋い顔で迎えてくれた。何か悩み事があるみたい。
「どうしました?」
「タニヤマ様、兵站の担当者から火急の要請がございましてな、困っておるのです。実は来年、魔王対策のために三か国共同で大掛かりな演習を行う予定なのですが、その糧食をどう手配するかで悩んでおるのです。先日開示して頂いた濾過器で水の目途はついたのですが・・・」
「マジックボックスを使えばいいじゃないですか?」
伯爵は首を振った。
「使えるマジックボックスの数は限られております。万を越える軍勢の補給は一筋縄ではいかないのですぞ。もちろん我が軍だけならば問題ありません。参加するゲスト二国の軍勢分を用意しなければならんのが問題なのです」
通常、兵站は各国の軍部がそれぞれで手配するのだが、今回の演習は魔王復活を受けミドガルト王国が発案しており、不参加をちらつかせる二国から様々な交渉がもちこまれているそうだ。軽い嫌がらせ?
「どんなのが良いんですか?」
「軽くてかさばらず調理が簡単であること、これが最低限の条件です。理想を言えば、味が良く満腹になり滋養が取れ安い事でしょうな」
俺の頭の中で何かが閃いた。
「分かりました。検討しましょう。ただし、今回はしっかり儲けさせて頂きますが、よろしいですか?」
伯爵は笑顔で頷いた。
「望む所です。濾過器の恩義がありますでな、出来る限りのことは致しますぞ。泥船に乗ったつもりでいてくだされ」
泥船では困るのだが、冗談なのかどうか聞く前に伯爵は豪快に笑いだしてしまった。まあいいか。
「ところで、先日の契約書の雛形はいかがでしたか?」
伯爵は真顔に戻ると大きく頷いた。
「契約書も定款もどちらも問題ございませんでした。あれでお願いします。それと、ギルド長がようやく決まりました。フォーン・キャノンと申します。先々代の将軍でございまする」
ギルド長の名前と略歴をまとめた紙を貰った。このままジョージさんに渡してしまおう。関係者の顔合わせを兼ねた娯楽ギルドの本部の下見は、商業ギルドと打ち合わせて決めることにした。
伯爵との打ち合わせが終わって周りを見渡すと、昨日のイリアさんの指導が効いたのか、魔法使い組は初級魔法の見直しを、武闘組は騎士たちを魔物に見立てて集団戦闘の訓練に励んでいた。唯一おかしなことをやっていたのが、木田と一条だった。
木田は千堂と組み手をしているのだが、なぜか至近距離で戦っている。もちろん、近接戦闘で魔法使いが勝てるわけがないので、何度も倒されるのだが、そのたびに立ち上がってくるのだ。あいつは何を考えているんだ。
一条は持っている剣を杖代わりにして魔法を発動しようとしているのだが、うまくいかないようだ。「流星!」と叫んで剣を振っているのだが、収束した魔力が発動せずに拡散していくだけだった。オリジナルの魔法かな?ハードルが高そう。
今日のお昼ご飯は、照り焼きバーガーだった。しょうゆベースのものとは若干違うが、まごうことなき照り焼きバーガーだった。俺たちは涙を流しながら貪り食った。これもしょっつるが出来たことの成果だな。
伯爵や護衛の騎士たちの奇異な眼差しはもう気にならなかった。デザートはミントのジェラートだった。暑い時にはこれ最高。チョコレートが無いのが残念だが、贅沢は言うまい。これもお供えしようっと。
食後の休憩タイムに羽河に声をかけ、軍から娯楽ギルドの契約書と定款にOKが出たこと、ギルド長が決まったことを伝えて、ギルド長の略歴を渡した。商業ギルドには羽河から連絡するようにお願いした。
午後も皆は午前と同じように魔法の精密化を練習していたが、イリアさんをはじめとする先生方の指導が入った。合わせて実戦的な訓練として詠唱を簡略化するコツを教わっているみたい。
別メニューになったのが藤原と平井だった。藤原は森林での戦闘を想定して、短弓の練習に励んでいた。江宮が指導に当たっていたが、数秒で三射している。凄いな。リズムが大事なのだそうだ。
平井の炎の大剣は火魔法と相性が良く、剣を媒体にして大きな火魔法を放てるそうなのだが、その発現をトライしていた。ヒデの時と同じように魔法を実在化するキーワードが必要なのだが、それが分からないらしい。平井は休みながら何度もトライしていたが、結局一度も成功しなかった。
