第118話:再びの冒険者ギルド
鮫と馬があるので、今日も冒険者ギルドに行くことにした。俺はあくまで換金が目的なのだが、昨日と同じく見学希望者が集まった。まるで修学旅行だな。集まったついでに、洗浄が終わった手裏剣を皆に返した。
昨日行ったけど物足りなかったというのが平井・鷹町・浅野の三人、昨日行けなかったからというのが洋子・初音・花山・佐藤・志摩・千堂の六人、浅野のお供の木田・楽丸と俺を加えて全部で十二人!目立つのは嫌いなんだけどな。
今日も同行するというイリアさんが遠慮がちに聞いてきた。
「今回、皆様は本当に力を尽くされたと思います。さぞやお疲れだと思うのですが、明日の孤児達への指導はお休みした方が良いでしょうか?」
俺は念のため浅野の顔を見た。浅野は笑顔でVサインを出した。
「大丈夫です。気を使って頂いてありがとうございます」
イリアさんは安心したようだった。笑顔はないが、目が少し明るくなったような気がする。
そういえば、明日教会に浅野が指導に行くついでに、俺が女神の森に行くことについてお願いしておこう。イリアさんの返事は、
「それは浅野様のためになることでしょうか?」
「もちろんです」
これだけで了承してもらえたのは少しびっくり。
馬車に乗ろうかというところで、利根川がやってきた。
「日曜日なんだけど、良ければ冬梅を貸してくれない?ヘケトや水草をいくつか採取したいのよ」
湖沼地帯をうろうろするには河童の力が必要らしい。そのためには冬梅が、ということだな。三平も一緒に行くそうだ。釣り足りなかったんだろうな。俺はその場でパーティのメンバーに確認した。遠征に出ることは誰も考えていなかったので、冬梅の判断に任せることにした。冬梅はしばらく考えてから了承した。
馬車はのんびり王都に向かって走る。俺は西の門に着くまで洋子から説教された。俺は少し目を離すとどこかにふらふら行きそうで、とにかく心配なのだそうだ。
昨日と同じく一号車と二号車は冒険者ギルドへ向かった。到着して馬車を止めると裏口から解体場に入る。キングメタルクラブの解体は完了したみたいで、残っていたのは隅に置かれたテーブルの残骸と蟹独特の匂いだけだった。
真ん中には事務用みたいな小さなテーブルと椅子が一つ。相変わらず殺風景な部屋だ。入口に背を向けて、でかい男が椅子に座っていた。広い背中には「疲れた、眠い」という文字が浮かんで見えた。
「お疲れのようですな」
のんびりした伯爵の呼びかけに振り返ることなくイントレさんはこたえた。
「誰のせいだと思っているんだ。こっちは寝ずに作業して、たった今掃除が終わったところだ」
「それはそれはご愁傷様。申し訳ないのですが、また買取をお願いしますぞ」
イントレさんはギギギギと音がしそうなほど錆びついた動きで振り向いた。
「また手前らか。うん・・・?昨日と違う奴が混じっているな」
イントレさんの視線が花山にとまった。
「ちょっとは腕っぷしが強そうなやつもいるじゃねえか。よし、出してみろ」
イントレさんはそう言いながらテーブルと椅子を片付けた。学習したみたい。
それでもウオーターシャークには驚いたようだった。
「ウオーターシャークか!八メートルの超大物じゃねえか。それに鮮度もいい。これなら生でもいけるぞ。おい、何をしている。お前ら、起きてきやがれ!」
イントレさんが叫ぶと、隣の部屋から寝ぼけ眼の男たちがばらばら出てくる。ウオーターシャークを見て目が覚めたみたいだ。俺は続けて想馬灯を出した。
「これは想馬灯か。こんな希少な魔物をどうやって仕留めたんだ?あれ、尻尾はどうした?」
「尻尾はこっちでも使い途がありますんで・・・」
俺の返事にイントレさんはがっくり肩を落とした。利根川が不敵な顔で笑った。鑑定持ちの錬金術師がいるから仕方ないだろ。俺は続けて話した。
「肝油の半分は持って帰りますんで、これに入れてください。食用の肉も十キロだけ分けてください」
