第10話:初めての杖
俺はまず杖の方に向かった。
縦三メートル・横一メートルほどの武骨な木のテーブル上には、いかにも魔法使いという感じの濃い茶色の節くれだった木でできた長さ二メートル近い大きな杖から、長さ三十センチ位の指揮棒のような細くて短い小杖まで、色・長さ・太さがさまざまな杖が二十本程置いてあった。材質も、木が主流だが、金属や木と金属を組み合わせたものもある。
「良さそうなものがあれば、どうぞ触ってみてください」
イリアさんの声に促されて、長さ50センチほどの黒い杖を持ってみるが・・・。うーん、何も感じない。順番に触ってみたが、ピンと来るものが一本も無かった。しかし、俺と逆に何か感じるものがある奴もいたわけで、分けてみるとこんな感じ。
〇何かある:浅野、木田、洋子、利根川、藤原、夜神、工藤、志摩、中原、冬梅
×何もない:鷹町、野田、平野、三平、伊藤、佐藤、谷山
なお、一条と江宮は剣の方に行ったので、杖のテーブルにはいない。最初から魔法は眼中になかったようだ。まあ、一条の場合は尾上が向こうだからな。
野田、平野、三平、伊藤は職業の関係で、杖無しでOKなんだろうなと思うが、鷹町が杖に反応しないのが不思議だ。魔法と魔砲の違いがあるのだろうか?
女子は細くて短いタイプが好きみたいだ。軽くて携行に便利だからかな。工藤が一番長くてごつい節くれだった木の杖を選んでいたが、鈍器としても使えそうな重くて頑丈そうな杖が威風堂々という言葉が浮かぶくらい似合いすぎていて笑ってしまった。
剣の方を見てみると、職業や好みでいろいろ違いがあるらしく皆、得物を選んでは構えたり、振ったりして感触を確かめていた。それにしてもいきなり真剣か。
ローエン伯爵がにやりと笑うと説明してくれた。
「普通はまず木剣で練習をするものですが、なんせ時間が惜しい。よって全て真剣ですぞ。ただし、刃は引いているのでご安心を」
それぞれ選んだもので分けてみると以下のようになった。
・暗器:小山
・ナイフ:寺島、羽河
・片刃剣:平井、一条、尾上
・二刀流:江宮
・大盾&戦斧:青井
・籠手:千堂
・大盾&戦槌:花山
・槍:楽丸
小山は職業からして当然かと思う。「使えることは使えるけど・・・」とぶつぶつ文句を言っていたけど、苦無や手裏剣なんてこの世界には無いからな。あきらめろ。寺島と羽河のナイフは納得だ。離れた敵には投擲し、近寄ったら接近戦という感じかな。
平井達が片刃を選んだのは、日本刀に近いからだろうか?ただ、日本刀と比べると背中の部分(棟というのかな?)がぶ厚く、普通は切る・突くだが、手を返すと鈍器代わりに使えそうな感じ。反りもほとんどない。
それにしても江宮がなぜ二刀流なのかは謎だ。しかも宮本武蔵でお馴染みの右に大剣・左に小剣の組み合わせではなく、小剣を左右に持っている。まるで小太刀二刀流だ。
江宮は身長170センチくらい、赤みがかったちりちり天然パーマが目印だ。家庭環境が複雑みたいで、両親とは幼い時に大火で死別、その後身寄りのない江宮を育ててくれた養父も亡くなり、今は遠い親戚の家に引き取られている。
江宮という姓は養父のものらしく、養子縁組の際にその名になったらしい。一年の時は弓道部のエースで活躍していたが、部内でトラブルがあり退部している。性格はとにかく真面目で頑固で正義感が強い、というか強すぎる。
強すぎる正義感がトラブルの原因だったみたいだが、養父との別れがトラウマになっているらしく、「正義の味方になる」という信念を改めるつもりはなさそうだ。別にヒーローもののファンということではなさそうだが、本気じゃないよね?
