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第122話:女神の森4ー1

いつの間にか連載を開始してから一年が経過していました。これからも週二回ペースで更新していきたいと思います。皆様どうぞよろしくお願いします。

 7月12日、月曜日。今日は昨日と一転してからりと晴れた夏空が広がっていた。日差しは強いが、空気が乾燥して風もあるので、それほど暑く感じないのが不思議だ。日本の夏のまとわりつくような暑さとは違う感じ。

 身体を動かすと汗はかくけど、すぐに蒸発するので、べとつくような感じが無いのだ。その分、冬場は乾燥するのだろうなと思った。


 朝のランニングが終わって部屋に戻る。タブレットを起動し、リバーシと五目並べの取説をざっと見て、気になる所だけチェックして水野に送った。そろそろ朝ごはんだなと思って、ラウンジに行くと、玄関先が騒がしい。何かなと思っていると、カウンターから呼ばれた。


「タニヤマ様、商業ギルド様がお見えです。玄関までお願いします」

 今日も忙しくなりそうな予感がする・・・。

 玄関に行くとジョージさんが待っていた。宿舎の前の道路には大きな荷馬車が三台、停まっている。


「昨日頂いたマッドクラブを早速夕餉に食したのですが、非常に美味でした。妻子ともども堪能いたしました」

「喜んでいただいたのであればなによりです」


 軽く挨拶してから、樫・白樺・水楢の三種類の樽を各五十個ずつ荷馬車の上に積み上げた。

「木の種類ごとに分けて置きましたよ」

「いつもながらタニヤマ様のアイテムボックスには驚かされます」


 検品には少し時間がかかるそうなので、いったんラウンジに戻ると、野田が待っていた。

「チェンバロを運んでもらっていいかな」

「もちろん」

「ついでに、ボクの部屋のチェンバロを食堂に運んでくれない?」

「分かったけど、教会から戻ってきた時はどこに置くの?」

「楽器ギルドが明日引き取りに来るから、ラウンジに置いて」

「了解!」


 まずは食堂のチェンバロを収納する。これは教会に持って行って今日の指導に使用する。次に野田の部屋に行ってチェンバロを収納する。最後に食堂に戻って野田の部屋にあったチェンバロを設置すると移動完了だ。北棟を守っている騎士にじろりと見られたが、何も言われなかった。事前に話を通してくれていたみたい。


 ラウンジに戻ると、上機嫌のジョージさんが待っていた。

「お待たせしました。検収完了です。問題ありませんでした。三種類とも香りが良くて素晴らしい樽ですな」

                                        検収書を預かり、前もって用意していた請求書を渡した。これで金貨四百五十枚が口座に振り込まれると考えるとちょっと怖いな。クーラー等の別紙の雛形は日曜日に持って来るとのことなので、その際に娯楽ギルドの新しい製品を紹介するとあきれていた。


 今日の朝ごはんは、オムライスだった。鶏肉と玉ねぎと茸とライスをバターで炒めてケチャップで味付けし、薄焼き卵できれいに巻いてある。この薄焼き卵というのが最高なんだよな。

 色どりもグリーンサラダの緑を背景にして、卵の黄色にケチャップの赤が鮮やかだ。いつも通り、カットフルーツとミックスジュースで美味しく頂きました。


 食後、紅茶を飲みながら浅野達と打ち合わせる。教会まで一緒に行って、チェンバロを設置したら俺と冬梅はそのまま女神の森に行き、女神様の拝謁が終わったら教会に戻ってチェンバロを回収することにした。


 平野から今日のお供え物と子供達へのお土産を預かっていると、迎えの馬車がきたようだ。外に出るとイリアさんが馬車の前で待っていた。最大で十二人乗れる大きな馬車だった。


 俺が馬車に乗って初めてしたのは江宮から預かった携行型クーラーを設置することだった。スイッチを入れると冷たい風が車内を循環する。

「凄ーい。なにこれ?クーラー?」


 みんな大喜びだった。クーラーは全部で四台あるので、遠征時には馬車四台ともクーラーを設置できると言うとさらに盛り上がった。パワーは今一歩だが、コンセント不要で持ち歩けるのがいいな。


