第133話:再びの草原1
7月15日、風曜日。空は晴れていたが風が強かった。曜日とは特に関係ないと思う。今日は草原地帯に行く予定なので、何もなければいいなと思うのだった。
今日の朝ごはんは魚介スープのラーメンだった。キラーフィッシュを三枚におろして身は玉ねぎのみじん切りと合せてツミレに、頭と骨はスープの出汁にしたそうだ。一人当たり一匹使っているので、淡白で上品なのにしっかりコクのあるスープだった。
きっとこれにもしょっつるを使っているんだろうな。ボリュームあるツミレも、スープに絡む極細の麺も最高だった。何より、昨日納品されたばかりのラーメン丼が泣けるほど懐かしかった。これもお供えしよう。
カットフルーツの中にはイエローベリーが入っていた。もう収穫できたんだ。味は普通のブルーべりーと一緒だが、色どりがポップで楽しかった。食後、平野に声をかけてラーメンを一人前頼んだが、何か悩んでいるみたい。
「どうした?」
「うーん、パエリアを作ろうと思うんだけど・・・。キングメタルクラブはあるし、三平君がジャイアントロブスターと小エビとアサリ取ってきてくれたから材料は十分あるんだけど、何か決め手がなくてさ・・・」
「じゃあ、ストーンクラブの爪を提供しようか?」
平野は両手をパチンと合せると「それだ!」と叫んだ。
「いいね、それ。湖のパエリアでまとめてみようっと」
とりあえずストーンクラブの爪を二個提供した。爪だけでも長さ一メートル位あるので、これで十分みたい。
ラウンジで紅茶を飲んでいると、羽河がやってきた。
「王女様にマッドクラブを送ったのね」
「うん、お裾分け」
「マジックボックスと一緒にそれはそれは丁寧なお礼状が届いていたわよ」
「義理ごとは大事だからな」
「まめな男はモテるわね。注意しなさい」
最後に謎の言葉を残して羽河は去っていった。入れ替わりににこにこ笑いながら水野がやってきた。
「リバーシじゃなかった、大逆転と五連星(五目並べ)の取説ができたぞ」
「やったな。これで一段落だな」
「翻訳が出来上がったら持ってくる」
水野は笑顔で食堂の方に行った。先生に翻訳の依頼に行くのだろう。
俺も食堂に行こうとしたが、食堂に一番近い会議室に寄った。だって扉に「厨房リニューアル準備室」って書いてあるんだもん。
ノックして中に入ると、江宮が冷蔵庫みたいなののミニチュアを作っていた。
「なんだそれ?」
「見たらわかるだろ?厨房の十分の一スケールのモデルだ」
確かにチームで何か作るとしたら、模型を作って配置するのが一番いいかもな。今は機械ごとのミニチュアを作っている段階だが、動線や配置をシュミレーションするにはこれが一番いいかも。完成したら約一メートル四方くらいの大きさになるそうだ。
思い出したのでストローの作成を頼んだ。
「何に使うんだ?」
「今度、教会に指導に行く時に『シャボン玉とんだ』をやろうという話になったんだけど、シャボン玉を知らなかったら歌えないだろ?」
江宮はガッツポーズで了解した。
「まかせろ。世界一のストローを作ってやる」
いや、そこまで力を入れなくても・・・と思ったが、せっかくやる気になっているのを止める必要はないな。
ついでに風車・やじろべえ・凧の話をしたらノってきた。何か材料が欲しいというので二メートルほどに切った竹を三本渡したら、凄く喜んでいた。ついでにアイテムボックスの中で竹を丸ごと一本、粉状にくだいたものを渡したらさらに喜んでいた。何か物を作るときに素材として最高だそうだ。
今日もミドガルト語の講義は朗読だ。復習じゃないけれど、講義で習った所を夕食後にも食堂で朗読するようになったので、その分理解が深くなったような気がする。お勉強が好きな奴は自分一人でも読んでいるみたい。俺はやらないけど。
馬車がやってきたので鍛錬に向かう。今日は炎の剣を除く三パーティで草原地帯に行くことになった。さらにゲストとして藤原が俺達の班に加わった。昨日の大冒険が相当面白かったみたい。今日もイリアさんが遠征に同行するそうだ。
クーラーを工藤と羽河に預けていると、利根川が寄ってきた。
「昨日のワイン、王女様に贈っておいたわよ」
「早いな。ありがとう」
「レベルアップさまさまね。お陰でいろいろ便利になったわ」
レベルアップの恩恵はもちろん佐藤もあったようで、例えばワインの瓶詰めも樽と瓶をアイテムボックスの中に入れて、手を使わずにできたそうだ。
「残り十四本はどうするの?」と言われたので、四本だけ俺が預かり、残り十本は酒蔵に置いておくように頼んだ。
「利根川ならまさか悪魔がどうのこうのなんて言わないよな?」とからかったら、
「ディアブロじゃあるまいし、盗み飲みなんてしないわよ」と真っ赤になって怒ったが、ちょっとあやしいな。
そういえば思い出した。ラベルの数が足りないんじゃないかな?