青井と花山はパワーファイターだから当然だろう。壁役に決まりだな。千堂の籠手はナックルから肘の先まで腕全体をカバーする革と金属でできた攻防一体の武具のようだ。流石、闘士という感じか。
楽丸の槍も納得できる。楽丸は身長170センチ弱でサッカー選手としては大きいほうではないが、100メートル11秒台の俊足と一試合で五十回以上のスプリントを余裕でこなせる底なしのスタミナの持ち主だ。
一番の武器は左足の正確なクロスだが、隙あらば効き足である右足に持ち替えて無回転のロングシュートを打つこともできる。サッカー部の不動の左サイドバックだ。
元々は右のサイドバックだったが、高校に入学してから先輩に飛びぬけた右サイドバックがいたので、徹底的に左足のクロスを練習して左に転向した努力の人だ。
中学校の頃から浅野とは同級らしく、木田と一緒に何かと面倒を見ている。丸刈りの頭がいかにもスポーツマンという感じがする良い男だと思う。
ヒデ(野原英雄)はフィットするものが無いということで何も手にしなかった。レアスキルの黄金バットがあるからだと思う。
「それでは皆様、練兵場で各々方の得物をお試しあれ」
ローエン伯爵の呼びかけに応じて、皆ぞろぞろと練兵場に繰り出した。観客席がなく石の壁に囲まれてはいるが、平らにならされた土の地面は学校のグラウンドを連想させた。グラウンドとの大きな違いは、案山子代わりなのか、直径十センチ位の丸太が数十本、五メートル間隔で壁沿いにずらりと並んでいるところだろう。
「魔法系の皆様、こちらに」
イリアさんがよびかけに応じてグラウンドの真ん中あたりに二十人位が集まった。
「まずは魔法がどのようなものか体験していただこうと思います。武闘系の方も今後の参考になると思いますので、興味のある方はどうぞご覧ください」
皆の熱が一気に上がっていくのがわかる。
「魔法使いの方々にはまず杖を選んでいただきましたが、心に通じる杖が無かった方もいるようですね。鷹町様、いかがでしたか?」
鷹町は小さな声でこたえた。
「全部触ってみたけれど、どれもただの棒みたいで・・・」
イリアさんは静かに微笑むと、袖から長さ四十センチ位の茶色い杖を抜き出した。
「こちらは人を選ばぬと評判の杖です。こちらでお試しください」
鷹町は嬉しそうに受け取った。
「野田様、平野様、三平様、伊藤様、谷山様は特に杖は必要ないかと思われますが、平野様と三平様はそれぞれお持ちのレアスキルを顕現させる必要があると思われます。
スキルを顕現するためには、呪文を詠唱するか起動する言葉の発声が必要です。お調べしたのですがこの世界では初めて発見されたスキル故、どちらもお探しすることはかないませんでした。おそらくご両名に所縁のあるお言葉ではないかと思われます。何か思い浮かぶ言葉はございませんか?」
二人は力なく首を振った。イリアさんは顔をしかめることもなく、淡々と続けた。
「太公望の釣り竿、あるいはアイアンシェフについて、どなたか心当たりの方はいらっしゃいませんか?」
三平が真剣な顔で続けた。
「誰かアイディアプリーズ!」
普段はマイペースで、釣りのこと以外は興味を示さない三平魚心の少し焦った顔が印象的だった。
三平は、身長は160センチ前後、肩の上位までのショートカットでくるくる天然パーマに大きな目が可愛らしい女の子だ。外見は美少女そのものなので、それなりにモテるのだが、釣り以外には一切興味が無いみたい。
小学生の時から自転車の荷台に釣り竿を括り付けてご近所の川や池で釣りまくっていたらしい。その時から釣りに行く時の黄色いTシャツ&青の半ズボンに赤い自転車という信号機のようなスタイルとアポロキャップ姿は現在も変わらないそうだ。
将来の夢は国土交通省に入ることらしいのだが、別にエリートを目指している訳ではなく、むしろ出世せずに定年まで日本全国を転勤して各地で釣りまくるのが目的なのだ。某漫画の「はまちゃん」が理想だという、しっかりしているのか、していないのかよく分からない奴だ。それに国土交通省狙いが何で私立文系のクラスにいるの?