 魔石をエネルギー源にするのはこういう時は便利だ。しかし、家の中で使う時には魔力の源は一か所にして、魔力コンセントから供給するのが便利かも。なんて馬鹿な事を考えてしまった。

 

 今日、孤児院に行くのは俺・冬梅・浅野・木田・楽丸・千堂・小山・野田・ベルさんの九人だ。お世話係からはエリナさんとハンスさんが同行した。楽丸・千堂・小山と武闘組が三人いるので、警備も問題ないだろ。


 馬車の中では今日指導する予定の「ひこうきユーミン」、「竹田の子守歌(民謡・赤い鳥)」、「涙をこえて(シングアウト)」の練習で盛り上がった。前回と同じく三曲だが、これ位のボリュームが丁度良いそうだ。


 二曲目は教えて良いのかという意見もあったけれど、浅野がどうしてもとやりたいと言い張ったらしい。民謡ではなく赤い鳥バージョンでやるそうだ。エリナさんとハンスさんも特に変な顔はしなかったので、大丈夫だろう、多分。


 歌を聞いていて思い出したのだが、初めて聞いた時には出だしの「もりもいやがる」の「もり」を「守り」ではなく「森」と勘違いして意味不明だと考えていた。素直であほな自分が懐かしかった。


 浅野が「見本が出来たよ」と言って、シャンプーやリンスのラベルを預けてくれた。女神様が了解してくれたらいいのだが・・・。


 教会に着いたので、まずは本堂にチェンバロを設置した。シスター達に事情を説明してから、冬梅と一緒に女神の森に向かう。護衛として小山が付いてきてくれた。馬車は環状線を南に向かい、南の大通りに出たら左折し、そのまま南門を目指す。


 南門を出てまっすぐ進むと右手に大きな森が見えてくる。女神の森だ。いつもの道路わきに馬車を止め、護衛の騎士二人はこのままここで待ってもらうことにした。


 竹のゾーンを抜けると頭上を覆いつくす葉っぱで出来た緑のカーテンの下、小山を先頭に湖に向かってゆっくり歩く。葉っぱのカーテンが徐々に薄くなり、木漏れ日が増えてくると、湖に着いた。


 アイテムボックスから置台を出して供物を並べていく。今日は、いちご大福が三十個と眷族&妖精さん用に焼き菓子(クッキー各種とフィナンシェ)の盛り合わせだ。覚悟を決めて声を出す。いつもこの瞬間が一番緊張するんだよな。


「女神様、谷山が参上しました」

 後ろではニ人とも膝まづいているみたい。

 唐突に目の前の水面が盛り上がると、ゆるやかに女神の姿になった。顔は超美形で身体も完璧なプロポーション、おまけに真っ裸なのに、まったく欲情しないのが本当に不思議だ。


「お陰様で湖沼地帯の修行を無事乗り切ることが出来ました。御礼に献上の品を持ってまいりましたので、どうぞお収め下さい」

 女神様はいちご大福を見ると嬉しそうに微笑んだ。


「我が指図した通りの菓子を持ってきたな。それもこの数を用意するとは誠に天晴である。褒めてつかわす。隣は我が眷族への手土産か?」

 女神様はいちご大福を次から次へと一口で食べながら聞いてきた。


「はい、眷族の皆様と森の妖精さんへのお土産でございます」

「いつもながら殊勝な心掛けよのう。ものども、タニヤマの手土産じゃ。遠慮なく受け取れい」


 この時にはいちご大福は完食されています。早食い&大食い選手権に出場しても余裕で優勝しそうだな。女神様の言葉が終わると同時に湖から無数の透明の手が、森からも妖精さん達が蜂の群れのように押し寄せてきて、大きな竹かごに群がり、ものの数秒で空にした。


