1 俺は絶対に中二病じゃないから
都市の上空に突然出現した漆黒の渦――『深淵の門』から、数百体の黒光りする怪物たちが溢れ出していた。
『深淵よりの侵略者』と呼ばれる奴らに、物理攻撃は一切効果が無いが――異能者である俺にとって、そんな事は関係ない。
「うわあ……黒い群れとか、ゴキブリ以外の何物でもないわ」
四連ローターで加速する戦闘用ドローンに乗るのは、銀色の髪に赤いロングコートというという中二病丸出しの俺――朱鷺枝エイジは、異能の力で巨大な銃器を具現化する。
全長二百六十ミリ、六つの銃身を持つ三十ミリガトリングガン――毎分四千発の弾丸を発射する破壊兵器が轟音を響かせながら、侵略者たちを粉砕していく。
それでも、初撃で全滅させられるような数じゃ無いから。生き残った怪物たちが、一斉に襲い掛かって来る。
侵略者たちは、鋼鉄でも簡単に引き裂く鋭い牙と爪を持っているから。攻撃されたら人間なんて一溜りも無いけど――奴らは俺の身体に触れる前に、スパークして消し炭と化す。
「ばーか……おまえらの攻撃なんて、対策済みに決まってるだろ?」
超電磁バリア――俺が異能で具現化したもう一つの兵器だ。
あらゆる兵器を具現化する能力……それが俺の異能だった。
それから十分ほどのドッグファイトを経て――俺は侵略者を一掃する。
「任務完了……って言うか、今日子さん? せめて台詞くらい、中二病臭いのは止めたいんだけど?」
『駄目に決まってるでしょ……エイジ君、まだ撮影中よ』
上司である藤崎今日子さんの声が、レシーバーから艶やかに響く。
俺の周囲には本物の撮影用ドローンが飛び回っており。先ほどから戦闘シーンを、音声付きでライブ配信していた。
「いや、さすがにさ……俺の声まで拾えないだろ?」
『それでも、口の動きとか表情で、臨場感がないって文句を言う人もいるのよ。侵略者との戦闘動画は、ヴァルハラ機関の貴重な収入源なんだから。アクセス数が減ったら……エイジ君のバイト代を下げるわよ』
株式会社ヴァルハラ機関――俺のバイト先であり、『深淵よりの侵略者』対策を専門にする民間企業だ。
俺が中二病な格好をしているのも撮影用で――断じて、俺の趣味じゃないから。
派手な格好の方が動画映えするのと、本人だとバレないためという二つの理由から。こんな恥ずかしい恰好を、俺はしているのだ。
「時給下がるなら……このバイト辞めようかな? とりあえず、今日の撮影は終わりだろ? もう帰って良いよな?」
『ちょっと待って……まだ仕事が残ってるみたい。エイジ君がいる場所から、東に二キロの地点に……侵略者が二体いるわ』
地上に配置されている定点カメラが、侵略者の姿を捉えていた。どうやら俺が到着する前に、移動した奴がいたようだ。
「了解……だけど今日子さんって。ホント、人使いが荒いよね?」
『文句は言わない……エイジ君、急いで! 侵略者の近くに、人がいるわ!』
『深淵の門』が出現する場所は、特定の地域内に限られるから――この辺り一帯は立入禁止区域として、完全に封鎖されている。
だから、本来であればヴァルハラ機関の関係者以外に、人などいる筈ない訳たが……野次馬根性や撮影目的で侵入してくる馬鹿は、何処にでもいるのだ。
「何だよ、また馬鹿が……」
俺は舌打ちしながら、戦闘用ドローンを加速させる。
現場に到着すると、二体の侵略者が街を破壊しており――奴らから死角となる建物の前に、地面に蹲る女がいた。
「おい……マジかよ?」
彼女の姿に――俺は見覚えがあった。同じ高校の一年生で某アイドルグループに所属している榊エリカだ。ネットでもそれなりの有名人だから、俺でも知っている。
「今日子さん……さっき見つけたのって、女の子一人?」
『いえ、そうじゃなくて……カメラを持った男の人も二人いたけど、見当たらないなら、何処かに逃げたか、隠れちゃったんじゃない?』
「何だよ、何処にいるか解らないなら……ガトリングガンは使えないな?」
巨大な銃器を消失させると。俺は代わりに、二丁の大型拳銃を具現化する。
デザートイーグル.50AE――史上最強のハンドガンだけど。俺が具現化した訳だから、単なるイメージの問題に過ぎない。
「まあ、良いか……おまえらを始末したら、面倒事も片づけてやるよ」
二丁の拳銃を手にして――怪物たちの懐に飛び込む。
奴からは俺に気づいて、当然のように襲い掛かって来るが――七発ずつ発射された大口径弾が、二体の侵略者に風穴を開けて、生命活動を完全に停止させる。
「さてと……馬鹿に文句を言ってやるか」
ドローンを降下させて、地上に降りた俺に――事もあろうか、榊エリカが抱きついて来た。
淡いブラウンのショートカットに、ピンクの唇……推定Eカップの胸を強調するようなフリルの衣装に、俺は思わず硬直する。
「ありがとう、助けてくれて……もう絶対、死ぬかと思ったわ!」
涙ながらに感謝されるが――そんな事よりも、俺には言うべきことがある。
「あのさあ……自分のやった事がどれだけ迷惑か、解ってないだろう? あんたみたいな馬鹿を助けるために、苦労させられるこっちの身にもなれよ」
冷徹な目でエリカを見るが――彼女は聞いていないのか、キョトンとした顔で俺の顔を見る。
「あれ、あなた……もしかして、朱鷺枝エイジ君?」
「え……」
中二病全開の格好なのに――正体を見破られて狼狽する俺に、榊エリカは屈託のない笑みを浮かべた。
「やっぱり……エイジ君だよね? その銀髪とか、服とか、正直微妙だけど……エイジ君には、似合ってるかな?」
至近距離から見つめて来る榊エリカに――俺は呼吸する事を忘れた。