三平の切なる願いに応えたのは、中原真太の一声だった。
「わが竿に釣れぬ魚無し太公望」
事情を知らないイリアさん以外のほとんどの人間が「またか」といった顔をしたと思う。
中原とは中学校から同級なのだが、小学校の六年間ずっといきもの係だったそうだ。身長は165センチ位で、ぼさぼさの髪といつも眠そうな目をしていて、大きな耳が特徴だ。第二のムツゴロウと呼ばれる程の動物好きで、誰からも好かれる優しいナイスガイなのだが、唯一の欠点が俳句もどきという変な趣味だった。
俺が最初にこいつの趣味を聞いたときに詠んだのが「信号は赤青黄色ホトトギス」だった。意味わかりません。
中原は「ホトトギス」という言葉が入っていれば季語は全てOKと思っているらしく、全ての句の最初か最後に必ず「ホトトギス」を入れてくる。自分で勝手に「ホトトギス派」を名乗っているが、絶対にそれ間違っているからな。
真冬の夕方のように急速に空気が冷えこんでいくが、三平は違った。それだとばかりに手を叩くと大声で叫んだ。
「わが竿に釣れぬ魚無し太公望」
次の瞬間、振り上げた右手には長さ三メートルほどの一目で業物と分かる見事な釣り竿が握られていた。なんで・・・?皆が一斉にどよめいた。
「流石は中原様、森羅万象に通じる方とお見受けします」
「でも『ホトトギス』が入らなくて良かったかな?」
イリアさんの全面的な褒め言葉に中原は天真爛漫に笑った。まぐれ当たりにもほどがあるだろ?結果が良かったから許されるけど。それと「ホトトギス」が入っていたら多分失敗していたと思うぞ。
嬉しそうに竿を振り回す三平を横目にイリアさんは続けた。
「平野様のスキルの元になった故事をご存じの方はおられませんか?」
もしかするとあれかもしれない・・・。俺は確信が持てないまま手を上げた。ままよ・・・。
「谷山様、お願いします」
俺は昔読んだ漫画を思い出しながら口に出した。
「水は洪〇、火は〇事、刃は人を〇(あや)めるも同じ」
平野は半信半疑の顔で口にしたが何の反応も無かった。皆が灰色の息を吐いた。となるとあれしかないな。
「もう一つ候補があってさ、言ってもいいかな?」
「お願い」
平野が真剣な顔で俺の目を見た。
「ア・レ・キュイジーヌ」
「どういう意味?」
「料理はじめ、という意味らしい」
「分かった」
平野は納得した顔で空を見上げて叫んだ。
「ア・レ・キュイジーヌ!」
次の瞬間、平野の手から銀色の光が噴き出した。それが収まると太陽の光を反射してきらりと何かが光った。見ると手には見事な出刃包丁、家庭用の三徳包丁とは異なる、和食のプロが使う立派な包丁が握られていた。
平井ゆかりが感激して平野に抱きついている。平野は平井が利根川幸と一緒に参加している料理愛好会の顧問的な存在らしい。
「たにやん、ありがとう!」
平野の顔から笑顔がはじけた。蛇足だが、中学校からの知り合いは俺のことを「たにやん」と呼ぶが、小学校からの知り合いは「タカ」と呼ぶみたい。
「流石は谷山様、料理の道にも詳しいのですね」
イリアさんも心なしかほっとしているように見える。
「いやいや、これこそまぐれです」
まあ、アイアンシェフというヒントがあったからな。平野のひまわりの様な笑顔が見られてよかったと思う。今回は足も蹴られなかったし。
イリアさんは皆を見渡して厳かに告げた。
「さて、皆様は魔法が存在しない世界から来られました。よって、普通通り座学で基礎を学んでから実習するのではなく、座学と実習を並行して行うことで、より短時間で力をつけていただきます。習うより慣れろ、とも言いますからね」
端的に言えばのんびり勉強している時間なんてない、ということなんだろうな。望むところだ、なんちゃって。
「魔法は正しく呪文を唱えることによってこの世の理に作用し、根源から力を借りることで様々な現象を起こします。必要なものは三つです。まずは魔力、そして正しい呪文、最後に願望です。
願望とは魔法によってどのような現象を引き起こしたいか、明確に想像する力です。これが無いと、どれだけ魔力があろうとも魔法は発動しません」
この世の理をOSとするならば、呪文がプログラムみたいな関係かもしれないと思った。となると人間がCPU、魔力が空きメモリになるのかな?
