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  作者: 大場 みや
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第八話

 綾子は改めて部屋を見渡した。


 色んなところで花が小さく咲き、そして散った。


 芳香が花を掠めるたびに、綾子は過去に居た。


 過去の共有。


 それとも思い出の共有と言えばいいのだろうか。

 頭の中に2人の思い出が綾子の思い出のように頭に浮かんだ。

 

 長年、忘れていた事をふと思い出す事がある。それを覚えようとしていた訳でもなく、思い出そうとした訳でもないのにふと呼び起こされる記憶。


 それは目には見えなかったが、近くで花が咲いていたのかもしれない。思い出の花が長い時の間眠り続け、そして花を咲かせていたのかもしれない。

 そんな考えが頭の中に浮かんだ。

 

 そして、台所から突き出た花がその花びらを広げようとしていた。


『圭ちゃん、ごめんね。ご飯どうした?』


 香苗は買い物袋から、葱や大根を出した状態で帰ってきた。時計は23時を回っている。


『コンビニで弁当買ったから大丈夫だよ』


 ゴミ箱に捨てられた空箱を見て、香苗は悲しそうな顔をした。


『また、コンビニのお弁当だったんだ・・・』


 元々食事に対して執着が無い俺は、食べ物であればなんでも良かった。香苗が仕事で遅くなる事もある事を理解していた俺は、勝手に食事を済ませる事が香苗の負担を減らす事だと考えていた。

 しかし、香苗は一緒に住んでいるのに、仕事ばかりで俺にご飯を作って上げられない事。

 健康管理が出来ていない事に対してジレンマを感じているようだった。

 俺も香苗も出張や残業が多い仕事だった。

 同棲して半年過ぎた頃から、お互いの生活がすれ違いになっている事を強く感じるようになっていた。

 一緒に暮らしているのに会えない事は、お互いの距離が離れてしまっているように感じさせた。相手の気配のしない部屋、家に帰っても真っ暗な部屋。


『コンビニのお弁当ばかりだと、栄養偏っちゃうよ・・・』


 心配そうな香苗の表情になぜか腹が立った。


『お前も俺も仕事しているから、しょうがないだろ。家に帰っても誰も居ない。俺が出掛けると、お前が帰ってきて、俺が帰るとお前が出掛ける。始めから仕事ですれ違いになるかもしれないって事は分かっていただろう。それをたまにあったのに、小言か?ふざけるな』


 俺の大きな声に、ビクッと体を震わせる香苗に俺は怒鳴り続けた。

 なぜかイライラして止まらなかった。

 香苗が俺を心配しているのは分かっていた。頭では分かっていたがどうしても止める事が出来なかった。香苗の制止を振り切り、俺は財布だけを持つと家を出た。


 駐車場の車の中で一晩過ごし、朝になってから家に帰った。

 香苗はすでに出掛けた後で、机には謝罪の言葉と朝ご飯が用意されていた。

 まだ香苗の温もりが残るベッドには、俺のパジャマがくしゃくしゃの状態で置かれていた。一晩、パジャマを抱いて寝ていたのかもしれない。

 ため息を付くと、俺は布団に潜り込んだ。


 綾子は2人の不器用さに胸が痛んだ。


 お互いがお互いを大切に思っているはずなのに、素直になれない2人。寂しい事をもっと言葉にして伝えていれば、喧嘩などしなくてすんだはずなのに。

 その不器用さが、この結果に繋がってしまったのだろう。


 綾子は村木の胸を見た。

 2つの揺れる花。


 綾子にはその後の事が分かるような気がした。


 2人の溝は修復できないまで行かないが少なからず出来てしまっていた。その出来てしまった溝に小さな種が芽吹いた。それがどこまでの気持ちか分からないが、村木の心には香苗と別の女性が居る事は明らかだった。


