第108話:フォースアタック2
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さすがに今日は二本の壁の間にマッドクラブは潜んでいなかった。俺達は突入前に軽く打ち合わせをした。現在の所、一人でストーンクラブと対応可能なのは、ヒデ、花山、楽丸、江宮、千堂の五人だ。
戦神の斧を持てば平井も一人でやれるのだが、今日は剣で戦うので無理はやめることにした。平井を含め残り四人は当事者で話した結果、平井と青井、尾上と一条の各二人でペアを組むこととした。
作戦としては、前衛はチームを分けることなく常に一人が壁の出口の前で戦い、一匹倒したら次の人と交代することにした。ストーンクラブにはチームワークが無く、集団戦闘の概念が無いから通用する作戦だ。一騎打ちを永遠に続けるといえばイメージしやすいかな。
この体制にシフトした、もう一つの理由は、人によっては一人または一組の方が自由に戦えるというか、フットワークを生かせるからだ。前衛は以下に変更した。
前衛:ヒデ、平井&青井、花山、楽丸、一条&尾上、江宮、千堂
後衛:谷山、志摩、工藤、小山
壁の防御:鷹町、初音、利根川、羽河、木田、洋子
待機:冬梅、夜神、佐藤、藤原、三平、浅野
待機組の護衛:ロボ
討伐はトップバッターのヒデから始まった。ヒデが砂浜に一歩踏み出すとストーンクラブが続々と海から上がってくる。やっぱでかいなこいつら。昨日と同じくストーンクラブが出てくるとマッドクラブは出てこなかった。
ヒデが野生のカンとパワーで押し切ってしまうと、剣士と盾役というある意味最もオーソドックスな組み合わせである平井と青井のペアに代わった。昨日との違いは平井が持っているのは剣だったことだ。一撃必殺の戦神の斧は俺のアイテムボックスの中に入っている。
どういう戦い方をするのか注目していると、平井は無理して攻めることなく、盾役とのコンビネーションで相手の隙を見て着実にダメージを与えていく。消耗とリスクが少なくクレバーな戦い方をしていた。平井って意外と理性的なのだと見直した。
花山は盾の技術がさらに向上したようで、爪の攻撃を受けても後ろに下がらなくなった。そのまま鞭に体重を乗せて真上から叩き込む。たったの三発で甲羅が割れた。圧倒的なパワーだな。
楽丸は反対にスピードとフットワークでストーンクラブを翻弄した。爪を振れども振れども余裕綽々でかわしてしまう。いらだって大振りになった隙に、槍の柄ギリギリ端を持ち遠心力で重さを増した一撃を爪の下あたりに叩きこむ。たまらず姿勢を崩した相手の急所を突いて勝負はついた。
剣士と剣士という異色の組み合わせである尾上と一条のペアはフットワークと息の合ったコンビネーションで相手の攻撃の的を絞らせない。爪を振り上げたタイミングで一条が飛び込み、爪の下の関節を切り飛ばす。のけぞった隙に正面から尾上が踏み込んで仕留めた。なんか、甲羅を切ったような気がする。
最も短時間で勝ったのは血のように紅い槍を持つ江宮だった。どういう仕組みなのか分からないが、槍の真名を開放することによって、相手の心臓に突き刺さるという結果が投げる前に確定するのだそうだ。
はっきり言って意味が良く分らないのだが、因果(結果と原因)が逆転しているのだろう。相手の死が確定することによって、投げる行為が必然になるということか。やっぱわからん。とにかく一撃で仕留められるのは凄いと思う。
あらゆる物理法則を無視して己が身体だけで十倍以上の体重を持つ相手を圧倒するのは千堂だ。ステップやフットワークだけでなく、パーリングやウェービングを使って、相手の攻撃をかわし、正面の感覚器(目や触覚)を順番に潰していく。最後は豪快な前蹴りでひっくり返してからの一撃で勝負あり!
