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第13話:そうばってんくさたいね

 俺たちがルンルン気分(死語)でラウンジに入っていくと、メアリー先生に呼び止められた。

「皆様にお知らせがあります。青井様から頂いた要望については、時間を三時から五時までと八時から十時まで、範囲を本宿舎の塀沿いの道に限ることで許諾するものとします」


 青井が早速注文を付けた。

「そうばってんくさたいね。そんならいっそ三時から十時までにできん?」

 青井とメアリー先生を除く全員が頭を抱えた。


「申し訳ございません。警備の都合でそこまでは難しゅうございます」

 メアリー先生は落ち着いて応えた。言霊がうまくやってくれたのだろう。青井のちょっと困った癖とはオリジナルの変な博多弁だった。普段は普通に喋るのに何かのタイミングで無意識に発動するのだ。


 親父の弟が転勤族で、九州も福岡含む五県を制覇した強者つわものなのだが、出張土産を持って遊びに来た時に詳しく聞いて確信した。青井、お前の博多弁間違ってるよ。

 具体的に言うと「そう・ばってん・くさ・たい・ね」には熊本弁である「ばってん」が混ざっている。青井は「そうなんだけど」とか「そうなんだ」という意味で使っているが、福岡では誰もそんな言葉使ってないからな。


 どうして博多弁なのか風のうわさ(死語)で聞いた所、中学校の頃片思いした転校生が福岡出身だったらしい。女の子は半年でまた転校していったらしいので、まさしくひと夏の経験じゃなかった、ひと夏の恋といった感じなのだろう。青井は密かに博多弁スキルを上げて、将来福岡に行ったときに地元民(女の子限定)とディープな会話をするのが夢みたいだ。


 ただ一つ言えることは、福岡に行って「そうばってんくさたいね」なんて言ったらお前、馬鹿にされたと思われてらされるぞ(叔父さん、あってるよね?)。

 博多で思い出したけど、明太子やもつ鍋と並ぶ当地の人気メニューである長浜ラーメンは、麺だけのお替り(替え玉)ができたり、注文時に麺の硬さが選べるようになっている。麺の硬さは柔らかいほうから、やわ麺・普通・かた麺・バリかた・針金とグレードアップするのだが、針金を超える麺があることをご存じだろうか?


 俺の叔父さんも一回しか見たことが無いと言っていたその幻の麵は、ずばり「生麵」だ。そう、茹でる前の麺を小皿に載せただけ。厳密にはラーメンですらない。麺は生地をこねる際に大量の塩を入れるので、生で食べたら相当にしょっぱい。当然、主食にするのではなく、焼酎のお湯割りのつまみとして頼むわけだ。まあ、塩をなめながら焼酎を飲むようなものだな。


 叔父さん曰く、焼酎のお湯割りを「9対1で」と頼む(当然、焼酎が9。普通はしない)人の中でも特にアルコール無しではやっていけなくなった人向けのディープな裏メニューみたいだ。


 だから普通の人が頼んじゃいけないというか、まともな店なら頼まれても出さない。良い子の皆さん、福岡に行っても決して注文しちゃだめですよ。まずくてしょっぱいだけですよ。腎臓にも悪いよ。以上叔父さんからの伝言でした。


 食堂は十時まで、風呂は十一時まで開いているので、ヒデと一緒に食堂のデッキから庭に降りてアイテムボックスをいろいろ試してみた。まず、収納するときは手に届く範囲内、距離にして一メートル弱なら触らなくても収納できることがわかった。


 調子に乗って庭のごみを集めていると、ヒデから「人間掃除機」と命名されしまった。これって、結構使えるかも。ただし、誰かが持っていたり、繋がれていたりすると収納できない。他人の物は勝手に取れない、みたいな感じ?


 面白いのは個体だけでなく、液体も収納できることだ。池の水も収納できた。ただし、静止していない状態、例えば流れ落ちている状態の水を収納することはできなかった。なんかコツがあるのかな。液体が可能なので気体(空気)も可能かもしれない。使い道は分からないけど。


 ヒデが飽きて帰ってしまったので、一人で地道な検証を続ける。生き物は収納できないと聞いていたが、確かに金魚や虫は収納できなかった。しかし、花や雑草は抜いた状態であれば、収納できた。抜く前はできなかったのは、生き物認定されているか、収納物を明確に認識できない(根は見えないので)からなのだろうか。時間経過が止まるかどうか確認するために、花はそのまま収納しておいて本日のお仕事は終了!。


