第14話:ほの暗き地下室で
谷山とヒデが宿舎の回りを走っていた頃、王宮の地下ではとある会合が開かれていた。出席者は、エリザベート・ファー・オードリー王女、レボルバー・ダン・ラスカル侯爵(宰相)、ラルフ・エル・ローエン伯爵(近衛師団長)、イリア・ペンネローブ神官長、メアリー・ナイ・スイープ侍女長の五人。
いずれも勇者召喚に深く関わる人間ばかりである。現場組(伯爵・神官長・侍女長)からトップ組(王女と宰相)への報告と打ち合わせが目的だ。
口火を切ったのは王女だった。
「こ度の召喚はどうじゃろうか?」
伯爵が現場を代表してこたえた。
「合計で三十人の召喚に成功。中には勇者と聖女がおり、他の者のスキルもバランスよく配分されているのでまずは成功かと」
王女は心配そうに続けた。
「魔砲使いはやはりあの魔砲使いなのか?また、職業が無い者や村人、あるいは『魔術師』や『忍者』なる得体のしれぬ者もいたそうじゃが大丈夫か?」
伯爵は明るい声で王女の不安を笑い飛ばした。
「まだ魔法が使えていないので、魔砲使いについては不明ですが、王女様、心配ご無用ですぞ。なんせ一度に三十人も呼び集めたのです。玉石混合というと非礼かもしれませぬが、戦闘に向かぬ者が少数おっても何の不思議もございませぬ。それに、勇者と聖女以外にも有望な者もおります」
「誰じゃ」
「まずは羽河様です。職業は盗賊ですが、隠密・探査・開錠の三スキル持ちです」
「即戦力ではないか。盗賊ギルドに知られたら面倒じゃ。機密は厳にせよ」
「御意。次に佐藤様も探査とアイテムボックス持ちの盗賊です」
「盗賊ギルドが知ったらあらゆる手を使っても引き抜きを計るじゃろうな。警備を倍にせよ」
「御意。最後に花山様ですな。巨体に加え頑健持ちの戦士です。地味ですが良い壁役になるでしょう。魔王と戦う際には羽河様と共に必須の存在となります」
満足げに頷いた王女にかわって宰相が口をはさんだ。
「忍者とアイアンシェフと魔術師と釣りキチとはいかなる職業なのだ?」
「詳細は不明ですが、忍者は盗賊または暗殺者に似ております。魔術師も不明ですが、スキルが強化でしたので、それほど危険ではないかと。
アイアンシェフと釣りキチは戦闘職ではないようです。その他にも、錬金術師・無職・村人・楽師・吟遊詩人がおりますので、戦闘に参加できるのは最大で二十三名になるかと思われます」
イリア・ペンネローブが応えた。
「となると、結成できるパーティは最大で四つか・・・」
宰相はうなづいた。
「良かろう。四つのパーティで切磋琢磨させよ。さすれば魔王と戦えるものが出てくるに違いない」
「得体のしれないスキルについてはどうじゃ」
「SLB、縁の下の力持ち、水火刃の包丁、太公望の釣り竿、黄金バットでございますね」
王女の問いに引き続きイリアが回答する。
「SLBは発動していないので確定はできませぬが、星砕きの大魔法の可能性がございます。縁の下の力持ちも不明ですが、補助魔法の類ではないかと思われます。残りの水火刃の包丁・太公望の釣り竿・黄金バットは固有の特殊アイテムでございました。武器として利用可能なものは黄金バットのみと思われますが、特殊機能の有無は不明でございます」
「黄金バットとは何なのだ」
「現時点では魔法耐性と物理耐性の付いた頑丈で振り回しやすい棒です」
宰相は静かにため息をついた。
「星砕きの大魔法だと・・・。暴走したら国が亡ぶぞ」
「逆に言えば魔王討伐の可能性も高まります」
「いかな魔王とてあれを食らわばかけらも残さず消滅するとは思うが・・。今考えても詮無きか・・」
「魔力的にはどうなのじゃ?」
王女が再び問いかけた。
「総じて有望かと思われます。特に、鷹町様・平井様・夜神様の潜在的な魔力は突出しております。はっきり申し上げて人間とは思えません。精霊が人の形をなしていると考えたほうがよろしいかと」
「そこまで言うか。しかし、勇者に聖女もおるのでは?」
「勇者も聖女も突出した魔力を持っておられますが、まだ人の領域にとどまっておられますので」
