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第116話:想馬灯

ブックマークありがとうございます。

 食後の紅茶を味わいながらのんびりしていると、急に日差しが陰った。肌寒さを感じるほど気温が急低下し、頭上を見上げると灰色の雲が空を覆っている。湖から牛乳のように白い霧が壁のように押し寄せてきて、俺達をすっぽりと包み込んだ。


 ニメートル離れたら顔も見えなくなるような濃密な霧だった。同時に波の音も話し声も鳥の鳴き声も何もかも聞こえなくなる。不自然なほど静かな世界。何よりおかしいのはこれだけ回りが急変しているのに、俺自身の警戒のスイッチが入らないことだ。


 その理由は、霧の向こうから聞こえてくる小さな声にあった。懐かしい声、聞きたかった声、待ち望んだ声、なのにある時から聞こえなくなった声が段々と近づいてくる。

「たかし・・・たかし・・・たかし・・・」

 俺はその声が俺の名前を呼んでいることに気がついた。


「行かなくちゃ」

 俺の声が遠くで他人が喋っているように聞こえた。洋子が俺に向かって何か一生懸命話しかけているが、何も頭に入らない。俺は洋子の腕を振り払うと、俺を呼ぶ声に向かって走り出した。


 白い霧の中を声を頼りに夢中で走る。足元で水の音がすると同時に誰かとぶつかった。

「痛い!」

 俺は羽河を助け起こしながら謝った。

「ごめん」


 羽河はびっくりしたような顔で俺を見た。

「たにやん、なんでこっちに来たの?」

 俺は正直にこたえた。

「母さんの声が聞こえたんだ。羽河も?」


 羽河は目を見開きながら大きく頷いた。

「私も。お母さんとお父さんの声が聞こえたの。私を呼んでいたの」

 俺と羽河は声も出せずに見つめあった。


 豪・・・雷鳴と共に突風が吹いた。一瞬にして波打ち際から湖の半ばまで霧が晴れた。残っている真っ白な霧の壁を突き抜けて一頭の黒い馬が飛び出した。サラブレッドより一回り小さな馬は湖の上を軽やかに走ってくる。


 血のように赤い目をした黒い馬は、おそらくこの世のものではないのだろう。鏡のように平らな湖面の上を走っているだけじゃない、左右に揺れる尻尾がランプのように明るい金色の光を放っている。そして、馬にまたがっているのは・・・。


「お母さん」

「お父さん、お母さん」

「お父さん」

「お母さん」

・・・・・・・


 大小高低様々な声が重なった。俺は回りを見渡して、羽河以外にもたくさん仲間がいることに気がついた。

 平井、花山、江宮、藤原、冬梅、夜神、浅野が俺達と同じ目で、期待と不安に溢れた目で馬上の人物を見つめていた。

 あの人は誰の母さん、あるいは父さんなのだろうか。


 黒い馬は俺たちの目の前に着くと、湖面を左右に長い8の字状にゆっくり歩いた。誘っているようにも、迷っているようにも見える歩き方だった。馬上の人は下を向いているのか、顔がはっきり見えないのがなんとももどかしい。


 俺はたまらず馬に向かって歩き出そうとして止まった。誰かが俺を背中からきつく抱きしめている。振り返ると洋子だった。

「勝手にいなくなったら許さないんだから」

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった洋子の顔を見たら頭が冷えた。


 俺は馬に向かって声の限り叫んだ。

「お前は誰だ!」

 俺の剣幕に驚いたのか、馬はくるりと後ろを向いた。そして俺は見た。馬の上には誰も乗っていなかった。


 羽河の赤い鞭が飛んで、馬の跳ね上がった後ろ脚に絡んだ。馬はよろけながらも先に進もうとする。そのまま引きずられそうになった羽河の腰に江宮が抱きついた。俺は叫んだ。

「花山、頼む!」


 花山は何も言わずに湖の上を走って馬の首を引っ掴むと、問答無用で岸まで引っ張ってきた。犯人を連行する刑事みたいだった。馬が少しでも暴れようとすると、容赦なく首を締めあげる。


 砂浜に上がると馬は一回り小さくなった。ポニーくらいの大きさしかない。

想馬灯そうまとうですな」

 伯爵が近寄ってから教えてくれた。


「Bランクの魔物ですが、尻尾の光を媒介に幻影の魔法を使って人の心を惑わせます。直接的な攻撃力はありませんが、ある意味Aランクの魔物より厄介な存在ですぞ」

 俺は心の中で疼く微かな期待を抑えて聞いた。


「馬の上に乗っていたのは幻なんですか?」

 黙ってしまった伯爵に代わってイリアさんがこたえた。

「幻です。想馬灯は人の心に忍び込み、会いたい人・会いたいけれど会えない人の姿を作り出すのです。もしも誘いに乗ってこの馬の背に跨ってしまったら、この世に帰ってくることはありません」


 ゴキ、という鈍い音が響いた。想馬灯の首が直角に折れて、口から血の混じった泡をごぼごぼ吹いていた。花山の顔はいつも通りのポーカーフェースだったが、首に浮いた太い血管が、目を背けたくなるほどの激情をうかがわせた。

 俺は黙って馬の死体を収納した。誰も何も言わなかった。


 豪・・・再び突風が吹いた。空を覆っていた灰色の雲は散りぢりになり、一面の青空に戻った。明るい夏の日差しが一瞬にして湖の上の霧を溶かして蒸発させた。風が、波が、音が、光が一気に戻ってきたが、俺達の回りだけは冷蔵倉庫の中のように暗く冷たい空気に包まれていた。


 重苦しい空気を払おうとしたのか、小山が花山に声をかけた。

「水面渡り、できた」

 今更ながらみんなも気が付いた。確かにあの時、花山は湖の上を歩いていた。花山はようやく嬉しそうに笑った。


 なんだか花山が笑うのを初めて見たような気がする。花山の笑顔は、予想に反して子供の様な可愛い笑顔だった。お陰で場が一気に明るくなった。対抗意識を燃やした千堂が無謀にもチャレンジして、なぜか成功した。


 討伐成功の記念も兼ねて、千堂・小山・花山の三人がそのまま横に並んで踊りだした。湖の神に対する感謝の気持ちを込めた奉納の踊りだそうだ。何を踊るのかと思っていたら東京音頭だった。なんで?


 横で浅野が「みずうみの~ステップで~」と歌っているが、それ絶対違うからな。その時、藤原が湖の沖を指さして叫んだ。

「何か来る!」

 指さした方を見ると、黒くて丸いものがゆっくり近づいてくるが・・・なかなか来ない。なぜかというと、けた外れに大きかったからだ。


「キングタートル!」

 畏怖のこもった声で伯爵が呟いた。甲羅の幅が三十メートル、長さが五十メートルを超える巨大な亀だった。身体がでかいだけではない。生物の格というか、存在感みたいなものに圧倒されてしまった。


 呆然とした俺たちにイリアさんが声をかけた。

「あれはこの湖沼地帯の主です。Sランクの魔物であり、決して手を出してはなりません。怒らせたら我々は全滅です。鋭い牙はドラゴンの鱗を砂糖菓子のように噛み砕き、甲羅はアマンダイトよりも固く、口からは万物を焼き尽くす火炎弾を吐きます。さらに手足を引っ込めると、穴から炎を吹き出して高速で回転しながら空を飛ぶこともできます」


 俺は誰かに言いたかった。それはガメ〇なのではないのでしょうか?

想馬灯も誰を乗せたら良いのか困ったのかもしれません。湖のステップはゼルダです。二回目ですね。ごめんなさい。

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