第99話:セカンドアタック3
素振りを始めた二人と応援している小山を置いて、俺と平井は羽河・ヒデ・工藤が集まっている所に行った。
「どうする?」
ヒデは首を振った。
「今日はもうやめとこう。さっきレベルアップしたから戦力は上がっていると思うが、一度仕切り直しが必要だ」
皆も同意したが、俺は問いかけた。
「それがいいと思うが、湖の水はどうする?」
そうなのだ。今回のミッションは湖の水を汲んでくることなのだ。全員黙ってしまったので、俺は冬梅を呼んだ。
「姑息な手を使ってもいいかな」
冬梅を声をかけた時点で羽河は分かったみたい。苦笑いしている。冬梅も分かっているようで、河童にズッキーニを三本渡していた。
「何を企んでいるんだ?」
ヒデが聞いてきた。
「あれだよ」
河童が食べ終わるのを待ってから冬梅は河童を送り返して、代わりに一反木綿を召喚した。長さ三メートル・幅五十センチ位の木綿の白い布がひらひらとこっちにきて、ヒデに巻き付いた。ヒデはトラウマになっているみたいで、硬直している。
「お待たせ」
冬梅がやってきてヒデから一反木綿をほどいてやった。
「お前、巻き付きやすい」
文句も言えずに目を白黒させているヒデに代わって平井が聞いた。
「どうするの?」
俺は羽河を見た。OKサインが出たので、ヒデが持っていたコップを一反木綿に差し出した。
「一反木綿、頼みがある。これで湖の水を汲んできてくれないか」
冬梅が頷くと、一反木綿は幼児のように小さな手でコップを受け取った。
「分かった」
一言告げると、白い布は湖から吹く風に逆らって砂浜の上をゆらゆらと飛んだ。思った通り、何の妨害もなかった。平井があきれたように文句を言った。
「最初からこうすりゃよかったじゃない」
確かにそうなんだけどさ・・・。
一反木綿はコップで湖の水をすくうと、何事もなく戻ってきた。コップを渡すと俺の顔をじっと見るので、キラーフィッシュを一匹やった。一反木綿は、口をガバッと開けて魚を放り込んだ。バリバリ音を食べて咀嚼している。食べ終わると、目じりを下げて礼を言った。
「お前いいやつ」
嬉しいような嬉しくないような微妙な感じの俺を見て、冬梅が笑った。
「すっかり懐いたみたいだね」
妖怪に懐かれて良いことがあるのだろうか・・・。俺はコップをヒデに渡した。
「伯爵に納品してくれ」
ヒデは明らかに納得しない顔で伯爵の所に行った。伯爵は笑顔でコップを受け取ると、高らかにミッションの完了を宣言した。結果が全ての世界みたいだ。
遅れてきた三平も合流したので、良いタイミングなのだろう。入れ食い状態でキラーフィッシュを百匹以上釣ったそうだ。流石は太公望という所か・・・。三平のマジックボックスを預かりながら感心した。
昼飯は馬車まで戻ってから食べることになったので、戻りながら話を聞いた所、ストーンクラブは平井が仕留めた以外に、ヒデが一匹と花山が一匹退治したそうだ。
浜辺まであと少しの所で、突然左右からマッドクラブが押し寄せ、パニックになりかけながらも懸命に対応していたら、今度は湖からストーンクラブの群れが現れて防戦一方になったらしい。
最後に平井が仕留めた蟹が小ぶりで(?)盾代わりにするのに丁度良かったので、わざと倒さず、いなしながら後退していたら、俺たちの救援が間に合ったという感じだったそうだ。
俺は疑問に思ったことを聞いた。
「あのでかい蟹はなんで前後に動けるんだ?」
青井が淡々と教えてくれた。
「足の付け根の関節が球体関節になっている」
俺は絶句した。なんだそりゃ。まるでどこかのアンティークドールじゃないか。
ついでにレベルアップのことを聞いてみると、みな平等にレベル7になっているみたい。この中には三平が釣った分も含まれているんだろうな。そういうことまで考えると、クラン三年三組は正解だったのかもしれない。
帰り道では杭だけ残して原木も足場板もロープも全て回収した。だって一晩たったら地形がどうなるか分からないんだもん。
馬車にたどり着くと留守番(どちらかというと馬のガード)をしていた騎士がほっとした顔で迎えてくれた。
今日のお昼は三種のサンドイッチだった。チーズ・ハム・焼いたベーコン・スモークした鶏肉・キャベツの千切り・レタス・トマト・プレーンオムレツ・ポテトサラダ・玉ねぎの薄切りなど、多種多様な具をバランスよく挟み込んでいる。
味付けもマヨネーズやケチャップ、ミートソースを使い分けているので、飽きが来ない。ボリュームもたっぷりで大満足でした。
デザートはラズベリーのジェラートだった。酸味が強めだがその分さっぱりしていて、言う事なし!
