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第130話:しょっつるができた

 7月14日、土曜日。空は一面の雲に覆われていたが、雨の気配はなかった。気温は低めだが、その分湿気が多い感じ。

 ランニングの後でアイテムボックスを調べると、昨日預かった樽三個の熟成が完了していた。それぞれ汁だけ取りだし、一回煮沸してから再度濾過する。さましたものを小樽に入れたら出来上がりだ。残りかすは生ごみフォルダに移動する。


 そのまま食堂に行って出来たばかりの小樽を三個、平野に渡した。早速、試食してみる。俺達が作っていたのは魚介類から作る発酵食品、いわゆる魚醤ぎょしょうの一つである「しょっつる」だ。大豆から作るしょうゆの代替として作ったのだが、果たしてその味やいかに・・・。


 俺達は三つとも味わってから抱き合って喜んだ。平野は満面の笑顔で叫んだ。

「やったね。風味は違うけど、どれもおいしい!大成功だよ。アジは癖がなくてさっぱりしている。マッドクラブは蟹の風味があっておいしい。ジャイアントロブスターはエビの濃厚な甘味がある!」


 確かにどれも変な臭いや苦みや渋みもなく、和食に最適なうま味が存分に感じられた。また、塩分を控えているからか、過度なしょっぱさもなかった。これであれもあれもあれも作れる・・・と考えている平野に話しかける。


「樽が三個空いたから、ストーンクラブも作ってみようか?」

 平野は向日葵のように笑ってこたえた。

「お願い!」


 俺は爪の無いストーンクラブを選ぶと、洗浄して殻を外し、可食部位を分けた。不可食部位は生ゴミフォルダに入れる。殻は全部一度細かく砕いてから、可食部分と混ぜて樽に入れた。アイテムボックスから取り出すと、樽三個とも七割くらい入っていた。

「もう出来たの?早いね」


 後は塩と麦糀を入れるだけだ。平野は両方とも目分量で迷いなく入れると、蓋をした。割合は、ストーンクラブが7、塩が1、糀が1といった感じだろうか。思ったより塩が少ないんだな。

「熟成期間はどうする?」

「三つあるから、一年・二年・三年で」


 了解してアイテムボックスに収納した。年数でフォルダを分けて熟成を始める。もちろん、定期的に攪拌かくはんするように設定した。明日か明後日にはできるだろう。新しい小樽を三個預かるついでに聞いてみた。


「あのさあ、例えばの話なんだけど、もし冷蔵庫・冷凍庫・製氷機・食器乾燥機・クーラーが出来るとしたら、どれが欲しい?」

 平野は両手で俺の肩をがっしり掴むと、正面から俺の目を見てこたえた。


「全部欲しい。それも大型の奴が」

「いやいやいやいや、そんなに全部は置けないでしょ。今でもスペースは足りないんじゃないの?」


 平野は大きく首を振ってこたえた。

「場所はなんとかするから、全部作って!特にクーラーは絶対ね」

 言い終わるなり再度抱き着くと、そのまま情熱的に唇を重ねてきた。勢いが違うね。厨房の夏は地獄のように暑いのだそうだ。


 あれは契約代わりのキスなんだろうな、と思いながら食堂を引き上げた。絶対作ってね、という気持ちの表れなんだろう。残念ながら俺は自分の男としての魅力にはまったく自信が無いのだ。


 ラウンジに行くと、江宮が優雅に紅茶を楽しんでいたので、早速相談した。

「プロ用の設備となるとちょっと大変だぞ。魔石も大量にいる」

「分かった。好きなだけ先生に頼んでくれ」

「まずは、平野と打ち合わせが必要だ。ちょっと待ってくれ」


 江宮は走って自分の部屋に戻ると、メジャーを持ってきた。

「善は急げだ。行こう」

「お、おう」


 何だか知らないが、俺も一緒に食堂に行った。なんとなく俺がオーナー、江宮が業者というポジションみたい。もちろん、料理長の平野は大歓迎してくれた。助手A、B、Cに矢継ぎ早に指示を出すとそのまま打ち合わせに入った。


