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あらたなる伝説へ ~光と闇~ 創造の外側  作者: ネオダーク・ファルラ
1/1

神人類編 中編1

惑星生物界… 地球人類の生み出す想像の世界の中でも最も「不必要」とされる世界

人類は必要が不要かの両極に分ける

必要とされるものは中心に、不要とされるものは外側に

「球体」や「円」として表せばわかりやすいだろう

中心に近い存在は今やメジャーなものとして扱われ、不要なものは存在さえ認識されず無関心だ

そんな中でも最も不要な世界 惑星生物界

惑星のような環境を持つ超巨大生物が漂い、その上で暮らす生物が存在し共存や略奪を繰り返している。

そして惑星生物同士が喰い滅ぼし合う事もあり、太陽よりも巨大な生物が地球よりも小さな生物を飲み込むことは勿論、現在進行形で膨張し続ける宇宙よりも巨大な怪物を逆に喰い滅ぼす事さえもあり得る。

そして惑星生物界は地球の存在する宇宙の法則を無視するものも存在する。

適応されるものされないもの…それは生物でありながらそれに従わない、勝手でありながら「不必要」であるが故に好き勝手なのだ。

今回はそんな滅茶苦茶な世界で誕生した小さな少年から物語を始めよう…

惑星生物界には「元帝げんてい」と呼ばれる「表向きの」統治者がいる。

次元樹じげんじゅ」という惑星生物界を移動する要塞の中から遥か彼方まで見通しながら監視を続け、最低限度の秩序を保っていた。

惑星生物は単純な巨大生物というわけではない。 時には地球人類のように1mから2m前後の人型に姿を縮める事も可能である。当然全てではない。

あまり長々と話すにはこちらの理解力と文語力が足りないため、この辺りの説明は物語が進んでいる最中で追々説明していくことにする。

次元樹の中心にて…大広間に様々な種族の少年少女が大勢集まり、玉座の前に10人の2mを超えた竜人が並んでいる。

そして玉座の前に女性の竜人が現れる。

「…始めなさい」

「はっ」

竜人の一人が少年少女の前に立つ。

「諸君、集まってもらって感謝する!これより我々は【ヤッカルンワッツ】との戦争を開始する!まだ生まれて間もない諸君には申し訳ない事だが、こちら側の戦力も揃っていない現状では多少の犠牲は止むを得ない!己の命が惜しいと思う者はすぐに辞退を申し出ろ!」

誰一人としてその場から動こうとしない。

「諸君の勇気に感謝する!元帝様から激励のお言葉を授かる!…元帝様、どうぞ」

元帝が前に立ち、小さく溜息を吐いた後に伝える。

「皆さんがこの場にお集まりになられた事…つまりはこれからの戦争の事情を既にご存知でしょう…創造の外側…【ヤッカルンワッツ】率いる【神人類】との戦争状態に突入します。どのような戦乱に及ぶかは予想もつきません。かの暴君【水星龍】による被害に並ぶものかもしれません。それを承知の上と言うなら止めませんが、今初めて現状が深刻であることを知り得た方は今すぐにここを立ち去りなさい」

水星龍の名前が出た途端ざわつき、動揺する者も出てくる。

それでも誰一人その場から離れようとしない。

「…わかりました。もはや止める必要もないでしょう」

呆れたように玉座に腰を下ろし、先程の竜人が再び前に立つ。

「これより【神人類】が潜伏していると思われる宙域に向かってもらう!目標は撃破にあるが、相手の力が未知数のため下手に危険を冒すのは極力避けてくれ!では各隊の兵長の指示に従い行動に移れ!以上!」

組分けされた者たちが兵長に従って別々の方向へと進んでいき、大広間に誰一人としていなくなった後に元帝が額に手を置いて玉座に凭れ掛かる。

「…本当にわかってるのかしら」

「あの者たちは元帝様の元で召し使える事を望んで集まっております」

「……これから自分たちが挑む相手が何なのかさえ知らないのね…」


次元樹から飛び立つ巨大生物…移動用のために調教された惑星生物。

紺色の靄に包まれ、水色の眼光が二つぽつりと見えるだけ。その頭部に元帝親衛隊の志願者の一グループ40名が乗り込んでいる。

「これから向かう先は北東区域にある直径9万kmの球体状の星だ。そこに神人類が潜んでいると報告があった。諸君には神人類への接近、そして排除を決行してもらう」

いずれも人間とは異なる異種族の者たちが人型を成して整列している。

その中の竜族系の少年「エリオス」もまた、元帝親衛隊に憧れて志願した一人である。

神人類しんじんるい…か)

2020年8月から姿を現し、こちら側とは別のもの【創造の外側】に付いた存在…

詳細は判明しておらず、本当にその存在を知る者は僅かである。

【ヤッカルンワッツ】と呼ばれる全てが謎そのものが惑星生物界から創造の中心に向かっており、それが到達してしまうその瞬間こちら側の敗北が確定するとかなんとか…

エリオスは離れていく次元樹を眺め、次に戻る時は神人類を撃退し、元帝親衛隊の一人として迎えられる自分の姿を思い浮かべる。

(親衛隊になるんだ…絶対に)