 部屋に戻って着替えを用意すると、楽しみにしていた風呂にレッツゴー(死語?)。丁度開店時間だったみたい。やった、一番風呂だぜ、なんちゃって。脱衣場でぱっぱと脱ぐと、風呂好き野郎どもと一緒に奥の浴室へ。てっきり、ローマ帝国の公衆浴場テルマエ・ロマエを想像していた俺たちの予想はあっさり裏切られた。

「銭湯だな」

「銭湯だ」

「銭湯とは」


 皆口々につぶやいた。床は石造りだが壁はタイル張り。入って右側は風呂場の約四分の一を占める長方形の巨大な湯舟、南側と庭側の壁は一人づつの洗い場になっていて、水道の蛇口みたいなのが等間隔に並んでいる。蛇口の数は全部で十個あった。


 浴槽の左奥には竜を模した彫刻があって、その口からお湯がごぼごぼ切れ目なく流れてくる。竜に妙なリアリティがあるのは異世界故か?入口の左側は二段の棚になっていて、洗い場で使うための小さな腰掛と洗面器がずらりと並んでいた。


 天井まで吹き抜けで、広い天窓から明るい光が落ちている。頭の上で食堂と同じでっかい扇風機がゆっくりと回っていた。特筆すべきは浴槽の奥、つまり北側の壁だった。色付きのタイルを使って巨大な山が青空と白い雲を背景に描かれていた。裾が広い雄大な山麓。山肌は赤く染まっている。そう、それはまるで。

「赤富士だな」


 水野が皆の思いをさらりと言葉に変えた。俺たちが銭湯を連想したのは、なによりこの絵のせいだと思う。ある意味、日本の象徴ともいえる富士山を題材にした浮世絵そっくりの壁の絵は、この世界と俺たちの世界の不思議なつながりを主張しているように見えた。


 俺は水野に注目した。水野は身長170センチ弱で、中肉中背、特徴が無いのが特徴という男だった。中学の時から一緒なのだが、とにかく目立つことを嫌うというか、存在感をみずから消しているような感じ。そんな無表情男の水野が嬉しそうに微笑んでいた。


 水野はその名前(水野メロンパン)のせいで小さい時からずっとからかわれたり、馬鹿にされたり、ひどい時はいじめられていた。高校に入ってもそれは変わらず、初対面で自己紹介すると笑われたり噴き出すのはまだましな方で、どうかすると馬鹿にされたと怒られることもある。


 水野はその度に、怒るでもなく淡々と事実だけを説明した。曰く、早世した祖父がメロンパンが大好物(毎日、三時のおやつがメロンパンだったらしい)で、遺言が「孫が生まれたらメロンパンと名づけること」だったと。


 祖父を信奉していた父は第一子である水野を迷わず「メロンパン」と名付けた。そのせいかどうか水野の両親は水野が生まれた翌年に離婚したそうだ。ここまで説明すると大抵の人は納得してくれる。


 俺はどうしても水野に聞きたいことがあった。昨日ヒデが言ったように、水野は明らかにこの世界に来たことを喜んでいるように見える。俺は洗い場で髪を洗っている水野の隣に座った。迷ったときはど真ん中ストレートだ!

「なあ、水野。お前さあ、職業クラスが『村人』で良かったの?」


 水野はがぶりと木製の洗面器の水を被って石鹸の泡を流すと俺を見た。

「ああ、たにやんか。そうだよな。普通はそう思うよな。でもな、俺にとっては『村人』なんてどうでもいいんだ」

「他にもっと大事なことがあるのか?」


 水野はレバーを上げて洗面器に水をためはじめた。

「ご名答!そうだ、俺にはもっと大事なことがあるんだ。分かるか?」

「ごめん、全然わからん」

俺も洗面器に水を張りながらこたえた。

「そうか、分らんだろうな。いいぜ、教えてやる」


 水野はもう一度水を被ってから言った。

「名前だよ、名前」

 俺も洗面器の水を体にかけながら聞き直した。

「名前ってどういう意味だ?」

「たにやん、俺がなんで引っ込み思案だったかわかるか?知らない人に自分の名前を名乗るのが嫌だったんだよ。ところがこの世界の人は、俺が名乗っても誰も笑わないんだ。これは俺にとっては革命的というか、ありえないというか、信じられないことなんだ。分かるか?いやわかんないだろうけど」


