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第115話:フィフスアタック2

 いつものようにトイレの設置が終わると、伯爵が告げた。

「湖で新しい魔物を一体仕留めること、それが今日の課題ですぞ」

 何がいるのかも分からないのに難儀なことを言いなさる。なんか言い方が年寄りみたいだ。


 昨日、キングメタルクラブを討伐したせいか、砂浜に踏み込んでもマッドクラブもストーンクラブも現れない。波打ち際まで歩いたが、一匹も出てこない。目の前には不気味なほど静かな水面が広がっていた。風も無いので鏡のように空を映している。濃淡のある灰色の雲、切れ目から覗く金色の日差し、切れ切れの青い空・・・。


 待っているだけじゃ何も出てきそうにないようだ。仕方が無いので、待機組から三平を呼んだ。


「いいの?」

 三平は竿を手にしながら聞いた。

「魔物なら一匹でいいんだ。頼む」

「まかせて。一匹といわず何匹でも・・・」


 三平はきれいなフォームで竿を振った。餌も針も付けてないのになぜ釣れるのかさっぱり分からないが、考えたら負けだ。

 投げてから五秒もしないうちに当たりがあった。


「フィーッシュ!」

 砂浜に三平の声が響いた。差したる抵抗も無く岸に寄せられたので、魚、それも小物と思っていたら違った。甲羅の長さが二メートルもある巨大な亀だった。


 砂浜に上がった深緑色の亀は涙を流していた。額には水色の魔石が光っている。ジャイアントタートルという魔物の幼生らしい。こいつを仕留めたら、今日の課題は終了なのだが・・・。いつもは問答無用で殴りに行くヒデまでもが傍観していた。俺は三平を見た。

「リリースしようか?」


 三平は大きく頷いて亀を解放しようとしたが、なぜか平井がストップをかけた。

「ちょっと待って」

「どうした?」

 平井は腕まくりしながら鼻息を荒くしてこたえた。


「決まっているわ。亀に乗って竜宮城に行くのよ」

「は?」

 こいつは一体何を言っているのだ?


「浦島は助けた亀に連れられて竜宮城に行くのよ。サイズ的にも問題ないわ。野原!あんたちょっとそのバットで亀をいじめなさい!フリだけでいいから。そしたら私が助けに入るわ」


 俺は苦笑しながらヒデを見た。ヒデが頷いたので、平井に話しかけた。

「そこまでしなくても大丈夫だと思うぞ。近くに寄って声をかけたら」

 平井は頷くと、芝居気たっぷりに優し気な声で亀に話しかけた。

「もう大丈夫よ。今放してやるわ」


 合図すると、三平は声を上げた。

「リリース!」

 糸が亀の口から外れた。便利だな。平井が笑顔で亀に近づこうとしたら、亀は一瞬でUターンして脱兎のごとく逃げて行った。湖に飛び込むと、あっという間に水に潜っていく。亀が兎のように逃げるってなんだろ?


 昔話(兎と亀)のせいで亀は遅いというイメージがあるが、命がかかっていると違うようだ。後に残されたのは笑顔が固まった平井だけ。

「タイミングが悪い!」


 俺は平井からしこたま怒られてしまった。なぜだ?

 三平の二投目はかなりの手ごたえがあった。大物みたい。波間に大きな魚の頭が見えた。二メートル、いや三メートル級か。しかし、釣り上げた獲物を見て皆、無言になった。


 頭は魚で体は人間というハイブリッドな魔物、マーマンだった。鱗がびっしりついている青黒い皮膚に魚そのものの丸い目。もちろん雄。大きなえらの下は人間そのものの生白い胴体につながっている。


 水中生物なので、衣服は付けていない。フルチンなので、股間には立派な物がぶら下がっていた。女の子達は顔に手を当てて指の間から鑑賞している。マーマンは両手を胸の前で合わせて無言で命乞いをした。三平も無言でリリースした。


 三投目もすぐにヒットした。今度はそれほどの抵抗が無かったので、小物と思ったが違った。波間に見えるのは人間、それも女の顔だった。砂浜に打ち上げられたのはマーメイド、上半身は人間で腰から下が魚という魔物、いわゆる人魚だった。


 人魚は雌。もちろん服は着ていない。砂浜に手をついて上半身を支えているので、オッパイもろ見えでした。人魚はたどたどしい口調で命乞いをした。

「結婚したばかりで、一番下の子はまだ三才です。やっと保育園の認可が下りたんです。なんとか助けてください。お礼にこれを差し上げます」


 人魚がその場で涙を流すと、不揃いの真珠が二個砂浜に転がった。三平は黙ってリリースした。結婚したばかりで一番下の子が三才か・・・事情はよく分からないが人魚の世界もいろいろあるのだろう。人魚は不器用にのたくりながら湖に帰っていった。真珠は目ざとく利根川が回収した。