「ラベルの数が足りないんじゃないか?」
利根川は首を振ってこたえた。
「大丈夫。カウンターで相談したら、小型の印刷機を貸してくれたから。あれ、便利ね」
なんでもラベル専用の複写機になっているそうだ。紙と染料をセットし、枚数を入力してスイッチを入れると数時間で自動的に出来上がるらしい。
馬車はのんびり進む。電動自転車みたいに、魔力でアシストしたらもっと速く走れるかも、なんて馬鹿な事を考えてしまった。重力を軽減する魔法を使えばいいかもしれないけど、生きている人間にも効くのだろうか?
あれこれ考えているうちに目的地に着いた。ちゃんとロボが待っていた。浅野にじゃれつく姿を見ながらトイレを設置した。ここからは三つのパーティ(月に向かって撃て、クレイモア、ガーディアン)に分かれて行動となる。昼時になったら、赤いボールをピコピコ鳴らしてもらうことにした。ポケベル(死語)みたいだな。
藤原は俺達に同行するので、早速聞いてみた。
「今日は何をティムするんだ?」
藤原は笑顔でこたえた。
「まだ何も決めてない」
俺は提案してみた。
「それなら、冬梅に一反木綿を召喚して貰って騎乗したらどうだ?ドラゴンには負けるけど、空を飛べるぞ」
「いいの?」
藤原は飛び上がって喜んだ。花が咲いたような笑顔を見た冬梅に断る選択はない。藤原は持ってきたニ種類の弓のうち、長さ七十センチ程の短弓を手にして一反木綿にまたがった。騎乗して使うのであれば、取り回しのきく小さな弓が何かと便利だろうな。
洋子が心配していたが、冬梅が一反木綿に藤原の指示通りに動くよう念入りに言い聞かせているので、問題はないだろう。俺も一度乗ったことはあるが、一反木綿は見かけは安定感ゼロだが、乗っていると案外しっかりしているのだ。
藤原は機動を確かめるようにまず二メートル位の高さで直線にダッシュ、次に左右の旋回を試したのち、一気に上空に駆け上がった。時速でいうと八十~百キロ位の速度はあるみたい。百メートル位の高さで大きく八の字を描くと、そのまま急降下してくる。
地面にぶつかるかと思った瞬間、機首をグイッと上げるとまた一気に上昇する。その後も背面で飛行したり螺旋状に飛んだり、鳥でも真似できないような自由自在な三次元機動を見せてくれた。
もういいだろうと思って手を振ると、藤原は垂直降下して俺達の回りをぐるりと回ると俺の横でホバリングした。藤原は笑顔のままだった。全然怖くないみたい。
「一反木綿最高!」
気に入ったようでなによりです。
「じゃあ空から偵察と指示を頼む」
「分かった」
藤原は再び上昇した。青空に一反木綿の白が大きな円を描いた。一周すると止まって何か叫んだ。手を振っているみたい。
「北を指さしているわ」
初音が目を細めながら言った。流石は盗賊、遠目の術というやつかな?俺たちは北に向かって歩き始めた。
空飛ぶ弓兵、対人では最強ではないでしょうか?偵察にも威力偵察にも使えますね。