「確かにそうかもしれんが・・・」

「俺にしたら生まれ変わった様な、線路のレールがガコンと切り替わったような感じなんだ。メロンパンの呪いを断ち切って、人生やり直せるというと大げさかもしれんが」


 俺はしばらく無言で石鹸の泡を立てた。なんか泡立ちが悪いぜ。

「全然気づかなかったよ。そういう考え方もあるんだな。何はともあれ、おめでとう水野。お前は自由だ」


 水野は嬉しそうに笑うと俺の背中を左手でバシッと叩いた。ちょっと痛かった。手形が付いたかも。

「ありがとう。お前の言う通り、今まで俺を縛っていた目に見えない手かせ足かせが全部外はずれたような気分だよ。なんせスキル無しの村人だから魔王討伐には参加はできないけど、この世界のために俺なりにやってみようと思うんだ。お互い頑張ろうぜ」


 なんだか最後は励まされてしまった。鼻歌を歌ってご機嫌の水野の隣で俺は黙々と体を洗った。なんだろう、この敗北感は。

「そういえば」

 鼻歌を中断した水野が話しかけてきた。

「どうかしたか?」

俺の気の抜けた返事に水野は悪戯っぽく笑った。


「俺のいかれた爺さんの話は知ってると思うけど、ついでに婆さんの話を教えてやろうか」

 なんか聞かないほうが良いような気がしたけれど、流れで頷いてしまった。

「婆さんの臨終の時の言葉がまた傑作でさ、『巻き寿司が食いたい』だって」

「はい?」

ここは笑うべき所なのだろうか?


 水野は大笑いすると、勢いよく立ちあがった。

「うちは食い物に祟られた一族なのかもしれないな」

 再び鼻歌を歌いながら悠然と湯船に向かう水野をボケッと見ていると、遅れて入ってきたヒデに背中を見られてしまった。「なんだその手形は?」と訳もなく怒られ、情け容赦ない一撃を食らった。「上書き完了!」と悦に入ってるが、どういう意味があるのか誰か教えてほしいぜまったく。


 気を取り直して湯船に入ることにした。長方形の浴槽は深さが二段階になっていて、両端三分の一づつは深さ六十センチ位で浅く、真ん中三分の一が一メートル五十センチ位もの深さになっていた。


 立ち湯か?女湯も同じ構造ならば平井とか大丈夫かな?お湯が流れ出している竜のあぎとがあるせいか、向かって左側が一番熱いようだ。

 背中を富士山の絵に預けて洗い場の様子をぼんやり見ていると、反対側で富士山を見つめていた中原が立ち上がると口を開けた。やばい、間に合わない。


「湯につかり 富士を見上げる ホトトギス」

 間に合わなかった。またつまらない俳句もどきを聞いてしまったぜ。中原はそのまま風呂を出て行った。


 人が少なくなったので、立ち湯で潜ってみたり、洗い場で水を被ったりしてのんびりしていると、浴場の南西の角に小さな扉があることに気が付いた。好奇心は猫を殺すなんて言うが、見つけたからには仕方ない。俺はヒデと一緒に扉に向かった。


 取っ手を引くと、鍵はかかっておらず、ギイと音を立てて扉が開いた。外に出ると幅十五メートル、奥行き三メートルくらいのウッドデッキになっている。

 素足に木の感触、火照った体に南からの冷たい風が気持ち良かった。西の空は緋色に染まっている。デッキの北側は目隠しのために格子状の衝立が立っているが、隙間から池が見えた。


 よく見ると池の端に中原と修道服を着た鮮やかな銀髪の女の子がいた。バケツを挟んで何か話している。中原は杖を取り出すと呪文を唱えた後で、バケツの中身を静かに池に流した。ひょっとして召喚した金魚の放流?後で聞いてみよう。いつの間にか俺に続いて数人がデッキに出て涼んでいた。


 着替えると部屋に戻らずヒデ達とそのままラウンジに行った。喉が渇いて何か冷たい飲み物が欲しくなったのだ。風呂上りなのか、上気した顔で女の子が数人カウンターにいた。平井の顔が見えたので思わず声をかけてしまった。


「平井、大丈夫だった?」

 平井は一瞬あっけにとられていたが、ゆでだこの様に赤くなると怒鳴った。

「なによ、見ていたのならどうして助けてくれなかったの?」

 あまりの剣幕についあやまってしまった。


「ごめん、ごめん、ゆるしてくれ」

 一条と小山と平野が一斉に振り返って俺を見つめた。いや、睨まれていると思ったほど真剣に俺を見ている。怖い。激変した空気にカウンターの後ろでセリアさんがオタオタしてる。無駄に冷静な自分が悔しい。


