第111話:初めての冒険者ギルド1
気が付いたら馬車は西門の前で止まっていた。冒険者ギルドに行く組と、そのまま宿舎に戻る組に分かれるようだ。俺と同行している藤原以外で冒険者ギルドに行くのは、ヒデ・平井・工藤・羽河・小山・鷹町・浅野・木田・楽丸の九人だ。木田と楽丸は浅野のお付きだな。
九人で一台の馬車にまとまり、残り二台はそのまま宿舎に戻る。教会の馬車は冒険者ギルドに同行するとのこと。
九人で一台は狭すぎると思ったのか、小山が俺の馬車にやってきた。
「大丈夫か?」
小山は気丈に頷いたが、かなり緊張しているみたいだ。太郎も警戒しているのか、藤原の陰に潜んでいる。
何を思ったのか、小山は懐から小皿を取りだすと、竹製の水筒から液体を注いで太郎の前に置いた。太郎はひょいと顔を出すと、小皿の匂いを嗅ぎ、いきなり舌でなめ始めた。よほどおいしかったのか、あっという間になめてしまった。もうないの?と言わんばかりに小山のそばに寄っていく。
匂いからすると梅酒か?小山は太郎の頭を撫でながら薄く笑った。
「ヤマタノオロチの話を思い出した。神話は偉大」
流石は小山だ。餌付け完了だな。
「私が警備を仕込む」
これで太郎は居場所を確保できるかもしれない。元々蛇は夜行性で匂いと音に敏感で夜目も効く。もしかすると赤外線もいけるかもしれない。夜間の警備主任としては最適ではなかろうか。
西門から入り、西の環状線と西の大通りの交差点で左右に分かれた。一号車(俺&藤原&小山)と二号車(八人の物好き)は右へ、三号車と四号車は左に向かう。いつぞやの大市場の隣を過ぎ、南の大通りを渡り、東の環状線の左側の角にあるのが、冒険者ギルドだ。黒っぽい石造りの建物で五階建ての大きなビルだった。儲かっているみたいだな。
裏に回って馬車を止めると俺は覚悟を決めて伯爵の後に続いた。俺の後には九人の物好きが続く。九人の先頭は平井だ。緊張しまくっている俺と反対に鼻歌が聞こえそうな楽しそうな感じ。伯爵はなぜか玄関にはいかずにそのまま裏側の入口に入った。
二階まで吹き抜けになった天井の高い部屋だった。広さも三十メートル四方ある。傷や染みが無数に付いた大きなテーブルが、中央に一つ置いてあるだけの殺風景な部屋だった。
灰色の石の床も、血の跡みたいなのが所々こびりついている。床はガソリンスタンドのように僅かに傾斜していて、まるごと水で洗い流せるようになっているようだ。隣の部屋は控室になっているみたい。
茶色のつなぎの様な服を着たでかい男がテーブルの前の椅子に座っていた。白髪交じりの灰色の短髪に薄い水色の眼、顔中髭だらけだ。背中をテーブルの端に預けてうさんくさそうな目で俺たちを見ている。伯爵が声をかけた。
「イントレ、大物を持ってきましたぞ」
でかい男はしわがれた重い声で返事した。
「久し振りだな伯爵、後ろのひょっこ共は誰だ?」
伯爵は振り向いて俺たちを紹介した。
「彼等こそ世界を魔王の手から救う勇者の一行ですぞ。鍛錬が終われば、このギルドにも足しげく通うことになります。よしなに願いますぞ」
でかい男は顔をしかめながらこたえた。
「最近買い取リの連中が練兵場に通っているのはこいつらのせいか。ご苦労さんなこった。レイジングブルとマッドボアをやったというのは本当か?」
「無論、本当ですぞ」
「正直信じられねえが、まだ全員見たわけじゃねえから、ちっとは出来る奴もいるんだろうな。まあいい、大物とやらを出してみな」
大男は立ち上がるとテーブルを後ろ手で叩いた。テーブルは縦四メートル横二メートルで、太い角材と厚さ五センチ位の分厚い板で組んだ頑丈そうなつくりをしている。ここに出せと言っているが、一応断ってから出そう。
「ちょっとテーブルが小さいですが良いですか?」
「構わねえよ」
「それとテーブルからもう少し、出来れば壁沿いまで下がって貰えませんか」
「それほどの大きさの獲物という事か?ひょっこの癖にでかい口を叩くじゃねえか。いいだろう。下がったぞ」
男は右手の壁沿いまで後退した。横の控室みたいな所の扉が開いて何人か覗いている。ここまで言ったからもう良いよね。伯爵を見ると黙って頷いたので、俺はテーブルの上にキングメタルラブを出した。
バキツという音と共に、テーブルはあっけなく潰れた。広くて閑散とした部屋が一気に狭くなった。蟹独特の匂いが部屋の中でむせ返る。改めてキングメタルクラブの断面をよく見ると、背中側の甲羅の厚みは三十センチ以上あった。
まるで第二次大戦の頃の戦艦の装甲版並みだな。これを一撃でたたき割るとか、信じられない。平井の持つ力がどれだけでたらめか、改めて思い知らされた。
「なんだこれは、キングメタルクラブ、それも超大物じゃねえか!」
男は叫んだ。うるさかった。頭を両手でガリガリ掻きむしり配下の男達を呼びつけると矢継ぎ早に指示を出している。静かだった解体場は一気に活気にあふれた。
「てめえら死ぬ気で働け、今年一番の大商いになるぞ」
伯爵は笑いながら男に近寄った。
「買取の見積もりを頼みますぞ」
男は頭を左手でぐしゃぐしゃに掻きむしりながら、そこらにあった紙に何かを書きつけて伯爵に投げ渡した。
「受付のサンドラに渡してくれ。ついでに何かあったら俺が責任を取ると言ったと言ってくれ」
伯爵は紙を見て目を丸くしたが、黙って俺に渡してくれた。一応見てみたが、字が汚くてまったく読めなかった。
そのまま挨拶も無く俺たちは解体場を後に玄関に向かった。歩きながら伯爵が説明してくれた。
「あの男はイントレと申しましてな、吾輩が駆け出しの冒険者だったころからこのギルドにおります。その昔は凄腕の冒険者だったそうですが、魔物の暴走に巻き込まれて大怪我を負い、引退しました。しかし、解体の技術や目利きの確かさを見込まれて、このギルドの解体係となったのですぞ」
俺たちは表側にある玄関に回ると、石段の上にあるギルドの扉を見つめた。剣と杖がXの字の形にクロスした紋章が入っている。さらに緊張感が高まる俺・・・。と、背中を突つかれた。平井だった。
「どうした?」
「冒険者ギルドに入るのに素手じゃカッコつかないわ。あの斧を出してよ」
俺は黙って戦神の斧を渡した。かえってアンバランスに見えると思うんだが・・・。平井は笑顔で斧を肩に掛けた。
平井さん、気合が入っています。