やがて小さな生物たちは近づこうともしない区域に到達する…

惑星生物界の暴君【水星龍】…の抜け殻… 全長8000兆光年に達する怪物が真っ二つの抜け殻の状態で停止している…

2018年3月…何があったのか、何故こうなったのかを知る者はいない。

あの怪物は遥か太古の時代から元帝の一族を捕食し、惑星生物界を縦横無尽に暴れ回り、気に入らない者を根絶やしにし気に入った者を飽きるまで玩具おもちゃにし捨て去り…

そんな怪物に何が起こったのかを知る機会はエリオスには訪れないかもしれない。

何てことを考えている間に目的の星へ到達した。

10光年離れた場所に惑星生物を停止させ、そこから各部隊が船に乗り込んで目的の星へ移動を開始する。

そこへ別の少年兵士が手を上げ、

「兵隊長、一つ質問をしてもよろしいでしょうか」

「なんだ?」

「何故人型のままで向かうのですか?その星に潜んでいるという情報があるのなら、我々も惑星生物の形態をとって一斉攻撃を仕掛けた方が確実なのでは?」

「お前達は奴らの事を何も知らないからそんな意見も出せるのだろう。…いや、正直俺も神人類とやらは見た事はない。これは元帝様からのご忠告なのだが…」

惑星生物は単純に大きければ強いというわけではない。

暴君「水星龍」は惑星生物全体から見れば比較的小型の部類だが、その力は他の生物たちと比べて群を抜いている。

当然大きければ有利というわけではない。

より強力な敵がいる場合、相手に発見されやすく攻撃に備える機会を与えてしまい、向こうからの攻撃の被害がより甚大なものになる。

「気づかれないようにするため…というのも変な話だが、これから向かう星には人型は霊長類系統(地球人類系)のみだ。つまり我々を群衆の中から炙り出し、警戒は愚か容易に撃退出来る」

「それでは本末転倒では?」

「そこで親衛隊の開発した疑似人類識別装置を身に付けてもらう。これを付ければ例え仲間同士でさえ別の種族として見間違える程に完璧に変装出来る」

小さなボタンのようなものを手渡される。

「付ける場所は何処でも構わない。衣服であれ髪であれ、体から離れない限りは機能し続ける」

「それでは仲間同士でどのようにコンタクトを取るのですか?お互いが見分けられなければ混乱を招きます」

「その心配はいらない。装置の裏側に専用のコンタクト機能も付属されている。これなら見た目だけで判別できなくとも、この装置を通じて相手を識別出来るようになる」

エリオスにも手渡され、胸元のポケットの内側に留める。

(こんなもので本当に大丈夫なのかな…)

船が大気圏を抜け、地上に着陸する。

人気のない広大な砂漠のど真ん中…遥か地平線の彼方に見える大きな宮殿…

「これより各自、行動を開始してもらう。今回の目的は神人類の抹殺だが、当然それは簡単ではない…だがこちらの潜入がバレなければ不意を突く事も可能だ」

兵隊長が装置を起動する…すると爬虫類のような顔と鱗が瞬く間に霊長類の姿へと変化する。

「おぉ…」

「確かに何も知らずに出会ったらその星の住民と間違えそうだ…」

「見た目も体格も外装も…」

「これは自由に変えられるということなのですか?」

「いや、予め登録してあるデータのみ読み込める。勿論種類を増やせることは出来るが今は緊急用としての用意されているものだけだ」

他の者も次々と装置を起動して姿を変える。

「各自、連絡を取り合う際にはテレパシーを使え。お互いが味方同士だと周りに悟られるな。神人類はあの建物にいるらしい…では出撃!」

加速装置を起動してその場から次々と姿を消す。

エリオスも装置を起動して地平線に見える宮殿を目指す。


この星最大の都市デスタニア。

星の裏側の勢力と対立しているデスタニア国王は若くして挙兵し、前国王の圧政から民を救ったことにより国全体から信頼を得ている。

デスタニア国王は国政を昼夜問わず自らが管理し続け、常に敵対国からの侵略に備えている。

それだと市民への負担も大きくなり貧困に見舞われるのでは?という質問をされるのだが、それに関しては…

「王様、そろそろ休憩なされては?」

「まだ半分も終わっていない。恵まれた国を得て統治するには国を束ねる者が管理せねばならぬのだ」

「ですがもう5時間もその状態では健康に害を及ぼしますぞ。王失くして臣下あらず、王の身に何かあれば国は崩壊の一途です…どうか休憩なさってください。王様程の成果は得られませんが補助ぐらいなら我々でも出来ます」