「あずちゃん、どう?」

 一条が小山に聞いた。

「違うと思う。気配がなかった。レミちゃん、どう?」

 小山が平野に聞いた。

「うーん、覗きに使えるスキルは無い」


 解説しよう。まず小山の見立てでは誰かが隠れて女湯を覗いている気配はなかった。また、平野の鑑定によると俺は千里眼など覗きに使えるスキルを持っていない。つまり、覗きを疑われたけど、嫌疑は晴れた、ということだ。危なかったー。ちなみに平野の下の名前は美礼みれいだが、なぜかレミと呼ばれている。


「紛らわしいこと言ったけど、タカはずっと俺と一緒だったから・・・」

 ヒデが遅れて弁護してくれた。

「じゃあ何であんなこと言ったの?」

 一条が問いただす。

「いや、湯船の真ん中がプールみたいに深くなってたからさ、大丈夫だったかなと思って・・・」


 平井はもう一度赤くなると早口で応えた。

「ダ・ダイジョブに決まっているでしょ!ちょちょっと慌てただけよ」

 その言い方で俺たちは確信した。平井、溺れただろ?深さを見誤って軽い気持ちで飛び込んだ平井。だけど、足が着かない。あっという間に頭の先まで沈んでしまう。水面に髪の毛が一面に広がり・・・。かわいそうだから、これ以上想像するのはやめておこう。


「わかった、わかった。ところで湯船の上に絵はあった?」

「男湯もあったの?」

 一条が聞き返してきた。

「あったぜ。でっかい富士山。凱風快晴がいふうかいせい?まるで銭湯みたいだった」

 ヒデがこたえた。


「そうなんだ。女湯は『神奈川沖浪裏かながわおきなみうら』みたいな絵だった。波の描き方はちょっと違うけど、小さな富士山もあったよ」

 小山が説明してくれた。まさか異世界で北斎みたいな絵を鑑賞するとは夢にも思わなかったぜ。ぬるいジュース(残念ながら冷えてなかった)を飲みながら、機会を見てたまに男湯と女湯と交換するのもいいかも、なんて思った。


 セリアさんがいたのでお風呂のことを聞くと、銭湯そっくりの風呂は『勇者の遺産』とのことだった。前回、召喚された勇者が魔王討伐前にとある偉業を成し遂げ、国難を救った褒美代わりに国王に頼んで作って貰ったのがはじまりだそうだ。

 この王都でも数か所、貴族や裕福な商人向けのサロンとして営業しており、サウナに水風呂、個室付きの豪華なレストランや宴会場が併設されて大層賑わっているらしい。


「裸の付き合いという言葉がありまして、お風呂の中では貴賤は無いというか、上下関係をあからさまに強いると無粋な人間と見られるようです。

 そのため、友好を深めるだけでなく、情報収集・情報交換・コネ作り・噂を流すなど、様々な社交の場になっているそうです。まあ私のような庶民は公衆の湯屋にいきますが」


 お風呂のサービスに徹した(それしかないとも言う)庶民向けの公衆浴場は入場料が貴族向けの十分の一以下らしい。しかし、温泉センターと化した貴族向けと比べ、真に銭湯と呼ぶべきは公衆浴場の方かもしれないな。

「学者によると公衆浴場が普及した後、都に住む人の平均寿命が三才伸びたそうです。ただ気持ち良いだけではないんですね。流石さすが、勇者様です」


 セリアさんによると『勇者の遺産』は銭湯だけではないそうだ。なんと『僧侶』という職業クラスも勇者によってもたらされたらしい。五百年前に召喚された勇者の中に僧侶がいて、魔王討伐に大活躍したのだ。勇者は空を飛び、雷の雨を降らせ、二匹のオーガを自在に使役したそうだ。それってまさか役小角えんのおずの


 勇者は魔王討伐後もこの世界に残った。そしてその功績を王に認められた結果、王族・貴族・教会・各ギルドと敵対しないこと、寺の外で布教しないことを条件に寺院を開くことを許された。寺は既に無くなったそうだが、その代わりに僧侶という職業クラスが残ったという訳だ。今でも、勇者の子孫に稀に出現するらしい。


 工藤がいたら食いつきそうな話だが、洋子と初音がやってきたので、俺とヒデは一緒に食堂に向かった。平井たちは利根川に用があるらしく、そのままラウンジに残った。

 食堂に入ろうと廊下を歩いていたら、肩まで伸びた銀髪の女の子が胸にバケツを抱えて食堂から出てきた。危ない、もう少しで目線が豊かな胸(ヒデによると推定Dカップ)にロックオンするところだったぜ。