 どちらかを選ぶ事も、捨てる事も出来ず、村木の心に同じ大きさで咲き続ける花。本来1つが芽吹く場所に2つあるその花たちは大きく花を咲かせることが出来ないようだった。


 村木の心の変化に香苗は気付いてしまったのだろう。

 そして村木の前から姿を消した。


 ぼんやりと虚空を見つめる村木は今何に思いを馳せているのだろう。香苗か、それとももう一人の女か・・・。

 時計を見ると綾子がこの部屋に入ってから、5分もたっていなかった。


 私には何も出来ない。


 村木に何かを伝える事など出来ないのだ。

 浮気をしていたのかと問いただす事も、素直になれなかった事を叱る事も。


 そんな権利すらないのだから。


 綾子が立ち去ろうと玄関に足を向けると、右足が何かに引っかかった。足元を見ると、細い蔓が綾子の足に遠慮がちに絡み付いている。


 その蔓はとても若々しく、澄んだ緑色をしていた。蔓を辿るとキャビネットの本の隙間から伸びていた。


 蔓は綾子が足を動かせばすぐに切れてしまうほどか弱かった。


 何度か迷ったのち、綾子は口を開いた。


「あの・・・、その本。見てもいいですか?」


 綾子の指を指すキャビネットを見ると、村木は興味なさそうに、どうぞと答えた。

 どうも。と頭を下げて村木の前を通り過ぎると、綾子はキャビネットを開けた。


 蔦が伸びている箇所の本を引っ張ると、一枚の写真が落ちた。


 どこかの海をバックに風で飛ぶ帽子を押さえながら笑う香苗の姿が映っていた。


 夏のまぶしい日差しまでカメラに収められていた。蔦はそこから伸びていた。


「あの、これ・・・」


 写真を村木に渡すと、村木は目を細めた。


「懐かしいな。どうしてそんな所に挟まっていたのかな・・・」


 村木はそう言うとじっと写真を見つめた。


「これは初めて2人でデートした時に撮ったんだ。同じ高校だったから、誰かに見られると恥ずかしくて。それで2人で電車に乗って、海を見に行った。いつかまた来ようって言って居たのに、結局あれ以来いってないな・・・」


 よく見ると写真の香苗は幼い顔をしていた。幸せそうな、少し照れたようなはにかんだ顔が少し甘酸っぱかった。

 先ほどまで綾子に絡み付いていた蔦は、くるくると村木の腕に巻きついていった。


「香苗さん。そこに居るんじゃないですか?」


 村木は写真から目を離すと、じっと綾子を見つめた。


「どうしてそう思う?」


 自分でもどうしてそう思ったのか分からなかった。なので、綾子はなんとなく。としか答える事が出来なかった。

 再び、写真に目を落とすと村木をしばらく考え込んだ様子だった。そして、村木は笑った。


「女の勘ってやつかもな」


 村木は立ち上がると、別の部屋に行き車の鍵を取ってきた。


「いまから車をとばせば、明け方前には着くと思う。あんたも駅に送っていくよ」


 村木はそう言って部屋を出ようとしたが、すぐに振り返った。


「あのさ、迷惑なのはわかっているけど、あんたも一緒に来てくれないか?」


 黙っている綾子に、村木は申し訳なさそうに頭を下げた。


「本当、変な事を言っているのは分かっている。香苗が居なくなってから、何処に行っても体がだるくて、何もする気が起きなかった。正直、飯もろくに食えない状態で、ここ数日で病院に運び込まれたのも1度や2度じゃないんだ」

「なのに、なんかよく分からないけどあんたが近くに居ると、妙に体が軽いんだよな・・・」


 自分の見える力が花の力を抑制しているのかもしれない。


 それなら村木が思いの花から楽になるという説明になる。

 綾子はフーと息を吐くと、微笑んだ。


「乗りかかった船ですしね。私も香苗さんが見つかるといいと思うので、ご一緒させていただきます」


 断られると思っていた村木は、その言葉を聞いてありがとうと再び頭を下げた。


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