一匹倒すのが一分から三分というハイペースで討伐は順調に進んだ。二回り終わった所でポーション類を補給するが、特に問題はなさそうだ。四回り終わって再びポーションを配給しながら、今日の課題は達成できそうだなと思った俺が甘かった。
五回り目に入りヒデが二十九匹目を倒した所で、ストーンクラブが一斉に退却しだした。文字通り泡を吹きながら先を争うように左右に分かれて湖に逃げていく。何があった?異変を感じた俺たちが警戒していると、波打ち際から五十メートル程沖の水面が二つに割れた。黒光りする巨体が水を噴き上げながら現れる。
残念ながらクジラではなかった。甲羅の幅が幅十メートル、体高五メートルを超える巨大な蟹だった。傍にいる護衛の騎士が呆然とした顔で呟いた。
「キングメタルクラブ・・・」
全身黒光りする金属製の巨体を上下に揺らし、水を押し分けながら悠然と迫ってくる。左右の爪の長さは三メートルはあるだろう。まるで怪獣映画のゴジラ登場のシーンみたいだ。
「撤収」と叫ぶ前にヒデが走り出した。雄たけびを上げながら全力疾走し、波打ち際で大ジャンプする。体重と勢いを乗せた一撃は左の爪の一振りであっさりと弾かれてしまった。数十メートルもぶっ飛ばされ、砂浜をごろごろ転がっていく。気絶しているようだ。
まずは俺の横で戦況を見つめていた冬梅に頼んだ。
「一反木綿を召喚してヒデを回収してくれ」
「わかった」
一反木綿は冬梅の指示に従い、砂浜の上をするすると優雅に飛んだ。これでヒデは大丈夫かな。
キングメタルクラブはいよいよ波打ち際から砂浜に上がってきた。ここからが勝負だ。ダメ元を承知の上でアイテムボックスに保管している樫の木の原木を十五本、キングメタルクラブの真上から縦に落とした。ゴゴゴゴゴゴゴゴとツーバスのバスドラムを十六分音符で連打する様な重低音が響いた。ヘヴィメタルのドラムスみたい。
十五本とも全て命中。甲羅にぶつかった原木はぶつかった後、少しバウンドすると左右に分かれて砂浜に落ちた。巨大な鉄板をこれまた巨大な木のばちで叩いたようなものだろうか。
根元の直径一メートル、長さ十メートル以上の原木だから、一本当たりの重さは四トンはあるだろう。十五本の総重量はおそらく約六十トン、普通の生物なら潰れてしまうのだが、キングメタルクラブは普通じゃなかった。
見た限り甲羅には傷一つついていないようだ。名前の通り、金属製なんだろうな。キングメタルクラブはいったん立ち止まりはしたものの、縮めていた足を延ばし、砂交じりの水を噴き上げて威嚇した。怒っているみたい。
俺は江宮に聞いた。
「いけるか?」
江宮は首を振った。
「俺の魔力ではあいつに届かない」
次に利根川に叫んだ。
「ナパームは残っているか?」
利根川も叫んだ。
「昨日で在庫切れよ」
俺は覚悟を決めてアイテムボックスから戦神の斧を取りだした。目の前には既に平井が待っている。
「すまん、お前しかいないんだ。やってくれるか」
平井は満面の笑顔で斧を受け取った。炎のような魔力が平井の全身から吹きあがってくる。真っ赤な瞳の中でまばゆいように明るいオレンジ色の炎が渦巻き、髪が燃えるような真紅に染まった。なんだこれは?
「いくわよ」
せっかくだからそれはやめて欲しかったが、遅かった。少し残念。ヒデも無事ぐるぐる巻きの状態で回収されてきた。顔も髪も砂まみれだが、ちゃんと息はある。こいつは後で説教だな。
平井は斧を右の肩に掛けてゆっくり進んだ。キングメタルクラブと五メートルほどの距離をあけて向かい合う。平井は斧を振りかぶると静かに告げた。
「あんたには何の恨みも無いけれどここで死んでもらうわ。私の前に立ったのがあんたの罪よ」
キングメタルクラブは左右の爪を広げ、足を踏み鳴らして威嚇した。砂浜が地震のように揺れた。平井は臆することなく三歩助走すると高く飛んだ。髪の毛から赤い火の粉が飛び散り、火の鳥の尻尾のように見えた。甲羅の倍の高さに達すると平井は叫んだ。
「ブチ壊せ、戦神の斧!」
平井は真っ赤に染まった斧を甲羅の真ん中に振り下ろした。まるでダイナマイトが爆発したような音と衝撃が辺り一面を襲った。巻きあがった砂嵐で何も見えない。突風のような砂煙が収まると甲羅が真っ二つに割れた巨蟹と少女が立っていた。平井は振り返ると静かに微笑んだ。既に目も髪も元の色に戻っている。
「魔力を全部使い果たしたわ。すっからかんよ」
言い終わると目を瞑ったので、俺は走り出した。なんとか倒れる前に抱えることができた。そのままお姫様抱っこして壁まで引き上げた。ヒーロー(ヒロイン)の帰還を皆拍手で迎えた。幸いなことに今回は足を蹴られずに済んだ。
平井は歩いている途中で気が付いたみたいだったが(気を失って脱力している時と、意識がある時では体の抱えやすさが全然違う)、黙っていたのでそのまま草地まで運んだ。草地に上がると、平井も含めて俺以外の全員がレベルアップの反動で悶えていた。
とりあえず一度砂浜に戻って、二つに割れたキングメタルクラブと原木を回収する。原木は「樫」フォルダに入れて「清浄」をかけた。緊急事態だったとはいえ、商品を武器代わりにしたことは少し反省。
まだみんな動けそうになかったので、俺は伯爵の所に行った。
「ストーンクラブを二十九匹、キングメタルクラブを一匹討伐しました」
伯爵は笑顔で課題の終了を宣言してくれた。
平井さんは炎髪灼眼に変身したようです。相変わらずバトルシーンは苦手です。