「色即是空か」
工藤が感に堪えたようにつぶやいた。俺が疑問の目を向けると、イリアさんが工藤に話しかけた。
「工藤様は何か感じるものがありましたでしょうか?」
工藤はまるで自分に言い聞かせるように静かに話し出した。
「自分は寺に生まれました。まだ正式な修行をしたわけではないのですが、幼いころから日常的に経を聞いて育ちました。
俺の好きな経に『般若心経』があるのですが、その中に『色即是空 空即是色』という言葉があります。「色」を現実、「空」を願望とするならば、魔力によって自分の願望を現実化するのが魔法なのでしょうか?」
イリアさんは笑顔でうなづいた。
「おっしゃる通り、それが魔法の本質です。それにしても、工藤様が職業だけでなく元々が僧侶の家系とは驚きです。立ち居振る舞いや物言いに神に仕えるものに似た空気を感じていたのですが、そもそものお生まれが原因だったのですね」
うーん、よく分からないが、魔法の概念と似たのが仏教にもあるということなのだろうな。仏法ともいうことだし・・・。でも工藤はそんなえらくないぞ。多分。
「残り時間も少なくなってきたので、最後に各魔法ごとに初級魔法の呪文を一つずつお教えします。お見せ出来るものはお見せします。呪文はその場で覚えてください」
イリアさんが教えてくれた魔法は以下の通りだった。それぞれ最もイメージしやすいものなのだろう。
・光魔法:光
・土魔法:石
・風魔法:風
・水魔法:水
・火魔法:火
実演の感想を正直に言うと、「光」は昼間の屋外のせいかよく見えなかった。「土」は漬物石サイズの岩が生まれ、「風」は突風が、「水」は杖の先からちょろちょろ小さな水が流れ、「火」は赤い炎が杖の先から吹き出した。
土・風・火はそれなりに迫力あったが、光と水はちょっと拍子抜けの感じ。期待しすぎかな?それにしてもイリアさん、光魔法をはじめ五種類の魔法を全てこなしていたが、これってかなり凄いことではないのか?
その他の魔法だが、闇魔法は使い手がいないのでパス。錬金術はとりあえず土魔法と同じ呪文で試すと。結界魔法は百人いたら百通りのやり方があるとのことで個別指導。 ネクロマンサーの冬梅と召喚士の中原も個別指導するとのこと。鷹町の「SLB」は俺と同じで何も分からなかったみたい。
ティマーの藤原は馬で試してみるとのこと。平野の「鑑定」は既に発動済みだが、野田の「鑑定」は楽器専用らしく、明日にでも王宮の楽器庫で確認するらしい。伊藤も同席するそうだ。吟遊詩人とはいえ伴奏が無いと寂しいので、弾き語りできる楽器を探すらしい。
各魔法の呪文は一番簡単なパターンだけ教えてもらった。例えば土魔法なら「わが魔力をもって石となせ、メイクアストーン!」だ。基本の呪文に様々な修飾語を加えることでより高度な呪文になるらしい。カタカナの所がキーワードで、慣れればキーワードだけで発動するらしい。
私事で恐縮ですが、「アイテムボックス」は、嬉しいことに呪文は特に必要なかった。キーワードだけで発動できた。使えるのは「収納」と「取り出し」と「整理」だけだけど。
ちなみに収納できたのは最大で石ころが三十二個でした。いやー、しょぼいね。はじめはこんなものかね。レベルが上がるとアイテムボックスも拡張するそうなので、せいぜい頑張ろうっと。
いろいろ試してみたが、手に持ったものや触ったものが収納できる。具体的なやり方としては収納するものを決めて「アイテムボックス・収納」と唱えるだけだ。
収納後は「整理」と唱えると、黒板タブレットを持って「ステータス」と唱えた時と同じような画面が目の前に現れて、アイテムボックスの中を見たり、整理することができる。
あえて例えるならば、パソコンのファイルをフォルダを使って管理する感じだ。だから石ころは「石ころファルダ」の中にまとめて収納できるし、石ころフォルダを複数作って分割して入れることもできる。
