第131話:炎の大剣
ラウンジに行くと、工藤が笑顔で待っていた。
「囲碁と将棋じゃなかった、光闇と戦陣の取説の翻訳が終わったぞ」
「やったな。これで製品化の目途が立ったな」
工藤からミドガルト語の原稿を受け取り、紅茶で乾杯していると、迎えの馬車が来た。食堂に行き今日のお弁当を受け取って、馬車に乗り込む。今日は、工藤がリーダーを務める炎の剣は草原地帯に行くそうだ。忘れずにクーラーを渡しておく。やはりイリアさんが同行するとのこと。
練兵所ではまず、伯爵に娯楽ギルドの契約書と定款の雛形を渡した。ついでに懸案事項を打ち合わせよう。伯爵は感慨深げに呟いた。
「こういう書類を見ると、ギルドの設立が実感できますな」
「光闇と戦陣の取説もできましたよ。見本を見せて雑貨ギルドから遊戯盤の見積もりを取る予定です。商業ギルドへの掛率は七掛け(七十パーセント)に決まりました。軍向けも七掛けで良いですか?」
「無論それで結構ですぞ。着々と進行しておりますな」
「大逆転も取説を執筆中です。器具的にはこれが一番簡単ですね。遊戯盤の販売価格は光闇と戦陣が銀貨一枚、大逆転が約三分の一の小銀貨三枚でどうですか?」
「それでよろしいかと思いますぞ」
「そういえば、ギルド長は決まったんですか?」
「二名まで絞り込んだのですが、それからの調整が難航しております。もうしばらくお待ちくだされ」
「ギルド長が決まったら、顔合わせを兼ねて娯楽ギルド本部の予定場所に下見に行こうと思いますので、よろしくお願いします」
「出来る限り急ぎまする」
契約書と定款は精査して明日以降返事を貰えることになった。ギルド長については将来有望なギルドらしいという噂がたって、どちらの候補も降りてくれないそうだ。名誉職であるゆえに逆に調整は難しそうだ。
俺との打ち合わせが終わると、伯爵は平井を呼んだ。
「本日は平井様にお渡しするものがございます」
伯爵が手を挙げると、後ろから従者が二人がかりで棺桶の様な黒い箱を運んできた。王家の紋章の下に真っ赤な炎が踊っている。何か不吉な予感がするぞ・・・。
「何ですか?」
平井は無邪気な顔で聞いてきた。
「王宮の火の蔵に封印されてきた炎の大剣です。平井様であれば使いこなせるのではないかと考えてお持ちしました。魔王討伐にお役立てくださいませ」
「やったあ!」
平井は両手を上げてその場でぴょんぴょんとジャンプした。無邪気に喜ぶ様子を見ていると、まるで新しいおもちゃを貰った子供みたいに見える。伯爵が合図すると従者がうやうやしく棺桶の蓋を開けた。中に入っていたのは・・・。
それは剣と呼ぶにはあまりにも大きすぎた。諸刃の両手剣なのだが、刃渡りは平井の身長とほぼ同じ、一メートル五十センチほどもある。鍔無しで刀身が長すぎる故目立たないが、刃幅も手元で三十センチ程ある。刃の厚みも最大で三センチ位ありそうだ。
一言で言って大きく、そして重すぎる。盾代わりに使えそうな剣だった。二メートルを軽く超える身長と鬼の怪力を併せ持つオーガが持ってはじめて使えそうな感じ。刃も手を当てて引いても切れない。なまくらなのではない。力で押し切るというか、盾に正面からブチあて、甲冑ごと斬り裂く剣なのだ。鋭さよりも頑丈さを優先しているのだ。
平井は鼻歌を歌いそうな顔で柄に手を伸ばした。長さ四十センチほどと、刀身と比べて短かすぎる柄を右手一本で握ると、ひょいと持ち上げた。その瞬間、剣と平井の全身が真っ赤な炎で覆われた。
炎はすぐに消えたが、平井は熱いと言うことも無く、そのまま両手に持ち変えると、上段からの切り落とし、袈裟切り、横払いなど基本の型を一通りこなして静かに笑った。
「悪くないわ。軽すぎなくて良い感じ」
試しに持たせてもらったが、まともに構えることができませんでした。長すぎ重すぎバランス悪すぎで常人にはとても扱えないのだが、平井には丁度いいみたい。それにしても重さ三十キロを超える剣を片手で軽々と振り回すのは怪力の域を越えていると思う。
伯爵は感慨深そうに頷いた。
