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第113話:神獣タロウ

 宿舎に着く頃にはすっかり日は西に傾いていた。まずは先生に太郎のことを説明しなければならない。ひとまず藤原と太郎は馬車に残し、一度部屋に戻ってから羽河と一緒に先生の所に行った。


 太郎について事情と要望を説明したのだが、即座に却下された。先生は元々爬虫類が駄目な人だったみたい。けんもほろろというか、取り付くしまもないというか、鉄壁の防御だった。


 建物には入らないこと、外部からの侵入者しか対象にしないこと、夜間警備が万全になることを説明しても、返事はまったく変わらなかった。まあ当然だな。でもこれからが腕の見せ所だ。


「先生、最近魔法陣を描くことが多いでしょう」

 先生は警戒しながらこたえた。

「そうですね。江宮様からちょくちょく依頼を受けます」

「あれって結構細かくて大変ですよね」

「仰る通りです」


 先生が頷いた所で、俺はポケットから今回の切り札を出した。

「それは何ですか?」

「シャープペンシルです」


 ついでに取ってきたリング式のメモ帳の上に線を引いた。

「なんて細く均一な線なのでしょうか。ボールペンも素晴らしかったが、それ以上です」

 先生は驚愕していた。


 俺は次の切り札を出した。消しゴムだ。メモ帳の上の線をさっと消した。

「それは何ですか?」

 先生はシャープペンシルよりも驚いたようだった。


「これは消しゴムです。シャープペンシルで書いた文字は何度でもこの消しゴムで消すことができます」

 俺は何度も書いては消しを繰り返した。先生は言葉も出ないようだった。


 俺は最後の切り札を出した。透明の三角定規だ。真っすぐの線が引けること、直角・六十度・三十度の角が描けること、透明なので下の文字が見えること、目盛りが付いていること、全てが革命的だったようだ。


「先生は私たちにとってなくてはならない存在です。先生のお仕事の負担を軽くするために、この三つの道具をお貸ししたいと思いますが、一つだけ条件があります」

 先生はもう悩み始めているようだ。


「太郎を庭で飼うことを許していただけませんか?」

 先生は目をつむって考え始めた。しばらくして目を開けると、小さな声を出した。

「一度、その道具を試させてください」


 先生は、シャープペンシルと消しゴムと定規をいろいろ試してみた。俺は止めとばかりに替芯を出した。

「今なら、0.5ミリ・硬度Bの三十本入り替芯を無料でサービスします」


 先生には通販番組の真似が冗談として通じなかったので、シャーペンの構造や芯や芯の補充の仕方を説明した。

「素晴らしいです。書いた文字が一文字単位で簡単に消せるのは魔法より優れています。また、この定規も手のひらに乗るサイズに有能な機能を幾つも併せ持っています。何より透明で、目盛りだけ見えるのが最高です。シャープペンシルの構造や芯の細さにもこの世界と隔絶した匠の技を感じました」


 先生は一度言葉を切ると俺の目を見て続けた。

「タニヤマ様はずるいです。このようなものを見せられたら、親の仇であろうと同意するしかないではないですか」

「ありがとうございます」


 俺と羽河は同時に返事した。なんとかなったようだ。なんとなく目線を感じたので、メモ帳もおまけに渡した。

「メモ帳は貸し出しではなくて、個人的に差し上げます」

「このように上質な紙を初めて見ました。貴重なものをありがとうございます」


 先生はことのほか喜んでくれた。使いかけのメモ帳がこんなに喜ばれるとは思わなかった。リング式と言うのがまた珍しかったようだ。良かったな、藤原。善は急げという事で、先生は三年三組の留守番組とこの宿舎で働く人全てをラウンジに集めた。先生の口から太郎を説明してくれるそうだ。


 先生は厳かに話し始めた。

「本日の野外訓練中にフジワラ様は傷ついた神獣タロウ様を発見し、お助けしました。タロウ様はたいそうお喜びになり、今後フジワラ様をはじめとする勇者様ご一行を守護されることになりました」


 一同は大いに驚いていたが、誰も嘘とは思っていないようだった。神獣という設定で通じるものなのだろうか?