取り出すときは、まず整理画面で取り出す物を決め、さらに取り出す位置を決めて「取り出し」と唱えるだけだ。指定された場所にこつ然と現れる。フォルダに入れたものはフォルダの中身まとめて取り出すこともできる。
アイテムボックスの基本機能として、アイテムボックス内では時間が経過しないとか、生き物は収納できないとか、幾つかのルールがあるそうだが、宿舎に帰ったらいろいろ試してみよう。
ちなみに画面の左上には「ゴミ箱」がある。収納したものを捨てることができるのだが、「ゴミ箱を空にする」のコマンドを実行したら、捨てたものはどこに行くのだろうか?想像したら怖くなった。なんか漫画のボノボノみたい。
「探査」も同じくキーワードだけで良かったみたい。体を中心にした半径十メートル位の範囲ならばレーダーのように目をつぶっていても知覚できるようだ。
ちなみに「探査」の情報源は佐藤解司だ。佐藤は身長は175センチ位、ツンツンと逆立った長髪の割に覇気がないというか、だるそうというか、活気がない感じ。唯一の特徴は目つきだ。鋭いというよりは目つきが悪いという言葉がぴったりくる。まさしく職業=盗賊そのままかも。冗談だけど。
佐藤も上昇志向が無いわけではないが、まじめに努力するよりも、一発逆転のギャンブルに賭けるタイプなのかもしれない。なぜなのかは分からないが、利根川幸とつるんでいることが多い。ただし一緒にいる間ほとんど喧嘩しているので、仲が良いのか悪いのかよく分からないところだ。
呪文を教えてもらった人間から順に北側の壁際に行って練習が始まった。洋子のように一発目からうまくできるやつもいれば、空振りしているやつもいる。俺が注目したのは鷹町だ。「SLB」が何なのか気になるじゃないか。
鷹町が何か呪文を唱えて杖を丸太に向けた。次の瞬間、「パン」という乾いた音と共に、杖が爆発した。ざわざわしていた練兵場が一瞬で静まりかえった。鷹町は驚いたのか腰を抜かして座り込んでいる。
シーンとした中で突然拍手が起こった。見るとイリアさんが笑顔で手を叩いている。
「鷹町様、見事です。おそらく鷹町様の魔力に杖が耐えられなかったのでしょう。次はこれでお試しください」
イリアさんは再びローブの袖から新しい杖を出した。ローブの袖って、ねこ型ロボットのポケットなの?
鷹町は皆の注目を集めたのが恥ずかしかったのか、顔を赤らめながら新しい杖を受け取った。今度は少し短めで色が黒い杖だった。鷹町は右肩を一回くるりと回してから杖を構えた。後ろから見ても背中に力が入っていることがわかる。鷹町が「風」と思しき呪文を唱えた。
今度は爆発しなかった。代わりに杖が一瞬で赤く燃え上がった。鷹町が慌てて杖を放り出すと、洋子が水魔法で火を消した。少なくても魔法が消火器の代わりになることは分かったぞ。落ち込んでいる鷹町にイリアさんが告げた。
「すみません。私の見立てが甘かったようです。鷹町様に最適な杖の心当たりはあるのですが、王宮の宝物庫の扉を開くには何重にも手続きが必要でして、お時間が数日かかります。それまでお待ち頂けますか?」
鷹町は暗い顔で頷いた後、すぐに大きく頭を下げて謝った。
「すみません。杖を二本も駄目にしてしまって」
イリアさんは首を左右に振ると明るい声でこたえた。
「想定内です。何の問題もありません。なんせ初めてなのです。逆に何の問題も起こらないほうが問題です。だから一切気になさらないでください」
何か言おうとした鷹町にイリアさんは重ねて告げた。
「たかだか練習用の杖が二本駄目になっただけです。鷹町様のせいではありません。私に全てお任せください」
鷹町は「ありがとうございます」と答えながら深々と頭を下げた。さすがイリアさんだ。もう大丈夫だろう。皆も練習に戻った。冬梅と中原と佐藤はそれぞれの担当と思われる緑のローブ姿から指導を受けている。藤原は騎士に連れられて馬小屋に行ったみたいだ。俺は南側の壁際に散っている武闘組の様子を見に行くことにした。
思ったより長引くので分けます。