5 ファミレス
ファミレスってさあ……結構便利だよな?
入るときも、いちいち面倒臭いこと訊かないし――呼び出しボタンを押すまで、干渉して来ないから。
自覚のマンションから、わずか八百メートルにあるファミレスで……俺は榊エリカと向かい合って座っていた。
今夜は――スーパーで食材を買って、自炊するつもりだったのに。
目の前にはどういう訳か……泣き疲れた感じで目が赤い女子高生が座っている。
空気の重さに耐えきれなくて――俺は呼び出しボタンを押す。
ピンポーン――
「お客様……お待たせしました。ご注文をお伺いします!」
恐らくバイトだろう、爽やかな笑顔のおねーさんが告げるが、
「えっと……俺はドリンクバーで。榊さんは?」
「…………」
「ハハハ……すみません、ドリンクバー二つで」
「畏まりました、注文を切り返します――」
バイトのおねーさんのリフレインを聞きながら……俺は横目で榊エリカを見るが――彼女はどういう訳か、俺と目を合わせようとしなかった。
一応説明しておくが――
俺は、あらゆる兵器を具現化する異能を持つ男――朱鷺枝エイジで、目の前にいるのは、昨日の夜助けた相手で、偶然同じ学校の同級生だった榊エリカ。
俺たち二人に、昨日まで接点は無く――だから、一緒にメシを食う理由なんて無いんだけど……
「榊さんは……何が飲みたいんだよ? 俺が取って来るからさ、教えてくれるか?」
「う、うん……ありがとう、エイジ君。私は……カ○ピスソーダ」
「了解……取って来るから、ちょっと待っていろよ」
ドリンクサーバーの前で――俺は少し冷静になる。
どうして俺が……赤の他人の飲み物を、取って来るのか。
(えーと。よく考えろ、俺……俺と榊エリカは、たまたま同じマンションに住んでいたってだけで――いや、ちょっと待てよ? 榊なんて奴、俺のマンションに居たか?)
俺は職業柄――記憶力は良い方だ。学習能力が生死を分けるって事も多いからだ。
俺は毎日家に帰る度に、マンションの集合ポストを見てる訳だが……『榊』なんて名前を、見た記憶はない。
俺は榊エリカが待っているテーブルにソッコーで戻って、彼女にカ○ピスソーダのグラスを渡して、自分は充○野菜のオレンジの液体に、ストローを指す。
「あれ、それって……エイジ君て、意外と健康志向?」
どういう訳か、すっかり機嫌を直したエリカが――箸が転がるのも楽しいって感じで、笑みを向けて来るが……俺は冷徹モードに戻っていた。
「榊……あのさ? おまえ、俺と同じマンションに住んでるって言ってたけど……いつからだよ?」
俺の詰問口調に――エリカは戸惑いながら応える。
「え……何時って……今日からだけど?」
やっぱり、そうだろう! ――俺は自分の勝利に感動して、ガッツポーズを取るが……
すぐに、やってしまったと後悔して、慎ましく椅子に座る。
「エ、エヘヘ……何だななあ……エイジ君って、ホント面白すぎるよ!」
嬉しそうに笑うエリカだったが――俺は全く別の事を考えていた。
(えっと……マジで、今日子さん? 個人情報保護とか、甘すぎじゃないか?)
昨日の時点でで、俺の住所を知っていたのは――俺の数少ない知人二人を除けば、(株)ヴァルハラ機関の人間しかいなかった。
俺は今すぐ今日子さんに苦情の電話を入れたかったが――エリカが無言で向けてくる視線に気づいて、思い止まる。
「あのさ……エリカさん? マジで……俺に何か用ある訳?」
そうだった――とりあえず、ファミレスに逃げ込んでみたが――榊エリカが、どういう目的で俺のマンションに引っ越してきたかを訊いていない。
いや、他人様の事情とか興味ないから……俺に関係ないなら、どうでも良いんだけど?
「あ……そうだ、ごめん。あのね、私ね……」
榊エリカは何故か恥ずかしそうに――チラチラと、俺の方を見ていた。
「私ね、助けてくれたエイジ君の事……好きになっちゃったみたい……キャッ!」
恥ずそうに頬を染めながら宣言するエリカの言葉を……俺は冷静に受け止める。
それも、そうだろう――俺にとって、榊エリカは……
「あっそーですか……ハハハ……じゃあ、そういうことで――ここは俺が払うから、あとはゆっくりしていってよ」
俺はテーブル横の伝票を掴んで、レジに向かおうとするが――
その手首を、榊エリカはがっしりと掴んでいた。
「……あのさ? 俺は帰るから、放してくれないか?」
俺は精一杯の爽やかな笑みで告げるが――
「駄目よ……エイジは、私の大切な人だから。簡単には、逃がさないからね!」
ニッコリと笑うエリカの傍らで……これって何の罰ゲームだよと、俺は思っていた。
――っていうかさ? おまえら、女子高生が嫌いな男子が世の中に居ることを理解しろよ!