イリアはいったん言葉を切ると王女に深く頭を下げた。
「不敬を承知の上で折り入ってお願いがニつございます」
王女は微笑みながら続きを促した。
「許す。申せ」
イリアは顔を上げ、王女の顔を見て告げた。
「まず、鷹町様のために宝物庫の光の蔵を開くことをお許しいただけませんでしょうか?」
王女より先に宰相が声を上げた。
「馬鹿を申すな。あれは危険だ。そちもあれが永久封印された理由を知っておろう」
「鷹町様が風の呪文を唱えただけで、中級の杖が一瞬で燃えつきました。あれ以外に鷹町様に使える杖はございませぬ。なんといっても伝説の『魔砲使い』ですので」
両者の目線が火花を散らす。どちらも一歩も引く気はないようだ。伯爵はまあまあと言わんばかりに両手を広げた。
「あれの危険性はそれがしも良く存じておりますが、かといって今のままでは鷹町様は使える杖がござらぬ。そこで提案ですが、内在した魔法を封印したままで使わせるのはいかがですかな?」
「それでは意味がありません。ただの丈夫な杖ではないですか」
イリアはすぐさま反対した。
「丈夫な杖?それで十分ではないか。主も言ったろう?使える杖が無いと。使える杖を手配して何が悪いのだ」
宰相は即座に反撃した。王女は二人を見比べるとイリアに返答した。
「ここは宰相の言い分に理があるようじゃ。内臓した魔法を封印したままで貸し与えるが良い」
イリアは深く頭を下げて「御意」とつぶやいた。
「二つ目の願いはなんじゃ」
「平井様はまだ覚醒されておりませんが、いずれ鷹町様と同じく使える剣に困ることは明白。今すぐではありませぬが、時が来たら火の蔵を開けることをお許しください」
王女は宰相と伯爵の顔を見た。特に反対は無いようだが、念のため聞いてみる。
「こっちは良いのかえ?」
宰相は静かにこたえた。
「異存はございませぬ。あれと比べたらまだ理解の範疇にありますからな」
「教会はどうなのじゃ」
王女はさらに念押しした。
「既に教皇の許しは得ております」
イリアが懐から教皇の印綬付きの封書を差し出した。
「随分と手回しの良いことですな」
宰相が薄い笑みを浮かべながら封書の文面を確かめた。
「間違いございませぬ。杖と剣について教会から王家への正式な依頼となっております」
そのまま王女に手渡すと、王女は鷹揚にうなづいた。
「よきに計らえ」
イリアは再度王女に頭を下げた。
「神官長、これで終わりですかな?」
もう終わりだろうな、と言外で圧力をかけたがイリアの青い目は揺るがなかった。
「最後に伯爵様にお願いがございます。軍の武器庫の中から、一条様向けに火魔法に適した剣、尾上様向けに風魔法に適した剣をお借りしたく存じます」
宰相が目を剥いたが、伯爵は笑顔でこたえた。
「既に目当てはつけておりますぞ。候補を何本か取り揃えますので、その中から最上のものを選びましょうぞ」
現場レベルでは調整済みということなのだろう。王女がイリアに問いかけた。
「先ほどそちが名を上げたもう一人は杖を手配せずとも良いのか?」
「夜神様でございますね。今の所まだ必要はございませぬ。夜神様は魔力制御に長けておられます。杖の能力まで把握して魔法を行使されておられました。この先、どのような杖を用いても完璧に使いこなされるでしょう」
宰相が唸った。
「今日初めて魔法を習った人間が魔法を使うだけでなく、杖まで使いこなすとな。とても信じられぬわ」
伯爵がうなづいた。
「それがしも我が目を疑いました。しかし、だからこそ召喚されたのでは?」
イリアが話に加わった。
「ここで一つお見せしたいものがあります。先生、あれを」
侍女長が足元から取り出したのは何の変哲もないブリキのバケツだった。王女の目の前でぐるりと回してから宰相に手渡す。
「宰相様、そのバケツを見てどのように思われましたか?」
宰相は少し考えてから回答した。
「新品ですな。出来は、可もなく不可も無しという所か。縁はほぼ正円、高さも厚みも均一で、歪も無いが、優美さに欠ける。魔法学校を卒業して数年工房で修業した若手の作と見える」
イリアは笑顔でこたえた。