「あれって、金魚が入っていたバケツだよね?」

 初音が目ざとく見つけてささやいた。

「そうだ、そうだよ。ミユキちゃんが作ったやつ」

 洋子が銀髪の子とすれ違いながら小声で返した。どういう訳なんだろ。


 食堂の扉を開けると肉がフライパンで焼ける音と黒胡椒の香りがコンビで襲ってきた。食欲をそそられるというか、空腹感が最大レベルに達したぜ。今日の晩御飯は焦げ目をつけた肉と野菜を煮込んだポトフみたいなシチューだった。

 味付けは塩と黒胡椒のみだが、山椒ぽい辛さを持った黒胡椒が肉の脂のうまさを引き立てて文句なしにおいしかった。


「この肉、なんの肉だろ?」

「鳥でもないし、牛でもないし、もちろん魚じゃないし・・・」

「強いて言えば豚かな?」

 正解は隣のテーブルにいた中原が教えてくれた。

「これ、オークの肉だって」


「これがオークか・・・」

 ヒデが感慨深げにつぶやいた。

「なんかオークに思い入れがあるの?」

「いや、やっぱ異世界に来たんだなあ、と思ってさ」

 ヒデの意外なロマンチストぶりに中原がにまにまと笑った。丁度良かった。今日のことを聞いてみよう。


「中原、悪い。俺、風呂に入っている時に、お前と銀髪の女の子が話しているのを見たんだ。何をしていたのか良かったら教えて」

「ああ、あれか。見てたの?」

 中原は照れくさそうに頭を掻くと説明した。


「練兵場で金魚を召喚したんだ。召喚術を教えてくれた人によると、僕の場合は召喚するもの全ての情報を読み込み複製して再現しているから、消失しても本体に悪影響はないんだって。だから、普通は魔力の供給を切って消してしまうんだけど、なんかかわいそうでさ。踏ん切りがつかずに宿舎まで連れてきたら、銀さんに見つかって」


「あ、銀さんは俺の担当のお姉さんね。正式にはシルバ-・ナイフさん。銀髪だからかな?事情を説明したら、私にパスをつないでくださいと言ってくれたんだ。魔力は多いほうだし、金魚二匹位だったら全然負担にならないって」


 なるほど、あの呪文はパスの繋ぎ変えをやっていたんだ。イメージで言うと、金魚の電源プラグを中原のコンセントから抜いて、シルバーさんのコンセントに差した訳やね。納得!でもあのバケツは?


「その代わりお願いがありますと言われて、バケツが欲しいと言われたんだ。もちろん二つ返事でOKしたよ。利根川にも後でちゃんと説明しておく」

 謎は全て解けた、なんちゃって。それで放流したんだ。

「生き残って成長してくれたらいいね」

 いつになく洋子が優しげな顔をしている。


 銀さんで思い出したけど、もしこの世界にゴールドさんがいて、シルバーさんとコンビを組んだら金さん銀さんと呼ぶのだろうか?でも、今でも銀さんのパスに金魚がつながっている訳だから、既に銀さん金さんのコンビになっている訳だ。まあどうでも良いけど、同じくらいの年の女の子を「銀さん」と呼ぶセンスはどうかと思うぞ。


 その後は練兵場の話で盛り上がった。特にヒデの黄金バット、平野の水火刃の包丁、三平の太公望の釣り竿や、武闘組の対戦など話題は尽きない。楽しい時間が過ぎるのはあっという間だな。


 ディナーはなんとデザートが付いていた。シャリシャリした食感がリンゴみたいな果物を甘く煮たものだった。リンゴのコンポート?酸味が強かったけど、ミントみたいな香草がポイントになっていておいしく頂きました。さて、お喋りはこれ位にして食後のお楽しみに行こうぜ。


 デッキに行くと既に席は満員だった。今回は立ち見だ。池の端には小山が立っている。デッキの最前列には花山がいた。定位置だな。小山の横に立っていた一条が声を上げた。

「それではこれからあずちゃんの忍法をお見せします。朝も昼も見られなかった人のリクエストにこたえたものです。ただし、忍法をお見せするのはこれが最後になります。理由は、『忍法は秘してこそ花』の一言となります。ご理解をお願いします。それではどうぞ」


 一条が横に引っ込むと、小山は一礼して池に向かった。指で印を結んでから最初の一歩を気負うことなく踏み出す。見ていても、この瞬間が一番緊張するな。小山はどうなんだろ?

