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第98話:セカンドアタック2

 波打ち際まであと数メートルという所で小山が叫んだ。

「来る!」

 同時に小石を跳ね飛ばして岩場全体から無数のかにが湧き出てきた。マッドクラブだ。


 横幅が五十センチから一メートル位。でかいぜ。色は砂色というか、くすんだ灰色。目と目の中間には水色の魔石。左右の大きな爪を揺らしながら威嚇してくる。静かな浜辺が、キチキチキチキチというガラスを爪で引っ掻くような耳障りな音で溢れた。


 見ると砂浜に散らばっているでかい岩の上にも貼りついて擬態していたようだ。この砂浜全体で何匹いるのか見当もつかない。全然気が付かなかったぜ。俺は声を限りに叫んだ。

「戻れー」


 念のため、鷹町と羽河に声をかけた。

「鷹町達は左側を、羽河達は右側を狙ってくれ」

 二人は同時にこたえた。


「分かった。味方に当たらないようにだね」

 みんなよく分かってらっしゃる。手裏剣とエアハンマーやファイヤーボールなどの魔法がクロスしながらAチームの左右の蟹を弾き飛ばしていく。


 俺は次に志摩に頼んだ。

「退路を作ってくれ。左右に壁が必要だ」

 志摩は返事もせずに杖を振った。


 草地から湖に向かって二本の壁がもこもこと立ち上がっていく。ランニングフェンスのようだ。壁の高さは二メートル位、厚みは一メートル位か。壁に挟まれた道の幅は三メートル位。壁は左右から岩砂をかき集めて作っているので、道はその分抉れて一メートル位低くなっている。


 俺は金の斧を掴んで走り出した。壁の中に入ってきた蟹を潰しながら前進する。女神様に悪いような気がしたが、木を切るよりも手ごたえは無かった。

 おおよそ砂浜の半分くらいまで走った所で壁は終わった。どうやら志摩の魔力が切れたみたいだ。まあ、半分までいけば合格だろ。


 俺は砂浜に登ると押し寄せてくるマッドクラブの群れと対峙した。あまりの多さにこれはやばいと思ったら、大型手裏剣が空から降ってきて目の前の蟹の甲羅に突き刺さった。さらにエアハンマーが右から来た蟹を吹き飛ばす。後ろからも護衛の騎士が追いついてきた。


 見上げると左右の壁の先端の上で鷹町と木田が手を振っていた。俺の後を追っかけてきたみたい。残りのメンバーも五メートルほど間を開けて壁の上に立ち、よじ登ってこようとする蟹を叩き落としている。皆と力を合わせて目の前の蟹の群れを一掃したら、工藤と楽丸が飛び込んできた。


「助かった」

「ありがとよ」

 二人はそのまま壁の先端の左右に居残って退路の入口をキープする。


 続いて江宮と尾上が現れた。負傷した尾上は退路の中に、江宮はそのまま入口に残る。次には小山と一条がやってきた。一条も怪我をしたみたいで、小山の肩を借りて戻っていく。


 俺は疑問に思った。確かにマッドクラブの数は多いが尾上や一条が負傷するほど強いとは思えない。江宮を見ると、首をすくめながら説明してくれた。

「でかいのがいるんだ」


 江宮の言葉が終わると同時に、平井・ヒデ・千堂・青井・花山の五人が一団となって現れた。しんがりの青井と花山が大盾二枚で必死に抑えているのは、軽乗用車程の大きさがある巨大な蟹、ストーンクラブだった。一匹だけじゃない。後ろにはストーンクラブが列をなして群れていた。


「でかくて重くて力が強いだけじゃない、蟹のくせして前後に歩けるんだ。なにより岩みたいに硬い」

 でかくて重くて力が強いだけでも大変だと思うが、俺は黙って頷いた。確かにあれは手こずりそうだ。ストーンクラブを日本語に訳すと「岩蟹」になるが、文字通り岩をそのまま削りだしたような蟹だった。


 青井と花山が抑えている個体は、甲羅の幅が二メートル位、甲羅の厚みが一メートル、体高は二メートル位あるだろう。足は左右に五本ずつ、一番前の脚の左右のハサミの長さは一メートル以上ある。飛び出した両眼は複眼になっていて、その内側には長短の触角が左右に一本ずつ、真ん中には青い魔石が炎のように輝いていた。


 ストーンクラブの攻撃はいたってシンプルだった。左右のハサミを交互に振り上げては、思い切り叩きつけてくるのだ。ハサミが盾にぶつかるたびに、轟音と共に火花が飛び散っている。唇を切ったのか、青井の口から血が流れていた。

 ヒデは青井の、千堂は花山の体を後ろから支えている。二人がいなければとうに吹っ飛ばされていただろう。


 俺たちは左右から攻めてくるマッドクラブをさばきながら、退路の方に青井と花山を誘導していった。そこにやっと志摩が来てくれた。俺は平井に合図した。

「待ちくたびれたわ」


 平井は一言文句を言うと右足で花山の背を、左足でヒデの肩を踏み台にして宙を飛んだ。真上に振り上げた戦神の斧に全体重を乗せて、気合と共に一気に振り抜く。

「振り下ろせばあらゆるものを破壊する」という言葉通り、ストーンクラブは轟音と共に真っ二つに割れた。


 斧を片手に得意げな平井を後ろから抱え込むと、俺は壁の中に逃げ込んだ。背中で志摩が大声を上げた。

「撤収!」

 壁の左右で退路の入口を確保していたメンバーや騎士が次々戻ってくる。

 

