視線
「ねぇ、やめてよー」
よく見る光景だった。弱々しい男の子の声がする。
幼稚園の庭で、気弱な男の子がいじめっ子達にいじわるされている、そんな光景。
私はそれを少し遠くから見ていた。内心少しくらいは反撃してみせないさいよ、なんて思っていた。
しかしその気弱な男の子はいつもいじめられるだけ。反撃する素振りすら見せない。
そしていつも呆れた私が助けに行く。
「あんた達やめなさいよ」
「うわぁ、またお前かよ。この乱暴女!!」
私の登場により、3人のいじめっ子たちは途端に警戒モードに入る。
「なによ、いつも乱暴してるのはあなた達でしょ」
「うるせー、女子が勝手に入ってくんなよ」
「そうだ、そうだ。お前には関係ないだろ」
「あ、もしかしてお前こいつのこと好きなのか」
「ち、違うわよ。別にこんな子好きでも、なんでもないわ。ただあんたたちが弱い者いじめばっかしてんのが気に入らないだけよ」
どうしてこの年頃の子供は、すぐに好きとか恋愛感情に結びつけたがるのか。
かくいう当時の私もそのセリフに激しく動揺してしまうのだが。
「嘘つけ!そんな理由でいつもこいつを守るわけないだろ」
「嘘じゃないわよ!」
そこからはただ、幼い子同士の言い合いが始まり、そのうちどっちが先に手を出したのか、私といじめっ子たちの取っ組み合いのケンカになっていた。
少しすると見ていた誰かが幼稚園の先生を呼んできて、程なくケンカは収まった。
なんと勇ましいことか、私は相手の一人を泣かし、残り二人も半べそ状態。
私自身は泥だらけにはなったものの、最後はすっくと立ち上がり、いじめっ子たちを見下ろしていた。
「これに懲りたらもう弱い者いじめなんかやめることね」
私のこの言葉は聞こえていたのか、いなかったのか。
私は何度かこの言葉をいじめっ子たちに浴びせたと思う。
見事ケンカに勝利した私は周りを見渡す。
あの弱っちい男の子はどっかに行ってしまったようだ。
ありがとうの一つも言えないものかしら。そんなことを思ったが、別に感謝されたくやったわけではない。
そろそろ休み時間も終わるので建物の中に戻ろうとしたときだ。あの弱っちい男の子が走って私のところにやって来た。
目の前にはおどおどした、弱っちそうな男の子の顔がある。それでも彼は真っ直ぐに私の方を見ようとしている。
「あらあなた、怖くてどこかに逃げたんだと思ったわ」
「ごめんね、怖かったのは本当だけど、あのこれ」
男の子が何かを差し出してきた。
「ハンカチ?」
「うん、僕のせいで顔とか汚れちゃったから。これ濡らしてきて拭いてもらおうと思って」
どうやら男の子がいなくなっていたのは、持っていたハンカチを濡らしていたからのようだ。
弱虫な男の子ではあるが優しい男の子でもあったらしい。
私はありがたくそのハンカチを受け取った。
「あら、ありがとう。でもあなた、ただいじめられてるだけではダメよ。少しは反撃する素振りも見せなきゃ」
「うん、分かってるけど、やっぱり怖くて。でもあの、今日は助けてくれてありがとね!」
男の子は私の目をしっかり見て、ニコニコしながらお礼を言ってきた。
そのとき私は、この子はきっと反撃など出来ないなと思った。
それと同時に、あまりに真っ直ぐ見つめてくるのでなんだか照れ臭くなってしまい、彼から顔を背けた。
「もう、早く中に入りましょ。休み時間終わっちゃうわ」
そして私は男の子の手を取り幼稚園の中に入って行った。
♦ ♢ ♦
「あのやめて下さい。これ以上突っかかってくるなら警察。呼びますよ」
学校の帰り道、私が一人で歩いていると、大学生くらいの男3人に声をかけられた。
「ねぇいいじゃん。少しくらい遊ぼうよ」
「そうそう、別に変なことしないし、カラオケでもどう」
「おぉ、いいねカラオケ。こう見えて俺カラオケ超上手いから」
こう見えても何もない。正直見た瞬間いつでも遊んでいるようなチャラい男にしか見えなかった。