「今後、お庭は神域となります。仕事や用事が無い限り立ち入ることは禁止です。断りや事情もなく神域に入ると天罰を受けます。ご用心なさい。それではタロウ様がお通りになられます。皆、ご挨拶を」


 先生の合図で太郎をぐるぐる巻きにした藤原が入ってきた。皆は神獣が黒蛇であったことに驚いたが、慌てて頭を下げて道を開けた。藤原は集まった人全ての人の匂いを太郎に嗅がせてから廊下に去っていった。このまま庭に行くのだろう。


 俺は慌てて藤原を追いかけた。庭に出てから声をかける。

「とりあえず池の金魚は食べるの禁止。果樹園と菜園の野菜果物も禁止な」

 後から追いかけてきた小山がこたえた。

「大丈夫。私がちゃんと教える」

 小山のこの自信はどこからくるのだろうか?とりあえずまかせた!


 ラウンジに戻ると、カウンターから呼ばれた。

「雑貨ギルド様がお見えです」

 少しばかり忙しすぎるぜ。


 会議室とお茶の手配、そして平野と江宮を呼んでくるよう頼んでいると、重そうな箱を抱えた従者四人を連れてニエットさんがやってきた。

「お待たせしました。納品に参りましたぞ」


 とりあえず会議室に移動して、平野と江宮に一人用の耐熱皿・卵焼き専用フライパン・泡だて器・メスティンの検品をしてもらった。

 次にニエットさんが取りだしたのは一人用の耐熱皿とメスティンの契約書の別紙だった。前回と同じ仕様なので、署名入りを二枚持ってきている。


 羽河を呼んで、別紙をチェックして問題なければサインするように頼んだ。丁度平野達の検品が終わった。

「問題ありません。検収完了とします」

 平野の言葉にニエットさんは嬉しそうに笑った。いつも通り、お代は全て王家に請求するとのことだった。


 最後にニエットさんが取りだしたのは、ラーメン丼・丼・マグカップ・ワインボトルの見本だった。ラーメン丼・丼・マグカップは平野が、ワインボトルは江宮がチェックする。ラーメン丼にはちゃんと雷文(中国伝来の模様)が入っていた。


 平野はOKだったが、江宮からは幾つか細かい注文がついた。なんとかギリギリ合格と言う感じ。平野は各五十個、ワインボトルは三十本注文した。ニエットさんの顔が少し残念そうだった。相当の自信作だったみたい。平野は豪快肌で、江宮は繊細なのかな?


 ちょっと微妙な雰囲気になった所に羽河が契約書の別紙一枚を持って入ってきた。

「問題ありません。署名してきました」

 ニエットさんは署名を確認すると笑顔で鞄にしまった。席を立とうとしたので、蒸し蟹を五杯出した。


「これはマッドクラブの上物ではないですか!それを五杯も」

 びっくりしたみたい。

「たくさん取れたのでお裾分けです。蒸してあるのでどうぞお持ち帰り下さい」


 ニエットさんは最初は遠慮したが、従者からの無言の圧力を感じて受け取ってくれた。納品用の箱が蟹臭くなるかもしれないが、まあいいだろ。雑貨ギルド一行はニコニコしながら帰っていった。