「平井様は炎の大剣に認められたようですな」
もしも認められなかったらどうなったのだろうか?聞いたが伯爵は黙して答えなかった。
刃を手で触っても切れないので、剝き出しで持ち歩いても問題ないのだが、流石にそれはどうかと思っていると、伯爵が長さ五十セントほどの漆黒の鞘を差し出した。
「この大剣専用の鞘です」
試しに平井が腰に鞘を下げ、剣を近づけるとするりと収まってしまった。抜くときも一瞬で抜けてしまう。この剣専用の収納袋になっているようだ。柄が短いので、剣を鞘に入れた状態だと小剣を携えているようにしか見えない。
抜いたらびっくりのちょっと反則な感じ。だってさ、この鞘で居合切りをやってごらん?どうかしたら抜いた瞬間に勝負は終わっている。
平井が誰かと手合わせをしたいというので、安全を考えて花山を呼んだ。二人が相対すると小学生とプロレスラーの対決にしか見えない。しかし、平井が炎の大剣を抜くと、状況が一変した。剣の圧力みたいなので、拮抗しているように見える。
平井は剣を大きく振り上げると、突進した。そのまま真っ向から花山の盾に振り下す。ガキンという鉄と鉄がぶつかる音と共に、花山が半歩下がった。わずかに顔をしかめているように見える。
その後も平井は一方的に攻撃を続けた。刀で切るのではなく、剣で殴っているように見える。フットワークも技も何もなく、真っすぐ剣を振り下ろすだけの単純な攻撃の連続なのだが、一発一発の速度と重さがけた外れなので、花山は盾を弾き飛ばされないようにするだけで精いっぱいだった。
花山は平井の勢いにのまれずるずる後退していき、とうとう壁際まで追い込まれたところでストップをかけた。
「すごいな平井。いつの間に大剣用の剣術を覚えたんだ」
平井は嬉しそうに笑うとこたえた。
「この剣を掴んだ時に分かったの。一瞬でダウンロードしたというか、忘れていたことを思い出したような感じ」
周りを囲んだみんなが拍手して平井の愛剣の誕生を心から祝ったのだった。平井も嬉しそうに手を振ってこたえたが、俺は新たな心配事を思いついた。戦神の斧、どうしようか?
考えているうちに時間になったので、お昼ご飯にすることにした。今日はホットサンドだった。しっかり焦げ目の付いたパンの中に、ハム・チーズ・薄切りトマトなどの具がぎっしり入っている。
デザートは葡萄のジェラートだった。飲み物もレモングラスを使った冷えたお茶で、熱くなった気持ちをリフレッシュしてくれた。食後、聞きたいことがあったので花山の所に行った。あのストーンクラブの猛攻をしのいだ花山がどうして後退しかできなかったのか、不思議に思ったのだ。
花山のこたえは至極当たり前だった。平井の攻撃は一発一発全てが微妙に角度や打点が異なり、簡単に受け流すことができなかったのだ。こういうのを自然にやれるのが平井のセンスであり、今までの修練の賜物なんだろうな。
俺は感激して平井に叫んだ。
「流石は平井だな。恐れ入ったぜ」
平井は得意げに胸を張った。小さいながらも胸がしっかりその存在を主張した。お陰で、つい余計なことを言ってしまった。
「平井は剣を振っている姿が一番きれいだ」
なぜか回りがしんと静かになった。一人洋子が屈伸運動を始めている。頬を赤く染めた平井が右手を俺に向けて叫んだ。
「今頃気づくなんて遅すぎるわ。罰としてこれから私のことはゆかりと呼びなさい!」
名前で呼ぶことがなぜ罰になるのかさっぱり分からないが、俺は片手を上げることしかできなかった。洋子から逃げ回らなければならなかったので・・・。
午後からも平井は一条をはじめとする戦闘派と次々戦った。剣を折ることを恐れて今まで七分の力に抑えてきた平井の全力は凄まじく、特にその速さと重さは誰もが持て余した。唯一まともに打ち合えたのは野生のカンとパワーで粘ったヒデだけだった。
平井に善戦したことはヒデの自信になったようで、明日は草原地帯に遠征することになった。伯爵に申告したけど大丈夫かな?
平井さん、ついに炎の大剣を獲得しました。でも戦神の斧はどうなるの?