「知らずに見たら私も同様の感想を持ったかと思います」
「違うのか?」
イリアは淡々と答えた。
「利根川様が、必要に迫られて本日初めて錬成したものです」
宰相は眼を剥いた。
「信じられん。初めてでこれか・・・」
さらにイリアは付け加えた。
「先ほど宰相様は『優美さに欠ける』と仰せでしたが、バケツをひっくり返して底をご覧くださいませ」
宰相は言われた通りバケツを裏返して底を見た。端に何やら文字のようなものが見える。
「これはなんだ?」
「利根川様の故郷の文字だそうです。何と書いてあるかは存じませんが、私には美しい模様に見えました」
宰相は黙り込んだ。王女は宰相からバケツを受け取ると、バケツの底をしげしげと見て明るく笑った。
「これは利根川様のイニシャルなのじゃろう。我らの文字とは異なるが、なんとも優美に見えるのう。初作に己が印を刻む余裕があるとは、天晴天晴。まったくもって前途有望ではないか」
ここで初めてメアリー・ナイ・スイープ侍女長が手を上げた。
「私からもご報告が二つございます」
「申せ」
王女はこの先の勝利を確信したのか、少し余裕が出てきた。
「本日、今後の講義内容を決めるため、学力を計るテストを行いました。今年の魔法学校の入学試験の数学の問題を出したのですが」
「どうじゃった?」
「全員が全問に正解しました」
「なんと、全員満点か!」
侍女長を除く全員が驚愕した。宰相が吠えた。
「ありえん、数人が満点を取るならわかる。全員とはいくらなんでもありえん。何か不正を計ったのではないか?」
「私以外に数人で監視していたので不正はあり得ません」
何か言おうとした宰相を王女が止めた。
「良いではないか。確かに我々も気づかぬ方法で不正を行った可能性もあるが、数人の監視をかいくぐり事前の打ち合わせ無しでそのような不正を行えるなら、それもまた一つの立派なスキルじゃと思うがの。それにもしも不正が無かったとしたら、我々は高い教育を受けた三十人もの人間を召喚したことになるぞ」
宰相は納得いかなかったようだ。
「しかし何故あのような娼婦まがいの格好をした女子と腑抜けた青二才共が満点を取れるのだ?」
侍女長は冷静に回答した。
「古文書にはこのような文がございました。勇者を外見で判断するな、と。この言葉がすべてと思います」
王女も続けた。
「勇者召喚の秘伝書にもあったが、召喚者は王家の客人じゃ。娼婦とか青二才とか客人に対してあまりに礼を欠いておるぞ」
伯爵も口を挟んだ。
「王家の客人としてもてなし、軍と教会で補佐すべし、でしたかな」
宰相は素直に謝った。
「あまりの驚きにあらぬことを申し上げました。何卒お許しください」
王女は鷹揚にうなずいた。
「分かれば良い。それにしても人は見かけによらぬとはまさしくこのことか。それが異世界なのかもしれんな」
侍女長は一度頭を下げると続けた。
「二つ目は規範に関することでございます。食事・講義・馬車の出発など、何度か決まった時間に集合して頂く機会がございましたが、ただの一度も遅刻者や欠席者が出ませんでした」
宰相は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「約束した時間に集まるなど当たり前ではないか」
侍女長に代わって伯爵がこたえた。
「宰相様のお立場では当然かと思われますが、成人したばかりの子女を教育の場で預かる者にとっては逆にありえないことなのでございまする」
宰相は驚きの声を上げた。
「そうなのか?」
侍女長は軽く一礼するとこたえた。
「恐れながら子女の教育における最初の関門が、全員が時間を含めた約束事に従って集団で行動できるようにすることでございます。彼らは全員が既にその域に達しております。各家庭でよほどきちんとした躾を受けたか、あるいは師範学校等で厳しく軍律を叩きこまれたか、どちらかではないでしょうか」
王女は歌うようにつぶやいた。
「さすが召喚者、ということじゃな。良きかな、良きかな。パーティーでの活動にも支障はなかろう。此度の召喚は成功したも同然じゃな」