時間になったので、明日は全パーティで湖沼地帯に行くことを伯爵に伝えて、宿舎に戻った。カウンターに行くと、ターフと敷物が届いていた。既製品で丁度のサイズがあったようだ。色はどちらも深い緑色で、四隅にはロープを通す穴が開いている。
アイテムボックスに収納していると、玄関先が騒がしい。
「雑貨ギルド様がお見えです」
羽河を呼んで貰い、会議室とお茶の手配を頼んだ。
今日はニエットさんだけだった。挨拶が終わると化粧瓶とクリーム瓶の別紙の雛形・ねじ蓋の契約書の雛形・遊戯盤三点の見積もりを受け取る。そのまま羽河に渡して確認に行ってもらった。
俺は世間話のように気軽な口調で話し始めた。
「実は商業ギルドが新しいギルドの設立を計画中です~」
「なんですとー」
ニエットさんが立ち上がって叫んだが、構わずに続ける。
「もし興味がございましたら、繋ぎますがどーしますか?」
ニエットさんは我に返ったのか赤面しながら椅子に座って返答した。
「ぜひお願いします。して、どのようなギルドなのでしょうか?」
俺はさらに軽薄に聞こえるように気を付けながら続けた。
「機密厳守でお願いしま~す」
「もちろんです」
ニエットさんの目が血走っている。少し、いや、かなり怖い。
「魔法を使った家庭用の器械を製造販売するギルドです。魔法科学ギルドという名前になります」
ニエットさんは手を握ったり広げたりしながら唸った。
「魔法と科学という相反する原理を統合する高度な技術をお持ちなのですな。是非出資させてください」
「分かりました。担当者に伝えて、時期が来たらニエットさんに連絡するよう手配します。雑貨ギルドさん以外にも付き合いのあるギルドに声をかけています」
「生活向上委員会も出資されるのですか?」
「今回は出資の予定はありませんが、技術的な指導は行います」
ニエットさんは額の汗を拭い取ると、息を吐いて呟いた。
「かしこまりました。委細承知です。くれぐれもよろしくお願いします」
一息ついた所で、羽河が戻ってきた。
「別紙も契約書も問題ありませんでした。これで正本の作成をお願いします。また、遊戯盤の見積もりですが、初回ロット千以上で光闇と戦陣が小銀貨三枚、大逆転が小銀貨一枚で間違いないでしょうか」
ニエットさんは笑顔で返答した。
「間違いございません。ただし、二回目以降の最低発注数は百以上でお願いします」
俺も笑顔でこたえた。
「その条件でお願いしますが、納期はどうなりますか?」
「千ともなると、最低一か月はみて欲しいですな。千以上の場合は応相談で」
遊戯盤の正式な発注書は娯楽ギルドが設立後に切ることにした。ニエットさんは踊るような足取りで帰っていった。何がそんなに嬉しかったのだろうか?
今日の晩御飯はなんと鶏の唐揚げだった。もちろん手でちぎったキャベツと甘酢のたれも付いている。冷やし素麺も照り焼きバーガーもインパクトがあったが、飲食店でも家庭でも王道にして大定番のメニューの登場に大歓声が上がった。
生姜とニンニクとしょうゆ(本当はしょっつる)の香りが暴力的なまでに食欲をそそる。パリッとした皮にかぶりつくと、肉汁が溢れてくる。先生は既に笑顔で唐揚げとエールの無限ループに突入していた。油物とエールの組み合わせは最強だな。
デザートは雪見苺大福だった。アイスに苺を添えた物を牛肥で包んである。うまいとしか言いようがない。今日は朝から晩まで全部二重丸のご飯を楽しんだ。平野からお供え用を受け取りながら、昼間伯爵から頼まれた件を伝えた。平野は気軽に「やってみる」と応えてくれたので、まあ大丈夫だろう。
部屋に戻ってお供え物を出窓に並べた。冷やし素麺・照り焼きバーガー・鶏のから揚げ・ミントのジェラート・雪見苺大福・麦茶と出窓から溢れそうだった。目を閉じると、「美味し!」という声と同時にペタン・ペタン・ペタンという謎の音が響いた。
しょっつるが出来たおかげでいろんなメニューがつくれるようになったようです。いりこと味噌も欲しいですね。