食後は紅茶を飲みながら、ストーンクラブの話になった。とにかく硬いのが厄介だと。ソロで戦えるのは花山・青井・ヒデ・平井の四人だそうだ。重量のある打撃系の武器が有効なんだろうな。速さや技術よりは重さや力ということなのだろうか?
平井が俺に斧の使い方をレクチャーしてくれた。俺の斧の使い方はなっちゃいないそうだ。まずは、拳一つ分残して左手で柄の端を持ち、右手で柄の中間ぐらいを持つ。そして右手を下にスライドしながら振り下ろす。右手は軌道をコントロールするというか、添えるだけのような感じで、最後は左手を引きながら右手で押し付ける様な感じなのだそうだ。
話を聞くと、左手がメインになる所がバッティングと似ている。右利きの奴が左打ちに転向するのは、利き手である右手で打つためなんだろうな。何か納得する所があるのか、ヒデが大きく頷いていた。
隣の敷物では伯爵と楽丸と千堂が話していた。二人は伯爵に何か頼んでいるようだ。伯爵に頼むとしたら武器なんだろうけど、何を頼んだのだろうか?楽丸が頼んだものは見当がつくのだが、千堂のは謎だ。
今日は流石に皆疲れたので、このまま引き上げることにした。馬車に乗る前にロボにキラーフィッシュと激しく潰れたマッドクラブをやったところ、喜んで食べた。
好き嫌いが無いのは素晴らしいね。流石に殻は食べなかったけど。ロボは律義に西門まで送ってくれた。これが本当の送り狼?
宿舎に着いたのは七時半(日本時間の15時)だった。まずは食堂に行って今日の獲物を渡すとしよう。食堂では平野が待っていた。
「今日は何かな?」
俺はまずは三平から預かったマジックボックスを渡した。
「三平が釣ったキラーフィッシュだ」
平野は目を輝かせて一匹取りだした。
「鯛?いやテラピアにも似てるね。大きくて型も良い。これ、何匹?」
俺はにやりと笑ってこたえた。
「約百匹」
平野がよろめいた。続けてマッドクラブを四杯出した。大きさは甲羅の幅が五十センチから一メートル位。日本基準で考えたらありえない大きさだ。甲羅に一撃食らっているのできれいじゃないが、爪と足はいけるはずだ。
平野が続けてよろめいた。
「それって蟹?蟹だよね?大きすぎるよ・・・」
俺はあやまった。
「すまん。無我夢中で倒したから、きれいじゃないんだ。使える所だけでいいから貰ってくれないか?実はもっとでかいのもあったけど、持って帰れなかったんだ」
平野は仰天していた。
「もっと大きいのがいたの?」
甲羅の幅が二メートルのストーンクラブについて話すと、力なく首を振った。
「ごめん、それいらないと思う」
「なんで?」
「厨房で調理できない」
仰る通りでございます。平野が思いつめたような顔で尋ねてきた。
「あのさ、相談があって」
「何?平野が相談って珍しいな」
「みんなすごく頑張ってくれているから、厨房の保管庫が一杯になってさ・・」
平野の頼みは取引している商業ギルドの食品部門に、保管庫で使いきれない食品を引き取って貰っても良いか?ということだった。
一度担当者に保管庫の食品を見せた所、どれも上質の食材ばかりなので、お高く買い取りますよ、ということだった。売上代金は、エールや調味料などの仕入れ代金と相殺するという。
「一応羽河と先生に相談するけど、問題ないと思うよ」
「ありがとう、助かるよ」
「長期不動在庫があったら、今預かろうか?」
「え?いいの?ありがとう、助かる!」
俺は平野と一緒に保管庫に行って、大量の小麦粉を預かった。前任者が業者の押し売りを断り切れずに大量に仕入れていたみたい。保管庫の約四分の一が空っぽになった。どんだけ買い付けていたんだよ。平野はニコニコ顔で喜んでいたので、良しとしよう。
「これだけ空けば大丈夫かな?」
「何?まだあるの?」
ニコニコ顔の平野は俺が取りだした大鯰(頭を落としたやつ)を見て驚いた。
「それ鯰?大きいね」
「もっとでかいのもあるんだけど」
「え?もういい。これだけでいいから」