侍女長は続けた。
「恐れながら私からも一つお願いがございます」
「申せ」
「そのバケツをお返し願えませんでしょうか?中原様付きの巫女が自らの対価と交換に譲り受けたものなのです。返してやらねばなりませぬ」
王女は残念そうにバケツを侍女長に渡した。
「勇者記念館の品が一つ増えたと思ったのだがな」
侍女長は黙って頭を下げた。ここでイリアが口を挟んだ。
「勇者記念館で思い出しましたが、五百年以上前の勇者の記録は残っていないのでしょうか?」
王女はイリアを道端の石ころを見るような目で見てそっけなく答えた。
「はるか昔から勇者の召喚は行われていた可能性はある。しかし、デルザスカル帝国の滅亡に伴う戦乱で過去の資料は全て焼失した。よって、勇者召喚の歴史は五百年前が第一回目となる。それが全てじゃ」
「なぜ大陸の西半分が荒れ地なのか、なぜ大地溝帯が不自然なほどまっすぐなのか、なぜデルザスカル帝国は一代で滅したのか、白い悪魔とは何なのか、そこに回答があるのではないかと思うのですが」
「本人でさえ知らない方が良い秘密はある。当然それは国も同じじゃ。分かったか?」
「御意」
イリアはあきらめて頭を伏せた。
王女は伯爵に聞いた。
「最後に一つだけ聞いておこう。此度の召喚者の中で最も気を払うべきは誰じゃ」
イリアと伯爵は顔を見合わせた。伯爵が軽く頷いたので、イリアが話し始めた。
「まずは羽河様かと。彼女は三十人全員を束ねる長であるそうです」
「もしかすると、昨夜召喚の間で我に異を唱えたあの女子か?」
「さようでございます」
「あのような場でなければ、無礼打ちにあってもおかしくない所業であったぞ」
宰相が口を挟んだ。
「それだけ必死であったということじゃろう。それともお主、勇者たちに魔王討伐以外のことをやらせようと企んでいたことを見抜かれたのがそれほど不満か?」
王女は面白そうにこたえた。
「そのようなことは一切ございません」
宰相は否定したが、強張った頬が言葉を裏切っていた。
「まあまあ良いではありませぬか。王女様のとりなしで、条件付きですが協力することへの同意も取り付けましたし」
伯爵が場を納めた。
「あの女子、我が威圧に一歩も引かなかっただけでなく、交渉まで行ったことは賞賛に値すると思うぞ。他にはおらぬか?」
「それ以外には、なんといっても鷹町様と平井様でしょう。内蔵する膨大な魔力に呑まれて、何かのきっかけで反転する可能性がございます。しかし・・・」
「どうした?」
「考えすぎかもしれませぬが、私がどうしても気になるのは夜神様でございます」
王女にかわって宰相が聞いた。
「魔力量は突出しておるが、魔力制御に長けておるのだろう?スキルも攻撃魔法ではなく、光魔法だ。何を案じておる?」
イリアは一泊置いてから返答した。
「夜神様は重大な何かを隠しておられるような、そんな気がしてならぬのです。鑑定でスキルを拝見したときも、『光魔法』という文字の縁が若干滲んでいるように見えました。私の考えすぎだと良いのですが・・・」
「主のカンは当たるからな。わしもこの先、気を配ろう」
伯爵が話を終わらせようとしたが、王女は続けた。
「職業:無しと村人は大丈夫か?」
「どちらも魔力量は凡庸ですし、スキルも攻性ではないので、まずは大丈夫かと」
再び宰相が口を挟んだ。
「僧侶は大丈夫か?宗教絡みだけにどうしても気になる」
イリアは笑顔でこたえた。
「工藤様でございすね。僧侶の家系に生まれたというだけで、まだ正式な修行も受けていないようです。本人もその気はないのでは」
「知らぬ間に仏法が広がっていた、という可能性は無いか?」
「無いとは言えませぬが、勇者の影響の想定内ではないかと思われます」
イリアの答えに王女はようやく緊張を解いた。
「良かろう。教皇の愛娘が保証するのだ。間違いは無かろう。何か変わった事があればすぐに報告せよ」
「御意」
全員が応えて会議は終わった。
短くてすみません。王女様は人前では猫を被っています。宰相はちょっと差別的です。羽河さん高評価です。