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2 ボッチめしの筈が……


 昼休みを告げるチャイムの音――欠伸をしながら、机から顔を上げると。英語教師の田中とバッチリ目が合った。


「……朱鷺枝。おまえ、本当に良い度胸しているな? そんなに俺の授業が詰まらないか?」


 田中に睨まれて、俺は頬を掻く。


「いや……聞いてなかったので、正直解りません。でも、俺が寝てたのは単に寝不足だっただけで。先生の授業のせいじゃありませんよ。それじゃ……」


 こんな適当な応えに――田中は怒りで肩を震わせるが、それ以上追及してくる事はなかった。


 授業なんか聞かなくても、俺の成績は学年トップで……難関大学の合格者数を宣伝材料にする私立高校にとっては、俺の態度なんかよりも、成績をキープして貰う方がありがたいからだろう。


 もっとも――今さら大学なんて、俺は行く気ないけどな。


 欠伸をしながら廊下を歩いて、学食へと向かう。

 ちなみに学校での俺は普通に学ランで、黒髪に黒ぶち眼鏡と地味な格好をしている。


 身長は百七十九センチと、一年の割には高い方か。どちらかというと痩せ型。身長だけで、入学時にはスポーツ系の部活に幾つか誘われたけど、面倒だから全部断った。


 購買で焼きそばパンと牛乳を買うと、俺は適当に空いているテーブルに座って食べ始める。


 他の奴らは、みんな知り合い同士で集まって、喋りながら飯を食っているが――俺はいつも通りに、ボッチ飯を食べる。


 別に、そんな事どうでも良いんだけど……俺がボッチになった原因は、ハッキリしている。


 一つは入学早々に、俺はヴァルハラ機関のバイトで一週間ほど遠征していたから。どこかのグループに入るタイミングを完全に逸した事。


 もう一つは休んでいた理由を、クラスの奴に訊かれたときに――『バイトで侵略者を倒すために遠征に出ていたからだよ』と素直に応えてしまった事だ。


 その日から、俺は中二病扱いされることになった。


 深淵の門(アビスゲート)や侵略者の存在は一般的に知られているが――立ち入り禁止区域以外に出現しないこともあって、大抵の人間にとってはリアリティーがない。


 対岸の火事と言うか、地球の反対側で起きている戦争みたいなものだ。


 そんな場所で、同じ学校の奴が戦っているなど誰も思わない――『昨日まで中東で戦争してました』とか言われても、まともに信じないのと同じ理屈だ。


 そもそも俺は、高校に入る前も同年代の知り合いなんて、ほとんどいなかったから。クラスの奴らの扱い方も良く解らなかった。


 その上、ヴァルハラ機関のバイトで夜が遅いことも多いから。俺は学校で殆ど寝ているし、愛想も良い方じゃない。


 寝起きで不機嫌なときも多いから……クラスで俺に話し掛けようとする奴は、すぐにいなくなった。以上――


(それにしても……昨日は不味かったな)


 俺は立ち入り禁止区域で会った榊エリカのことを想い出す。

 あの後、俺はエリカから彼女の事情を聞いていた。


 侵略者の突撃レポート動画をネット配信する――案の定、そんな下らない理由のために、あいつは立ち入り禁止区域にカメラマンと一緒に侵入したそうだ。


 しかし、実際に侵略者に遭遇した瞬間、カメラマンはエリカを放置して真っ先に逃げたらしく、一人取り残されて呆然としていたところを、俺が助けたという訳だ。


 あの女が俺の正体に気づいた理由は謎だが――それを問い質す余裕が、昨日の俺には無かった。


 いや、ヴァルハラ機関のバイト自体はバレても一向に構わないが……あの中二病スタイルが俺だと知られた事に、俺は少なからずショックを受けていたのだ。


 あの格好は営業用で、目立つことで戦闘動画のPVを増やすためと、俺自身だと絶対にバレないためな訳で――俺は絶対に中二病じゃない。


 そんなことを考えていたから……気づくのが遅れた。


「ねえ、エイジ君……ここ、座っても良い?」


 榊エリカ本人登場――声を掛けられたときには、もう逃げ場はなかった。


 巨乳美少女アイドルの彼女は、とにかく目立つ。昨日の衣装と違って今は、普通に学校指定のセーラー服を着ているが……周りにいる生徒の大半が、こっちに注目していた。


「……」


 あからさまに嫌そうな顔をする俺に――彼女の顔が曇る。


「昨日は……ごめんなさい。事務所に指示された……なんて言い訳よね? 本当に、馬鹿なことをしたわ……」


「え……」


 事もあろうに――エリカはいきなり泣き出した。


「なあ……おい……」


「許して欲しいなんて……言えないよね? 私は……エイジ君にとって、迷惑なだけだから」


 言ってることは間違いじゃないが――事情を知らない奴が聞いたら、これって彼氏に別れ話を切り出された女とか思わないか?


 いや、他人に何と思われようが、何て言われようが構わないけど。

 正直言って……俺は面倒臭くなっていた。


「俺が許すとか許さないとか。そんなの、どうでも良いだろ?」


 元々関わりも無いんだし、俺に何て思われようが関係ない筈だ。だから、もう絡で来るなよと、席を立って立ち去ろうとした瞬間――エリカの瞳から、大粒の涙が溢れた。


「エイジ君、やっぱり怒ってる……私、どうしたら……」


 上目遣いで見つめられて――俺は硬直する。

 どうして、そんな顔をするんだと、俺の方が言いたい。


 同年代の女の子に関わるなんて――俺にとっては小学校の低学年以来だ。

 だから、対処の仕方が全く解らなかった。


 こいつは勝手に禁止区域に入るような迷惑な奴で。いきなり泣き出すとか、訳が解らないけど……本当に謝りたいって気持ちは、俺にも解った。


「もう、良いよ。解ったから……許してやるから、二度とやるなよ」


 自分でも、らしくないと思いながら。そんな台詞を吐くと――


「エイジ君……ありがとう……」


 エリカは涙をぬぐいながら、精一杯の笑顔を浮かべた。


「じゃあ、そういう事で……」


 俺は片手を軽く上げて、今度こそ学食を後にした。


 結局――エリカが俺の正体に気づいた理由は謎のままだし。

 どうして彼女が俺に絡んで来たのかも解らず仕舞いだが……


 これで、もう関わることは二度と無いだろうと――このときの俺は、タカを括っていた。


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