「…わかった。しばし休もう」

デスタニア国王が立ち上がり、気晴らしに回廊を歩く。

そこから街を見下ろすと、国王が毎日気にかけている姿が目に映る。

この国が貧困に悩まない理由の一つが…彼女の存在にあった。

美しい少女が貧困に陥りそうになる住人に食べ物を与えている。

国王は少女に惹かれるように城を出て城下町にやってくる。

実際には初めてではなく、過去幾度となくその少女に惹かれて接触を試みている…会う事自体は可能なのだが…

「おぉ…神官様…ありがたやありがたや…」

大きな袋を抱えながら中に入っている食料を飢えや貧困に苦しむ者を誰一人見過ごすことなく分け与える。

重病に苦しむ者に対し高価な薬を配り、怪我をした者には治療や消毒を施す。

勿論全てに対し一切の見返りを求めず、善意そのものであるように…と、そこへ豪勢な衣服を身に付けた貴族が数人やってくる。

「おいおい神官さんよぉ」

呼ばれた少女が静かに顔を上げ、貴族の男達に視線を向ける。

「今日も健気にボランティアか?アンタが無料ただで食い物や薬を貧困層に配りまくってる所為でこちとら商売あがったりなんだよ」

「・・・・・・・」

「そっちが善意でやっててもこっちが苦労するんだよ。今月の売り上げが今までの10分の1にまで落ちちまってる…どう落とし前つけんだ?」

「・・・・・・・」

少女は無関心な様子で構わず食料を配る。

その態度に苛立った一人の貴族が袋を払いのけて少女の正面に立つ。

「損した分は嬢ちゃんの体で払ってもらうしかねえなぁ。見た目はかなり上玉だし、身売りすりゃそれなりの儲けも出るぜ」

「・・・・・・・」

冷めた視線で男を見ている…明らかに自分より小さな少女に見下されているような視線に再び苛立ち始め、我慢できなくなり腕を振り上げる。

「貴様ら!何をしている!」

デスタニア国王が兵士を連れて他の貴族を捕らえていた。

「ひっ…!こ、国王陛下…!?」

「この狼藉者を地下牢に閉じ込めておけ!」

「はっ!」

「お、お待ちください陛下!これには訳が…!」

国王は貴族の話を聞こうとせずに少女に向き直る。

「怪我はないか?」

「…はい。危ない所をありがとうございます、国王様」

一礼して袋を拾い、再び貧困者に配り始める。

「ま、待ってくれ!」

国王の呼び掛けに足を止める。

「…名前を、聞かせてくれ」

「・・・・・・・・」

「其方の事は前から気に掛けていた…変な意味に聞こえてしまうのなら謝ろう。だがどうしても…一目見た時から…」

美しい水色の髪を靡かせながら少女は振り向き、

「スヒャーナ…です」

「…スヒャーナ…美しい名だ」

少女に完全に心を奪われたデスタニア国王は貧困層への配給を兵士たちに任せ、少女…スヒャーナを城へと招待した。


「王都デスタニア…前国王の圧政から…今の王は30にもなってないか。若いのに国王か~」

王都内部に潜入したエリオスが図書館で国の歴史が記されている古文書を読み漁っている。

図書館というには寂れすぎている上に一人っ子一人いない。

誰もいないという理由で兵士も見回りに来ない分気軽に詮索出来るが、神人類に関する情報があるとは思えない。

「…っと、いつまでもこんなとこにいてもな」

変装しているとはいえ、万が一こんな寂れた場所で見つかれば不審人物に思われる。

そうなれば神人類にもバレて計画が台無しだ。

周囲を確認しつつ古びた小屋から飛び出す…が、その瞬間に角から飛び出てきた物体にぶつかって反対側の壁まで吹き飛び、レンガ造りの壁を粉砕しながら倒れこむ。

「うっ…ぐぇっ…」

まるで重機にでも吹っ飛ばされたような衝撃にふらつきながら立ち上がる。

まさか神人類にでもぶつかったのかと不安になりつつ相手を確認すると…竜人系統の少女が立っていた。

高貴にもとれるような衣服はともかく、緑色のウロコが結晶のような煌めきを放ち、頭部はやたら重そうな飾り…と思いきや頭皮のような赤い結晶が生え伸びている。

「なんだ貴様。ぶつかってきておいて謝りもせんのか」

「…君、この星の人…じゃないょ――」

訊ねた途端に平手打ちを受けて大気圏を突き破りながら宙を舞い真っ逆さまに落下する。

「謝るという事を知らぬらしいな。惑星生物の小童には教育が行き届いていないのか」

「…すいませんでした…ってちょっとまっ――」

装置で姿を変えているはずなのにこちらの素性を見抜いたことに驚こうとした途端に再び平手打ちが炸裂してその場で目にも留まらぬ速度で回転して地中に体が埋もれて頭だけ飛び出た状態になる。

「黙れ小童」

「…ごめんなさい」

「・ ・ ・ ふん、最初からそうやって謝っておればいいものを」

(謝ったじゃん…)

「どうなされました、お嬢様」

竜人の少女の背後から同じく竜人系統の男性が現れた。

2m以上の長身で白い身体と霊長類系のさらさらとした頭髪。少女の背が低いのか膝を地に着けて話している。

「ジュゼッセン、お前はこの小童が教育を受けているように思えるか?」

「・・・・・私情で相手を埋めるような教育を先代は為されておりませんでしたが」

「父上は余の辞書に無礼な輩にさえ礼節を重んじろとは記載せなんだが」

ジュゼッセンと呼ばれる男性がエリオスを引っ張り出す。

「ありがとうございます…」

「大変な目に遭われましたね。お嬢様は初対面の相手にはご容赦なされないものでして」

「その小童が悪いのだぞ。余がのんびりと散歩を嗜んでいたところをいきなりぶつかってきおったのだ」

「えーっと…その、お二人はこの星の住人では…ないですよね?」

「えぇ、わたくし達はちょっとした…」

「馬鹿者、こんな礼儀知らずの小童なんぞに教えるでないわ」

「そ、それよりなんで僕が惑星生物だってわかったんだよ」

「口の利き方に気を付けろ小童。余はエスカリス・ドルフォディア・レインターツネル・ヴェンドゥラなるぞ」

「・ ・ ・ ・ ・ ???」

「お嬢様、何も知らぬ若者にお伝えしても…」

「なぬ?フルネームは長すぎるから覚えやすい部分だけキリよく名乗ったではないか!」

「…オホン、私はジュゼッセン。お嬢様の執事でして、警護を担当しております」

「はぁ…僕はエリオス。それで、何で僕が…」

装置はちゃんと機能しているはずだが、もしかしてぶつかった衝撃で故障でもしたのか?