 雑貨ギルドが出て行ってから俺は平野と羽河に提案した。

「今後、平野が頼みたいものが出来たら、俺を通さずに直接ニエットさんに頼むということでどうだろうか?」


 平野は少し考えてから返事した。

「いいけど、自分とこでも売りたいと言っていたらどうするの?」

「その時は俺か羽河に相談するという事でどう?」

「分かった。まかせて」

「おう、頼んだぞ」

 これで少し楽になるかなあ。


 平野と江宮が引き上げた後、羽河と少し雑談した。二人きりで話す機会は貴重なのだ。まず太郎の話になった。

「ラウンジでの先生の話は凄かったな」

「そうだね。神獣とか全然考えつかなかったわ。ああいう説得の仕方があったのね」

「この世界ならではの論理と説得力だな」

「本当にその通り。神話がリアルなんだね」

「神話って何なんだろうな?」


「先生が言うには、通常は人に懐かない魔獣と人語を介してコミュニケーションが取れるだけで、それはもう神獣と呼んでおかしくないんだって」

「そういうものなのか・・・。神獣って何なんだろうな」

「確かに先生の神話も凄かったけど、たにやんも十分凄いと思うよ。たまたまペンケースの中に入っていた文具だけで、こんな難しい話をまとめてしまうんだもの」

「運が良かったのさ」


 羽河は納得していないみたいだけど結果よければすべて良し、ということにしよう。次に話題になったのは平井だ。

「赤目と赤髪になったのは本人の意思ではないみたいだな」

「無意識で変身しているなら厄介ね」

「狂化するわけでもないからほっといてもいいかな?」


 羽河は少し考えてから返事した。

「気になることがあって・・・」

「何?」

「あの後から護衛の騎士や教会組が平井さんを見る目が変なのよ。畏怖や崇める気持ちはもちろんあるんだけど」

「キングメタルクラブを一撃で倒したんだ。一目置くだろ」

「それだけじゃなくて、恐怖や拒絶のような負の感情も感じられるの」


 確かに俺も差別のような空気はうっすら感じていた。

「何が原因なのかな?」

 二人で考えたが何も思いつかなかった。


 最後は藤原の話になった。

「一生懸命で良い子なんだけど、ちょっと危なっかしいわよね」

「俺もそう思う。あいつ怖くないのかな?」

「監視じゃないけど、回りの人間が注意して、必要な時はブレーキをかけるしかないわね」


 今すぐ解決することでもないので、話はここでひとまず終了。俺は羽河が去った後でため息をついた。風呂に入って飯食って何でもありすぎた今日を終わらせよう。そう思っていたら、ラウンジで江宮が待っていた。


「ワインのラベルの複製ができたぞ」

「おお、相変わらず仕事が早いな」

「そっちこそ。カウンターで魔石を受け取ったぞ。例の奴は魔法陣が出来上がったら組んでみる」

「楽しみにしてるぞ」

「まかしとけ!」


 江宮は笑顔で部屋に戻っていった。俺は利根川を探して、江宮から受取ったラベルを預けた。追加が必要な時は江宮に頼むようにお願いした。

「ボトルはできたの?」

「悪い、もうちょい時間がかかる」


 一通り用事は終わったので、ラウンジのカウンターで頼みごとをした。木工ギルド宛ての発注だ。喜んでくれるといいのだが。


 今日の晩御飯はサーロインステーキだった。三百グラム級の特大サイズだったが、ヒデや花山などお替りする勇者もいた。女の子もペロリと完食していたのが意外だった。それだけ今日は大変だったのかな。


 わざわざ藤原がやってきて今日の礼を言ってくれた。先生の許可が降りない可能性を考えて不安だったらしい。ドラゴンに乗れるようになったら、一番最初に俺を乗せてくれるそうだ。高いところは苦手なんだけど、良かった。


 デザートはなんと「えびせん」だった。ジャイアントロブスターの殻を細かくつぶしてせんべいにしている。サワークリームを添えているのが平野流か。先生がにこにこしながらエールを飲んでいた。


 食後、気になったので、サーロインステーキを食べ残した奴がいないかチェックしていると、志摩と浅野もテーブルを見回っていたので、声をかけた。

「食べ残したやつはいなかったか?」

「いや、こっちは大丈夫だった」

「こっちも大丈夫」


 三人で顔を見合わせてから思わず笑ってしまった。

「何をやっているんだろうな、俺達」

「迷信とはいえ気になるだろ」

「迷信じゃないよ、フラグだよ」


 野田が話しかけてきた。

「三人とも何やっているの?」

「いや、なんでもない。それより楽器の方はどうだ」

「職人さんと打ち合わせ中。もう少ししたら、この楽器を工房に運び込んで改造に入る予定だよ。リュートも伊藤が打ち合わせている」

「出来上がるまでチェンバロの演奏が聞けなくなるな」

「大丈夫、その間はボクの部屋のを持ってくるから。その時は手伝ってくれる?」

 俺が断る訳が無い。


 平野に今日のお供えを頼むついでに、キングメタルクラブの蟹肉と蟹味噌をそれぞれ樽一杯渡した。アイテムボックスに入れた時に、それぞれ樽一個分だけ分けていたのだ。平野が喜んでくれたので、頑張った甲斐はあったのかな?


 俺はえびせんを食べて思いついたアイディアを平野に相談した。平野は踊りながら喜んでくれた。早速試してみるそうだ。準備できたら声をかけるとのこと。狙い通りいくかどうか分からないが、うまくいけば革命が起きるな。


 今日のお供えはえびせんのサワークリーム添えとレモンサイダーだ。たまにはこういうのもいいだろ。「明日は無事でありますように」と祈ったが、返事はなかった。

太郎君は神獣になってしまいました。古代から日本でも蛇はキツネなどと共に神の使いとされることがあるから良いよね。

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