私には元来、ケンカっ早いというか、男勝りというか、そういうところが少しある。
そして現在進行中でこの男たちにイライラが募っており、下手をすると手が出てしまいそうである。
そんな状況なので早く離れて欲しいのだが、どうにもこいつらは離れてくれない。
「ね、ね?行こうよカラオケ」
「あ、もしかしてお腹空いてる? なら俺おススメの店あるからそこでもいいよ」
「あ、インスタ映え狙っちゃう?」
チャラ男たちは私のイライラに気づくこともなく、やたらめったら言葉をぶつけてくる。
いい加減、限界かななどと考えていたとき、誰かが私の肩に手を置いた。
「あの、すいません。この子今日僕と約束あるんで、いいですか」
「あ?なんだよお前。今は俺らがこの子と話ししてんだよ」
「そうだ、そうだ、お前には関係ないだろ」
「この子はこれから俺たちと遊びに行く用事あんだよ」
チャラ男たちは私の予定を勝手に作る権利を持っているようだ。
助けに入ってきたであろう男の子の話しも、あまりに迫力がなさ過ぎて聞く気がない。
「ダメだ、コイツら話が通じない。やっぱり」
そう言って私が我慢するのを諦め、手がでかかったとき男の子が慌てて止めに入る。
「あー、いやでも本当に、僕が用事あるのですみません!!」
そういうと男の子は私の手を取り全力で走って逃げ出した。
始めこそ追いかけてきたチャラ男たちも、じきにへばって追いかけて来なくなった。
「あーもう、何で邪魔すんのよ」
「邪魔なんかしてないよ。君が困ってそうだったから声かけただけじゃないか」
「助けるつもりなら、もっと迫力出しなさいよ。あれなら私がやった方が早かったわ」
私は彼に拳を見せつけるように言った。
「むしろそれを止めるために声をかけたんだよ。女の子なんだからあんまり危ないことしないでよね」
「あんなチャラチャラした奴らには負けないわよ」
「勝つとか負けるとかいう話じゃないんだけどなあ」
私の話しに対して心配そうな彼を見て、昔から何も変わっていないことを実感する。
昔から争い事が嫌いで、そこに少しイライラすることもあったけど、誰かが困ってたら助けようとしてくれる。そんな優しさが彼にはある。
「はい、これ」
「え?これが何?」
「ハンカチよハンカチ。走って汗かいたでしょこれで拭いて」
私はぶっきらぼうにハンカチを差し出す。
「え、うん。ありがとう。」
男の子は差し出されたハンカチをおずおずと受け取り、それを顔に当てていた。
「それと、助けてくれてありがとう」
恥ずかしくてすぐに下を向いてしまったが、私がありがとうと言ったとき、彼はニコニコしながら私を見ていた。
昔から変わらない彼の笑顔だった。
「ねぇ、背くらべしましょ」
「え? 急にどうしたの」
「いいから、動かないでそこにいて」
彼は戸惑いながらも私の言う通りに、その場で背筋を伸ばして、真っ直ぐ立った。
そして私も彼の正面に立ち背筋を伸ばす。
あぁ、やっぱり身長伸びてるな、そんな思いが胸に広がる。
私の目線の高さには彼の首がある。
昔は私の目の前に彼の目があり、いつでも視線が合っている気がした。
今は背伸びをしてやっと合う。
最近は視線がすれ違っていたのか、なんだか彼の目を見るのは久しぶりな気がする。
「ねえ、もういい? これ結構恥ずかしいんだけど」
周りに人は多くないが、それでも通り過ぎる人の中には私たちの方をチラチラ見ている人もいる。
そりゃあ、男女が向かい合ったまま動かなければ注目を浴びるだろう。
彼が恥ずかしがるのも無理はない。というか私も恥ずかしい。
「あ、うん。もう大丈夫。ありがとう」
そう言うと私は、彼の胸を手で押し、無理やり距離をとる。
「で、今のは何だったの」
「ううん、いいの。やっぱりあなた、背伸びたわね」
いつと比べてるんだよと彼は笑いながら言う。
私はそんな彼の手を取り、二人で歩き始めた。
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