「ふん…貴様、元帝親衛隊の志願者であろう?」

「え…」

「隠そうとしても無駄だ。そんなガラクタで余の目を誤魔化せると思ったか」

「その装置はこのような辺境の星の住人を騙すためのものである一定の段階に到達した惑星生物には効果がないのです」

「はぁ~成程…って二人とも惑星生物なの!?」

「当然だ。余は先代元帝の実の娘であるぞ!控えよ!」

「唐突だなっ!」

「お嬢様、会って間もない相手にあれやこれやと語るのは…」

「……それもそうだな。おい小童」

「エリオスです」

「貴様の名前なんぞ覚える気にもならん。余は少々退屈していたところだ。貴様の退屈凌ぎに余も混ぜよ」

「別に遊んでるわけじゃ…」

「ジュゼッセン、お前は上空で待機しておれ。用があればすぐに飛んで来い」

「承知しました。あまり無茶は為されぬよう…」

勝手に話を進めてジュゼッセンが姿を消す。

「…全然理解が追いつかない」

「足りぬ頭で悩む必要などないぞ小童。これから石ころの中に潜んでいる神人類の元へ向かう。準備は良いか?」

「だからエリオスです…って神人類が何処にいるか知ってるの!?」

「当然だ。余の位になればこんなちっぽけな石ころの中に潜んでいる怪物の存在など強大過ぎて隠しきれないものよ」

「こっちはこれから調査を始めるってところなのに…」

「小童程度では相手の力に飲まれてしまうものよ。しかしあの年増も意地悪いものだ。何も知らぬ小童どもを利用してわざわざ相手を挑発するとは…」

「え」

「今の貴様には理解が追いつかんだろう。黙って余の後に付いてくれば良い。ただし前は決して歩くな!小童風情が余の前を歩くのは余の食事になるのと危険地帯を先行する以外あり得ぬからな!」

「…はぁ」

ヴェンドゥラが目立ち過ぎるドレスと尻尾ををフリフリさせながらエリオスの前を歩く。

「もうちょっと隠そうとしないの?」

「気にするでないわ。これから宮殿の中に忍び込もうというのだ」


デスタニア国王はスヒャーナの美しさにすっかり虜になり、自身が国政を行っている間も近くに居座らせることにした。

スヒャーナは表情が晴れないまま花瓶に飾られている花を静かに撫でる。

国王はその一挙手一投足に見惚れて仕事が手に付かない。

「…スヒャーナ、何か不満があるのか?」

「・・・・・・・」

「遠慮する事などない、好きに申してみよ」

「…民の事が心配なのです」

「貧困者か…心配する事などない。兵士に隅々まで行き渡らせるように命じておる」

「本当に信頼できるのでしょうか…彼らに任せてはおざなりにしてしまうのではと…」

「……其方が不安に思うのもわからんでもない。確かに兵士の中には時折悪事に走る者もいる。いくら平等にしようと心掛けても自分達だけ得をしたい者がいるというのもまた事実だ…」

「この街には私しか知らない貧困に苦しめられた人々がおります。ですから私が自ら出向かなければ餓死してしまう者が増える一方…」

立ち上がるスヒャーナの手を取って抱き寄せる。

「スヒャーナよ、我が妃となれ。そうすれば飢えや貧困に苦しむ民の救済も、この国に真の平和を齎すのも其方の思いのままよ」

小さく溜息を吐いて国王をそっと突き放す。

「なりませぬ、陛下…私は神に仕える身、それを汚す行為は神への冒涜と同じことなのです。陛下の想いは無駄には出来ませぬが、私には荷が重く受け止める事も出来ません」

静かに断り、背を向けて国王の元から立ち去る。

「・・・・・・・・・」

スヒャーナはそのまま城を出て地下道へと向かい、奥にある無人の礼拝堂へ。

靴の音がコツンッと響く… 静かで、蠟燭ろうそくともしびだけが頼りとなる暗い道だ。

誰一人として足を踏み入れる事のない地下道は所々が綻び、天井や壁に穴が開いている…そして天井裏は元々水路として利用されていたためそれなりに大きな空洞が出来ている。

前国王が支配していた時代は活用されていたが、国王が代わってからは礼拝堂の真上では危険と判断されたため別の水路が建設され、今となっては礼拝堂すら立ち入る者がいなくなってしまった…

そんな天井裏からエリオスとヴェンドゥラが真下を通過していくスヒャーナを観察している。

(あれが神人類スヒャーナ。いきなりこちら側に現れて以来我々と対立している)

(神人類…まるで普通の人間みたいだ)

(化物だとでも思ったか。ああやって何の特色もない下等生物どもに溶け込んでいる気でこちらをからかっておるのだ)

(からかってるだけなの?)

(向こうにとってのからかいだと思っている程度だ間抜け。その度合いがどれ程のものか貴様程度では理解出来ぬだろうがな)

(…さっきから僕の事ボロクソに言い過ぎじゃないの?)

(見た目通りではないか、このチビ)

(むむむ…君だって僕と大して変わらないじゃないか!上げ底の靴履いてるだけで)

ひそひそしながらヴェンドゥラに突っかかると指先に転がっていた小石を突き飛ばしてしまう。

天井裏からスルリと落ちた小石はスヒャーナの足元に音を立てて転がっていった。

(っ!!!)

その音に対しピタリと足を止めて振り向き、天井に開いている小さな隙間を見つめる。

エリオスは心臓をバクバクさせながらも必死に息を潜める…汗が流れ落ちる程怯えているエリオスに対し冷静なままのヴェンドゥラがモソモソと左手で探り、何かを掴み取って隙間目掛けて投げ込む。

『キキッチチチチッ…』

天井裏からネズミが飛び出してスヒャーナの足元を通り過ぎる。

地下道の壁の隙間に逃げていくネズミを見送った後に踵を返して再び礼拝堂へと足を向ける…やがてスヒャーナの姿が見えなくなると、

(~~~~~~~~~~~~~……ぶはぁ~~~~~~っ!心臓が止まるかと思った…!)

(だーから貴様は脳も心臓も体もチビなのだ間抜け)

(ば、バレてたらお陀仏だったかも…よくあんな状況でネズミなんて捕まえられたね…)

(……それより、貴様らはどうやってアレの近くに到達するつもりだ?)