 前回同様、小山はスツ、スツ、スツと水面ぎりぎりにガラスの板が敷いてあるかのように普通に歩いていく。問題は帰りだ。俺はてっきり、アイススケートのような踊りを想像していたのだが、予想は外れた。炭坑節だった。おまけに所々、ドジョウすくいが混ざっている、無駄に凝った踊りだった。確かに東の空には細い月が昇っていたが、なんだこりゃ?


 とにもかくにも小山は渡り切った。ブラボー!花山を除く全員が拍手して歓声を上げている。こっそり花山の顔を見に行くと白目を剝いていた。刺激が強すぎたらしい。どこにそんな衝撃を受けるのか、今度聞いてみよう。皆がぞろぞろ戻っていくのを横目に、傍に控えていたセリアさんに声をかけた。

「あの遊歩道の先はどうなっているの?」


「行ってみましょうか。ご案内致します」

 庭には所々しか街灯が無いので、カンテラみたいな手持ちの明かりを用意したセリアさんに連れられて、ヒデ達と一緒にお散歩した。一条と小山もついてきた。空を見上げると、東の方からじわじわ闇に飲み込まれようとしている。


 遊歩道を池の端から斜め左に進むと二股に分かれていて、左側に進むと南側の塀が見えてくる。壁沿いにしばらく進むと右にゆっくりカーブして、西側の塀沿いに進む。そのまま進むと植えてある木が変った。


「ここから先は果樹園になっています」

 葉っぱや高さが異なる木が数本ずつ植えられていた。蕾や花が咲いているもの、小さな実をつけていたり、真っ赤に熟れた大きな実をつけてるものもある。セリアさんは、リンゴそっくりな小ぶりな赤い実を付けた木の前で止まった。


「これはリンガの木です。今日のデザートで召し上がったものは、この木でとれました。本来、この実が鳴るのは夏の終わりから秋にかけてなのですが、この木は早熟なのです」


 高さ三メートルくらいの木に赤い宝石のような実がびっしりついていた。それ以外にも青いミカンのような木や黄色い琵琶のような実を付けた木、葡萄のような緑色の実を付けた蔓状の木、目線の高さ位の灌木のような木、五メートル近い背の高い木まで十種類以上の木が植えられていた。木立部分の約半分は果樹園になっているみたいだ。


「ここに限らず王都に植えてある木の約半分は食用になる実を付ける木です。過去に何度も籠城したことがありますので。ついでに言うと、あの池も非常時には水がめとなります」


 まるで戦国時代の城みたいだ。でもそれが現実なんだろう。金魚入れてよかったかな?

 そのまま進むと大きく右にカーブして、さらに進むと遊歩道の入口あたりの分岐点につながった。上から鳥目線で見たら、アルファベットのPの縦棒を曲線に変えた変形文字のように見えるかもしれない。俺たちは黙って部屋に戻った。


 一息入れてから部屋を出ると廊下の壁に背をもたれてヒデが待っていた。俺たちはカウンターにいた銀髪の子(シルバーさん?)に一声かけてから玄関を出て走り始めた。

「何周?」

「一回りしてから決めよう」

「分かった」


 玄関周りは明るいが、あとは四つ角毎に設置してある薄暗い街灯だけが頼りの道は、とりあえず暗かった。四つ角には松明を持った衛視が一人いるので心強いのだが、女の子には無理かもしれない。


 ぐるり一周して宿舎の大きさが大体わかった。南北・東西とも約百メートルの正方形だと思う。一周約四百メートル位かな。

「とりあえず五周で」

「了解」


 俺たち以外にも、青井や楽丸が走っていた。コーナーで出会い頭の衝突を防ぐために、回り方(右回りか左回りか)を決めた方がいいかもな。二周、三周、四周と走って気が付いたことがある。

 気のせいかもしれないが、誰かが俺たちを監視している。門や四つ角に立っている衛視の視線ではない。俺はやっと気が付いた。この宿舎は俺たちを守っているが、同時に俺たちの逃亡を防ぐおりでもあるのだ。


 部屋に戻ると洗濯物を部屋番号が入ったランドリーボックスに入れて廊下に出した。明日の夕方には洗濯されて戻ってくるそうだ。なんかホテルみたいだな。もっとも光魔法持ちで、洗浄リフレッシュの魔法が使える奴は自分で洗濯できるそうだ。ちょっとうらやましいぜ。


人生いろいろです。

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