 志摩の魔法で壁の出口は真ん中一メートルほど残して閉じられた。最後まで残った青井と花山が入ってくる。やれやれと思ったら、頭に小石がぶつかって気が付いた。平井を抱えたままだった。


 平井をそっと下ろすと謝った。

「すまんすまん。忘れていた」

 平井は真っ赤な顔で俺を睨んでいた。

「空気みたいに軽いから気が付かなかった。許してくれ」


 平井はどもりながらこたえた。

「も、もういいわ。ありがとう」

 言い終わるなり戦神の斧を俺に押し付けて走り出した。一条を探しに行ったのだろう。

 なぜだか分からないが洋子から足を蹴られた。なぜだ?

 江宮から可哀そうな人を見る目で見られた。なぜだ?


 俺は戦神の斧を収納すると、マッドクラブを回収しながら戻った。全部で五杯回収できた。平井が倒したストーンクラブを回収できなかったのが残念だが、死体がバリケードの代わりになったので、回収する訳にはいかなかったのだ。


 蟹の群れは自らのテリトリーを砂浜まで、と決めているみたいで、草地に戻るとそれ以上は追って来なかった。俺たちは草地に倒れ込むように座り込んだ。皆はレベルアップの、内臓がねじれるような、痛痒いような独特の感覚に悶えている。


 ステータスウインドウを開くと、レベルが3から7になっていたそうだ。一日でこんなに上がるものだろうか?それとも、命の危険を感じた割には少ないと言うべきか・・。俺?俺はレベル1のままだ。永遠の1?やだな・・・。

 一息つくと、俺は羽河に負傷者の状況を聞いた。大きな怪我(?)をしたのは以下の三人だった。


・尾上:全身の打撲と右肩の脱臼→体力ポーションで回復済み

・一条:全身の打撲→体力ポーションで回復済み

・志摩:魔力酔い(壁を作って魔力切れを起こしたので、魔力ポーションを飲んだが、一本で良いのにニ本飲んでしまって気分が悪くなった)


 志摩は厳密に言うと負傷ではないのだが・・・迂闊すぎて笑ってしまう。気合を入れ過ぎたのだろう。尾上と一条の怪我はやはりストーンクラブによるものだった。

 マッドクラブは刀でスパスパ切れたのに、ストーンクラブには全く歯が立たなかった、いや刃が立たなかったらしい。怪我よりも剣技が通じなかった精神的なショックが大きかったようだ。


 二人はみんなと少し離れて座っていた。平井と小山が一緒にいる。一条は体育座りをして顔を膝に伏せていた。尾上は胡坐をかいて後ろに手を付き、青空に流れる雲を眺めていた。


 改めて回りをよく見ると草むらの中に目立たないが小さな花が沢山咲いていた。花びらは赤・白・黄・ピンク・オレンジ・青など色とりどりだ。利根川が佐藤を連れて花を摘んでいる。一見少女趣味に見えるが、単なる錬金術の材料集めだろ。


「邪魔するぜ」

 平井の非難する様な目に気づかないふりをして、小山の隣に座り込んだ。

「ストーンクラブは硬かったか?」

 少し間をあけてから尾上がこたえた。


「硬かった。まるで岩を切ってるみたいで何もできなかった」

 俺はアイテムボックスからマッドクラブを取りだした。

「確かにあの爪や甲羅は硬そうだ。でも体全部が硬いかというと、そうじゃないはずだ」


 尾上が俺の顔を見た。一条が顔を上げた。

「もし、地球の蟹と同じなら、甲羅のお腹側の一番下、俗に言うフンドシの部分が奴らの急所だ」

 甲羅を手でひっくり返して指さした。


 一条が反論した。

「どうやって体を裏返すのよ?」

「確かに戦いの最中にあそこを狙うのは無理だ」

「じゃあどうするのよ?」


 頬を膨らませた一条に俺はこたえた。

「まずは感覚器だな。両目と二対の触角がお勧めだ。二番目は関節だな。もしも、爪を振り上げたタイミングで関節を切り落としたらどうなる?」


 尾上が膝を叩いた。でも俺のアドバイスは続きがあるのだ。

「それよりなにより、ここは魔法の世界だ。だったら剣士も魔法を活かすべきだと思うんだ。魔法はイメージが一番大事なんだろ?だったら岩を切る剣をイメージしたらどうかな?」


 尾上と一条は顔を見合わせると、勢いよく立ち上がった。俺は耳を抑えた。尾上が全力で吠えた。どうやらやる気になったらしい。


「谷山、今の言葉、胸に染みたぞ!俺は・・・」

 俺たちは期待を込めて尾上を見た。

「海賊王になる!」


 尾上の言葉に皆ひっくり返ってしまった。

「今のは冗談だ」

 いや、別にいいんだけどね・・・。尾上は爽やかな顔で言いなおした。


「俺は斬岩剣を会得する!」

 一条は感動したようだ。手を震わせながら、何度も首を縦に振っている。ここで尾上に抱き着いたりしたら少しは進展するんじゃないかと思うのだが、そうはいかないようだ。

斬岩剣は超有名アニメの天才剣士の技からお借りしました。

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