(わからないよ…そもそも他のみんなはまだスヒャーナが神人類だってことを知らないし…)

このまま籠っていても仕方ないので一先ず外に出る事に。

エリオスは黴やら泥やらで汚れているのに対しヴェンドゥラのドレスには埃の一つも付いていない。

「うぅ~…これって洗濯で落ちるのかな…」

「さて、と…言っておくがテレパシーなんぞ知恵遅れな手段など使うでないぞ。神人類に感知されるのは目に見えておる」

「じゃあどうすれば…」

と、こちらに視線を移してニヤリと…したかと思えばポケットの内側に止めてあった装置をぎ取る。

「え」


国王がスヒャーナを迎えるようになって三日が過ぎた頃…

「王様、国政の責務は我々がなさいますのでお休みになられては」

「あぁ、頼む」

執務官達に仕事を任せて部屋から出て行く。

「…今の王様、上の空じゃないか?」

「あのスヒャーナとかいう女を連れ込んでからというもの、まるで堕落する一方だ」

「まだ三日しか経っていないだろう。もうしばらく様子を見てから判断を下しても遅くはあるまい」

「だがこのまま国王が堕落し続けてしまうとするなら…向こう側の大陸国が攻め込んでくる危険もある」

「……しかし何かしら理由がなければ国王の機嫌を損ねるだけに終わってしまう」

三日間スヒャーナの事で頭がいっぱいになっているデスタニア国王は一日に何度も何度も、睡眠の時間を削ってでも何とかして彼女を王室に迎えようと尽くしていた。

そして夜…煌めく星々が夜空に浮かび、人工的に明かりを灯さずとも地上を照らし、その光によってスヒャーナの髪が美しく輝いている。

展望台に用意された椅子に座り、静かな目で街を見下ろしている。

「スヒャーナよ、この国一番の眺めはどうだ?絶景だろう?」

ワインとグラスを手に持って展望台へとやってくる国王に視線を移す。

グラスを手渡しワインを注ぐが、スヒャーナは一向に口にしようとしない。

「どうした?この景色を見渡しながらの酒は格別だぞ」

「…何故私にそこまで執着なさるのです?」

「……そう、だな…そう…初めて見た時から其方の事を…」

「…私が王妃なるには荷が重すぎます故…それに私は神にお仕えする身、如何なる理由でも穢れを抱くことは許されませぬ」

「ならば神をも従えて見せよう!神さえ王の下に仕えさせれば其方も神の決めた罪や法に縛られずに済むのだ!」

「・・・・・・・・」

手を握る国王に対して表情が変わらないスヒャーナは…

「陛下!」

「っ! …何用だ、何者も立ち入らぬように命じたはずだぞ」

「侵入者です!それも…!」

二人きりの時間を台無しにされた怒りよりも兵士の慌て方が只事ではない事が気になり、スヒャーナと共に城門へと向かう。

そこには…装置を取り上げられて雁字搦めに縛り上げられたエリオスがもがく事も出来ないぐらい丸まって転がっていた。

「は、薄情者…」(涙目)

「…な、なんだこれは…」

「陛下!こやつは向こう側の生物兵器に違いありませぬ!すぐに処分してしまうべきかと…!」

「……ぬぅ」

エリオスの容姿に困惑する国王と恐怖している兵士。

それに対しスヒャーナは冷静なまま…素性を知っている側からしてみれば当然の反応か。

「…陛下、開放してしまっても構わないかと」

「何?」

と、こちらの正体を見抜いているはずのスヒャーナが切り出す。

「ここまで手も足も出ない状態というのは兵器と呼ぶにはあまりにも…そもそも何処の誰が拘束したのかはわかりませんが、こんなもので身動きが取れない生物に危機感を覚える必要はないかと…」

エリオスに近づいて拘束に使われている紐を引っ張る。

何の変哲もないロープが出鱈目に絡められてエリオスがあっちへコロコロこっちへコロコロ…

(や、やめて…うぇっ)

「…そうだな。其方の言う通り、開放してやってもいいかもしれん」

「陛下、なりませぬ!」

スヒャーナが下がり、国王がエリオスを縛るロープを外そうと近づいてくる。

「で、デスタニア王!そこの女、スヒャーナは神人類です!王や国民を誑かし、嘲笑うだけの卑劣な怪物なんです!どうか、どうかその女を処刑してください!」

とりあえず思いつく限りの言い分を出してみるが…

「・・・・・・・・」

エリオスを解放しようとした国王の動きが止まり、次第に小刻みに震え始める。

「…この私を愚弄するのか」

「え…」

「この下郎を地下室へぶち込んでおけ!明日の日の出と共にその首を我が手で切り落としてくれる!」

(えぇえぇえええええぇ~~~~~~~~!!?)

驚愕するエリオスに呆れるように小さく溜息を吐くスヒャーナ。

国王の怒りは収まることなく怒号し、兵士は大慌てでエリオスを地下牢へと運び投げ入れる。

「あいでっ!」

「ふぅ…あんなに怒る陛下は初めて見たぜ…」

「あぁ、先代国王が逆らった労働者を大衆の目の前で斬首した時以上だったな」

兵士が話しながら地下から出て行き、看守が入れ替わる様に階段前に立つ。

(うぅ…な、なんでこんなことに…)

人型になっているとはいえ仮にも惑星生物。

たかだかちっぽけな霊長類程度の斬首などでお陀仏というのはないが、神人類がいるともなれば話は違ってくる。

しかも変身装置を取り上げられ、本来の姿を晒してこちら側の正体を大衆の前に晒されるわけだ… 共に潜入してきたチームにも多大な支障が出るに違いない。

(神人類の正体もわかってるのに手も足も出せないなんて…ようやく親衛隊になれるチャンスだと思ったのに…)

