第102話:サードアタック1
時間になったので外に出ようとすると、ラウンジのカウンターから呼ばれた。
「楽器ギルドのナルエイ様から返事がありました。今日の夕方、お越しとのことです」
了解しましたと返答することと、野田と伊藤にも伝言することをお願いした。
玄関を出て気が付いた。護衛の騎士の中にユニックさんがいる。俺は工藤と一緒に駆け寄った。
「おはようございます。見本は受け取られましたか?」
ユニックさんは笑顔で頷いた。
「おはようございます。囲碁・将棋・リバーシの見本を確かに受け取りましたぞ。御礼申し上げます。あの将棋の駒は良いですな。駒の違いが一目で分かりますぞ」
ついでに将棋のルールについて聞いてみた。取った駒を手駒として使えることについては、エントランスさんと同じ意見だった。
「率直に言って大きな違和感を覚えます。死んだ敵兵が味方となって復活するなど、現実ではありえませんからな。だからこそ面白いと思いますし、既存のものと違いが際立つと思いますぞ。敵を倒すというよりは、投降させると考えたら良ろしいのでは」
工藤は感激して何度もお礼を言っていた。どうやら日本の将棋は原型のルールのままで再現できそうだ。とりあえずよかった。
そのままリバーシの話になったので、工藤を置いて伯爵の所に行くと、楽丸に槍を渡したところだった。いつもの奴より少し長く、太いような感じがした。続いて千堂にはミカン箱ほどの大きさの木箱を渡していた。何が入っているんだろう?
千堂との話が終わった伯爵は俺に話しかけた。
「昨日の件はいかがですかな?」
「ギルド設立の初期費用が金貨百五十枚という事なので、囲碁・将棋ギルドの設立資金として金貨四十五枚をいただいてよいですか?また、ギルド長の報酬額は月に金貨一枚でどうでしょうか?」
伯爵は大きく頷いた。
「拠出額も報酬も問題ございませんが、出来ればギルド長にいくらか交際費を認めていただけませんかな?」
交際費ねえ?見当もつかないや。報酬として出すより経費として落とした方がいいのかな?返事に困っていると、伯爵は豪快に笑った。
「まあ、細かいことは後日また決めますか」
ギルドの名前が「娯楽ギルド」になることと、囲碁・将棋以外にもいろいろ製品化を検討していることを伝えると、伯爵は大喜びした。しかし、出資と配当に関する契約書を用意してくれと頼むと、とたんに渋い顔になった。分かりやすいなこの人。俺も同じ気持ちだ。
「分かりました。契約書も商業ギルドに頼みましょう」
「それが良い、それが良いと思いますぞ。是非お願いします」
伯爵が真顔で頼んできたので、俺は笑顔で頷いた。
馬車の中では初音と洋子が化粧水とハンドクリームの話で盛り上がっていた。貴族様はともかく、平民は洗濯・炊事・掃除と基本的に水仕事が多いので、手荒れやアカギレは切実な問題らしい。掃除機も洗濯機も食器洗い機も無いからしかたないよな。
西門を出ると、ロボが道端で待っていた。かしこいな。そのまま浅野が乗っている馬車の横をついてくるのだった。
いつもの場所に馬車が止まったので、トイレをアイテムボックスから出した。伯爵とのミーティングから戻ってきたヒデから今日のミッションが発表となった。
「クランでストーンクラブを十体以上討伐すること、これが今日の課題だ」
ヒデの言葉を聞いて俺は安心した。これならなんとかなるかも。平井に鉄の斧(戦神の斧)を渡すついでに、千堂の所に行くと新しい防具を装着した所だった。
新しい防具は腿の半ばまであるロングブーツだった。陽光をキラキラ反射する銀色で、膝の所は半球状のカップみたいになっている。俺は思わず声をかけた。
「派手だなー」
千堂は嬉しそうにこたえた。
「ワイにぴったりやろ。見た目だけやないで。ワイバーンの革の表面にミスリルの糸を隙間なく縦横斜めに何重にも編み込んであるんや。軽くて丈夫で動きやすくて頑丈!
つま先と踵は安全靴並みにゴツイし、膝にもガードが付いている。おまけに強化・軽量化・速度向上と相手に対する衝撃向上、さらに受けた打撃を軽減する魔法付きやで!」
「どうだまいったか」と言わんばかりに千堂は目を輝かせながらまくし立てた。新しい防具がよっぽど気に入ったようだ。千堂が言うには、ストーンクラブよりもマッドクラブの方がとにかくやりにくかったそうだ。
「膝より背が低い相手と戦うのがこれほどやりにくいとは思わなんだわ」
確かにボクシングでは足は攻撃に使わないからな。特に千堂の場合、得物が無いので苦労したそうだ。伯爵に相談した所、これを勧められたのこと。前もって用意していたらしい。防御と攻撃を兼ね備えているのが最高らしい。
「今日は蹴って蹴って蹴りまくるでー」と張り切っているが、お前はいつからキックボクサーになったんだ?後ろで浅野がシルバーセイント?とか言っているが、聞こえなかったことにしよう。頼むからなんとか流星拳だけはかんべんして欲しい。でも、あの作者は昔ボクシング漫画(〇〇〇にかけろ)も描いていたからいいのかな?