「タニヤマの菓子はたいそうな人気だな。我も食したことはあるが、また食べたくなったぞ」

「女神様の分も用意してあります」

 そう言って、帰りの馬車用に取っておいた焼き菓子のセットを差し出すと、女神様は当然のように受け取り、全部まとめて一口で召し上がった。掃除機みたいだな。


「うむ、これもまた美味である。お前の仲間の料理人は健在であるようだな」

「はい、頂いたアイテムボックスのお陰です」

「それにしても苺を使った菓子は驚きであった。生の果実をそのまま餡子と合せるという発想が素晴らしい。果実味・酸味・甘みの均衡が絶妙であるぞ」

「お褒めの言葉を頂き、誠にありがとうございます。平野になり代わって御礼申し上げます」


 女神様は一息入れると俺の顔を見たので、これも帰りの馬車用にとっておいたレモンサイダーをピッチャーで捧げた。女神様は当然のように受け取ると一息で飲みほした。

「これもまた美味である。この地の泡水を使用しておるな」

「さようでございます」


 俺は涙目になりながら返事した。女神様は気にせず続けた。

「お前の仲間は愉快な人間ばかりのようだの。西の湖の主が笑っておったわ」

「西の湖の主って・・・キングタートルのことですか?」


「そうだ。あの湖にここ千年ばかり住んでおる。ロックバードの糞を片付けてくれたので、褒美を取らせようとしたら身体に乗せてくれと頼まれたと笑っておったわ。小さなわらしを乗せてやったら、それはそれは嬉しそうに笑うので、巣に連れ帰ろうとしたら逃げられたと残念がっておったわ」


 俺は気になることを聞いた。

「あの、ロックバードの糞って、直径三メートル位の団子みたいな岩ですか?」

「そうだ、今はお前のアイテムボックスの中に入っておるようじゃな。そんなもの、後生大事に持ち歩いてどうするのじゃ?」


 俺は脱力して倒れそうになるのを必死に堪えた。それにしても糞の大きさが直径三メートルって、どれだけ大きいんだよ・・・。

「おぬしらはいずれ北の山岳地帯に行くのだろう?奴らのねぐらはそこにある。自らの目で確かめるが良いぞ」

 俺は黙って頷くことしかできなかった。女神様は気にせず続けた。 


「まあよい、西の湖の主からも一つよろしくと頼まれたので、菓子の分と合わせて褒美を二つ取らせよう。何か望みはないか?」

 いろいろ予想外のことはあったが、とりあえず望む方向に向かったようだ。俺は後ろの冬梅に合図して俺の隣に引っ張った。


「それでしたら一つはこの冬梅にお与えください。冬梅は俺と一緒に浜辺を掃除してくれました」

「良し」と言った時には既に女神様の透明な手が冬梅の頭をがっしり掴んでいた。そのままずぶずぶと指が頭の中にめり込んでいく。ホラー映画みたいで何度見ても気持ち悪い。


 冬梅の目がくるりと反転して真っ白になった。脱力して倒れかかるのを小山と二人で支える。気絶したみたい。

「召喚のスキルをレベル8まで上げた。かなりの幻獣が召喚可能になるが、自分の本性と反するものを招くと災いとなるので注意せよ」


 この注意は中原と一緒だな。あとで言っておこう。俺は女神の手が伸びる前に話しかけた。

「私の願いを言う前に、これを食して頂けませんか」

 取りだした皿に並んでいるのは焼き鳥の串が十本ほど。もちろん、ウイスキーのロックグラス付きだ。


 女神様は例のごとくを十本まとめて召し上がると、ロックを一息で飲み干した。

「美味なるかな、美味なるかな。このヤキトリなるもの、野趣に溢れていて誠に痛快である。なんじの望みを申してみよ」


 俺は覚悟を決めて話し出した。

「この料理を提供するためには安価で作りやすい串が必要です。そのためにはこの森の竹が最適です。出来れば女神様の結界から竹のエリアを外していただけませんか?」


 女神様は即答した。

「ならぬ。あの竹は南の国から持ち込まれたのだが成長率が高すぎる。野放しにするとどこもかしこもあの竹だらけになってしまうぞ」

 女神様は怒っているみたいだけど、俺はあきらめない。折れそうな心を必死に耐えた。

「何か方法はないでしょうか?」


 女神様は面白そうに笑った。

「我に否と言われても退かぬか・・・。良かろう、その意気をかってお主に特別な力を授けよう。竹の結界のみ立ち入り、竹を伐採する権利じゃ。お主が指定する人間二人までにその権利を与えることができる」


 今度は間に合わなかった。女神の指がアイアンクローみたいに俺の頭をがっしりホールドしている。指がずぶずぶとめり込んでくる感覚が吐き気がするほど嫌なのだが、体は一ミリも動かない。気絶するのをこらえるのが精いっぱいだ。