それもこれも全ていきなり現れて今の状態まで追い込んでヴェンドゥラの所為だ。…正直そう思わないとやっていけない。

「ちくしょ~ただのロープかと思ったらビクともしないしどうなってんだよ~!」

情けない声を上げながらコロコロと藻掻く。

と、階段付近でトマトが潰れたような音が聞こえて同時に牢屋の扉が飴細工のようにひん曲げられる。

「なんだなんだ、男子たるもの情けない声なんぞ出しおって」

エリオスを絡めとっているロープを摘まみ上げるのはヴェンドゥラだった。

「あ!君の所為で酷い目に遭ったぞ!明日処刑されることになっちゃったじゃないか!」

「仮にも惑星生物がちっぽけな人間風情に何を怯えているのだ。それにあんな言い分であの男が納得すると思ったのか間抜け」

「うぐぐぐ…き、きっと神人類に洗脳されてるんだよ!」

「単純に色ボケしてるだけで相手は何もしてないぞ」

「えぇ…」

「さて、つまらん余興もここまでにして…神人類を表に引きずり出す計画は上手くいった。後は貴様の判断でやるがよい」

爪を軽くひっかけてロープを切る。

関節的に無理のある状態でガッチリと縛られていたため腕やら脚やらが多少痛むが、こちらの事などお構いなしに地下から出て行くヴェンドゥラの後を追う。

地下牢の看守が階段手前で頭部が綺麗サッパリなくなっている…というよりも叩きつけられた速度と勢いで頭皮の一部も残らずにケチャップをぶちまけたような…いや止そう。

「そ、それでどうやって神人類を誘き出すの?」

「知らん。そこからは貴様の勝手だろ」

「えぇぇえ!?」

「何を驚いてる?そもそも余は貴様らの間抜けな計画とは無縁なのだぞ?神人類が何であるかを教えてやっただけでも感謝しろ」

「…確かにそうだけど」

「というわけで余はそろそろ失礼するぞ。精々体が真っ二つにされんようになー」

冗談に聞こえない内容に戦慄するが、神人類の情報を仲間に伝えないとどうにもならない。

「テレパシーは使うなって言ってたけど…その前に神人類に感知されてるって言ってたし…どうせバレてるならこっちの戦力を集める方が得策じゃないか!」

テレパシーを使って兵隊長に報告する…内容は神人類が国王の近くにいる神官の少女であり、国王が彼女に惚れこんているため結果的に国全体を味方に付けている状態…

(このまま僕が処刑されるって状態なら、神人類と他の兵隊たちを引き離せるかも)

惑星生物から見れば微生物にも劣る下等生物とはいえ、神人類の手によって怪物にでもされたら厄介極まりない。

出来る限り神人類と他の人間を引き離せるチャンスを手にしなければ…

エリオスが地下牢から脱出してテレパシーで連絡をする前…デスタニア王は王室でスヒャーナを迎えていた。

スヒャーナの目の前でエリオスに死刑宣告を告げた国王は肩を落として額に手を置く。

「すまなかった…其方を侮辱された事につい憤ってしまいみっともない姿を晒してしまった…」

「構いませぬ。それ程陛下が私の事を想ってらっしゃると…」

自らの想いが伝わったと感じた国王は顔を上げる。

「で、では余の願いを聞き入れて…!」

「ですが一つだけ、お願いを聞いてくださいますか?」

「あぁ、なんでも聞こう!其方の望みの全てを叶えよう!」

微笑と共にスヒャーナが立ち上がり窓から城下町を見下ろす。

「この国で最も眺めの良い場所であの異形の者の処刑を執り行ってくださいませ」


『よくやった。上手く神人類を誘き出せれば先手を打てるかもしれん』

報告を終えて倉庫に身を隠すエリオス。

兵隊長はこれから全員を招集し、国王と二人きりになったスヒャーナを狙い撃ちにする予定だ。

(…先手を打つ…か)

ヴェンドゥラから聞いた話を報告してもどうせバレるなら同じことと思い伝えなかったが、いくら神人類とはいえ総攻撃を受ければ一溜りもないはず…

「…あっそういえば明日僕の処刑が執り行われるんだった。地下牢から出てるんじゃ神人類を孤立させるどころじゃないかも…」

今更気が付いてももうすぐ日の出を迎える。

一人であんな拘束状態になるのは不可能な上に、そもそもあんな状態では攻撃に移る以前の問題だ。

「どうしよう…仲間に僕を縛ってくれって言うのも変な意味にとられるかもしれないし…」

なんて悩んでいた所にとんでもない信号が鼓膜を突き破る勢いで脳内に響く。

『おい小童、聞こえるか?』

「~~~~~~~~~~~・・・・・・・・・」

『んむ?反応がないな…テレパシーの信号が間違ったか?』

声質としゃべり方からしてヴェンドゥラだ。 流石に間違える事のない程にくっきりはっきりと記憶に刻まれているため間違えようがない。

「…き、聞こえてるよヴェンドゥラ…もうちょっと信号を下げてくれ…」

『なんだ届いてたのか、ならばさっさと返事を間抜け』

「そんなにでかい信号が響いてたら反応出来るものも出来ないよ…」

『テレパシーなんぞ使ったことがないからな、どうやればいいかわからんのだ。それはさておき、神人類が貴様の処刑を展望台で執り行う様に国王に進言していたぞ』

「展望台で…?」

『なんでも眺めのいいところで貴様の死に様を見届けたいだそうだ。ま、そんなところだから頑張れよ』

勝手に信号送ってきて勝手に終了させる。

そもそも何故彼女が神人類の話した内容を知っているのかは疑問だが、どうやって神人類を孤立させてから攻撃を行うかの算段は整った。

急いで兵隊長にテレパシーで連絡を取る。

その間にも日が昇り、スヒャーナは国王に展望台へ向かうように言い付け、国王はエリオスの処刑を行うため兵士に連れてくるように命令する。

朝日が地平線の向こうから国を照らし、新たな一日を迎えようと国民が家から出てくる。

「ふっ…今まで展望台など数える程しか上った事がない。だが一度ひとたびここに来るとこの絶景に思わず心を奪われてしまう…それも新たな一日の始まりと、其方が隣にいてくれるともなれば尚更…な」