トイレタイムが終わると俺はトイレを収納した。残って馬車を護衛する騎士たちにお昼のお弁当を渡し、ポーション類を受け取ると出発だ。
「あれ、今日はトイレを持っていくの?」
河童を召喚した冬梅から聞かれた。
「今日は長引きそうだからな」
そう答えると、皆の顔が引き締まった(ような気がする)。
一番目の水路にいたのは、ジャイアントロブスターだった。昨日のエビフライがうまかったので、三平に頼んで十匹釣って貰った。河童が欲しそうにしていたが、これは渡せない。
二番目の水路は昨日と同じく幅十メートル位の立派な川のままだった。川岸から覗いてみるが、水底の小石がきれいに見えるだけで、何もいないようだ。澄んだ水がさらさら流れている。念のため、河童に聞いてみよう。
「何かいるかな?」
「いない、いないがいる」
河童が変なことを言った。
「見た感じ、何もいないみたいだけど、渡っても大丈夫かな?」
河童はにやりと笑うとこたえた。
「そう思うなら、何か投げ込んでみろ」
俺は残っていたキラーフィッシュを一匹放り込んだ。ドブンと音がして水しぶきが上がるかと思ったが、そうならなかった。透明なゼリーの上に投げたようにキラーフィッシュは優しく受け止められ、水の中にゆっくり沈んでいった。
俺は単刀直入に聞いた。
「あれはなんだ?」
「キングスライムだ。川の中全部に入り込んでいる」
河童の返事を聞いて皆、唖然とした。つまり、川の水だと思っていたのは全部キングスライムの体だった訳?あの中に落ちたら体の中に取り込まれて窒息死、そしてゆっくりと溶かされる訳やね。やだなー。あの上を橋で渡るのはどう考えても自殺行為だ。
それにしてもでかすぎるぜ。でも、どうやって渡ったらいいんだ。皆で首を捻っていると、意外な奴が名乗り出た。利根川だ。お前、どちらかというと戦闘は不向きだろ?
「ちょっと試してみていいかな?」
「危なくなければ」
羽河の言葉に、利根川は元気よく返事した。
「まかせて!」
利根川は腕まくりすると、川岸に立った。長い呪文を唱え、最後に「ナパーム」と叫ぶ。そのまま杖を左右に揺らすと、杖の先端から紫色のスプレーが噴き出してきた。見える範囲内の川面は全て紫色に染まった。公害というか、高度経済成長期の工業都市の工場脇の川みたいだ。そういえば、紫川ってどこかにあったような。
「紫とはサイケデリックだな」
俺の言葉に利根川は短く答えた。
「見てて。今から赤くなるから」
言い終わるなり、利根川の杖から火が噴き出した。川面は爆発したように一瞬で高さ三メートル位の紅蓮の炎に包まれた。まさしく火の川、いや火のカーテンだ。十数メートル以上離れているのに、顔が火傷しそうなほど熱い。
スライムには発声器官が無いので無言だが、川から向こう岸に飛び出すと「グギャー」とか「ギャヒー」のような悲鳴を当てたくなるように、地面を激しくのたうち回った。小さなビル一軒くらいある巨体が火を消そうとして燃えている部位を地面にこすり付けたり、体の中に取り込もうとするがなかなか火は消えない。
利根川はあがくスライムに追い打ちをかけた。杖の先端から巨大な炎が噴き出してスライムの全身を包み込む。まるで特大の火炎放射器だ。
「ナパームを吹き出しながら火を付けているのよ。どう?暖かいでしょう?」
情け容赦ないな、こいつ。敵に回しちゃ駄目な人ですね。
ナパーム弾はアメリカが第二次世界大戦で使った特殊な爆弾だ。コールタールのような粘着性のある油で、一回火が付くとなかなか消えない。キングスライムは自分で消すことをあきらめたのだろう。オレンジ色のボールのように回りながら川を湖めがけて逃げて行った。まるで火の車だ。水分が蒸発したせいか、最初見た時より一回り小さくなったように見える。
少しづつ水量が戻ってきた川に昨日と同じく原木で橋を架けながら、俺は利根川に聞いた。
「あんなのいつ作ったんだ」
利根川はケロッとした顔でこたえた。
「この前、カンテラの菜種油用の添加剤を作ったでしょう。あの時の失敗作の一つ」
江宮もそうだけど、失敗作の方が凄いのではないのだろうか。キングスライムが暴れた後に残った燃えカスみたいなのを回収して、最後に浅野に清掃をかけてもらった。
来た時よりも美しく、という訳にはいかないが、自己満足に浸っているとイリアさんがやってきた。
「なぜ掃除されたのですか?」
「キングスライムとの戦いでこの地の草花や生き物、地面に迷惑をかけたことに対するせめてものお詫びです」
イリアさんの目が真剣すぎて怖かったので、つい大げさにこたえてしまった。許して欲しい。
「なんという謙虚なお考え!谷山様にこれからも精霊の祝福がありますよう、心からお祈りします」
イリアさんの大げさな誉め言葉にどうこたえて良いのか分からなかった。
将棋のルールの問題が解決しました。