予備のマジックボックスを差し出すと、イントレさんの肩がさらに下がった。
「ひよっこと思っていたが、物の値打ちを少しは分かっているみたいだな。尻尾と肝油は、使いこなせないと思ったらすぐに持って来いよ。買い取ってやるから」
イントレさんは手元にあった紙に殴り書きすると渡してくれた。相変わらずまったく読めなかった。
俺達は表に回った。修学旅行で生徒を引率している先生の気分で玄関の扉を開ける。中に入るとギルドは一瞬で静かになり、ひそひそ声が聞こえてきた。
「奴らだ」
「奴らが来た」
「馬鹿野郎、目を合わせるんじゃねえ」
「女ドワーフがいるぞ」
「蛇女はいねえ」
「あのでかいのは誰だ?」
「人外のアイテムボックス持ちはどいつだ」
なんだか僕たち危ない人と思われているようです。涙が出そう。俺は出来るだけ平静な顔をしてサンドラさんの前の行列に並んだ。なぜか前に並んでいた人全てが順番を譲ってくれた。仕方がないので一番前に行き、紙きれを差し出す。サンドラさんはため息をつきながら受け取った。
「あんた達、当分は噂の的だよ。あきらめな」
「しかたないです。それより昨日のように金貨一枚で先輩方にエールと食い物を振舞いたいのですが」
「いいのかい?まあ、あんたらにしちゃはした金だろうけど・・・」
俺は黙って頷いた。
サンドラさんは大きな声で叫んだ。
「ジョーイ、ろくでなし共にエールを一杯ずつ、それとテーブルごとに大皿でパンと串焼きを出しな。タニヤマの奢りだよ」
続けて伯爵が叫んだ。
「ウオーターシャークと想馬灯の討伐祝いですぞ」
ギルド中が歓声に包まれた。現金なものだな。それにしても昨日も金貨一枚だったぞ。粗相の始末があったとはいえ、ぼられたのかな?
精算が終わるまでカウンターからみんなが何をしているか見ていると、掲示板を見る者、酒場のカウンターに行く者、テーブルに座って席を確保する者、それぞれ分担しているみたい。長居するわけにはいかないので、「飲み物だけ」と事前に言っていたことを守ってくれたようだ。
ウオーターシャークは金貨百枚で、想馬灯は金貨三十枚で引き取ってくれた。ウオーターシャークは特大であったこと、魔石も大きかったこと、鮮度抜群で肉まで食用に売れること、皮が素材として上質であること、内臓・骨・血・脂まで活用でき、特に牙と肝油が貴重であることで超高額になったそうだ。魔物でも鮮度って大事なんだな。
想馬灯は尻尾があればこれも金貨百枚で引き取ってくれたらしい。今回は尻尾無しだが、希少な魔物で高価な素材となるので、この金額になったそうだ。元々、水系の魔物は討伐が難しいので、難易度の分だけ陸系の魔物より高額になるそうだ。
どちらの代金も俺達の口座に振り込むよう依頼した。肉と肝油の入ったマジックボックスも受け取ったので、俺もテーブルに着いた。肉だけ俺のアイテムボックスに移すと、利根川に肝油の入ったマジックボックスを渡す。
利根川は笑顔で受け取ったが、何が出来るのだろうか。化粧品関係?それとも健康食品か?
生ぬるくて水っぽいエールで乾杯する。みなそれなりに満足したような顔をしているので、良かったのかな。さあ、帰ろうか。
玄関の外ではイリアさんが顔をフードで隠して待っていた。なんとなくではあるが、本当は中に入りたかったんじゃないかな、と思った。今度来るときは誘ってみよう。帰りの馬車の中ではいろいろな感想が出た。
「何の匂いか分からないけど臭かった」
「思ったよりトイレがきれいだった」
「昼間から普通に酒飲んでる」
「たいして強そうな奴はおらんかった」
「エールが水っぽくてまずい」
「食い物もまずそう」
「うるさかった」
「頭悪そうなのが多かった」
「エルフもドワーフもいなかった」
「将棋や囲碁が売れるかも」
エールと食い物には同意するが、多分あれがこの世界の標準だと思う。俺たちはきっとめぐまれているのだ。宿舎に着いた時には八時を回ってた。商業ギルドとの打ち合わせを準備しよう。
冒険者界で一気に有名人になったようです。