「それに付け加えて国を脅かす異形の者を、この国の繁栄のための生贄となれば更なる栄光も間違いございませぬ」

「あぁ、その通りだ」

昨日と打って変わってやや危険な傾向を思わせる言動だが、現を抜かしている国王にはそれに違和感を覚える事は出来ない状態だ。

展望台の広さも半径20mと何もなく見渡すだけの場所にしてはやや広い。そして元帝親衛隊志願の先行隊が二人を取り囲むのにも十分な広さだ。

「そこまでだ、神人類!」

兵隊長の号令と共にエリオスを含めた先行隊40名が展望台に集結する。

エリオス以外は装置が取り外されているわけではないため、デスタニア国王には見た事もない武器を持った人間にしか認識できていない。

「なんだお前たちは!?見張りの兵士はどうした!?侵入者だ!」」

「デスタニア国王、申し訳ないが兵隊は来ない。貴殿に危害を加えるつもりはない」

兵隊長が命じると先行隊の一人が加速装置で国王をスヒャーナの隣から階段付近に移動させる。

「っ!?」

状況を飲み込めない国王に代わって兵隊長が前に出る。

「神人類…この星の生態系の一部に化けたつもりだろうがお前の正体は既に分かっている。これ以上誤魔化す必要はない」

「……失礼ですが人違いでは?」

「先程元帝様からお前の情報を授かった。たった1週間のみの滞在を改変して長い間この街に住んでいるようだな。神官を演じて社会的弱者を救済していると思わせて国王に取り入ろうとは…政略に興味でも沸いたか」

元帝の名を聞いた途端表情から色が失せ、呆れたように伏目で睨みつける。

「元帝も意地悪いものだな。こんな連中で小突かせて私の興味を引こうというのか?」

最早隠そうとせず自身が神人類であることを認め、こちらの戦力に対して小馬鹿にするように鼻で笑う。

「政略だと?弱者の救済だと?元帝から派遣された割りには何も知らされていないのかそもそも何故私がこんなちっぽけな星域でのんびりしていると思っている?」

「スヒャーナ…何を…何を言っているのだ…?」

スヒャーナの豹変…もとい愛した女性の素顔を目の前に困惑する国王。

それに構わずスヒャーナは先行隊を嘲笑う様に罵倒し続ける。

「ムシケラ同然の役立たずが、お前たちは元帝が何を考えているのか理解出来ているのか?元帝自身でさえどうにもならない我々をお前達のような残りカスどもが本当に我々と戦えるとでも?」

スヒャーナの言葉に先行隊がざわつき始める…直接言葉で語りかけるというよりも存在そのものに語り掛けてくるように響いてくる。

「聞くな!我々を惑わそうとしているだけだ!」

「お前自身も元帝に何も知らされていないのだろう。あの女が塵や粕にさえ劣る輩を本当に戦力として数えているのか?元帝から私の情報は聞いているんだろう?ならば尚更ではないか」

「っ……」

兵隊長も疑念が生まれ、攻撃に移ろうにも動くことが出来なくなる。

「実に哀れだな。ただただ働き蟻のように忠実に命令に動くだけか…我らのように主に従うという点は同じなのに何故こうも違いが出るのだろうか…」

動けなくなった先行隊に対してゆっくりと歩を進め始めるスヒャーナ。ただ引き金を引けばいいだけの動作すら許されない…場を掌握されているかのように…

「政略も救済も興味はない。私が望むのは戦いだけ…王を利用して世界を巻き込んだ戦争でも引き起こすのも一興かと思ったが、ようやく元帝が行動を起こしたわけだ。そろそろ戦争開始の合図の一つでも」

僅かに視線を外した瞬間、重い金属音が響くと同時にスヒャーナの額に穴が開き、そのまま仰向けに倒れた。

銃撃…それもレーザーのような光学兵器ではなく実弾によるものだ。

音の発生源はデスタニア国王からだった…彼の手には一丁の拳銃が握られていた。

「……例え其方が利用していたとしても、私は其方を愛していた…これだけは決して…嘘ではない…」

頼りない足取りで先行隊を押し退けてスヒャーナの横に立つ。

「愛している…どれ程利用されようとも…どれ程壊されようとも…」

涙を流しながら座り込み、スヒャーナの頬を撫でる。

(…死んだ?元帝様でさえどうにもできないはずの神人類が…?あんなちっぽけな一撃で…?)

エリオスだけでなく周りもざわついている…仮にも元帝と対立する存在だ。あの程度で倒せるはずがない…

そんな先行隊の疑念もお構いなしに倒れているスヒャーナに別れを告げている国王。

「…この国が全てを統治し終えた時、其方の墓標を中心に建てよう…恨んでくれても構わぬ…だから…だから…」

国王がスヒャーナに別れの口付けしようとした瞬間―――国王の頭部が消えた。

スヒャーナの右腕がつきだされると同時に消し飛んだ…のではなくそのまま消えた。

突き出された右腕の勢いに乗らず、ゆっくりと、糸で釣り上げられた人形のようにゆらりと立ち上がる。

「愛しているか。退屈だな」

そのまま右手の人差し指を立て、額に開いた穴をシールのように剥がす。

内側にまで到達していた穴は立体感を失くして床に落ちる…そのまま指を兵隊長に向け、撃ち込まれた銃弾が飛び出し、発射されると同時に銃弾が砕け散って散弾の如く兵隊長の全身に突き刺さる。

「っ―――」

今度は兵隊長が力なく倒れ、エリオスが慌てて抱き起す。

「た、隊長!」

たかが人間の指先程しかない小さな弾丸程度で惑星生物がやられるはずがないという思考でいたため、兵隊長が既に事切れている状態に驚愕して体が硬直する。

(そんな…!あんな…あの程度で…!)