 三平は四投目を投げた。一呼吸置いてかかったのは河童だった。あの野郎、邪魔しやがって。このままあいつを獲物にしてしまおうか、と思ったら様子がおかしい。大きな黒い背びれが河童を中心に円を描いている。


 河童は必死の形相で砂浜に戻ってきた。後ろから黒い背びれが恐ろしいスピードで追いかけてくる。河童は皮一枚の差で何とか逃げ切った。セーフ!ヒデが片膝をついて両手を広げた。黒い背びれは勢いあまって砂浜に乗り上げてしまった。オーバーランだな。


 ホオジロザメそっくりの巨大な淡水性の鮫、ウオーターシャーク。いわゆる水鮫だった。体長はなんと八メートルほど。でかい。水の中では無敵かもしれないが、ここは地上だ。じたばたあがく鮫を尾上がいなし、一条が一振りで仕留めた。ヒデが右手を勢いよく突き上げて「アウト」を宣告した。なにやってるんだよ。


 顎の下で頭を切り落とした鮫をアイテムボックスに収納した。ウオーターシャークの目と目の間には魔石があったので、こいつも立派な魔物だからこれで課題は完了だ。俺は三平の肩を叩いた。

「ありがとう、もういいぞ」


「いいの?じゃあ好きなのを釣るね」

 三平は満面の笑みでこたえた。そのまま釣り続けたが、キスに似た魚が入れ食いになった。ちなみに最初に釣ったジャイアントタートルはかからなかった。肉は柔らくてうまいらしいので、逃した亀は惜しかったかも。

 

 俺は草地まで逃げた河童の所に行った。横には冬梅が立っていた。俺は河童に聞いた。

「どうして三平の竿にひっかかったんだ?」

「キュウリだ」

「キュウリ?」


 河童によると水の中にキュウリが浮いていたらしい。喜んで咥えると、釣られていたという事だった。なんとなく、太公望の竿の仕組みが分かったぞ。とりあえず、こいつのお陰で水鮫を獲得できたとも言えるので、行きがけに仕留めたキラーフィッシュをやった。


 喜んでバリバリ鱗をまき散らしながら食べている河童を見ながら冬梅に相談した。

「頼みがある」

「何?」

「送り犬を召喚してくれないか」

「何するの?」

「犬にしかできないことを頼みたいのさ」


 レベルアップしたおかげなのか、冬梅は大物でなければ複数同時に召喚できるようになっていたのだ。

「何をさせるの?」

 早速召喚した送り犬を相手しながら冬梅は尋ねた。


 送り犬は柴犬を大きくして野性的にしたような外見だった。既に絶滅した日本狼に近いかもしれない。妖怪豆知識によると、山に仕事に入ると夕方帰るときに里まで送ってくれるそうだ。良い奴なの?

「犬だから鼻が利くだろう?手裏剣を回収するのを手伝ってくれないか」


 冬梅は笑顔で了解してくれた。送り犬は賢かった。二人と一匹で砂の中に埋もれた手裏剣や剣や槍のかけら、つまりは金属物を回収した。ついでなので、砂浜のオブジェじゃないけど邪魔になっている丸い巨岩を片っ端から回収していった。


 なお、昨日尾上がストーンクラブを剣で切っていたのを見たのは幻ではなかった。直径二メートルはある巨岩を気合一発で両断していた。一条も開眼していた。「斬岩剣」と名付けたそうだ。刃渡りよりも長いものがなぜ切れるのだろうか?やめよう、考えたら負けだ。


 百個ばかり収納(専用のフォルダに入れた)すると、見える範囲内だけではあるが、砂浜はきれいさっぱりして、リゾートビーチみたいに輝いて見えた。丁度いい時間になったので、お昼ご飯にすることにした。本当は砂浜のど真ん中で食べたかったが、万が一の危険を考えて草地の隣の砂浜に敷物を広げた。


 今日のお昼ご飯はボリュームたっぷりのピザトーストだった。ピザソースを塗った食パンの上にソーセージ・ベーコン・ゆで卵・各種野菜とバジルのようなハーブを乗せ、チーズをたっぷり重ねて焼いてある。


 お弁当を配布するときに三平に聞いたら、型の良いキスが百匹以上釣れたそうだ。流石だな。いずれ天ぷらで食べられる日を楽しみにしよう。日差しは強いけれど、風に吹かれながら食べるのが気持ち良かった。


 デザートはミルクのジェラートだった。牛乳とはまた違う風味を感じた。食後の紅茶を味わいながら頭の中でアイテムボックスを操作して回収した手裏剣に清浄をかけた。後で皆に返しておこう。投擲型の武器って、後で回収が必要になるのが面倒だな。これで今日のミッションは完了するかと思ったのだが・・・。

後片付けは大事ですね。

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