「我の名を使って竹の伐採権の任命式を行うが良い。三人目を指定すると一人目は自動的に除外される。四人目以降も同様じゃ」

「有難き幸せにございます」

 お礼の言葉を言うのが精一杯でした。もう帰りたかったが、まだ仕事が残っている。俺は浅野から預かったシャンプー・リンス・化粧水のラベルを出した。女神様は不思議そうに聞いた。


「それはなんじゃ?」

「髪を洗い整える薬と、肌を整える薬を作り販売することになりました。恐れながらこれらの薬の名に女神様のお名前をお借りしてよろしいでしょうか?」

「それによって我に何かあるのか?」

 俺は勇気をもってこたえた。


「これらの薬を使用する者は使用するたびに女神様の名を目にし、感謝を捧げるでしょう。そしてやがて女神様は湖の美神、あるいは美の神と呼ばれるようになるかもしれません」


 女神様は大声で笑った。凄く機嫌が良さそうだった。

「良い、良いぞ、タニヤマ。流石は我が見込んだ男よ。全て許す。存分に腕を振るえ」

 何か分からないけど大ヒットしたみたい。これで女神様シリーズの発売が決定だな。俺は密かに胸を撫でおろしたが、これで終わりではなかった。女神様の指が再び俺の頭をがっしり掴んでいる。なんで・・・?


「タニヤマよ、任命権だけでは褒美が足りぬと申すか。まっこと強欲な男よのう。しかし、我は今日は機嫌が良い。お前のスキルも上げてやろうぞ」

 女神様は豪快に笑った。そんなこと私一言も言ってないのですが。あ・・・、指がめり込んでくる。やめてー・・・。


 吐き気と裏返り感と超高速三百六十度ジェットコースターを二回連続で味わうという稀有な経験をなんとか耐えた。今日の仕事はつらかった。泣きながら女神様に礼を言った。

「女神様、ありがとうございます」


 女神様は感慨深げに頷いた。

「泣く程喜ぶとは褒美を与えた甲斐があったな。アイテムボックスのレベルを9に上げたぞ。10まで上げたら限りなく神に近い権能を得られるが、その代わり人間ではなくなるからな。それにしても9に上げてもまだ正気を保っているとは素晴らしい。お前が初めてだ。褒めてつかわす」


 お前が初めてだなんてそんな危険な事、まったく望んでいなかったのですが・・・。褒められても全く嬉しくありません。いい加減、俺で人体実験を重ねることはやめて欲しい。だが、そういう事は一言も言えないのだった。


 呆然とした俺に女神様は追い打ちをかけてきた。

「西の湖を掃除したのであれば、我が所領も掃除して貰わねばならん。妖精どもよ、タニヤマを案内せよ」


 森から妖精さん達が飛んできて俺の回りを周回した。北の方向に誘導しているみたい。足を引きずりながら歩いていくと、大木の後ろに木の葉が山のように積まれていた。ざっとみて四トントラック二台分くらいの量がありそうだ。


 あまりの量に後ろで冬梅と小山が息をのんでいる。どうやらこれを始末しろということらしい。俺は何も言わずに落ち葉を全て収納した。地面は大きく窪んでいて四トン二台以上の量があった。


 ここはゴミ捨て場の様な場所になっていて、妖精さん達が落ち葉を拾ってはここに捨てていたらしい。きれいになったといって、大喜びしていた(みたい)。とりあえず女神様の所に戻ると、岸辺には十数種類の果物が山積みになっていた。


「タニヤマよ、大儀であったな。妖精どもが勝手に集めてきおった。褒美として受けとれい」

「重ね重ねありがとうございます。妖精さん達もありがとう」


 妖精さん達は空中でハートマークを作ってこたえてくれた。言葉無しでもなんとかなるもんだな。俺は笑顔で果物を収納した。みかんを収穫するときに使う黄色いコンテナで十六箱くらいありそうだった。置き場所でまた平野を悩ませることになりそうだが、大好きな西瓜(小玉)が入っていたので、良しとしよう。

いろいろありすぎましたが、冬梅君の願いはかなったようです。

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