助けを呼ぼうとした瞬間、周囲の先行隊の胴体が横一閃されて一斉に倒れる。

上半身と下半身が離れるが血は出ていない…否、切断された箇所が凍り付き、且つ即死の状態にあった。

理解が追いつかないエリオスは反射的にスヒャーナの方へ振り向く。

先程まで罵倒していた微笑を浮かべていた表情とは一変し、完全に興味を失くしたように…まるで道端の小石の上にいる微生物を見るような目でエリオスと他の亡骸を見下ろしていた。

「ここまでだな」

何処からともなく鎚を取り出し、柄の先端部で床に落ちた穴を小突く。

スヒャーナは宙に浮き、一瞥するようにエリオスを見下ろして大気圏を突き抜ける…それに呼応するように穴が沈んでいき、星全体に振動が走る――!

「な…何が…何がどうなって…」

国に住む人々、まだ人の手が入っていない陸地や海に住む生き物、この国と敵対している勢力…この星に存在する全てが何が起こっているのか理解するよりも早くその「異常」が訪れた。

地面からではなく星の中心部から突き出る氷の柱。一つの柱が国一つを突き崩し、それに続くように小さな針が無数に飛び出し、理解出来ない生物や人々を巻き込み血肉が飛び散り、皮や内臓を引き裂く…それでも尚足りぬというほどに大地が裂け、崩壊した陸地を内側から押し出すように氷塊が形を成して飛び出す。

「~~~~~~~!」

理解不能の状況に追い込まれたエリオスは崩落する展望台から動けずにただ氷塊に押し潰され、引き裂かれ、血肉がばら撒かれていく状況を黙って見ているしかなかった…そんな時に彼の腕を引っ張る者が現れる。

「何をしている、さっさと来い」

こんな異常事態にも平静を保っているヴェンドゥラが放心状態のエリオスを引っ張り上げる。

「ジュゼッセン、いいぞ」

『承知しました』

崩落に巻き込まれる寸前に二人がこの星から姿を消す。

次元樹から移動用として使用した惑星生物の操縦室に転移。操縦席にはジュゼッセンが座っている。

「お怪我はありませんか?」

「見ればわかるだろ」

直径9万キロの球状惑星は瞬く間に崩壊し、巨人を模した氷塊の怪物が姿を現した。

「ここにいては攻撃に巻き込まれます故、次元樹に向かいましょう」

「まぁ直に奴らも到着するだろうしな」

何かと余裕な会話をする二人に対し、エリオスは跡形もなく消滅し、怪物となった惨状を見つめていた。

(こんな…何が…どうなって…どうして…)


100光年に到達した氷の怪物は移動を開始し、離れた場所にある星々や小さな生物を攻撃し始める。

その様子を離れた場所から見下ろすスヒャーナは遥か彼方からやってきた巨大な惑星生物に視線を向ける。

「元帝親衛隊…ようやくお出ましか。残念だがあるじから召集があったのでな、お前たちはこの玩具がんぐで遊んでいるがいい」

吐き捨てるように言い放ち、次元の狭間を切り開いてその中へと溶け込むように消えていった。

氷の怪物は親衛隊に目標を定めると口から巨大な砲撃を放つ。が、親衛隊レベルの惑星生物にとって微生物にも劣る物体の攻撃は攻撃にすらならない。

親衛隊の一体が目の前に空間を凝縮させた球体を作り、氷の怪物に向かって打ち出す。

ブラックホールとも異なる重力波が発生し、氷の怪物は跡形もなく瞬く間に消え去った。

親衛隊はそのまま次元樹へと帰還し、エリオスが乗った移動船を迎え入れる…正確にはヴェンドゥラを迎え入れると言った方が正しいか。

「ヴェンドゥラ様、ご無事で」

「元帝の犬どもの迎えなぞいらぬ。お前達はあの女に今回の不祥事の報告でもしておればよい」

頭を下げる親衛隊を突き放すように言い放ち、ジュゼッセンと共に別の区域へと移動する。

「…同じく他の隊は全滅。志願者の中で唯一生き残ったのはヴェンドゥラ様と同行していた少年だけです」

親衛隊が今回の出来事を元帝に報告すると、元帝は最初から分かっていたかのように溜息を吐く。

「…そう、やっぱりこうなってしまったのね。我々には明らかに戦力が不足している。神人類と対立するには…絶望的過ぎるわ」

「…このような一大事に…隊長がおられれば…」

「…彼に頼ってばかりでは解決にならないわ。リベオラ、そして支配神との戦闘で立て続けに惑星生物界における対神人類の戦力は削られ続けているのよ」

「…申し訳ございませぬ」

「謝る必要はないの。これは私自身の落ち度でもあるのだから…それより、生き残った子は?」

「はっ、恐らく… 復帰は愚か、正常を保つことすら絶望的かと思われます」


唯一生き残ってしまったエリオスは…

次元樹の一角の隅で膝を抱えて震える事すらできず、虚ろな瞳で虚空を見つめている。

自分の思っていたものとは何もかもが違っていた事への衝撃か、それとも…

   続く

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