平野が固辞したので、残り二匹は取りだせなかった。この先のことを考えているんだろうな。どうしようか・・・。俺は考えながらラウンジに戻った。羽河と先生がいたので、平野から頼まれた件について説明する。羽河は当然問題なし。先生はしばらく考えてから笑顔で返事した。
「食材の仕入れ代金が減るのであれば、歓迎すべきことです」
記録だけ残してくれたら、問題なしという事だった。
紅茶を飲んで一息入れていると、江宮が思案顔でやってきた。
「ドライヤーが出来た」
「いつもながら早いな」
「それと相談があるんだ。俺の工房に来てくれるか?」
いつの間にか江宮の部屋は工房になっているようだ。魔術師の工房ってなんか怖いな。中に入ると、いつも通りの場末のリサイクルショップのようだった。まずはドライヤーを預かってアイテムボックスに収納する。
「相談ってなんだ?携行型のクーラーか?」
「携行型のクーラーはガワだけできた。魔法陣の作成は先生に頼んだ」
気化熱の仕組みについて説明するのが大変だったそうだ。
「相談と言うのはランタンのガラスだ」
「うまくいかないのか?」
「とりあえず見てくれ」
江宮が渡してくれたのは三十センチ四方のガラス板だった。見た感じは透明なガラスだが、両端を持って親指に力を入れると、割れることなく曲がる。まるで透明なプラスチックのようだった。
「やったな、凄いじゃないか。こんな短期間でよくできたな」
俺は驚き、心の底から称賛したが、江宮は謙虚だった。
「利根川にはいろいろ手伝ってもらったし、志摩にもずいぶん無理を言ったからな」
「出来たなら良いじゃないか。何か問題があるのか?」
江宮は首を振ると答えた。
「既存のガラスを一度溶かして薬剤を混ぜ、再結晶化しているので、作り方には特に問題はないんだが、新しい使い方ができそうなんだ」
江宮は椅子を二つ十センチほど離しておくと、座面の間にガラスを置いた。そして手近にあった剣を引っ掴むと椅子と椅子の間、すなわちガラスに向かって振り下ろした。ガラスはてっきり割れるかと思ったら、ボヨヨンと剣を跳ね返した。
「ご覧の通りだ。柔らかガラスを作るつもりが、防弾ガラスみたいになってしまった」
俺はパチパチと拍手した。
「素晴らしいじゃないか。これはこのまま商品化できるぞ、多分。やったな」
しかし、俺は甘かった。
「もう一つあるんだ」
江宮は木枠に入った縦十五センチ・横二十センチ位のガラスを見せた。木枠にはスイッチみたいなのが付いている。まるでお洒落なタブレットみたい。
「なんだそれ?」
江宮はガラス板を俺に向けると、木枠のボタンに指を当て何やら呪文を唱えた。う、いかん、魂を吸い取られる・・・というのは嘘で、何もなかった。
「なんだそれ?」
「まあ、自分の目で見てくれ」
江宮が渡してくれたタブレットの中には俺がいた。相変わらず変な顔をしている。背景もちゃんと映っている。ひょっとすると、これってビデオ?
俺は呆然として江宮を見た。なんと言うべきか言葉が出ない。
「柔らかグラスを作るために試行錯誤していた時に出来た失敗作の一つだ。十五秒ほどしか録画できないし、再生も一回しかできないが、どうだろうか?」
それにしても写真を飛び越していきなり動画とは恐れ入ったぜ。いや、動画というよりはスローグラスかな?こういうのを天才と言うんだろうな。俺はしばらく考えてから返事した。
「凄いとしか言いようがないが、この世界に出すのはまだ早すぎるような気がする。まずはランタンを商品化しよう。防弾ガラスはまだしも、ビデオは様子を見ながら、ということでどうかな?」
意外なことに江宮は安どの表情を浮かべた。
「良かった。すぐやろうと言われたらどうしようかと思っていたんだ。防弾ガラスは品質が安定しないし、ビデオは最低でも一時間は録画できるようにしたいんだ」
俺は胸を撫で降ろして江宮の工房を後にした。順調に進んでいると考えよう。
スローグラスはボブ・ショウの「去りにし日々の光」でご覧くださいませ。絶版ですが。