 俺達も厨房の中に入って器械の置き場所とサイズを決めていく。フライヤーとオーブンとヒートポンプと給湯器も設置することになった。業務用のシステムキッチン風になるそうだ。大がかりすぎるぜ。


 バンダナを鉢巻代わりに巻いて、耳の上に鉛筆をひっかけている江宮がガテン系のスターのように見えた。現場で輝く男は違うぜ。江宮も料理には一家言あるので、二人の間で話はドンドン進んでいく。俺が発言したのは「厨房は平野に任せているから、平野から先生の許可を取ってくれ」の一言だけだった。


 朝食の時間になったので、ひとまず打ち合わせは終了して、そのまま朝ご飯を食べた。今日のメニューはボンゴレ・ビアンコ、いわゆるアサリのスパゲッティだった。和風と言いたくなる風味を感じたのは、早速しょっつるを使っているからだろう。


 さらに大葉に似たハーブを使っているせいか、さっぱりしているのに奥深くて、しかも懐かしさを二重三重に感じるという傑作だった。これはお供えしなければならないな。カットフルーツとミックスジュースと一緒においしく頂きました。


 今日のミドガルト語の講義も朗読だった。淡々と読み上げていくのを聞いているだけなんだけど、文字が頭の中に自然に入ってくる感じ。講義が終わってから先生に呼ばれた。


「平野様から相談を受けました。厨房のリフォームをご希望とのことですね」

「急な話ですみません」

「先日、新しい器械のために魔法陣を五種類作成しましたが、うち四種類とクーラーの魔法陣は作り直しが必要とのことです。さらに四種類、新しい器械用の魔法陣が必要とのこと」


「先生には事あるごとにお世話になっています」

「費用のことは構いませんのよ。王家に請求を出すだけですから。しかし、魔法陣を書くには時間が必要です。そして時間は有限です。各種取説の翻訳と契約書のチェックもあるのですよ」

「お忙しいのにすみません」


 先生は腕を組むと、俺の顔をじっと見た。俺は観念した。

「実は、商業ギルドはドライヤーの他にもランタン・携行型のクーラー・冷蔵庫・冷凍庫・製氷機・食器乾燥機・加湿器を製造し、販売することを検討しています。俺は専門のギルドとして魔法科学ギルドを作ることを進言しました。

 さらに、魔法学校にも魔法科学部を新たに作ったり、学校とは別に専門の研究機関を作ることも有効だと思います。いずれ先生にはこのどこかで活躍して頂ければと思います。差し支えなければ推薦させて頂きたいのですが」


 先生は皮肉気な顔でこたえた。

「新設のギルドならば顧問契約は可能でしょう。しかし、学校や研究所の責任ある役職に就くのはそう簡単ではございませんよ」


 俺はにやりと笑って切り返した。

「王女様がいらっしゃるではないですか。熱吸収の魔法に関する論文を書いて、王女様に上奏されてはいかがでしょう。論文の作成はお手伝いできると思いますよ」

 

 先生は虚を突かれた顔になった。

「熱吸収に関する論文ですか・・・。確かに画期的な理論です。魔法学の歴史に残る偉業となるでしょう。しかし、それを、私が・・・」


 先生は一瞬考えこんだのち、割り切った様な顔を見せた。

「分かりました。厨房のリフォーム、微力ながら全力を尽くしましょう。今後ともよろしくお願いします」


 先生は笑顔で自室に引き上げた。なんとかなったみたい。思い付くまま並べ立てたのだが、なぜか納得してくれたようだ。良かった良かった。後で江宮に論文の下書きを頼んでおこう。ジョージさんにも根回しがいるな。


 入口で見守ってた羽河に声をかけられた。

「たにやん、大丈夫?話がどんどん大きくなっていくみたいだけれど」

「大丈夫、自分でも良く分っていないから」


 羽河はため息をつくと、心配そうな顔をした。

「最後の方は大学の先生と出入りの業者の密談みたいだったわ。あまり政治の世界に首を突っ込むのは危ないわよ」


「分かった、出来るだけ気を付ける」

 俺が考えているのは平野が満足するキッチンを作ることだけだ。そこさえ外さなければ後は全て些事にすぎないのだ。

主人公の思い付きがキッチンのリフォームや先生の再就職までつながりそうです。

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